平穏を望んで、地均し!

1 到着、イグナチカ


 平穏な暮らしを求め、生まれ育った地を飛び出した。

 二人の道連れと共に進む、私の明日はどっちだ!


 なんてフレーズが唐突に頭に浮かんだ。

 なんでこんなことを考えたのか、自分でもわからない。こんな風にたまに思考が飛ぶことがあるのは、やはり前世の記憶や経験が影響しているのだろうか。……まぁ、特に問題はないし、気にしすぎる必要もないだろう。


 それよりも今は、見えてきたモノの方が重要だ。

 山麓の扇状地で最後の野営を終え、今は平原へと続く下り道。目的地である街が見えてきた。


「あれが、イグナチカ」


 エリスの声に、私も街を遠望する。

 まず目立つのは街の北にある切り立った岩塊。大きさは街の五分の一ほど、高さは数十メートルはありそうだ。面白いことに上部はほとんど凹凸が見えず、平坦に見えた。


 その岩と街の間を流れる川がある。

 名はイグナ川というらしい。川幅は広い所で十数メートル、狭い所は八メートル程か。これは街の東側を南から北に流れてきて、先の岩に阻まれると西へ。その後は徐々に南へと流れを変えている。簡単にいえば、川が街を抱き込むように流れているのだ。


 川に接している北と東には、それほど高くはないが、防壁や防御塔らしきモノが見えている。

 だが、南と西にはそれらしいモノはない。あるのは畑か牧場を囲っているような木の柵くらいだ。ただ、南西には簡易な門らしきものがあるほか、東防壁の南端に今まさに作っていますといった風情の足場が組まれており、人らしき影が動いている。


 一番大きな建物は北東の角。

 城館かどうかはわからないが、ドッケンヘンのモノに比べれば小さくて、三階か四階建て程か。防壁とも一体化していることから、街の防衛に関わっているのは間違いない。

 どんな目的かはわからないが、その館の屋上から先の岩塊まで吊り橋が渡されている。


 東の出入口は川幅が一番狭くなっている場所にある。

 東岸から川幅七割程まで石橋があり、それと街門に設えられた跳ね橋とを組み合わせて、一つの橋にしているようだ。人の出入りは見えない。


 東門からまっすぐに伸びる通りはそのまま西の川縁まで続いている。

 そこには湊があるようで、船らしきモノが数隻浮いていた。また対岸には辺り一面に大規模な田園が広がっている。


 後は街中であるが……、建物については高い建物はない。

 通りに面している場所で、二階建てか。それ以外は基本平屋の様だ。細かい所は中に入ってからでいいだろう。


「いい場所だといいねー」


 フィオののんびりとした声に、私は頷いた。



 隊商+αは順調に進み、遂に目的地であるイグナチカに到着した。

 本来は先の野営地が隊商の解散場所なのだが、今回は賊というイレギュラーがあったこともあり、多くの者がイグナチカまでの同行を希望した為、こちらに変更されたのだ。


 なので到着して早々にユーグが隊商の解散を宣言したのだが……、+αのお陰でちょっとした騒ぎになっている。

 具体的に言えば、街の衛兵達が賊の引き受けでわたわたと動き、騒ぎを聞きつけた住民が集まってざわざわと騒ぎ、役人と思しき男がユーグといろいろとやり取りをして、助かった女たちが友人家族恋人等々のどれかはわからないが親しい人達から抱きしめられ、私の存在を認めた者達が驚きや警戒の目を向けながらひそひそと話している。


「もー、お兄さんを見る目、イヤーな感じ」

「おで、き……、きに、する、ない」

「そうです。ブリドは普通にしているだけで、すぐに誤解は解けます」

「でもさー、偏見ってのは、なかなか難しいよ?」


 フィオの言は一理ある。

 が、それはもうどうしようもないこと。自分からどうこうせずに、放っておくに限る。ただし、悪意をもってこちらに絡む場合は別である。相応に覚悟してもらおう。(今なら利き腕一本)


