11 悪鬼襲撃
ギュっと締めて意識を断つ。
所持品全てを回収し、男たちは身包み剥いで素っ裸。利き腕を折って、痛みで目覚めた所を追い散らす。
簡単に殺すよりも、全てを失って、じわじわと絶望の中で死んでいく恐怖の方がこういった輩にはよく効くだろう。いや、運とその他諸々があれば、生き残れる可能性があるだけ、むしろ温情かもしれない。本当は殺した方が後腐れがないのだから。
とはいえ、これから向かう賊の拠点ではこんなこともしていられないだろう。
明日までに、何人殺すことになるのやら……、請け負った仕事とはいえ、溜息が出る。もう、その時は思考を放棄して、本能のままに動く方が楽かもしれない。……ああ、文明人への道がまた離れていく。
ぶふーと鼻息を噴き出してから、ひいひい泣き喚きながら逃げる男たちを追って、道をまた下り始める。
この先二人がそのまま逃げるもよし、ねぐらか仲間の下に行くもよし。とりあえず、下の野営地までの道案内に利用する。
次の目標だが、下の野営地の周辺で監視しているであろう、賊を排除だ。
今度からは情報もいらないから、手早く始末するか。と方針を定めて、その後の始末をどうするかに考えが向いた。
連中の死体……どう始末する?
基本的な解決方法として……埋める? 森の中で? ヒトは植物にはあまりよくないと聞いたし、数によっては掘って埋める作業がとても面倒だ。
ならば、野ざらしに放置する?
大量に発生する人肉。狼やクマといった肉食獣が味を覚えて、別の場所で被害を引き起こすかもしれない。(本当に食略)
前の二人が高い確率でそうなると思われるが、それはそれ。もう私の中で、彼らへの沙汰は終わっている。
なら最後の方法として……焼く?
頑張ればできなくもないが……、私一人だと面倒だし、山火事が起きそうな不安がある。
殺すと手間なら、生かす?
こっちも手間と面倒がかかる。食い物は与える必要はないが、水は必要となる。死んでもいいと割り切るなら、それでもいいが……他の者への精神衛生的に悪い。後、監視の手も必要になるし、反乱というか、やけっぱちになって暴れるリスクもある。そもそも引き取り手はいるのか? 犯罪奴隷みたいな制度があればいいかもしれないが……、このあたりのことも聞いておけばよかった。
……。
なんというか賊を生かすも殺すも、どちらにしろ本当に面倒だな!
……よし、ここは殺生折半案だ。
刃向う奴は全員殺す。降伏した奴は死体の始末を終えた後、利き腕を折って連行。これで逃げる奴は見せしめに殺す。うん、自分で墓穴を掘らせないだけ有情だ。何人連れて行くことになるかはわからないが、その後のことは、全部ユーグに任せよう。
指針が定まって少しすっきりとした気分になったが、やはり殺伐思考は好みではない。
早い所、終わらせたい。
☩ ☩ ☩
ビュッと来て、ドンっとやって、全て解決、なら楽でいいのだが……、私にはムリだ。
とりあえず、下の野営地に到着。近くで潜んでいた連中を始末した。
その場にいたのは四人。例の二人が名前を呼んで助けを求めたから、賊と認定。私が姿を現すと、全員が得物を抜いた。よって、木槍と石斧を使って始末した。
私としても、もう少し綺麗に片づけることができればいいのだが……、有り余る膂力と鈍器という得物のお陰で、見れたモノではない現場だ。……きっと爆発事故でも起きたのだろう。(素手製爆弾)
案内役に使った一人はことの一部始終を見て、気が触れてしまった。力が抜けたように座り込み、ずっとへらへら笑いながら動かない。
幸いというべきか、もう一人の方はまだ肝が据わっていたようで、再び逃げ始めた。向かう先は、近くの森。先に聞いていたねぐらがある森だ。律儀にもまだ案内をしてくれるということか。
私としては本番である。
できれば一度、汚れを落としたい所だが……、水場がわからない。時間もおしていることもあるから、今は我慢するしかない。森の土の上でごろごろと転がって身体をこすりつける。これで血臭が少しでも紛れればいいのだが、もう時間だ。
では、すとーきんぐ、開始。
森の中。木々や木の葉に遮られ、月の光もあまり届かない。
私は森が生み出した闇に潜り込みながら、案内役を追う。付かず離れず、足音を殺して。
