10 日々是精進(集中力切れ)
はーい、とんてんかんとんてんかんっと。
今日も今日とて、私は拠点で建築作業中だ。
具体的にはトイレを建てているのだが……、なかなかのペースで進んでいる。
フィオが工事の計画や作業の進捗を管理してくれているから、楽なこと楽なこと。エリスを折りを見て顔を出して、飲み物の差し入れと休憩を促してくれるし、先にやらかしてしまった独善的な工事とは比べ物にならない。
本日も順調に仕事を進めて、昼下がりも終わりが近い。
ふうと額に滲んだ汗を腕で拭う。
ここ最近はトレントの買い出し、製材、炭焼き及び素焼きレンガモドキ作成、建設工事、休暇、といった具合に、一日おきに仕事をローテーションさせている。これなら飽きも来ないし、仕事への情熱も消えることはない。
今の私が担っている仕事を順に説明すると、トレントの買い出しはレリア達買い出し班との共同作業だ。
買い付け自体はレリアに任せて、確保できた分を持ち帰るのが私の主な担当になる。基本、朝夕の二回運ぶ形になっているが、レリア達の昼食商売も兼ねている為、一日中出ずっぱりである。
ただ暇な時間は見知りの冒険者たちとも話ができるし、新顔の紹介もしてくれるので、中々良い刺激になっている。
次に製材。これはフィオと一緒に作業している。
原木からの切り分けや各所への運搬は私が担当して、丸鋸でより細かな板材にしたり、建材にほぞやほぞ穴を加工するのはフィオが担当している。
力仕事は得意だと自信を持って言えるが、細やかな細工はやはり苦手だ。だからこれも適材適所である。
私が担当する側、むち鋸の製材台については、以前に要望した動力付きコロや押さえが付いたことで製材の速度と精度が上がり、仕事が進むこと進むこと。(安全柵も設置済)
後、この作業で一番時間のかかる原木の外皮剥きについては、『鎌と鉈』の面々に手伝ってもらうこともある。彼女たちの手を借りることができれば、本当に早く終わるから助かっている。
冬備えの仕事である炭焼きと建材用の素焼きレンガモドキに作成は、これもフィオと組んでいる。
前者の炭焼きは順調。例の買出しで原材料の太い枝は自然と溜まっていくし、時間を置いての作業なので出来上がりまでの待ち時間も確保できるので丁度いい。
他方、素焼きレンガモドキは土や粘土を配合して捏ねたり、型に押し込んで成型したり、乾燥室に放り込んだり、窯に積んで焼いたり、出来上がったモノを取り出したりと時によって様々である。
さり気にこの仕事では空き時間が多いため、フィオには錬金術の仕事をしたり、希望者に魔術を教えたりしてもらうことが多い。特に後者のお陰で、『風月歌』や『鎌と鉈』の面々も簡単な魔術が使えるようになったのは本当にありがたいかぎりだ。
そして、建設工事。
先にも出したが、これは基本的に一人でこなしている。
理由としては、私が重いモノを持って縦横無尽に動き回るから、他の子がいると危ないためである。というのも、この身になってから人を撥ねたような撥ねてないような、微妙な記憶が残っているので安全を優先した次第だ。
とはいえ私からすれば、作業は簡単だ。
渡された木槌でどんどんと叩いて地固めして、フィオの描いた設計図通りに素焼きレンガモドキで基礎を作り、基礎に空けといた穴に柱を差し込み、ほぞを差し込んで柱に桁や梁を渡していく。
当初は難しいかと思っていた組木も前もって学べたおかげか、比較的にスムーズにできる。たまには強く叩いて差し込むこともあるが、これは自然なこと。無理くりにはめ込んでいるのではないからセーフだ。
最後に休暇であるが、一日中ぼんやりする、なんてことはない。
時に朝寝坊してエリスに起こしてもらったり、人目に付かない所で櫛を作ったり、エリスに頼まれるまま水瓶に給水したり、魔力抜きで筋力トレーニングを実施したり、エリスが作った料理のつまみ食いもとい試食に与かったり、護衛組の鍛錬に顔を出して相手を務めたり、エリスの買い出しに荷物持ちとして付き合ったり、風月歌の練習を聞いて褒めたりダメ出ししたり、エリスに空への一時を提供してぎゃん泣きされたり、フィオに字を教わりながら居眠りしたり、エリスを高い高いしてくるくると回したり、レリアに付き合ってロハーマグラ商会での取り引きを見守ったりと……、思ったよりも色々しているな、私。
……まぁ、爛れてない健全な生活だからヨシ!
