10 ケモノを狩る(免許なし無許可)


 夜である。

 私は息を殺し、姿勢を低くして、努めて闇に紛れる。


 離れた場所にある野営地は、焚火の明かりで浮かび上がっている。風音以外に音がないためか、意外と音や声が届く。

 目標は大きな岩の陰。野営地を覗き込むように伺う男二人だ。(背後の警戒がない減点)自然ではあまりない臭いを頼りに探して見つけた。もう一人二人はいたようだが、薄暮の段で下ったようだ。今からの送り狼は難しそうだ。(追えない訳ではない)


 傾斜に隠れて回り込み、忍び足で近づく。

 月の位置、影の向きを確認。……よし。相手との距離を目測し、身体に魔力を充填。息をつめて……跳ぶ。


 心地よいまでの飛翔感。


 ドンっと背後に降り立ち……振り向く前に両手で首をギュッとね。

 はい、今日は長時間の監視、お疲れ様でした。今夜は天幕の中でゆっくりと尋問されるといいよ。(拷問かもしれない)



 周りの目を気にしながら、野営地に戻る。

 脇に抱えてきた男たちをユーグに引き渡したら、最後の打ち合わせだ。


「おで、エモノ、かる、いく。あさ、もどる、ない、とき、たい、しょう、すすむ」

「次の野営地までは大丈夫だと?」

「おで、みち、さき、いく。しらべ、する。エモノ、あたり、つぶす。エモノ、ない、もんだい、ない」

「わかった。だが、それはそれとして、俺たちはいつも通り警戒して進む」

「あんぜん、よい。おで、あす、よる、まで、たい、しょう、もどる。おで、もどる、ない、とき、にげる、すすめる」

「はは、そうなれば、俺としてはもうどうしようもないな。でも旦那、無理だと思ったら戻ってきてくれ。その方が後の対策を練りやすい」

「わかる、した。あと、ふたり、おで、にもつ、たのむ」

「請け負った」


 さて、革服はエリスに預けたし、武器として木槍と石斧、諸々の回収用に袋を数枚持った。

 よし、私とエリスの帝国での生活基盤を築くため、その土壌を固めに行こう。




    ☩   ☩   ☩




 月明かりの中、山道を走り下る。

 気分はクロスカントリーダウンヒル。勢いのまま徐々に加速していくが、なんとか足の回転は間に合っている。時々、道を曲がり損ねかけたり、道端を崩したりしているので、そろそろ危ないかもしれない。……でも、まだいけそう。

 自分の身体能力や対応能力を測りながら、二時間ほど走ったところで、前方を行く人影を発見。二人組。荷物を持つ様子はない。腰回りに武装形状アリ。話し声なし。速さは急ぎ足程度。微かに届いた臭いは……、先に感じたモノに似ている。


 うん、こんな夜の山道を、無灯火で下りて行くなんて、とても怪しい。(ぶーめらんがささる)

 正直、これらは捕まえた奴らの仲間としか思えない。


 だが、まだ相手の正体が不明である以上、事は慎重に運ばなければならない。


 ……でも、どうやって事を進めればいいのだろうか?


 やはり見知らぬ相手だけに、挨拶から入るのが基本か?

 それで相手の様子や対応を伺う。後は近づいて観察。見目や臭い、装備品も素性を探る参考にできるだろう。


 でも、挨拶……挨拶か。

 今なら山道だし、はーい、とか、こんばんわー、とかいった感じに、陽気に声をかければいいか?


 ……。


 迷った時は案ずるより産むがやすしともいうし……、よし、槍を振りながらっ、元気一杯に、いくぞー!


「ばーいっ! ごん、ばんっ、ばーっ!」


 前方の人影が二つとも飛び上がったように見えた。

 そして、こちらを振り向くような動きをして……、野太い悲鳴を上げて、全力で走り始めた。


 みためがわるいよーみためがー、って奴だろうか。


 ……かなしいなぁ。


 でも、そのかなしみを胸にしまって、私は追うのだ。


「ばーっでぇーーー!」(まってー)


 おおう、加速した。

 二人とも速い速い。というか転がりながら走ってる。

 悲鳴も続いているが、ひぃひぃと荒い息の方が大きくなってきた。


 あ、一人が道から足を踏み外して……、斜め下へ、ごろんごろん。

 もう一人も身を投げ出すようにして、同じように、ごろんごろん。


 草が所々しげる荒れた斜面を、縦横斜めと華麗なまでに回転しながら転がり落ちていく。

 そして、二人して下の山道に到達。これは見事なショートカットだ。参考になる。


 速度を落として様子を伺っていると、ふらふらしながらも立ち上がろうとした。

 が、動きが止まった。どうやら私の姿を捉えたようだ。私は友好を示すため、にっこりと笑って手を振る。


「だーいっじょっヴょー!」(だいじょうぶよー)


 また悲鳴が上がった。今度は裏声じみた高い音も混じる。(きたない)

