4 拠点を探す(秘密基地にあらず)


 ロハーマグラ商会での売却、〆て7万ゴラーネ。

 想定していたよりも岩塩が多かったから、代金が上振れた。まぁ、実際は6万と9924だった所を景気良くしてくれとちょいとつついた結果だが、相手もこれくらいならと納得したので、よしっ、である。


 さて、当座の資金を手に入れたので、次なる目標は寝床の確保だ。

 最悪、一月分の宿代はあるので、気楽に探せばいいと思ったのだが……、すでにエリスは話を進めていたようだ。


 老店主が軒先に現れるや、顎鬚を撫でながら言った。


「お嬢さんから聞いた。住む場所を探しているそうだな」

「そう。さがす、だめ、とき、やど、とる」

「そうか。俺から見ると、賃貸と宿、どっちがいいとは一概に言えんがな」

「やど、たべる、ようい、しまつ、てま、じかん、かう、できる、よい」

「……ユーグの言った通り、デカい旦那は怖い人だな」


 ほとんどの連中は絶対に見た目に騙されるぞと笑い、続けた。


「だが食事を自前で準備できるなら、長期的には家か部屋を借りる方が安上がりだ」

「じぶん、がんばる、かね、たまる、わかる」

「デカい旦那は、どちらがいいとか、特に意見はないのかい?」

「おで、どち、でも、いい。えりす、きめる、まかす、する」


 ちらりとエリスを見れば、しっかり頷いて口を開いた。


「わたしとしては、やはり家を借りる方が望ましいと思っています。その、イロイロするつもりですし」

「わかった。なら、まずはうちの物件を紹介しようか。それでダメなら、取り引きした誼だ、別の奴を紹介してやる」


 店主が奥に声をかけると、まだ若い男が八枚の皮紙と鍵束を持ってきた。

 それを主に手渡すと、私たちに軽く頭を下げて戻っていく。エリス達に目移りしない様子から考えて、教育が行き届いているのか。はたまた、中である程度見て満足したのか。今のはどちらだろうか。


「うちが所有権を持っているのは、長屋部屋が四つと貸家が三つ。料金は長屋と貸家、それぞれで一律だ」

「おなじ?」

「ああ、この街に居着くってのも少ないが、冒険者もその日暮らしで満足する連中ばかりでな、需要がほとんどない。後、どの物件も一長一短で、明確に差をつけられるモノがないんだ」


 まだ見ていない以上は、へぇとしか言えない。


「それで料金だが、部屋は保証金1万、家賃が一月5千。貸家は保証金2万、家賃は一月で1万だ」

「今から見て回れますか?」

「ああ、構わん。……そうだな、おい、ここは任すぞ。俺は散歩がてら回ってくらぁ」


 わかりましたとのはきはきした声。

 これは教育が行き届いているのだろう。



 ユーグ達とはここで別れ、ロハーマグラ爺さんと共に街を歩く。

 ちなみに、剣の束六つは受け取り済みだ。私が五つ……荷が減った背負子に三つ、両手に一つずつで、残り一つはフィオに背負ってもらっている。


「デカい旦那、剣は売らんのかい?」

「おで、てつ、おの、どうぐ、ほしい。かじ、もつ、いく」

「ああ、溶かして使うつもりか。なら鍛冶屋を紹介してやるから、モノを売るときはうちを贔屓にしてくれよ?」

「わかる、する」


 一件目は通りからそう外れていない場所にあった。

 通りの北側、古い住宅の密集地。入り組んだ路地の奥にある木造平屋。

 日当たりはいまいち。汚臭もかなりのモノ。中の間取りは一間とキッチンダイニングで、庭はない。井戸は街の広場近くのを使う。トイレは近くの共同便所。これでは私の想像する長屋と変わらない。これは……ないです。


