拝啓、魔王様。この勇者どうにかしてください!〜魔族の姫は勇者に愛される〜

あまNatu

第一章

序章

 私は今日、結婚する。

 

 空は晴天。

 まるで神々がこの結婚を祝うかのように、雲一つない青空が広がっていた。

 よくわからない人間を象ったステンドグラスから、太陽の光が優しく降り注ぐ。

 そんな中で。

 ただ呆然と立ち尽くす女が一人、そこにはいた。

 真っ白な美しいドレスを身にまとい、同じく白でまとめた花束を持った、レースに顔を隠された花嫁。

 彼女はただ静かに床を見つめ、顔を上げることも声を出すこともしない。

 そんな花嫁の異様さに気づく人は、この場にはいなかった。

 人々は真っ白なドレスを着た花嫁を無視し扉の向こう、新郎が現れるのを今か今かと待ち侘びている。

 

 ――知っている。己という存在がただの脇役なことを。

 

 この会場にいるすべての人が、『彼』を待ち侘びているのだ。

 この国の英雄であり勇者であるあの人を。

 外が少しだけ騒がしくなる。

 やってきたのかと顔を上げた時、荘厳な音楽と共に『彼』が入場した。

 白銀の、その年に初めて降った初雪のように美しい髪。

 夏の日に芽生えた樹葉のように、深くも鮮やかな緑色の右目とそれよりも薄い黄緑色の左目。

 細くもしっかりと筋肉のついた体で、真っ白なスーツを着こなす彼は、この場にいる誰よりも美しく、人々の目を引いた。


「勇者様! おめでとうございます!」


「お幸せに!」


「おめでとうございます!」


 彼の登場と共に会場中が盛り上がる。

 誰も彼もが声を上げ、祝いの言葉を述べた。

 彼にだけ。


「…………」


 花嫁はこちらへやってくる花婿のことを、ただただ見つめた。

 無駄に顔のいい男だ、と心の中で悪態を突きながら。

 彼が隣にやってきた時、ついに結婚式が始まった。

 見知らぬ老人があれやこれやと意味のわからないことを言うのを、右から左に聞き流す。

 どうせ聞いていても無駄なことだ。

 やがてその老人が、花婿へ声をかける。


「汝、アルフォンス・ロードナイトは、妻ヘスティア・クロスハートを愛し、死が二人を分つまで妻のみに添うことを誓いますか?」


「――…………誓います」


 嘘つき。


「汝、ヘスティア・クロスハートは、夫、アルウォンス・ロードナイトを愛し、死が二人を分つまで夫のみに然うことを誓いますか?」


「…………誓います」


 ぼそっと呟いた言葉はなんとか老人に聞こえたのか、少しだけ訝しんだ顔をされたが無事式を進めることができた。


「それでは誓いのキスを」


 ああ、最悪だ。

 向かい合う二人。

 花婿の手によってベールがめくられ、お互い初めて素顔で見つめあった。

 

 ――そう、この姿では初めてだ。

 

 彼の顔を見たのは。

 優しく穏やかに微笑んでいる目の前の顔が、作り物なことを知っている。

 本当はもっとたくさん、いろんな表情をすることを知っている。


「…………」

 

 けれどきっとこの姿では見ることもできないだろう。

 ゆっくりと近づいてくる顔に、逆らうことなく目を閉じる。

 衣擦れの音、聞こえる吐息。

 その全てに、心臓が大きく跳ねた。

 

 ――うるさい。うるさい。うるさい。


 無駄に騒ぐ心臓に文句を言っても、いうことを聞いてはくれない。

 頼むから静かにしてくれ、と心の中で叫んだ。

 そうじゃないと、顔が赤くなってしまう。

 気づかれたくないのだ。

 この想いに。


「――、」

 

 触れ合う唇。

 なんの躊躇もなく触れて離れたそれは、花婿の心を表しているようだった。

 彼の愛はここにないと、その行動で告げられた気分だ。


「……これからよろしく」


「…………ふんっ」


 なにがよろしくだ。

 こんなに好きなのに。

 こんなに愛しているのに。

 彼は私を、愛していない。




 この日、魔王の娘ヘスティアと、その魔王討伐を目指していた勇者、アルフォンスが結婚した。

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