2 冒険者ギルドにて(絡む勇者求ム)
到着の騒ぎが一段落した後、街に入ることになった。
ようやくということで、隊商の参加者がほっとした顔で次々に入っていく。関わりがあった女行商人一行の姿も見えた。私たちも付き添い役となったデボラと共に石橋を通り、跳ね橋を渡る。
街門では二人の衛兵が両脇に控えている。
年嵩と若者。共に同じ意匠の革鎧を身に着けて、手には身の丈ほどの槍を持つ。
年嵩の方は緊張した様子で私を見つめ、若い方は危機感が薄いのか、エリス達をちらちらと見ている。ただユーグが事前に話を付けたお陰で、特に咎められることもない。
何事もなく入れるだけで、私としては助かることこの上なしである。
私たちの前を行くデボラが言う。
「さっきの役人、マキラはね、あれでも行政部の長なんだよ」
「ぎよう、せい、おさ?」
「ああ、イグナチカは帝国が直轄する街でね、代官っていう……、あー、皇帝に差配を任された代理人が、一番のエライさん。その下に行政部と衛兵部って二つの部署があるんだけどね、その内の一つのエライさんさ。だから、衛兵にもある程度は話が通るのさ」
「わかる、した。さき、おとこ、まち、にばん、えらい?」
「ああ、そうなるね。……けどまぁ、街の規模がそこまでのモノじゃないから、エライといって身構える必要はないさ。あいつも准男爵って貴族の出らしいけど、跡継ぎの予備にもなれない六男坊って話さ。独立した今となっては二等士爵っていう一代限りの末席貴族で、平民と変わらないそうだよ」
……うむむ、聞くだけじゃわからん。
時間ができたら、帝国の制度とか細々としたことも勉強しよう。
なので、ひとまず頷いておく。
「さて、まずは中央の広場に行こうか。旦那から預かった荷物もそこにあるよ」
そんなこんなで、ほいほいとデボラに付いて門をくぐる。
ドッケンヘンの街門と比べれば、小さく幅も狭い。荷車が一台余裕で通れる程度だ。しかし、この街だとこれが適正なのだろう。
一直線に続く通りは、地道であった。
まだ開けて風が通るおかげか、汚臭の類はマシだ。(でもそこはかとなく臭う)
轍の凹みは微かに見える程度。頑張って埋め戻しているようだ。感心しつつ、道の両脇に立つ建物を見る。
石造りの建物はない。
木造二階建ての建造物が続く。まず目に入ったのは、ベッドを象った看板を出す宿屋。建物自体が大きくて、人の出入りもある。おそらくだが、近くには娼館もあるはずだ。人は性欲から逃げられない。(私も)
油や香草の香りが鼻に届いて、そちらに目をやる。
食堂が数軒。昼近くということもあってか、人が多い。その近くにはパン屋もあるが、今は焼いていないようだ。
食料品や衣料品を売る店は見えない。雑貨店も。
そこまでの需要がないか、別の場所にあるか。あるいは広場があると聞いたから、市場でも立つのだろうか。
しげしげと眺めていると、目的地である広場に着いた。
通りの南側。縦横三十メートルほどある、地面を慣らしただけの空き地だ。噴水なんて気の利いたモノはない。
通り近くに三つの露店。店番らしき中年女が暇そうにしている。置いているのは、麻布、野菜、小芋だ。他の場所にも露店が十個ほどあるが、品も人もない。
他に目立ったのは、西側に一つだけ石造りの建物。
二階建てで、場に似合わぬ重厚感がある。その近くにロバが五頭と以前も見た老境の男が一人。他に若い男が二人、荷物を下ろして整理していた。
「あそこだ。……ええと、ユーグから聞いたけど、旦那に渡すのは、剣類をまとめた束が六つと、ナイフを詰めた袋が三つでいいんだね?」
「そう。ほか、しまつ、ゆーぐ、たのむ、した」
「そっちも聞いたよ。……旦那も、随分と気前がイイねぇ」
「おで、しんじる、ひと、ほしい。おで、はたらく、できる。かね、かせぐ、できる」
「なるほどなるほど。いろいろと考えてるんだ」
デボラが感心したように言うと、若者達に私たちの分の荷物を仕分ける様に指示を出す。
二人はヒイヒイと荷物を取り分けていく。そこにフィオが近寄って、おーと感心した様子を見せれば、動きが良くなった。顔もきりりと引き締まる。頑張れ若人達、少女二人がしっかり見ているぞ。
「ユーグはじきに来るはずだから、もう少し待っておくれ」
