12 平穏を探して(打ち切りEND跡地)


 賊退治よりも後始末で疲れた。

 身体的にはそれほどではないにしても、精神的なモノが削れた気がする。やはり私のような善良なモノには、殺伐空間は合わないということなのだろう。(善良とはうごご)


 さて、賊の頭目を始末した後のことであるが……、逃げた賊は明け方近くまで探した結果、三人を始末して終了。


 明け方には拠点に戻って、賊の武装を解除。

 賊に逃げた者はいなかった。脅しがかなり効いたようで、私を見る目は怯え切っていた。ビクビクしながらもちゃんと言うことを聞くので、大変けっこうなことである。


 次に囚われていた女たちを解放した。

 数は四人。少し話したが、全員が隊商の参加者だった。故に囚われた時間は短いはずであったが、酷い目にあわされたのは一目瞭然であった。私もオークライクな見目だけに怖がられるかと思ったのだが、そんな様子は見られなかった。賊への憎悪が大きすぎて、私のことにまで気が回らない感じだ。


 日が昇ってからは制圧した賊を使って、死体と戦利品集め及び墓穴掘りの監督。

 大きな墓穴が出来上がったら、死体をすべて放り込む。終わった後は残りの賊を墓穴の縁に立たせた。察しが良い連中は顔を絶望一色に染め、そうでない奴も不穏を感じてそわそわ。だが、手を下すのは私ではない。

 救助した女達に剣を渡して、恨みがある奴にブスリとどうぞと説明。結果として、十人が滅多刺しにされて罪を贖った。賊連中は恐れおののいていたが、因果が巡って応報の時が来た。それだけの話だ。それよりも、女たちの恨みがこれで少しでも晴れたらいいのだが……。


 追加の死体を落としたら、墓穴に土を覆いかぶせた。

 ついで、被せたばかりの土の上で再利用不可能な布や防具、薪を集めて火をつけた。中々の勢いで燃え上がる。そこに生木や枝葉を足して、煙を増やす。これで、ユーグ達に知らせることができたはずだ。


 そして最後、連行する賊三十一人分の利き腕を折ろうとした段で、女の一人から待ったがかかった。

 聞けば、五体満足で犯罪者を街の衛兵詰所に引き渡せば、少ないが報奨金が出るとか。なんでも犯罪奴隷として売りに出したり鉱山に送って重労働させたりするらしい。なるほどと頷いて、押収したロープを個々人の首に巻き、それを十人程度で連結することにした。これで逃げることも難しくなるだろう。


 こうした具合にやることは終えた。

 後は虚ろな顔の男たちに荷物を持たせて、山越えの野営地まで戻り、ユーグ達の隊商が来るのを待つだけである。


 あー、早く水場で身体を洗いたい。




    ☩   ☩   ☩




 日が西に傾きだした頃。

 山の上から隊商が下りてきた。先頭にはユーグの姿。彼に向けて、手を振る。相手も気づいたようで、手を挙げたかと思うと駆け下りてきた。


「おーい、旦那っ! どうやら首尾よく終わったみたいだな!」

「おわる、した。ぞく、すみか、つぶす、した」

「ああ、煙が上がったのは見えていた。……本当に助かったよ」


 そう言ってもらえると、頑張った甲斐もあるが……、まだ引き継ぎが終わっていない。


「ぞく、とらえる、した。これ、あと、まかす」

「ああ、見張りをつける。衛兵にはこっちで引き渡すよ」

「たのむ。あれ、つかまる、した、おんな。たすける、した。まかせ、する」

「そちらも了解した。デボラが下りてきたら、すぐに対応させる」

「ぞく、にもつ、そこ、ある。おで、ぶき、もらう。ほか、にもつ、ほう、しょう、たすける、した、おんな、やる。……あと、たのむ」

「それは……、旦那はそれでいいのか?」


 大きく頷く。

 これは私の心のため、自身がケモノではないと思えるようにするための、浄財だ。


 なんて外向きには格好をつけているが、私にとって貴重な鉄は確保できている。

 それ以外は元からなかったモノなのだから、なくても構わない。私にはこの頑丈で強靭な身体があるのだ。エリスの協力があれば、肉体を使う仕事で稼ぐこともできる、はず。


 後はゲスな話。

 私が魔物や蛮族ではないと、この先に向かう街でアピールしたいなんて狙いもある。


「わかった。そのように取り計らおう」

「まかせ、する」


 さて、これでようやく身を清めることができる。


「おで、からだ、あらう、する。えりー、ふぃお、つたえ、たのむ」

「了解だ。ああ、忘れていた。お嬢さんたちはもちろん無事だ」


 知ってたと頷き、近くの小川へと向かう。

 エリス達が到着する前に、臭いと汚れを落とせたらいいのだが……。



 ストレスから解放されたせいか、気分よく水浴びである。

 小川に全身を身を沈め、肌にまとわりついているべた付きや臭いを流し落とす。山からの冷たい水は滾りの残滓を沈めてくれる。(極々一部の滾りはどうにも収まらない)ある程度は落ち着いた所で、身体を洗う。もっとも洗剤なんて上等なモノはなし。