とりあえず、こういった具合に私は頑張っているのだ。
うんうん、健全な労働は充実をもたらすということかな。
さて、仕事の続きだ。
そーれそーれじゃない、そーれとんとんそーれとんとんっと……、よしこれでトイレの骨組みは組み終わった。
このトイレ棟、個室トイレを四つ並べる予定だ。
一つは私用の室内空間も大きければ便器も大きい特別仕様だ。横幅が常人の二倍程あるから、仕方がないね。あ、そうそう便器も頑張っている。かつてのまいほーむ時代に世話になった壺は却下というか、使うなら和式よりも洋式の方が楽だよねってことで、フィオに相談しながら陶器製のモノを焼いた。
試作品は完成しているし、一応は実用に堪えることはわかっている。(初代は割れてしまい、私が便器に嵌った結果が残る)
だが、残念なことに清潔感のある白くて艶やかな代物ではない。原因は釉薬かなぁとは思うが、試行する時間がね。自分で作ると、ととをはじめとするメーカーが偉大であるとよくわかる。
今後は磁器を作ろうと考えているから、その時に再挑戦するということでいいだろう。
……じゃない、その前に屋根を作らないと。
とはいえ、太めに作った柱や梁であっても私の体重に耐えられるかと問われると微妙な所。頑丈な脚立かなにかを……、いや単純にトレントを並べて置いた方がいいかな?
ぬーと考えていると、ふらりと『鎌と鉈』の面々が顔を出した。
今まで鍛錬をしていたからか、額には汗が光っている。しかし、その顔は明るい。彼女たちにとっても、帰る場所を得られたというのは大きいことなのだろう。
「旦那さん、お疲れ様ですだ」
ローザがにこにこと言った後、他の三人も口々に挨拶してくる。
私も頷いて応じると、四人とも柱が立った建物に目を向けてめいめいに話し出す。
「おら達の仮小屋を組み建てた時も凄かったけど、今回も早いだ」
「んだー、もう形ができてるだねぇ」
「これって、ほんとに厠なのー?」
「絶対、うちの実家よりしっかりしてるだよ」
わきゃわきゃとした様子を見ていると、こちらはどうにも温度差を感じてしまうと言うか、おじさん気分になってしまう。
おかしい、私はこの世に生まれてからまだ六つくらいのはずなのに……。
生まれ変わっても魂はおじさんってことぉ?
……かなしいなぁ。
思わず遠いお空を眺めてしまう。
少しばかりセンチな気分に浸っていると、四人がこちらを見ていた。
なんだろうと首を傾げると、それぞれが面白そうな顔で言う。
「旦那さん、そういう顔もするだね」
「んだー、兄ちゃんに、ちんこ弟より小さいねって言った時に、そんな顔してただ」
「あー、あたしは父ちゃんになんか臭いって言ったらー、今の旦那さんみたいになってたのあったなー」
「実家で飼ってた猫が、ネズミを捕まえ損ねた時に似てるだ」
……ひ、ひどいっ。
猫はともかく、男のちんこ比較と父親に臭いというのは、たとえ事実であったとしてもやめてさしあげろっ。
特に後者は男親なら誰にでも効く呪殺級の言葉だぞ。(イイ子はマネしちゃダメ)
ますます遠くを見つめていると、ローザが私の思いというかもの悲しい空気を察したのか、あるいは単純に予定していた休憩時間が終わったためなのか、あっと声を上げて言った。
「休憩時間は終わりだよ。また鍛錬を頑張るべ」
「んだー、最低でも自分の身を守れるようにならんと」
「刈り入れとか種まきも悪くないけど、もっと強くなったら、お仕事の幅も増えるもんねぇー」
「トレントまではムリだろうけど、頑張るだ」
それじゃ旦那さん頑張ってねとの声が重なると、四人組は鍛錬用の空き地へと戻っていった。
嵐が去ったような気分で見送っていると、後ろからくすくすと笑い声が重なって聞こえてきた。
振り返ってみれば、『風月歌』の二人だ。仕事道具を抱えている。今日はとある宿の食堂で夕方から唄うと聞いていたが、そろそろ出発するのだろうか?