 そんなに怖がらなくてもいいのに、なんて思いつつ距離を詰めていく。


 あ……、腰が抜けたまま、二人ともまた斜面に身を投げ出した。

 私もぴょいと跳んで、下の道。斜面を覗く。二人ともコツを掴んだのか、すごい勢いで斜面を転がっていく。途中、岩にごつごつと当たっているが、大丈夫だろうか。あ、下の道に到着。二人で支えあって立とうとしているが、ダメージが大きいのか、上手くできないようだ。しかし、それでも諦めず、逃げようとしている。


 なんというか……、ちょっと話をしようと思っただけなのに、困ったな。


 もう一度、ぴょいと跳び、ドスンと二人の傍に降り立つ。

 あ、あ、あ、と、声にならない声と共に、二人は地面に温かな水気を与えながらずり下がっていく。


「おで、きく、こと、ある。はなし、する」


 こういって笑ってみれば、二人は土と血と草で汚れた顔をくしゃくしゃにして激しく頷いてみせた。



 二人への質問は途中で尋問に変わったが、簡単に終わった。


 それで色々なことがわかった。

 男たちは帝国の各地で罪を犯し逃げてきた者ばかりで、もうどこにも居られずに、元は騎士だったという男の下で山へ潜んだこと。人数は全部で七十人ほどであること。生活に必要となる物資が足りなくなって、四日前に隊商を襲ったこと。大半に逃げれたが、ある程度の物資や交易品を得られたこと。逃げ遅れたり怪我をした男は殺し、確保できた数人の女は色々と使っていること。捕らえた者の話から王国からの隊商が来るのを知り、待ち伏せしようとしていたこと。男たちは隊商の動きを把握して本隊に伝える為に監視していたこと。男たちの拠点が次の野営地近くの森にあること。自然物を目印にした、拠点までの行き方。拠点内のだいたいの配置。女たちが集められた天幕等々。


 必要と思える情報は揃った。

 後は二人の処遇についてだが……、と男たちを見やる。砂と泥と血に塗れ、擦り傷やコブをこしらえた顔は怯え切っている。


「仕方がなかったんだ。だ、だから、い、いのち、だけは……」

「い、いきるためだったんだよっ、し、しかたねぇだろ、しにたくねぇんだっ」


 二人は口々に仕方がなかったと言った。


 私も一理あると思う。


 そう、生きる為には仕方のないことはある。

 私もそうだった。戦場で、生きる為に殺した。仕方がなかった。殺し殺される修羅場だった。甘い考えをしていられない場所だった。割り切らなければ死ぬ場所だった。

 そして、殺し殺されの中で恨みを買って、復讐の刃を幾度か向けられたこともある。今ここに私が在るのは、傲慢な物言いになるだろうが、ただ強かくて退けることができただけのこと。


 まさに弱肉強食。

 この理の結果、私がここに在るのだから、私はこれを否定できない。


「わかる。しかた、ない。いきる、ため、たたかう」


 男たちの顔が、すっと光が差したように、明るくなる。


 だがしかし……だ。


「つみ、にげる、した、なぜ?」

「か、金がなかったんだ。ちょっと貸してもらうだけだったんだ。頼んだのに嫌がったから刺して……動かなくなって、怖くなって……」

「あ、あれは……俺にぶつかって謝らなかったから、ちょっと殴っただけなのに死んじまって、お、おれはわるくねぇ」

「うばう、まえ、たべる、さがす、しない、なぜ?」

「した、したさっ。でも、みつからないんだよっ、捕まえられないんだよっ!」

「足りねぇんだよ」


 私も人のことを言えた義理ではないが……。


「おとこ、ころす、した。なぜ?」

「に、逃げようと……、したから」

「刃向ったからだよっ」

「おんな、うばう、した。なぜ?」

「あ、あんただって、おんなはほしいだろっ」

「溜まるもんは出さねぇと生きてけねえ」


 心が……、疲れる。


 果たしてこれらは、人なのだろうか?

 人と言えばヒトであるが……、これではケモノと変わらない。


 最初からわかっていたこととはいえ……、やはり容れられない。


 戦場での私も、ケモノと同じだった。

 だからこそ、もうああなりたくない。叶うなら、社会の中で生きる人間になりたい。エリスとの生活で、この思いはより強くなった。


「わかる、した」


 男たちににこりと笑って見せる。

 でも今は、相手の流儀に合わせて、ケモノの世界に戻ろう。


 一歩前に進む。

 この二人は、ここに来る前から人が守るべき規範を捨てている。

 自らを縛り守る枷を捨てた以上、守ってくれるモノは存在しない。


 少なくとも、この場所には……。


「おで、おまえ、たち、おなじ、する」


 だから、何が起きても、自分で自分を守るしかない。


 もし、それができなければ?


「おで、うばう、する。ころす、する」


 自分たちがしてきたことをされても、仕方がない。

 奪ったから奪われる。殺したから殺される。


 自然では極々あたりまえのことが起きる。


 そう、仕方のないことだ。


 なのに、なぜ、そんなに絶望したような顔をするのだろうか?

 自分たちが相手にしてきたことだというのに……。


 男たちはわめき震えて、必死に手足をバタついて、後ろに引こうとする。


 私は無言のまま、二人に近づき、その首へと手を伸ばした。

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