男はふらふらと走りながら、助けてくれと叫び、逃げろと喚き、悪鬼が来ると絶叫している。
大声だけに気付いたのだろう、森の奥から一人二人と姿を現した。
計四人。全員、武装あり。防具は軽装。身体つきはそれなりか。所作や動きから、荒事に慣れていそうな雰囲気。
全裸の男は彼らに半狂乱の態で縋りつき、野営地のある方向を指さしては叫んでいる。悪鬼が来た、山の怪物が出た、みんな殺したと、壊れたレコーダーのように、繰り返し繰り返し叫ぶ。
あれでは、聞く側は何かマズイことが起きているとしか分からないだろう。
さて、どうするか。
新手はこれまでの連中とは違い、場馴れしていそうだ。こういった連中を取りこぼして隊商に被害が出る、なんてことは避けなければならない。……ならば、ヤルしかない。近くに落ちていた石を拾う。
私は困惑する男たちに、あえて存在を知らしめるために、嗤う。
「ひぃぃいぃぃっ! き、来た! 奴が来やがったっ! 悪鬼だっ! 山の怪物が、来るっ! 奴がみんな殺したっ! 逃げろっ! 殺されるぞっ! 早く逃げるぞっ! 早くっ! 早くしろっ! 悪鬼からっ、悪鬼から逃げろっ! 殺されるっ!」
イイ具合に全裸男が叫び、空気がざわつく。
彼らには直接的な恨みはないが……、これも今後のため、卑怯呼ばわりも甘んじて受け入れよう。
狙いを定めて……、ここっ。
投げた石は想定通りに飛ぶ。
……命中。武装した男の一人、全裸男を宥めていた男の頭がザクロのように弾けた。
全裸男は一瞬後に狂乱した。
言葉にならない悲鳴をあげながら、少しでも奥に逃げようと狂ったように走り出す。そして、そのまま森の闇へ消えた。
他の男たちも呆けたように動きを止める。
だが、その時間はわずか。すぐに得物を構えて散開した。
「くそがっ、付けられやがった!」
「おいおいおいおい、これっ、かなりやばいぞ! 敵がどこにいるかっ、全然わからねぇ!」
「し、信じられねぇ。投石で、普通、頭、弾けるか?」
「んなことどうでもいいっ! 今、アキムが死んだ! それが事実だっ! 警戒しろっ!」
「あああ、くそっ、もっと女抱いてりゃよかった!」
「……あー、ここが、俺の死にばじょ」
二投目。
木の影に隠れようとしていた男を落とす。頭上半分なくなったから、即死だろう。
「マラートっ!」
「おいっ、一か八かっ、逃げるしかねぇぞっ!」
「くそったれっ! 右!」
「前! タラス、頭に絶対知らせろっ!」
残った二人は別れて走り出す。
一人は左手へ、もう一人は野営地の方向へ。その在り方に、ある種の敬意を抱きながら、囮を狙う。
走り追い、木槍を構え、投げる。
投げ槍もイノシシ狩りで鍛えて、正確性がぐんと高くなった。穂先は強い力に導かれるまま、背中から胸に突き抜けた。森の縁近く、囮役は重く短い悲鳴と共に倒れ、自らの血の上で死んだ。
ふっと息を吐く。
……思っていた以上に、殺しに負担を感じている。
仮拠点での穏やかな生活は、私を良い方向に変えてくれたのだろう。
槍を抜き取り、最後の人を追う。
聞き耳を頼りに、森の奥へ進む。
人が生み出す音を探して走り行けば、早々に足音を捉えた。荒い息に金属が擦れる音も。最後の一人だ。
拠点までの案内役にする。
足を速め、先と同じく付かず離れずの距離へ。木々の遮蔽や暗がりを使って後を追う。向かう先、木々の向こうの暗がりに、ぼんやりとした明かりが見えた。赤黄の揺らぎは焚火か。近づくにつれて、複数の声や音も微かに聞こえる。
案内役が明かりの中に入った。
無事に情報を伝えたようで、拠点は急にざわつき始めた。複数の人影が動く。ガチャガチャと金属音がすれば、火をもっと強くしろとの声も上がる。襲撃だ、全員起こせ、どこから来るかわからん、急いで円陣を組めとの指示も飛んだ。
私は少し引いて、賊拠点の周囲を巡りながら観察を続ける。
木を切って開いた観。中心に大きな焚火。それを補助するように、周辺にかがり火が置かれている。いや、少しずつだが火の数が増えているようにも見える。光源を確保しつつ拠点を戦場に定めた、といったあたりか。
しかし、報告されたであろう、石礫でやられたことを本気にしていないのか?
