なさねばならぬ
ヘスティアとアルフォンスが地下へと降りると、そこではエリーが一人魔物たちを治していた。
どうやら上の騒ぎも気にせず、ずっと魔法を使っていたらしく、足元がふらついておりやってきた二人を見て膝から崩れ落ちる。
「ちょっと、大丈夫!?」
「だいじょうぶですぅ〜」
「魔力不足になってるじゃない!」
相当無理をしたようだ。
触れた肌も冷たいし呼吸も浅い。
こんな状態になるまで魔物を治すなんて。
「あなたが倒れてちゃ世話ないでしょ!」
「そうなんですけどぉ。魔物さんたちひどい怪我だったのでほっとけなくてぇ〜」
確かにエリーがこんなふうになるまで頑張っても、傷だらけの魔物たちは多い。
どれほど酷い扱いをしたのだと歯軋りしそうになるのをなんとか耐えていると、そんなヘスティアに一匹の魔物が近づいてきた。
アルフォンスと乗った馬のような外見だが、毛並みは白く立髪が金色だ。
つい先ほどまでエリーに治してもらっていたのだろうその魔物は、ヘスティアに近づいたあとエリーの頬にそっと擦り寄った。
まるで感謝を表すような行動に、エリーは力の抜けた笑みを見せる。
「えへへ〜。ふわふわですぅ〜」
「……あなたに感謝してるみたいね」
「そうなんですか? いいんですよぉ。痛い思いなんてみーんなしない方がいいんですから〜」
魔物の頭を優しく撫でてあげてあると、いつのまにかどこかへと消えていたアルフォンスが戻ってきた。
「ひとまずここの子たちを出してあげよう。この騒ぎで軍も動き出してる」
「……軍? 大丈夫なの? この子たち……」
なんとか魔界にまで連れていければいいのだが、軍が動いているとなるとそう簡単にはいかないだろう。
しかし人間たちの手に渡ってしまったら、またひどい目に遭わされたりしないだろうか?
ここにいる魔物たちも人間には怖い思いをさせられてきたはずだ。
怯えて攻撃的になるものもいるだろう。
そうなったら……。
「大丈夫だよ。魔物たちに害をなすことがないように、俺から伝えておくから」
「……そう。ありがとう。お願いね……この子たち、本当に怖い思いをしてきたと思うから」
あれだけの傷を負わされて、人間に恐怖を抱かないわけがない。
実際ここにいるほとんどの魔物たちが、アルフォンスやエリーから距離を取ろうとしている。
いくら傷を治されようとも、されたことはなくならない。
怖がるものたちにさらなる悲劇が起こらないようにしなくては。
アルフォンスもわかっているのか、静かに頷いた。
「ひとまず保護して、折り合いを見て魔界に引き渡せたらいいね。まだまだ両国の関係はよくないから、そう簡単な話じゃないかもだけど……」
「……そうね」
ヘスティアとアルフォンスが結婚してもなお、両国の関係は良好とはいえない。
ついこの間まで殺し合いをしていたのだから致し方ないのかもしれないが。
こればかりは時間がかかるだろうなと、ヘスティアはエリーをひょいと抱き上げ立ち上がった。
「え!? ちょ、な、なにしてるんですか!?」
「なにってなによ? あなた動けないんでしょ? なら運ぶしかないじゃない」
「だ、だからって――!」
「ヘスティア! 俺が運ぶから……」
「なによ。別にこれくらい軽いもんよ? 私あなただって抱き上げて空くらいなら飛べるわよ?」
「ぜっっっったいやめて」
青ざめて首を振るアルフォンスを不思議そうに見つつ、三人は地下から出て行く。
入れ替わるように軍人だろう人たちが、忙しそうに中へと入っていくのを見つめた。
「……こういうの、いろんなところであるんでしょうね」
「そうだね。早く助け出せるといいんだけど……」
「――エリー! 無事だったのか!」
ルナとクレアがやってきて、ヘスティアの腕の中にいるエリーを見て慌てて駆け寄ってくる。
ぐったりしている彼女の顔を見て、ルナがぐっと眉間に皺を寄せた。
「お前また魔力なくなるまで無理したな!? 命に関わるんだからやめろってあれだけ言ったのに――!」
「ごめんなさいごめんなさい! でもでも魔物さんたち苦しそうで……」
「それでお前が倒れてたら元も子もないだろ!」
「全くもってその通り」
同じことを言うルナに頷けば、腕の中にいるエリーがどんどん小さくなっていく。
でも、とか、だって、と言い淀むエリーにさらにルナがあーだこーだ言っている中、クレアがヘスティアに近づいてきた。
「それにしても力持ちなのね。あなたがエリーを抱えてて驚いたわ」
「これくらい軽いものよ? あなたたち三人くらいなら持てるわ」
「マジ!? すごっ! でも絶対やるなよ」
「そうね。絶対やらないでちょうだい」
「…………」
なんでだ、と不服そうな顔をするが彼女たちはあっという間に顔を背け、近くにいたアルフォンスへと声をかけた。
「ひとまず我々のできることはここまでのようです。売買の証拠となる書類は手に入れましたので、あとのことは軍に任せるのが適任かと思います」
「そうだね。明日にでも俺が書類を持って王宮に行くよ」
「よろしくお願いします」
どうやらこれにて今回の事件は解決らしい。
なんだかスッキリしない気もするが、魔物たちを助け出せなのならばいいだろうと目を閉じた。
きっとまだこんなふうに理不尽に傷つき苦しんでいる魔物たちは多いのだろう。
どうにか助け出せればいいのだが……。
「ヘスティア? どうかした?」
「――いいえ。なんでもないわ」
そうじゃなければヘスティアが人間界―コルアス―にきた意味がない。
魔物も人間もいい加減、無駄な血を流すことをしたくないのだ。
ひとまず屋敷に帰ろうとするアルフォンスたちの後ろを歩きながら、ヘスティアは考え続ける。
どうにかしたい。
いや、しなくてはならないのだ。
この二つの種族の確執を無くさなくてはならない。
それがアルフォンスに嫁いできたヘスティアの、成さなければならないことなのだから。
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