「ひと、じぶん、けいけん、きほん。つぎ、きく、はなし。それ、ひと、かんがえ、つくる。きく、はなし、まちがう、ある。ひと、かんがえ、まちがう、ある。……でも、おーく、てき、ただしい。おで、まえ、ころす、した」

「んー、なんていうかさー、お兄さんと話してるとさ、世の中のことを色々と教えてくれた、お爺ちゃん師匠を思い出すなー」

「おで、じいじい……、だった?」

「あははー、そんなことないっていうか、そういう意味じゃないから。そんなショックを受けた顔しないで。あと、エリーも怖い顔しない」


 そうそう、私も冗談に乗っただけだから、気にしないでいいのよ。

 なんて思いを胸に、エリスの硬くなった頬を優しく摘まんでのばす。


「ふりと、やめれくらはい」

「いま、わざ、と。えりー、おこる、ない」

「し、知ってましたから、それくらい」


 えー、それ、ほんとでござるかー?


「はー、いいなー」

「ふぃお、えりー、あそぶ、する?」

「ブリド! 今のはどういう意味ですか!」


 うんうん、普段のお淑やかなエリスもいいが、こうして生き生きと怒る姿もカワイイ。


 ちょっかいも意味があるって、……私、小学生かな?


 いや、さすがにそこまではいかないはずっと、ユーグが役人を連れてこっちに来たな。


「旦那、少し話、いいか?」

「だいじょぶ、ここ、いい?」

「ああ、そう込み入った話じゃない。お嬢さんたちも聞いても大丈夫な話だ」


 私が頷くと、少し腰が引けた様子の中年男が話し出す。


「え、えー、私はイグナチカの役人で、マキラという。ほ、本来であれば、賊退治はイグナチカの衛兵が為すべきことであったが、今回はそれが間に合わず、迷惑をおかけした。また退治を為したことに感謝申し上げる。その上で、少し確認をさせていただきたい。今回の賊を捕らえたことに対する報奨金についてだが……、被害にあった女たちに分配する。本当に、それでよろしいのか?」

「イイ。おんな、うしなう、おおい。さき、たいへん。おで、はたらく、できる。かね、かせぐ、できる」


 丸い顔の役人は顔に劣らず目を丸くして、不思議そうな顔をする。

 その様子が不思議で、私は首を傾げた。それが数秒。視界の端に映るユーグの顔がにやけていた。


 役人がはっと我に返ったように首を振り、心なしか居住まいを正して言った。


「失礼しました。あなたの意思、確かに確認させていただいた。報奨金については、女たちに分配すること、こちらでさせていただきます。……ちなみに、ですが、イグナチカに滞在ないし居住を、希望されるのですか?」

「かなう、なら。おちつく、したい」

「わかりました。この街に入る際に、イグナチカ政庁からお願いすることは、人として当たり前であることです。人を傷つけるな。人から奪うな。人を殺すな。これらを守っていただければ、街での滞在は問題ありません」

「わかる、した。もんだい、ある、とき、えいへい、いう?」

「はい。問題が起きた時は、手を出す前に、まずは衛兵に一報を。それができない場合でも呼ぶと言って牽制を。それを基本にしてください」

「わかる、した。あいて、て、だす、した、とき、どう、する?」

「えー、手加減……、そう、手加減を、くれぐれも命を奪うまではいかないように、お願いします」

「わかる、した。なでる、する」

「それで、死にませんね?」

「だいじょぶ。うごき、とめる。おちつく、させる。でも、ぶき、だす、とき……、うで、おる」

「………………わかりました。そこで抑えてください」


 かなり葛藤したようだが、なんとか呑み込んでくれたようだ。

 私もそれに応じて、大きく頷いた。


「では以上のこと、守っていただけますね?」

「まもる。えりー、ここ、いる、ダメ、なる、こまる。まもる、する」

「はい。お願いします。それでは、私はこれで……。あぁ、忘れていました。イグナチカへようこそ。ここは帝国の最果てと呼ばれる街ですが、住んでみれば意外と良い場所です。あなたたちにとっても、そうなってくれることを期待します」