「わかる、した。……えりー、ふぃお、つかれる、した、いう」
「わたしはまだ大丈夫です」
「あたしもー」
二人ともそれなりの荷を背負っているというのに、普段と変わらぬ様子。
大したものだと感心して、ふとあることに思い至った。
それは、フィオはいつまで私たちと一緒にいるつもりなのか、ということ。
その点を聞こうとしたら、石造りの建物からユーグが現れた。
「お、旦那、待たせたか?」
「いま、きた」
「そうか。なら早速だが、俺について中に入ってくれ。ああ、お嬢さんたちも一緒にな」
私が首を傾げると、ユーグは軽く笑って言った。
「ここは冒険者ギルドだ。まずは旦那たちの身分証を作るのさ」
呼び込まれて中に入る。
とはいえ、私から見れば、間口の丈が少し低い。大荷物を持つ以上、頭をぶつけて後ろに倒れるなんてことになるとマズイので、まずは二人に入ってもらう。
身振りで示せば、了解した二人が軽やかに入った。その後ろを、私ものっそりと頭をかがめて続く。
直前、ガタガタタッと椅子が動く音が複数したが……、なんだろうか?
屋内の明るさに慣れるため、目を細めて室内を見る。
天井に照明具があり、意外と明るい。奥に受付と思しきカウンター。手前側は待合待機所のようで、テーブル席が五つほど。その全てのテーブルで、青い顔をした男たちが息を揃えたように、スッと椅子に座る姿が見えた。
……。
これは、あれか?
数々の創作で描かれてきた、新人に対する先輩冒険者のマウント取りでもあるのだろうか?
思わず、げはっと笑う。
男たちがすごい勢いで肩を跳ねさせたかと思いきや、顔を隠そうとするかのように、深く深く項垂れてしまった。
……あれー?
「おぉーい、旦那ー、こっちだ」
一人くらい絡んできてもイイはずなのにおかしいなと思いつつ、ユーグのいるカウンターへ。
先に着いていた少女二人はなにが面白かったのか、笑いをこらえる表情。腑に落ちないまま、カウンターを見る。
三つ並んだ受付席、目の前に座っている中年の男は呆れ困った顔。残り二つに座る女性陣は、エリス達同様に笑みをこらえた観。いや、ほんと、なんだ?
「あー、失礼。あなたがた三人が、冒険者登録をされるということで、よろしいか?」
エリスが私を見たので、その肩をぽふりと触れて押し、全てを委任する。
「はい。わたしがエリー、正式にはエリスです。こちらがブリド。そして……」
「あいあい、あたしはフィオ、正式にはフィオリーナ。王国の冒険者証は持ってるよ」
あー、やっぱりフィオも名前を少し変えていたか。
「今まで黙っていてごめんねー」
「構いませんよ、こちらも訳ありでしたから」
「えー、話を進めても?」
「あ、はい」
エリスが慌てて頷くと、受付の男は自然体のまま話を続ける。
威圧感ある私を目の前にしてもまったく動じていない。なんとも豪胆な人である。
「私はデニス。当ギルドでは主に受付を担当しています。さっそくですが、登録手続きについて説明します」
「お願いします」
「はい。エリスさんとブリドさんに関しては新規登録となりますので、保証人が必要になります。ただ、こちらのユーグさんが保証人を引き受けるという話は聞いていますので、こちらの書類にそれぞれ、名前と性別、生誕年、可能なら生誕月日、出身をお書きください。それをお出しいただきましたら、手続きに入ります。フィオリーナさんの分に関しては、王国の冒険者証と交換による登録になりますので、それをお出しください」
ほうほうほう、なるほど、どうしよう。
これは困ったな。
名前と性別はいい。出身もドッケンヘンでいいだろう。ただ生誕年か……、私の記憶にある限りだと、生まれたのは三年か四年前。これを素直に書くのは……、ちょっとどころではない問題な気がする。
……よし、わからないってことにして、外観から決めてもらおう。
「ブリドの分もわたしが書きますけど、いいですか?」
「はい、代筆は大丈夫です」
「では、名前はブリド……、綴りは……うん、これで。性別は、男性。生誕年は……、ブリド、わかりますか?」
「わかる、ない。おで、いくつ?」
「あの……、こういった場合は、どうすれば? ブリドは少し特殊な出自で……、普通のヒトには当てはまらない部分がありまして」
