3 物資調達開始


 昨晩は唐突な神秘体験であった。

 だが、そもそも私の存在を思えば今更なことだった。神秘を体現したエリスも身体に不調もなく、それどころか調子が良いとのことなので、特に問題はなし! ただ記憶が少しあやふやな感じだったので、立派に祝福してくれたと記憶を捏造しておいた。(外部操作)


 よって、始動となる本日も通常運転である。


「これで全部ですね」


 エリスがふぅと息を吐いて、額の汗をぬぐった。

 彼女の前には、形作られたばかりの土器が十個あまり並んでいる。これらは第一弾として、主に水瓶や食用鍋、作業用鍋として使用する為、大きめに形作ったものだ。その全てをできるだけ同じサイズ……二十センチ四方にするように努力はしたが……、初めての作業だ、歪な所があるのはご愛敬である。


「あと、カワク、まつ」

「はい。でも、予定より時間が掛かってしまいました」

「ハジメテ、しかた、ない」

「でも、もう昼過ぎです。早く次に急がないと……」

「えりす、よてい、は、よてい。アワテル、だめ」


 逸る気持ちはわからないでもない。

 私とて、安心して眠れる家が欲しい、もっとおいしい食事がしたい、もっと快適な生活がしたい、だから早く山を越したいなんて欲があるのだ。年若い彼女ならば、そういった欲求はもっと強いだろう。


 しかし、だからといって、数時間程度の遅延で慌てて急く必要もない。

 元より私たちは文なし物なし人なしである。必要な道具を作り始めた段階であるし、元より二人でできることなんて限られている。それもやることなすこと初めてが多い中、未知の環境を手探りで動くのだ。

 少なくとも今は、失敗してもまた作ろう、今日ダメだったから明日もする、の精神でいるくらいの方がいい。むしろサバイバル生活の素人にしては、たった半日程度で進捗があったのだから、上出来だと思う。


 エリスを見る。浮かない顔だ。

 もしかすると、ここで一息ついたことで、この先に対する不安が膨らんだのかもしれない。


「ブリドは、焦りませんか?」

「ない。できる、した。マエ、すすむ、した。もんだい、ない。おで、と、えりす、ガンバル、した、えらい」

「本当ですか? 本当に、そうですか?」

「そう。おで、と、えりす。ケガ、する、ない。びょうき、する、ない。イチバン」


 私は顔に見合わぬと思いつつも笑って見せる。


「ここ、トオイ。おう、ヒト、まだ、くる、ない。くる、した、おで、オウ、ハラウ。えりす、アンシン、する。おで、と、えりす。ここ、で、モノ、つくる。いきる、ラク、なる。ススム、ラク、なる」


 エリスは少し表情を和らげると、ぎゅっと私の腹に抱き着いた。

 うん、カワイイ。じゃなくて、こういうスキンシップは夜の時間がある時にしましょう。


 私はエリスをひょいと抱え上げて続けた。


「えりす、べりー、タベル。みず、ノム、する。それから、やま、いく」


 そう、ヤマが私を呼んでいるのだ。(幻聴)




    ☩   ☩   ☩




 はい。

 あれから山に入って色々とあったが、もう夜である。

 野営地を照らすのは、昨日よりも大きくなった炎。その中では土器が一つ焼かれている。上手く焼ければいいがと、追加の薪を放り込む。もはや定位置とも呼べる私の太腿の上で、エリスもまたじっと土器を見つめ、その手にはやはり枯れ枝の束があった。

 ばちりばちりと昨日よりも多く火が爆ぜる。目を細め、午後からのことを思い出す。


 山歩きの成果であるが、満足できるものだった。

 当初の目的であった黒曜石だが、これは山肌の露頭付近で発見できた。拾えた数こそ少なかったが、キラキラと黒く輝く様はまさしく黒曜石。このキラキラ感は宝石として売れるかもしれないので、時間に余裕ができればまた探しに来ようと思う。(エリスの目もキラキラしており、かなり乗り気であった)


 次に岩塩。

 これだけ大きな山脈ができているのだから、相応の地殻変動というかプレートの衝突が起きているのだと信じて、そう、古い時代にプレートに挟まれた海水が陸封されたこともあると信じて、探したのだ。(ただ地球ではないので、半信半疑)

 あって欲しいという願いは強かったが、こればかりは運。正直、あればラッキーすぎるといった感覚であった。あるかないかと、小さな谷間や水が流れ込みそうな窪地、山肌が崩れた場所、ぽかりと口を開けた洞窟といった場所を探して、何時間もうろうろした。

 その結果、それらしきモノを天然洞窟の前にあった窪地で発見することができた。露出した岩肌に紛れた白く透明感のある小石めいた結晶。周囲にはピンクや褐色、赤黒いモノもあった。ほんのちょっとだけ地上に露出しましたといった観だった。(それでもエリスは非常に驚いていた)