「……あり、が、とう」


 なかなかの人物だ。

 最初こそ、私の見た目を恐れてこわごわとした態であったが、話が通じることがわかると即座に頭を切り替えたし、本心からかは置いても歓迎の意を示した。普通なら簡単にできることじゃない。


 立ち去るユーグ達の後姿を見ていると、助けた女たちが複数人を連れてやってきた。

 女たち以外は少し緊張している。何事かと首を傾げると、一番年上で私に助言をしてくれた女が代表する形で口を開いた。その表情は少し硬い。


「あの……、少しイイかな?」

「どうか、する?」

「うん、身内や仲間がさ、礼を言いたいってね」

「きに、する、ない。おで、たすける、たま……たま。おまえ、たち、うん、よい。かみ、れい、する」

「……運が良かったね。本当に、そう思う?」


 難しいことを聞く。

 人の価値観はそれぞれ。修羅場で仲間が死ぬ中で生き残って、好き勝手に凌辱されて、この先もずっとそれを背負って生きることは、死よりも辛いと考えても仕方がない所はある。ただ、私の価値観で答えるとすると……。


「いきる、のこる、かち。しぬ、おわり。あと、する、できる、ない」

「でも私は、生き残ってしまったことを恨んだわ。仲間を殺されて、この身も汚されて、どうしてと神も恨んだのに、それでも許してもらえると?」

「かみ、おこる、ない。うらみ、ながす」


 正確には、頓着しない、かな。

 神なる超常の存在は余程でなければ、個々人に寄り添うようなことはしないだろう。そもそもの視座が違うというべきか、とにかく人が思うような、万人の万事全てを見ていることはないというか、そんな都合の良い存在ではないはずだ。


「……そっか。でも、あなたが私たちを助けてくれたことは事実。復讐も……一つの区切りをさせてくれた。その感謝を」

「わかる、した。でも、うん、よい、ほんとう」

「そう、だね。そう、思う。……うん、これから、きっと、大変だろうけど、なんとか踏ん張るよ」

「ひとり、かんがえ、する、だめ。おまえ、たち、なかま、いる。たすけ、もとめ、する」

「あ、あはは……、そうだ、そうだったね、うん、そうするよ」


 私は笑うと怖いなんて評判(賊限定?)なので、自らの口端を両手指で軽く持ち上げる。


「わらう、する。まわり、みかた、つくる。おまえ、たち、ばか、する、やつ、ける、とばす。おこる、する。たたく、する。いかり、ことば、する。なき、する。おまえ、たち、ゆるす、される」

「ふふ、ふふふっ。そうだね。うん、そうだ。それ位の気持ちでいればいいんだ。ありがとう、旦那」


 女の表情が少し緩んだのを見て、私も本来の笑顔で頷いて見せる。

 中々凶暴だと思うのだが、なにを思ったか他の面々がわっと近づいてきて、それぞれが頭を下げたり感謝を述べたりと、騒がしくなってしまった。

 お、おおう、この世に生まれて、こんな数の人に詰められたのは初めてだ。


「むー」

「ほらほらー、エリーも喜びなって、お兄さんをちゃんと知る人が増えたんだからさ」

「いえ、その、それはわかっているのですが、やはり、こう、ちょっと惜しい気がしてしまいまして」

「あー、寂しいというか、取られたみたいな?」

「う……、そんな感じです」


 エリスにフィオ。

 そろそろ助けが欲しいのだが……。


 残念なことに、二人は自分たちの話に夢中のようで、このなんともむず痒い空間から解放されたのは、もうしばらくしてからだった。

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