7 ギルドの指名依頼


 私はエリスとフィオにギルドまで出かける旨を告げ、拠点を出る。

 その際、仕事を休んでいる居候達が笑顔で手を振ってくれた。軽く笑って頷き返す。彼女たちも私に慣れてきた、ということだろうか。


 ……。


 いや、どちらかというと、守ってもらってるから媚びを売っておこう的な考えかもしれない。


「慕われているようですね」

「わかる、ない。ひと、かお、うそ、つく、できる。おもい、かくす、できる」

「それは確かにそうですが……、私には裏がないように見えました。きっと、ブリドさんの行いの結果だと思いますよ」

「あり、がと」


 と返すが、私はそこまで思いきれない。

 人の善意や好意をすぐに受け入れられないあたり、捻くれていると思う。


 これを単なる警戒心というべきか、自らのヌルイ心を守る防衛反応と呼ぶべきか、迷う。

 もしかすると、私は自分で思っているよりも、自らの醜い顔や血筋、生まれ育ちといったことを気にしているのかもしれない。個人的には卑下しているつもりはないのだが、やはり常人とは異なることをどこかで……あー、やめやめ。


 仕事をしたり身体を動かしたりしていないからか、どうも考えが欝々とした方向にいってしまう。


 ふんと鼻息を吹いて、気持ちを入れ替える。


「おで、いま、まち、でる、ない。くうき、どう?」

「あまり良くありません。住民の皆さんも態度のデカいよそ者や横柄な輩に腹を立てています」

「わかる、する。せい、ちよう、たいさく、きめる、した?」

「はい。行政部は早くから働きかけていたようですが、なかなか代官様が首を縦に振らず、最近になってようやくです」


 んんん?


「だい、かん、うなずく、ない、なぜ?」

「衛兵隊の問題ですね。……なにせ一月程前まで、ここは本当に田舎町でした。当然、衛兵もそれ相応。ゴブリンやオオカミといった相手にはそこそこでも、対人戦闘や犯罪対応は見識も実力も不足しています。また、そもそもの数が少ない」

「くん、れん、した?」

「いいえ。日常業務で精一杯。人手が足りず、余裕がありません」

「ひと、ふやす、した?」

「募集はしていますが、すぐにはムリでしょう。以前、賊退治が進まなかったのも、応援の警邏騎士団を待っていたためです。もっとも、ブリドさんのお陰でその話は立ち消えになりましたが」


 応援のアテはあるのか。


「その、けいら、きし、くる?」

「今回は分隊の常駐を要請しているそうです。ですが、騎士団も担当する地域が広い割に規模はそれなりでしかありませんから、まだ調整に時間がかかりそうだと聞きました」

「なら、どうして、うなずく、した?」


 受付さんは困った顔を見せてから、声を小さくして答えた。


「ブリドさんの存在が問題になったから、でしょうか」


 なぬ?

 私は何もしていないのだが?


「まず承知しておいてもらいたいのは、これはブリドさんに責はない話です」

「では、なぜ?」

「ここ一月の間に、ブリドさんの家はならず者から襲撃……押し込みの強盗を受けています。それも三回です。たまたまブリドさんに対処できる実力があったから、惨劇は避けられただけのことであって、本来ならば、街の治安を揺るがす大問題です」

「わかる、した。……ほか、いえ、おきる、まずい」

「その通りです。これが他の家で起きていたならば、大きな不幸が起きていました。……これを、これの原因を放置すること、街の統治者に許されますか?」


 首を横に振る。

 税を納めている身からすれば、冗談ではないと思うだろう。


「ですが、現に今のイグナチカ政庁には、原因の解決につながる流入者への対応……取り締まりができていない。住民が政庁という存在に不満や疑問を持ってしまうのも仕方ありません」

「すむ、ひと、おさめる、ひと、うたがう、まずい」

「ええ、かなりまずい状況です。しかもここは代官地。政庁が疑われるということは、帝国の統治能力が疑われることと同じです。下手に転がれば、帝国への信用を失墜させてしまうほどに。……そこに、剛力無比なブリドさんという存在。あなたは衛兵にできなかったことができるということを、住民に対しても見せてしまった。それだけでなく、先の賊退治を為したこともあります。たとえブリドさんにそのつもりがなくても、帝国に代わって街を治められるだけの理由を持ってしまっている。これが非常にマズいのですよ」


 思わず口元が引きつった。

 そこまでの大事に繋がっていたとは……。


「おで、ころす、される、する? ていこく、おで、おう、する?」

「それはさせません。……当ギルドにとって、ブリドさんは能力面でも実績面でも貴重な方。また行政部から見ても、ブリドさんは立派な住民候補です。失う訳にはいきません」

「あり、がと」

「いえ、当然のことです。そしてこの度、当ギルドと行政部の働きかけが実り、イグナチカ政庁はブリドさんを取り込む方向になりました。故に指名依頼なのです」

「わかる、した。おで、うら、うごく。えいへい、おもて、がんばる、した、みせる」

「そういうことです」


 受付さんことデニスは男臭く笑った。

 おおもう、これは……、本当に頼もしい笑顔だ。



 思いもしなかった事態が進行していたことに、戦々恐々としながら冒険者ギルドに到着。

 今日も賑やかだ。案内されるまま、ギルドに入ってカウンターの奥へ進む。視線が集まるが、知らぬ顔を通す。一つ扉を抜ければ、二階への階段があった。ぎしぎしと軋む踏板を昇れば、広い部屋。そこには大きな机が一つあり、二人の男が席に座していた。