 私は首を振り、エリス達もこれはちょっととダメ出しである。


「中心には近いから、慣れれば便利なんだがなぁ」

「じぶん、べんじよ、ほしい」

「密集しすぎて、火事が怖いですし、音漏れも気になります」

「路地に溝がなかったから、雨が降ったら酷いことになりそうだねー」


 という訳で二件目で、部屋貸しの長屋だ。

 位置は街の北西で、周りにはそれほど建物はない。日当たりは良さそう。臭いもあまりない。

 長屋らしいというべきか、細長い木造平屋建て。部屋は全部で十室。空いているのは北側の端から中程までの四室だ。中の間取りはキッチンと一間のみ。庭とトイレ、井戸は長屋で共同使用。ざ・長屋といった観で、一人で暮らすなら可であるが……、私たちには合わない。


「従業員を入れる為に建てたんだが、部屋が余って貸し始めた。今はうちの以外に二人店子がいるな」

「なか、せまい」

「人が多いと厳しいですね。なにもできません」

「川から近いし、もし水が溢れたら怖いなー」


 これも厳しいということで、三件目へ。

 ……の前に、道中に爺さんが言っていた鍛冶屋があったので、立ち寄って紹介を受けた。


 その名も鍛冶屋ドスタル。

 農機具や工具、武器の製造を請け負っており、鋳造も鍛造もできるらしい。

 ならばと、持っていた剣を全部溶かしてもらうために置いていく。計量の結果、〆て80キルグラン(端数切捨て)。内二割を代金代わりとして、私達が使える鉄の量は64キルグランとなった。

 後日注文に行くと約束して、紹介物件へ。


 辿り着いた場所は街の南西、鍛冶屋ドスタルの近く。

 ここも建物は多くない。日当たりも良い。が、すぐ傍に鍛冶屋や機織り職人といった人たち住んでいる区画があり、トンカンカタトンと中々騒がしい。あと、常の汚臭に加えてなめしの臭いもなかなか厳しい。

 ただ中の間取りは広く、キッチンとダイニングに個室が三、屋根裏付き。庭付きでトイレあり。井戸だけは近くの共同井戸だ。物件自体は良いが、悪条件ありだ。


「ここは職人向けの住宅なんだが、なかなか入るのがいなくてな」

「おと、におい、きに、なる」

「でも悪くはありません。候補ですね」

「あたしは臭いがやっぱり気になるなー」


 そして、最後となる四件目。

 位置は街の南側。それなりに歩いて街の外れというか、街の外郭になっている柵が見える場所。周辺一帯は原野に近く、東側には林も見える。

 そんな場所に、低い柵で仕切りを設けた家が一つだけあった。柵の横幅は約三十メートル程、奥は……長い。柵の中央には扉なしの簡易な門がある。

 周りに家がないからか、汚臭はしない。振り向くと、やはり街並みが遠い。そこで気づく。ここら一帯は街中より少し土地かさがあるようだ。


「ここは大規模な菜園付の家だ。前の住人はうちの元取り引き相手。そいつがまた変わり者でな。新鮮な野菜が毎日食いたいってんで、土地を確保するため街の中心から離れたここに、家と自家菜園を作りおった。……いや、確かに最初の頃は良かったんだ。そいつも目論見通りで大満足だ。……しかしまぁ、この通り、中心から距離があるから生活には不便。しかも防備もあってないようなものだから、時々ゴブリンが入り込んでくる。そいつは俺とそう変わらん歳だからな、二年ほど前に、ゴブリン退治が厳しくなってきたって言って、別の街に住んでる息子の所に行っちまった。その時に、誼で買い取ったんだ」

「確かに街からは遠いといいますか、これはもう、ほとんど街の外ですよね?」

「まあな。だが柵の内側なのは確かさ。まだ壁の建設が追い付いていないだけでな」

「わかりました。……では、中を見せていただいても?」

「ああ、ただ納屋は潰れちまったからな。残ってるのは家屋と井戸、便所は……どうなってるだろうな」


 導かれるままに連れられて行ったのは、藁葺き屋根の木造家屋。

 出入口は北側。扉の鍵を開けて中へ。まずは広い土間(約五メートル四方)。片隅に水瓶が残っている。キッチンとダイニング、作業場を兼ねていると思われた。数か所ある窓は木戸で塞がれている。壁のすすが年季を感じさせる。