 確かめる為、そこらの石で結晶を砕き、恐々チロりと舐めれば、しょっぱさが口一杯に広がった。塩気に飢えていた身としては、とてつもない感動だった。


 そんな時、ふと昨晩の出来事が頭をよぎった。

 かの存在が助けてくれた、という確信なんてものはなかった。いや、そもそも、あれ程に強大な存在がみだりにこの世に手を出すとも考えにくい。(これまで耳にした話でも、そういったモノはなかった)

 だがそれでも、命を繋ぐのに絶対不可欠なモノを見つけることができたことが、自分の知識によるものだとも、ただの偶然によるものだとも思いきれず、エリスがジボ様に恵みへの感謝の祈りを捧げるのに合わせて、頭を下げて感謝しておいた。


 こうして岩塩を手に入れたが、今日持って帰ったのはそう多くはない。

 エリスが大きな葉っぱを使って包んだ分だけである。土器ができあがれば、また取りに来ることになるだろう。


 そして、私のこん棒。

 イイ感じの棒を探していたのだが、やはり中々これといったモノとは出会えなかった。一応、お、これイイ感じというのもあったにはあったのだが、岩塩探しの最中、唐突に茂みから襲いかかってきたオオカミ(一匹狼と思われる)をブチのめした際に砕けてしまった。

 まことに遺憾である。原因を作ったモノには、腹を掻っ捌いてもらって血の気を抜いた上、今は小川の中で永遠の反省を強いている。


 後は山との往復時、森の中でベリーの群生を見つけて(エリスが)安堵したり、先の大きな葉っぱ……腐敗を遅らせる力がある葉を茂らせる木を見つけて(エリスが)喜んだり、王国では珍しい貴重な薬草を見つけて(エリスが)興奮したり、シカが遠巻きにしてこちらを警戒する姿を見て(エリスが)目を丸くしたりした程度である。


 うん、こうして振り返ってみれば、今日一日はおおむね満足できる結果だ。(竹が見つからなかったのは至極残念)

 私だけは早くイイ感じの棒を見つける必要はあるが、それ以外はたいへん結構とドンと合格判をついてもらえる出来だと自負できる。これ以上はムリっ。かなり都合良すぎじゃない、って自分を疑うほど。


 ……。


 あれ、ほんとよくよく考えたら、たった半日でこれだけできたなんて、信じられなくなってきたゾ。

 確かに山中での探し物の際、ひょいひょいと崖の岩肌を登ったりぴょいと谷間を飛び越えたりして(背中でエリスが悲鳴を上げていたような?)、時間を有効に使ったが、ここまでできるなんて信じられない。


 この都合のよさ、夢かな?


 うごごと唸り頬をつねる。痛かった。


 エリスが何事かと見上げる気配。


「ブリド、どうかしました?」

「きょう、がんばる、した。おで、と、えりす、えらい、おもう、した」

「あー、はい、確かにすごくすごく頑張ったと思います。山を、短時間で、すごい距離を、移動しましたから。……でもわたし、何も言わないまま、切り立った断崖を登ったことや、深い深い谷間を跳んだこと、ゆるしませんよ?」


 これまでになくヤサグレタ目が、おこな視線が、私に向けられている。


 いや、今日はなんか身体の調子がイイっていうか、本当に思い通りに動かせるようになったというか、昨日までと比べると、こうちょっと感覚にずれのようなモノがあったのがわかって、それがなくなって気持ちよく動けてしまったのだ。


 だから、こちらの対応は決まっている。


 首を傾げ……、そんなことありましったけ?


 重く鋭い肘打ちが腹に入る。

 が、残念っ、効かないっ! エリス君……、狙い所と打ち方が……へたっ! へたっぴ!


「んっ! もうっ! イマニミテイナサイっ」


 おどろおどろしい声音。エリスの握りしめられた拳が震えている。

 そこには、初めて出会った日の人生を諦め切った姿はどこにもない。遠慮も今日の出発前よりなくなったような気がしないでもない。ま、でも、これくらい元気な方がエエやろ。(似非感)


 少女はむぐぐと唸りながら幾度か肩で息をして、ようやく深呼吸。


「明日はどうします?」


 いつもの彼女が戻ってきた。(よかったよかった)


「アシタ、ここ、シゴト、する」

「なら引き続き土器を焼くのと、あの綺麗な石を加工するのと、オオカミを解体するあたりですか?」

「そう。ドキ、ヤク。あいだ、いし、カタチ、トトノエル。それ、おわる、する。オ……オカミ、カイタイ、する」

「それができて、もし時間があまったら?」

「オノ、つくる、する。ベリー、とり、する。えだ、き、ひろい、する。サジ、ツクル。ニク、シオ、ヤク」

「わかりました」


 うんと頷く。

 エリスは気の抜けた、少女らしいあどけなさを見せて笑った。


「ブリド、また明日も頑張りましょう」

「まかせる。おで、がんばる、する」

「はい。……それはそれとして、ブリド、わたしは寝るまでの間、あなたに説教をします。わたし、きょう、ほんっとうにっ、コワかったんですからねっ!」


 え、さっきも言ってましたけど、なんのことです?


 私は眼球の動く範囲で、叶う限り、明後日の方向へと視線を飛ばした。

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