3 ロハーマグラ商会
ねんがんのみぶんしょうをてにいれたぞ!
とネタに走っても、殺してでも奪い取りに来る勇者はギルドにいなかった。まことに遺憾である。
それはさておいて、まだ用事があるから利用は明日に、とユーグに言われて広場に戻った。
「とりあえず、旦那にお嬢さん、身分証の発行、おめでとうと言っておこう」
「助かりました」
「かんしや、する」
「なに、対等な取り引きの結果だ。……正直言うと、旦那がいれば、何とでもなった気がしないでもないがね」
いやいや、この第一歩を踏むまでが大変なのだ。
そもそも仲介というかユーグのとりなしがなければ、私のような存在が街には入れたかすらも怪しい。
「さて、次は俺の取引相手の所に行こうか。……とはいっても隣だ」
ユーグは飄々と言うと、冒険者ギルドの隣を指し示す。
木造の二階建てで看板は出ていない。間口は広く今は明け放たれている。だが店頭に商品らしきモノはない。
デボラたちもそこにいて、誰かとやり取りしていた。
「ロハーマグラ商会だ。イグナチカの商会では大きい方でな、主に扱っているのは木炭や薪といった燃料と木材や石材といった建材。それにこの辺り特産の綿に、確か糸までは扱っていたはずだ。他に不用品の買い取り、地金の取り引き、金属製品や革の販売、香草や穀物も少しやってるな、後は貸家に長屋経営といったあたりか」
もう、よろず屋と言ってもいいのではなかろうか?
「ま、色々と手を出してるよ。冒険者からの買い取りもしているから、旦那たちにも使い勝手がいいだろうさ」
そう言いながら、ユーグはデボラたちの所へ。
私たちもその後に続くこうとして、隣のエリスが私の腕を引いた。
何事かと立ち止まって聞く。
「なに?」
「ブリド。持ってきているモノをいくらか売りたいと思うのですが、いいですか?」
「いい。えりす、まかす、する」
「はい。……それでその、もしお金が間に合うようでしたら、家を借りたいと考えているのですが」
うーん、今の所はここで頑張るつもりだし、長期的に見れば、宿暮らしするよりも安いのか?
……いや、それをするには、宿の値段がわからないと比較が難しいな。
「やど、ねる、いくら?」
「あ、それならあたしが見ておいたよー。一部屋一泊食事抜きで、安い所は600、高い所は800。食事はどこも一緒。一人前で、朝が80、夜が100だって。経験上、安全面を考えるなら、高い方がマシだと思う」
お金の価値、わからんのですが……。
「ブリド、お金については落ち着いた時に教えます。宿代については、三人で一日あたり1400ゴラーネくらいと考えましょうか」
「それくらいだねー。あ、割引はたぶんできるとは思うけど、あたしがこれまで見聞きしてきた限りだと、一括前払いで最大二割引きくらいだったかな」
「それは一月で、ですか?」
「うん」
ううむ、ゴラーネは帝国の通貨かな?
「では一月泊まるとして……、あ、ブリド、一月というのは三つの月の一つ、黄月が満ち欠けする期間です。日でいうと三十日になります」
「青月と赤月はさー、満ち欠けや巡る場所が不安定なんだよ。黄月は逆に一年を通して正確だから、暦にも使われてるの」
ほうほう、なるほどなー。
それはそれとして、脳内計算機、始動。1400×30=42000。二割だから、4200×2=8400。最後に引き算して……、33600かな。
「さん、まん、さん、せん、ろく、ひやく」
あ、二人が沈黙した。
だが、即座に再起動したようで、両者ともなんとも複雑な顔をしている。
「ブリド、あるある、ですね」
「お兄さんさー、実は中に別のナニカが住んでるんじゃない?」
失敬な。
私に中のヒトなんていない! ……きっちりと溶け込んでいます。
私は素知らぬ顔で首を傾げた。
「また誤魔化してるー」
「最近は慣れてきました。……ではブリド、岩塩二つと生皮全てを売りますので、そのつもりでお願いします」
「わかる、した。……しお、いくら?」
「だいたいねー、100グランで230から270くらいだよ」
重さの単位もわからんのですが……。
ただなんとなくだが、まいほーむ時代の塩気ない食事を思い出しての感触だと、それなりに高いのだろう。
助け船のつもりか、エリスが口をはさむ。
「私が持った感覚ですが、ブリドの持っている容器一つで、最低5キルグラン……5千グランくらいはあります」
まだ今一つピンとこないが、とりあえず岩塩の量は容器二つ分で1万グラン(1キルグランは1千グランか?)、小売価格を平均の250にすると、期待できる売上の合計は2万5千あたり。買い取りがそれより下だとすると……、宿での先払いは厳しい気がする。
「えりす、ないふ、ぜんぶ、うる、する」
「いいのですか?」
「いい。おで、けん、ある」
剣と言ったが、私が欲しいのは鉄であり、鉄を使った道具である。当然、ナイフより剣の方が鉄の使用量は多い。
ナイフも数があるからそれも補えるといえば補えるが、絶対に必要ではない。すぐの金が入用なら売ってしまえばいい。
「わかりました。ナイフも全部売りますね」
うんと頷いて、改めてユーグの所へ。
店の軒先で、彼は老境の男と共に、私たちを待っていた。初見の男は、背こそ低いが体格はがっしりしている。
「旦那、話は終わったのかい?」
「うる、もの、きめる、した」
「なるほど……、こっちで預かってるモノで売るのは?」
「ないふ」
「わかった。それも持ってこさせよう」
ユーグは若者たちに指示を出すと、店の者と思しき男の紹介を始めた。
「この人がこの商会の主、ロハーマグラだ」