受付さんは困った顔をしたが、そうですねと唸り、私を見て言った。
「記憶している限りで構いません。暑い季節か、寒い季節。それが何回来たか覚えていますか?」
「おぼえ、する」
もう、こうなれば仕方ない。
私は片手を広げてから一つ減らして、示す。
「四年、ですか。ええと、うーん、見た目からはまったくそう見えないが……、本当なのか。……あ、あぁ、なるほど、それで、特殊か」
難しい顔で私を見つめていたが、よしと一声。
「でしたら、今年が1251年ですから生誕年は1248年。そこに但し書きとして、年齢は四倍ないし五倍とする、とお書きください」
「……わかりました」
あ、なんか、エリスがショックを受けてる気がする。
フィオも目を丸くしてるし、なんなら他の受付さん達も驚いた様子。ただ、ユーグは特に変わらない。やはり、私の出自について掴んでいるということだろう。
「出身は、ドッケンヘン、でいいですね?」
「たぶん」
「では、ブリドの分はこれで……、後は私の分ですね」
と、エリスはさらさらと自分の分の申請書を埋めていく。やはり学がありますねぇ。
ちらりと覗けば……ほうほう、よめねぇ。い、いや、まだだっ! 生年月日くらいは……、あ、エリスも孤児だって言っていたな。えー、なら生誕年をと……、あの数字は……、1、2、3、……ぬ、最後だけ指が邪魔して見えなかった。
「お兄さん、覗き見はダメだよー」
あ、バレた。
「女はねー、少しヒミツがあるくらいの方がいいんだよ?」
そっかー。(すなお)
「さて、次は私だねー」
フィオはそういうと、服のポケットから小さな鉄板を取り出した。手の平に収まるサイズだ。
「では、お預かりします。これから冒険者証を作成するまでの間、簡潔に冒険者証の効力とギルドでできること、冒険者の義務と守るべきことを説明します」
この前置きから始まったのは、諸々の説明である。
長かったので、私なりに要約すると次の通りだ。
冒険者証は、最低限の身元保証を担う証書であること。
その効力として、冒険者ギルドを使う権利、帝国内での移動の自由(立ち入り制限あり)、街や都市での滞在許可(居住権は別)、武装の許可(持ち込み制限場所あり)が付与される。
何らかの事情で身分証の提示を求められた場合は、これを見せる必要がある為、常に持ち歩くようにとのことだ。
ギルドでできることは五点。
仕事を探すこと。仕事を請け負う際に、仲間を募ること。仕事の報酬を受け取ること。仕事を依頼すること。報酬等の預金。この他にも有料のサービス有り。
冒険者の義務は、四点。
冒険者同士の互助(常識の範囲内)。武装している場合、市民を脅威から守ること。ギルドの徴兵徴募に応じること。ギルドの指名依頼に応じること。
これらに反すると、冒険者証の効力を停止されたり取り消しされたりする。
最後に守るべきことだが、これは前にユーグが言った内容と同じ。
人を傷つけるな。人を殺すな。人から奪うな。人から盗むな。人を犯すな。前の三点については、襲われた場合に限って免除される。私にとっては常識の範囲だ。
「……以上となります。我々ギルドはあくまでも冒険者の補助者であり、国や社会との仲介者です。あなた方の生活を保障することはいたしません。あなた方の生活はあなた方自身の力で立てる必要があります。まずはそれを第一の目標にして、冒険者として頑張ってください」
受付さんがそう締めくくると、後ろの部屋から初老の男がトレーの上に三枚のカードを持ってやってきた。(これ出待ちしてたよね?)
「では、最初にエリスさん、どうぞ。……はい、次にブリドさん」
私は差し出された鉄のカードを受け取る。
手が少し震えた。重くないのに、とても重い。本当に、重く感じられる。
この世で意識を持っておおよそ一年。ようやく……、ようやく、人と同じラインに立てた。
「引き渡しは以上です。ギルドは年末年始を除いて無休ですが、開設時間は朝六鐘から昼八鐘までとなります。締め切りのある依頼の場合は注意してください。……では、良き冒険を」
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