 一人は見覚えのある中年男。行政部の長であるマキラだ。軽い会釈をした。

 もう一人は初見で、体格の良い壮年の男。長剣を佩いている。敵意はないが、鋭い目つきで私を見た。


「お二方、お待たせして申し訳ありません」

「いや、構いませんよ。ギルドには、こちらの都合に付き合わせているのですから」


 マキラの言葉に、壮年の男は不本意そうに頷いた。


「それとお久しぶりですね、ブリドさん。ご活躍は耳にしております。頂いた琥珀も政庁の玄関に飾らせていただいております。田舎役場に箔がついて、勤める者はみな喜んでいますよ」

「よろこぶ、よい、した。……でも、おで、なでる、かつやく、いや。ふつう、はたらく、したい」

「ええ、あなたがそういう性格であることは、こちらも承知しています。……ですが、そうも言っていられない状況でして」

「くる、まで、きく、した。おで、せい、ちよう、しじ、きく」

「感謝します」


 行政部の長がそう言って頭を下げれば、もう片方の男も複雑そうな顔で軽く頭を下げる。


「とはいえ、まだ作戦という作戦はまだ立っていない状況でして……、まずはそこを詰めたいと考えて、今日の場を設けました」

「わかる、した」

「では席に……、ブリドさん、座れそうですか?」


 ぎしぎしといっているが、何とか座れた。(背に体重はかけられそうにない)


 さて、こうして席に着いたが……、政庁やギルドの思惑はもうわかっている。

 依頼はこちらに不利をもたらすモノではないのだから、協力的に行きたい。


 積極的に話を進めて行こう。


「おで、きく。いらい、もくてき」

「いえ、その前に、こちらを紹介します。彼はヴァルト。衛兵部の長です。今回の依頼では、現場で直接指揮をします」

「ヴァルトだ。……よろしく頼む」

「こちら、こそ」


 私がそう言って会釈すれば、壮年の男はますます複雑そうな顔をする。

 私に思う所でもあるのかもしれない。だがまぁ、今は関係のないことだ。話を進めよう。


「きく、もくてき」

「はい。目的はイグナチカに入り込んで無法を働く者達の捕縛です。これを衛兵と共に行っていただきたい」

「わかる、する。あいて、わかる、する?」

「人に関してはある程度。近隣の代官地や警邏騎士団が把握している分は人相書き等の情報を得ています。それ以外はありません。また居場所についても詳しくはわかっていません」


 まだ始めたばかりか。

 ……なら段階を踏むべきだ。


「あいて、あつめ、ばしょ、ひと、しぼる。おで、きく。まち、ひと、いがい、なか、はいる、した、ひと、ねる、どこ?」

「宿以外ならば……、街中の空き地か川辺で野宿といった具合に、それぞれがまちまちですね」

「それ、ひとつ、まとめ、する。ひろば……、だめ、まち、あぶない。まち、そと……、ひがし、かわ、むこう」

「衛兵を使って、野宿をする者達を街の外に出せと?」

「そう、うごかす。あぶない、まち、そと、だす。いる、ばしょ、きめ、かんり、する」

「なるほど……、街から退去させて、一か所にまとめる、か。理由付けは……できそうですね」

「りゆう、まかせ、する。だす、とき、ていこう、する、つかむ、する。おで、えいへい、うしろ、たつ」

「ふふ、頼もしい」


 マキラが笑えば、これまで黙っていた衛兵部長が難しそうな顔で声を上げた。


「よろしいか?」

「どう、ぞ」

「ああ、新参者の中には空き家に入り込んでいる輩もいると聞いている。それについては、どうする?」

「まち、ひと、はなし、きく。あやしい、ところ、わかる。あと、しらみ、つぶす。むほう、にん、いる、はず。おで、つきあう。えいへい、つかむ、する」

「それは……、衛兵隊としては助かるが、そちらはそれでよろしいのか?」


 よろしいかって、なにかあるのだろうか?


「おで、ふつう、くらす、のぞみ。バカ、へらす、まち、へいわ。おで、てつだう、いみ、ある」

「いや、そのだな、この件での名声などはいらぬと?」


 大きく首肯する。

 立身出世を目指し、この世界で成り上がりたいのならば必要なのだろうが、私には必要のないモノだ。


 ……もうこの際だ、街のエライさんたちにも、私の考えも聞いてもらおう。


「おで、ここ、くる、まえ、へいし、する、した。たたかう、した。おで、しぬ、いや。ひと、ころす、した。ひと、しぬ。きれい、ないない。へいし、おちつく、ないない。たたかう、いく、あるある。おで、つかれる、する。おで、いつか、しぬ、おもう、した。にげる、する、した。ここ、きた」


 席に着いた男たちは一言も発しない。


「おで、ほしい、へいわ、ゆたか、くらし。はたらく、がんばる、する。かね、もらう、する。いえ、きれい、する。おいしい、めし、くう。ふく、きれい、きる。ふろ、はいる、する。よる、ねる、する。あさ、おきる、する。これ、まい、にち、つづく、する。したい。……それ、まもる、する、なら、たたかう、する。まもる、する、ひと、てつだい、する」


 私が話し終えてから、しばしの沈黙が訪れた。

 見れば、それぞれの表情は様々な色が混ざりあっていた。私の拙い言葉に、色々と思う所があってくれたなら、それはありがたいことだ。


 ヴァルトが硬かった表情をわずかに緩めて告げた。


「先の言、失礼した。イグナチカをかつてのような平穏な街に戻すため、力を貸してもらいたい」


 私も口元を少し緩めて頷いて見せた。

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