 西の端に奥へ続く廊下。私も普通に通れる幅だ。最奥におそらく裏口。途中、東側の壁に扉が二つ。それぞれ覗いてみると、かつてのまいほーむより一回り広い部屋(約四メートル四方)だった。


「屋根裏にも最初の土間から昇れるが……、はしごも売っちまったみたいだな。まぁ、あるってことを覚えておいてくれ」


 そして、裏口の閂を抜いて外へ。

 少し離れた場所に東屋のようなモノが大小二つ。大きい方は屋根が崩れ落ちていた。また小さい方もかなり傾いているようだ。

 この東屋から少し離れた場所に、井戸の鶴瓶が見えた。更に奥には低い柵で囲われた土地。奥行きは最奥の少し頑丈そうな柵……外郭までで、目算で百メートル近く。よくよく見れば、地面には畑を耕していた跡が残っていた。


「便所はまだ無事か。奥の畑は他に誰も使わん。柵の範囲内は好きに使えばいい。東の林は街の共有地だから手を出すな」

「べんじよ、こわれる、した、とき、どう、する?」

「無論、こっちで直すのが筋だ。だが直しても最低限だ。あまり出来は期待してくれるなよ?」


 ……ふむふむ。


「おで、ここ、いい、おもう、した。……えりす、どう?」

「そう、ですね。街中まで遠いのが少し気になりますが、それ以外は部屋も二つありますし、イイと思います」


 うんと頷くと、なにやら視線を感じる。

 顔を向ければ、私を見つめるフィオの顔があった。(しかも期待に満ちてる)


 これはフィオにも聞いた方がいいのだろうか?

 私としては、彼女は私たちと別れ、この先も旅を続けるだろうと思っているのだが……、でも、さっきから各物件にコメントしてくれてるし、よくよく思い出せば、エリスも宿に泊まる人数に入れていたな。


 ……聞くべきか。


「ふぃお、どう?」

「イイと思うよー。あたしなら、ゴブリン程度ちょいちょいで潰せるし」


 ううむ、この反応はあれか?

 私たちと一緒にいるつもりなのだろうか?


 確かに、フィオがどこまで旅するかは聞いていないが……、いや、そもそも彼女の旅に目的地はあったのだろうか?


 一人内々で困惑していると、爺さんがふくふくと朗らかな顔になって言った。


「ここに入ってくれるか?」

「はい。ここを借りたいと思います。とりあえずは、保証金2万と三月分の家賃3万を先払いしようと思うのですが」

「ああ、先払い歓迎だ。さっそく商会に帰って、契約するか?」

「はい。それでいいですね、ブリド」

「いい。……ただ、ひとつ、きく、ある」


 家主殿(仮)は私を見る。


「おで、べんじよ、なおす、いい?」

「それは、直すのは構わんが……、出る時には当然持って行くなんてことはできんぞ? 無論、こっちは修繕代も払わん」

「わかる。ただ、おで、じぶん、つかう、する。べんり、する、したい」

「そうか。……なら、デカい旦那たちがここを使う間、こっちで修繕はしないが、建物を弄っても構わんとすることを契約に含めよう。だが、くれぐれも使えなくなった、なんてことは避けてくれよ? ああ、なにか建てたい時は、さすがに相談してからで頼む」

「わかる、した。べんじよ、いち、かえる、したい。うつわ、やく、かま、つくる、したい」

「早速かい。……いや、それくらいなら好きにしな。ただ、便所に関しては十分に気を付けてくれ。病魔を出されると困る。ブツの始末だけはしっかり頼むぞ」


 もちろんだ。

 使用する井戸の水脈とかもある。さすがに堆肥化まではいかなくても、無害化して自然に返したいところだ。可能なら溝を掘ってイグナ川まで繋げられるとイイんだが……。とはいえ、生活にある程度の余裕ができてからの話になるか。


 さて、これで拠点の確保は成った。


 これからは平穏な暮らしのため、健康で文化的な生活を営むため、頑張るとしよう。

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