言わせるな
翌日、ヘスティアは寝ぼけ眼で朝食を食べていた。
ララがジャムを塗ってくれたパンを口に放り込み咀嚼していると、部屋にエリー、ルナ、クレアの三人が入ってくる。
「おはよー」
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございます!」
「……元気そうね」
ヘスティアはまだ眠いとあくびをすれば、それを見ていたルナが笑う。
「お嬢様だなー。あれくらいで疲れるなんて」
「ゴリラとは違うのよ」
「誰がゴリラだ!」
ルナの腕がヘスティアの首に巻き付き締め上げてくる。
だがもちろん本気ではなく、軽いお遊びなためそれを無視して皮の剥かれたりんごを口に運んだ。
「それにしても、お屋敷の雰囲気だいぶ変わったわね?」
「そう? どこらへんが?」
「あ、わかります。その、なんというか……みなさん明るくなったといいますか……」
「お、く、さ、ま、のおかげです!」
「……なんであなたがドヤるのよ?」
なぜか腰に手を当てて胸を張るララを不思議そうに見ていれば、クレアが納得したように頷く。
「やっぱり女主人がいると、使用人たちの意識も変わるのね」
「確かに。泊まるのは初めてだったけど、使用人たちみーんなよくしてくれたもんな?」
「――初めて?」
勇者一行なのに、この屋敷に泊まるのが初めてとはどういうことだろうか?
旅の疲れを癒すためにここにくることもあったはずなのに。
怪訝そうな顔をするヘスティアに気付いたのか、エリーが慌てて説明してくれる。
「あ、あの、一応、ちゃんとケジメと言いますか……変な噂が流れないように、野宿とか仕方ないですけど、宿がとれる場合は必ずアルフォンスとは別の部屋にして、一部屋しかとれない場合、彼は外で休んでたんです」
「はあ!? 勇者なのに? なんでそこまで……」
「――我々が女だからです」
「そんなのわかってるわよ。けど……」
なにもそこまでしなくてもいいのに。
あまりの徹底ぶりに逆に違和感を覚えていると、クレアが少しだけ悲しそうに視線を伏せた。
「わたくしたちは勇者一行です。確かにアルフォンスのことは好きですが、その前に勇者の仲間であることに誇りを持っています。けれど……」
「よく言われたよ。しょせん勇者のお荷物で、いやらしい手を使って取り入ったに違いないってな。アルフォンスもその噂を知ってて危惧してたから、あたしらに変な噂が立たないように、気を遣ってくれてたんだ」
なるほど、とヘスティアは腕を組む。
確かに最初パーティーだと紹介された時、女しかいないことに違和感を覚えたのは間違いない。
特に彼女たちからアルフォンスへの敬愛だけではない想いを感じ取ったから、なおさら怪訝に思ってしまった。
しかし彼女たちは勇者の仲間として、できることをしている立派な一行だ。
だというのに言われのない変な噂で、行動を制限されるなんておかしいと鼻を鳴らす。
「人間は愚かね。勇者に全てがかかってるのに、その勇者が体を休ませるための最善を尽くさないなんて。それで魔王を倒そうとしてたなんて、片腹痛いわ」
「……そうですね。逆に魔族の村ではゆっくり休めたこともありましたよ。我々が勇者一向だと知らないものたちばかりだったので」
「皮肉だよな。倒そうとしてる魔族の方が、優しいこともあったんだから……」
「ま、魔物の子供を助けた時に、お礼にってお守りもらったんです。ほら、これ」
「…………地方のお守りね。願いを込めて編み込んで、大切な人に渡すのよ」
「無事にお家に帰れますように、ってくれたんです」
嬉しそうに笑うエリーに、ヘスティアも釣られて口端を上げた。
そういう出会いを重ねて、彼女たちは魔物への嫌悪をなくしていったのだろうか?
だとしたらいいなと思う。
お互いに憎み続けるのはもう、たくさんだから。
「いつもアルフォンスに迷惑をかけて、気まで使わせて……わたくしたちが一緒じゃない方が、よかったんじゃないかって何度も思ったわ」
「言われたこともあったな。足手まといは国に帰った方がいいんじゃないかって」
「実際……パーティーを抜けようとしたこと、ありました……私」
「……あたしも」
「…………」
三人が三人とも顔を伏せている状態に、ヘスティアはたまらず大きなため息をつく。
「あのね、この件で悪いのは誰? あなたたちを集めたアルフォンス? それともアルフォンスについていったあなたたち? 違うでしょ。悪いのはくだらない妄言を口にするやつらよ」
「……けれどわたくしたちがついていかなければ、アルフォンスがあのような苦労をすることはなかったのに……」
いつまでもうじうじとする三人に、ヘスティアは少々強めにテーブルを叩いた。
バンっという大きな音に、ベッドの上で寝ていたにゃんこが飛び跳ねたけれど、心の中で謝るだけにとどめる。
それよりもまずは、彼女たちの考え方を正さなくてはならない。
「あなたたちがついていかなければ、あの男死んでたわよ。あのね、誰も彼も一人でいて平気なやつなんていないのよ。魔物も人間も、必ずどこかで繋がりを求めてるの。それは当たり前のことでしょ」
例えばアルフォンスが一人で旅をしていて、仲間がいない中で戦って、果たして彼はあそこまで努力を重ねただろうか?
もちろん努力はするだろう。
勇者という肩書きを手にした彼は、それに似合うだけの力をつけるはずだ。
けれど、きっとそれだけ。
あの魔王との一騎打ち。
双方共に大きなダメージを受け一命を取り留めたのは、守りたい人たちがいたからだ。
待っていてくれている存在があると、わかっていたからだ。
その中には彼女たちも入っているはずで、ただそこにいてくれるだけで力になり、勇気が湧いてくる。
彼にとって彼女たちは、そういう存在なのだ。
「胸を張りなさい。あなたたちは勇者と共にあの魔王を追い込んだ仲間なのよ。――命をかけて戦った者を、命をかけてもいない者が馬鹿にするのを許す必要はない。……あなたたちは立派な勇者一行よ」
「………………」
ヘスティアの言葉を聞いた三人は大きく目を見開き、やがてゆっくりと細めていく。
その表情はどことなく嬉しそうで、しかし少しだけ悲しげでもあった。
「――まさか、その言葉を魔族の姫から聞くとは思わなかったです」
「悪かったわね。私で」
「…………いいえ。あなたでよかった」
そう言って笑うクレアの顔は、どこかつきものが落ちたように明るかった。
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