「よろしくな、デカい旦那とお嬢さん方」
坊主頭の店主は、片方の口端を吊り上げて笑う。
「ユーグからも少し話を聞いた。デカい旦那はかなり力持ちで腕っぷしも強いとな。俺も仕事を頼むかもしれん」
「おで、ぶりど。しごと、ある、うける、する」
「初めまして、わたしはエリスです。これからお世話になります」
「あたしはフィオ。色々とよろしくねー」
ロハーマグラはうんと頷いて、白いモノが混じった顎鬚を撫でる。
「それで、売りたいモノがあると聞こえたが?」
私は頷き、背負っていた背負子を下ろす。
どすりがちゃりと音がして、周りの者の注意がこちらに向く。
「えりす、あと、たのむ」
「はい。……ここをこうして、よし」
縛り付けていたお手製ロープが解かれ、これまたお手製容器がお目見えする。
「おや、面白い。容器の規格が統一されてるな」
「つくる、した」
「へぇ、デカい旦那が? 中途な感じだが、上薬も?」
うんと頷く間も、エリスの手によって、かたりかたりと容器が降ろされていく。
当然ながら、それぞれの中身が垣間見える。初めて見るユーグはじっと見ていた。
「それで、何を売るつもりだい?」
「岩塩と鹿の生皮、後は賊から押収したナイフ全部です」
「……ちらと見えた、丸い炭や黒光りする石は?」
「炭は自家用です。黒い石はブリドが磨くと言ってます」
「そうか。丸い炭についてだが……、ああ、いや、また今度にしよう」
この店主、目の付け所がいい。
豆炭は炭のくずを利用可能にする優れモノだ。炭を扱うだけに、製法が知りたいのだろう。
でも正直、豆炭はどっかで誰かが作ってると思ってたんだけどなぁ。
……まぁ、買ってくれそうなら売ればいいや。
今後の方針について考えていると、エリスが店主の前に売り物を並べた。それと同時に若者たちがナイフの入った袋を持ってきて、それも並べた。
「これらを売りたいと思っています」
「わかった。確かめさせてもらっても?」
「どうぞ」
店主は岩塩の一つを触り、表面をこすり取って舐める。
すぐに頷いて、生皮を包んだ葉へ。少し開いて塩漬けにされていることを確認し、また頷く。そして、沢山のナイフが入って膨らんだ袋三つを見て、呆れたように首を振った。
「ナイフはちと多すぎるな。後回しだ。岩塩は品質がかなりいい。1グラン当たり2ゴラーネでどうだ?」
「もう少し高くは?」
「帝国だと塩は官売だ。派手に売ると行政部から睨まれるのでな、あまり大っぴらには売れん。……ああ、それと直ぐにわかると思うから言うが、今、官売品は100グランで260前後だ」
ちらりと第三者であるユーグを見れば、苦笑している。
先の言い回しを踏まえて考えると、官売品は品質が悪いのだろう。おそらくだが、100グラン300くらいで売れるのかもしれない。
エリスは考えているようだが、自らを納得させるように頷いた。
「では、それで」
「ああ。正確な代金は計量してからだ。次にこっちの生皮だが、塩漬けだから一枚なら4800、二枚で1万ゴラーネ」
「こっちもそれでいいです」
うん、これでおおよそ3万ゴラーネ。
後はナイフになるが……、相手はどうでるかな。
「後のナイフだが……、一般的なナイフの売り値は、鞘付きで一本1千ゴラーネ前後だ。こちらとしては全て……、ユーグ、何本あった?」
「七十四」
「七十四本も見るのは面倒だ。一律一本500ゴラーネで買い取ろうと思うが、どうする?」
さて、買い取り半値できたが、エリスはどうするかな?
っと、こっちを見てきたか。
私としては、どんな使い方をしたのかわからないモノに、良く出してくれている方だと思うが……。
何も言わず、ただエリスの目を見つめ返す。
彼女は一度目を閉じ、店主を見て答えた。
「わかりました。そう言っていただけるなら、それでお願いしたいと思います」
「まいど。では早速だが、塩の計量に立ち会ってくれ。うちは後で文句を言われんよう、取り引き明瞭にしているからな」
「はい。ではブリド、少し行ってきます」
「あ、あたしも行くよー」
少女二人が店の中へ。
取り引きがなった荷物は店の中から出てきた三人の男たちが運び込んでいく。相応に重いはずだが、持ち運ぶ足並みや動きに乱れはない。
すっとユーグが近寄ってくる。
「旦那、値段の交渉はしないで良かったのかい?」
「おで、かけ、ひき、むり。ないふ、もと、ない、もの。かね、なる、よい」
「はは、欲がないねぇ」
「おで、まだ、ここ、きた、ばかり。たつ、いち、よわい。いま、むり、だめ」
「さっきのは撤回だ。やっぱり旦那は怖いなぁ」
そうか?
「ところで、旦那。さっきの岩塩だが……」
「ゆーぐ、せわ、なる、した。おで、ひがし、もどる、ない。すこし、おしえ、する。……こえる、した、やま、ひがし、がわ。とおい、きた、やま、なか、どうくつ、まえ、ある。みつける、たいへん。でも、ある」
「……あるのか」
「ある。ゆーぐ、みつける、した。じぶん、たち、ため、つかう、する」
「旦那。……あんたは、人が、良すぎるよ」
いや、そんなことはない、はず。
そもそも見つけられるかもわからないのだ。
でもまぁ、今後のことを思えば、悪くはない。
「おで、また、たよる、とき、ある。きに、する、ない」
「……わかった。またこっちに来た時、顔を出させてもらうよ。できれば、塩を持ってな」
「その、とき、たのしみ、する」
ユーグが手を差し伸べてきたので、私はその手を握り返した。
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