 いやー、砂で肌をゴシゴシするのって、けっこう気持ちいいっすねぇ。(良い子は真似をしちゃダメ)


 血飛沫や泥どころか、垢まで取れていく。ついでに腰巻も洗わなければ。ヤッタことがヤッタことなので、血飛沫や肉片をモロに浴びている。よく洗い落とさなければ……。


 ごーしごしっと。


 ……あー、平和だ。


 本当はこうして毎日でも洗いたい所だが、代えがない以上は難しい。生産力が低いのか、流通力がないのか、はたまたその両方か。布一つがとても贅沢品だって、はっきりわかるんだね。

 実際、麻にしろ綿にしろ毛にしろ、布にするのは大変だ。収穫して紡いで糸にして、織機を使って織り上げる。言うは簡単だが、行うは難し。延々と同じ作業を続けるのだ。私なら一時間と持たないだろう。一つの布地を織り上げようものなら、手間も時間もかかる。それが仕事ということだろうが、需要にはなかなか追い付かないだろう。


 ……はて、私はなんでこんなことを考えて?


 首を身体ごと傾げて、まぁ問題なしと判じて洗濯終了。


 近くの岩に腰巻を叩きつけて水気を取る。

 後は腰巻が乾くまで、冷たい流水に身体を沈めて、ぼぅとする。


 森の上。

 雲のない空を、傾いた日がじわじわと赤に染め始める。


 浸かっているのが温水だとよりイイのだが……、あ、そうだ。

 温泉だ。温泉を探しに行こう。生活が落ち着いたら、山に秘湯というか温泉を探しに行こうそうしよう。


 うんうんと頷いていると、足音が二つ近づいてくる。

 私の所にやってくる物好きなど限られている。音の軽さから、エリスとフィオだろうが……えらく急いでるような?


「ブリドっ! 無事ですかっ! 怪我はないですかっ!」


 そう声を上げたのはエリスだ。

 随分と慌てた様子に、目を丸くする。


「おで、だいじょぶ。けが、ない。げんき」

「で、でも血塗れだったって聞きました!」


 む、これ、答えないとダメか?


「はーふー、そんなに慌てなくても、大丈夫だって、言ったでしょ。エリー、落ち着きなってー」


 お、フィオも到着。

 こちらは変わった様子はない。むしろ落ち着いた顔だ。


 彼女は私に目を合わせると、ニコリと笑って続けた。


「お兄さんが血塗れだったのはさー、ぜーんぶ返り血って奴だよ。いやー、でもほんとに強いんだね。一人で賊を平らげるなんてさー」

「ほんとですか? ブリド、ほんとにほんとですね? 怪我、してないですね?」

「ほんとう、えりー、あんしん、する」


 うーむ、エリスをかなり心配させてしまったようだ。

 確かに、ドッケンヘンを脱出してからはトイレを除いてずっと一緒にいたからなぁ。しかも離れた理由が荒事だけに、より不安が大きかったのかもしれない。


 ……。


 よし、これはもう仕方ない。

 私がまったくの無事であることを、怪我一つなかったことを、見せて納得させるしかない。


 そう仕方がない、これは仕方がないことなのだ。

 決してヤマシイことなんて考えていない。ただ無事であることを見せたいだけなのだ。


 なんて風体で自らの企みを正当化し、私は水の中から立ち上がる。


 ざばりと上がる水飛沫。

 私はムンと胸を張って、全身全裸を余すところなく隅から隅まで、二人に見せつけてから、両の上腕を持ち上げてポーズ(フロントダブルバイセップス)をとった。(こんしんぜんりょくのさーびす)


「ひゃっ、あ……ああ」

「ひぇっ、でっぇっ!」

「だいじょぶ、けが、ない」


 一瞬にして顔を真っ赤に染めた少女二人。

 あわあわとしている割に、その視線は……硬く大きく勃こり天に向かって反り返った、真・ぶらぶらに固定されている。


 うわー、やーらしんだー。


 私は自らに叶う限りの無垢な目を二人に向けて、首を傾げる。(こころはふじゅん)


「えりー、ふぃお、どうか、する?」

「ああああ、なんでもないですなんでもないんです! けがないならいいんですだいじょうぶならいいんです!」

「おおおおおおおおっ、おにいさんーっ、ちょ、ちょーっとばかり、そそそそれはきょうあくすぎないかなっ!」


 あー、乙女の純真な反応に癒されるんじゃー。


 本当に、こういったことでしか補給できない成分って、あるかもしれない。

 けどまぁ、陰鬱な仕事を終えたのだから、少しくらいは破目を外してもいいだろう。


 そう、先々のことを思えば、こうやってバカをして、幼気な少女をからかって、英気を養うことも大切だ。


 なにしろ私たちはまだ歩き続ける必要があるのだ。

 どこかにあるかもわからない、平穏を探して……。

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