「ふたり、いまから、いく、する?」
「はい、頑張ってきますね」
「旦那さんがあたしたちの後ろ盾になってくれてるから、男避けも万全で助かってるわ、ありがと」
そうか。
虚名とはいえ、私の名も役に立つということか。
「かえり、だいじょぶ?」
「気を付けます。それに、今はフィオさんが目晦まし用の魔術を教えてくれましたから、以前よりはマシですので」
「そうそう、あたしたちだって慣れてるから大丈夫。……でも心配してくれるのは、うん、悪い気はしないわ」
それならいいんだが……。
「なに、ある、とき、いう、する。おで、たすけ、する」
「はい、そういった時は存分に」
「ふふ、みーんな、あたしたちの後ろに帝国騎士に尻もちつかせた旦那さんを見るから、下手な手出しはしてこないって」
「ゆだん、だめ」
「う……、わかったわ、気を付ける」
その返答に頷いて見せれば、二人は街に向けて歩き出す。
が、その直前に一言。
「旦那さんも、あんな風にたそがれるんですね」
「さっきの顔、唄にしたい」
それはやめて。
しおしおとまでいかなくても萎んだ気分になる。
「あら旦那さん、顔に出てますよ」
「あはは、フィオが旦那さんはわかりやすいって言ってたけど、ようやくわかったわ」
ぬぅ、フィオめ、いらぬことを。(怒りちょっと諦観大半)
ええい、ふたりともはよう行きなはれ。(不利からの脱却)
私が渋い顔になったからか、今度こそ二人は笑い声を残して拠点から出て行った。
はーやれやれと首を回して肩回りをほぐしていると、更なる人影を発見。
「やーどもー、旦那さん、頑張ってますねー」
レリアと護衛の子だった。
今日はどうにも千客万来だ。少しばかり疲れた気分で目を向けると、護衛の子シビルはぺこりと頭を下げて、レリアの後ろに回った。嫌われているというよりは、心身ともに一定の距離を置いているといった観だ。
……。
まぁ、特にこちらに悪さするでもないし、うん、問題なし。
「おやおやおやおやー。私が話しかけてるのに、シビルに興味がおありですかー?」
「れりあ、とく、いみ、ない。すねる、ない」
「……旦那さんって、いけずですねー」
いやいや、私は誰にもいけずなことをしたことは……、したことは…………、したことは………………ない。(全力で明後日の方向を見ながら)
私は清廉潔白である。ちょっと自分用の心の棚が広く大きくて数も多くて低いだけだ。
「ふたり、なに、する?」
「明後日の買い出しに備えて、食材の仕入れですよー」
確かに、二人とも肩にかけた布鞄がボコボコと膨らんでいる。
「なに、つくる、する?」
「んー、イモと豆がゴロゴロ入った定番の鶏ガラスープですねー」
「とり、がら? にく、やさい、どこ?」
「ふふ、旦那さん、知ってますか? お肉と野菜は高いんですよー」
それはわからないでもない。
エリスが菜園を始めた理由もそれだ。
「菜園は少しずつ広げるとの話ですし、来年の春辺りから鶏を飼うのもいいですねー」
「えりす、はなし、する」
「はい。もちろん、エリスさんとも話をしてますし、次の会議で取り上げてもらいますよー」
「よゆう、できる、した、こや、つくる、する」
「ふふ、頼りがいのある旦那さんで、私も安心ですよー」
なんて風に持ち上げてくれた後、これ以上はお仕事の邪魔になりますからと言って、我が家へと連れ立って戻っていった。
その姿を見送った後、私は再び作業を始めるが、なんとも不甲斐ないことに……、塩漬け肉もそろそろなくなるって言ってたから今度の休みに狩りでもするかとか、鍛錬の一環としてゴブリン狩りに行こうかとか、鶏を飼うならしっかりとした柵が必要だなとか、自分の間抜けた姿を歌にしないように注意しないととか、といった具合に思考があちらこちらに散ってしまって、作業の効率が落ちてしまった。
なんとか夕食前には作業を終えたが、うぬぬ、精神修養が足りんなぁ。
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