どちらかといえば、拠点の周りに火を投げ込む方がいいと思うが……、火事が心配なのか?
……まぁ、なんにしろ、こちらは狙いやすい形になったから助かる。
情報では賊の人数は七十余。うち十一を排除済みであるから、残数は六十前後。
今は二十人程が円陣を組んで警戒している。また複数ある天幕からは男たちが続々と這い出てきては、円陣の輪に加わっている。その中には全裸の輩もいたから、おおよそしていたことがワカル。その天幕の辺りでの戦闘は避けた方がよさそうだ。あと、慰み者になっている女たちを人質に取るような動きもない。幸いだ。
ぐるりと一周した頃には、賊側も警戒態勢が整ったようで円陣が完成した。
中心に賊の頭と思しき一人の男。護衛が二人。その周りで弓を持ち構えるのが八人。弓手用の置き盾。残りの五十程は武器を手に、中心を守るように陣を敷いている。
もうこれ以上はいないと仮定して、行動を開始する。
まずは、初手石礫。
拠点外周をうろうろと行き来しながら、適当な石を拾っては投げ込む。戦果の確認はいちいちしない。弓矢での反撃を警戒して、投げた後は即離脱だ。ただ投げるたびに悲鳴が上がっているから、それなりの戦果は上がっているだろう。
闇と木陰に身を隠し、ドッドッと矢が木や土に刺さる音を共に、これを数分続けていると……。
「おらぁ、死にたくねぇっ!」
「ひ、ひ、殺される! このままだと、殺されるっ!」
「いやだぁ! もう、いやだぁっっ!」
「盾なんて、簡単にブチ抜かれるっ! 伏せろっ!」
無事に士気が崩壊したようだ。
大きい木の陰に入り、敵の様子を確かめる。
死ぬか負傷したかで、五分の一程度が倒れている。残りは頭を抱えて蹲る者が八割。置き盾の影に逃げ込んだのが二割ほど。統率が機能しているは置き盾の内側だけだ。
「ちきしょう! 本当に、本物の怪物かよっ! 急いで火を消せ!」
「ムリに決まってんだろうがっ! 出た瞬間、石をもらっちまう!」
「なら石食らう前に走れ! 森の中だ! 森に入って、怪物を探して殺せっ! 行けっ!」
「くそがよっ!」
数人が覚悟を決めたようで、走り出た。
それを無視して、置き盾に向け、強めの投石。辺り一帯に大きく乾いた音が響き、内側の弓手が倒れた。
「いたっ! いたぞっ! あそこだっ! あそこの木陰だっ!」
私がいる場所を指さす誰か。
残った弓手全員がこちらに矢先を向けた。
一旦引くか、と考えるが……、状況はそこまで悪くない。
大部分の戦意はへし折った。後は作戦なんてあってないようなもの。状況を終わらせるためにも、強引にでも狙うべきは賊の頭だ。一息に中心に走り込んで討つ。その後は勢いのまま流れでいこう。
私は木槍を使い、近くの茂みを大きく揺らした。
ガサガサとわざとらしいくらいに音が出る。普通なら引っ掛かりもしないだろう、誘引。状況が状況だけに、極度の緊張もあったのだろう、弓手全員が茂みに矢を撃った。
全身に魔力を回し、光の中へと走り出る。
足元で地面が爆発する。
視界に驚愕する顔顔顔。
手足と身体がナニカに当たり、撥ね飛ばす。
振り上げた石斧。
振り下ろす先は、胸当てを付けた男。
頭と呼ばれた存在は、全てを潰されて肉と骨の欠片と化し、血飛沫が辺り一面に舞い散った。
終わりまで肌感覚として五秒。
ついで、肚の底より咆哮する。
森中に響き渡るほどの大音声。
血と肉片で塗れた石斧を振る。
それから、辺り一帯を見渡す。
誰一人、立つ者はいなかった。
静まり返った賊拠点の真ん中。
勢いのままに、大きく嗤った。
げはげはと、心の赴くままに。
そして、ゆっくりと宣言する。
「おで、のこり、かる、いく。その、あいだ、にげる、イイ。すき、する。おで、にげる、やつ、カル、だけ」
そう言い残して、森に入った連中を狩りに向かうことにした。
……夜はまだ長い。
夜明けまでには全部終わらせられるだろう。
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