4 準備の日々(成果列挙型)


 仮の拠点を構えて、おおよそ四十数日。

 辺りには夏の気配が色濃く漂い始めている。私たちの準備も進んで、相応に整った。明日は岩塩や黒曜石、その他諸々を収集しに回って明後日にでも出発しようかと、エリスと話し合っていた所だ。

 道行きの簡単な計画だが、最初に街道を見つけて集落へ行く。旅の言い訳は、エリスの巡礼。そして一応の目的地も最寄りの神殿だ。そこで諸々の情報を得て、山越えできる場所を目指して進み、運が良く隊商があれば紛れ込み、なければ自分たちで頑張る、といった具合である。


「短い期間でしたけど、よくここまで用意できましたね」

「えりす、と、おで、がんばった。その、せいか」

「ふふ、ありがとう。ブリドもお疲れ様。……本当に、逃げ出した時と比べると、天と地の差があります」


 エリスは私の又坐に収まり、ほうと息を吐いた。

 その身にまとうのは、シカの革で作られたドレス。彼女が骨の針とシカの腱で悪戦苦闘しながらも縫い合わせた一品である。私の方もクマの革を貫頭衣型にして両脇をシカの角で作ったボタンで止めている。(エリスの苦闘ぶりを見て、縫いを遠慮した)

 もう、これだけで違う。本当に違うのだ。文明を肌で感じるのだ。まだ蛮族スタイルであるが、ほぼ全裸の原始スタイルに比べれば、文明的なのだ。


 焚火の中、焼け焦げが目立つ土器からは湯気があがっては、夜の空気に溶けていく。


 エリスが両手に持ったコップを傾けた。

 中身は彼女が自ら調合して作ったハーブティー。私も飲んでいるが、文明の味(野趣?)がする。またそれを入れているコップにしても、釉薬を得て作られた疑似陶器だ。


 短い期間だったが、よくできたものだと、しみじみする。

 夏虫の鳴き音を聞きながら、これまでの日々で、できたことや得られたもの、事件事故等々を思い返す。



 最初の十日間は、生活環境が劇的に改善されていく日々だった。


 洗濯の改善。

 灰を得られたことで灰汁が作成可能となり、これを使うことで衣服の汚れが落ちやすくなった。当然ながら臭いも少しずつだが改善されていき、私の嗅覚も少し楽になった。


 トイレの設置。

 拠点近くにある小川の下流に溝を掘り、水を流す形で汚物を流すようにした。エリスの為、一応の目隠しとして、枝や草、枝葉等で三角屋根状の覆いを作ってあるので、雨が降ってもマシにはなっている。なお私では入れない為、その傍らで用を足している。


 寝床の作成。

 煮炊きに使う焚火の前に、トイレでも使った三角屋根状の骨組みを作り、それを天幕で覆った。が、私には狭く低すぎたので改良。竪穴式住居を思い出しながら、縦三メートル横二メートル深さ半メートル程を掘って、出た土で穴の周囲をかさ上げ。天井部は布の丈が足りない場所に草を葺き、側面部もまた組んだ枝に草を編んで壁とした。

 穴を掘る時、道具が大きな石しかなかったため、かなり苦労した。しかし空間が確保されたことで、私も横になって寝られるようになり、睡眠がかなり改善された。


 石器の作成。

 黒曜石を扱うにあたり、手で持つ部分も切れそうなことが問題であった。なので、手ごろなサイズの棒に切り込みを入れ、そこに挟みこむような形で柄付きナイフにした。

 後、木こり用の斧に関しては蛮用の可能性が高いことから、当初は川近くの平たい石を、後日は山で見かけた頑丈で平らな岩を斧頭に採用して、五本ほど作った。


 木靴の作成。

 エリスが歩き回れるようにするためにも、早急に必要なモノだった。初期は木を削って作った靴底と蛇革を使用した鼻緒だけのサンダル……というよりはゲタっぽいモノ。革と膠を使えるようになってからは、つま先と足の甲を革で覆う突っかけ型となった。


 背負子の作成。

 木靴とあわせて作った。私用の大きな木枠の背負子だ。それなりに太い枝を頑張って削って、比較的真っすぐな棒にして、それを枠材とした。使用する紐や背あては時々で変化したが基本革製。

 段ボールみたいな軽くて丈夫なんていう便利なモノがないため、陶器類が抜け落ちないよう、底板を導入。もっとも、当初は板なんて貴重品が存在しなかったため、木の枝を並べて代用していた。だが、土器の板が完成してからはそれと交換している。


 香草の発見。

 自然の中で生きるにあたり、ありがたい効能を持つ植物。これらは全てエリスが見い出した。彼女曰く、全て教えられたこととのことだが、本当に地母神の教えは実用的でありがたいモノばかり。食事に味と香りが付き、洗浄剤を作成する弾みとなった。


 洗浄剤の作成。

 灰汁と動物性油脂とが揃った段階で一度作成した。何度か試行錯誤して出来上がったのだが、なんともケモノ臭かったので、一旦保留。その後、香草が手に入ったことから臭みを抑えることが可能になり、使用できるようになった。衛生面の向上は健康を保つ為には不可欠であったから、非常にありがたい成果だった。身体から汚れが落ちた時は感動してしまった。そしてこれが風呂を造る切っ掛けとなった。


 蔓植物の発見。

 生活をしていると、やはりロープ的なモノが欲しくなってくる。エリスが草の茎を撚って作ってはいたが、そこまで頑丈でもないし、長さも足りない。故に森を歩き回って探したのだ。結果、少し離れた場所にそこそこ茂っていることが判明し、確保することができた。基本、ロープ的な使い方であったが、エリスが自分用に背負い籠を編んだりもした。また乾いてきてからはほぐして繊維にし、糸に撚ったりしている。


 山芋の確保。

 正確には蔓植物を探した際、食べられる物が埋まってないかなと思って、幾度か掘ってみた。その結果、イモらしき存在を確認し、食用となった次第である。貴重な炭水化物。食料を管理してくれているエリスもニコニコだった。


 ウサギ狩り。

 動物性たんぱく質及び副産物確保のため、狩りを始めた。手始めに狙ったのが、ウサギである。場所は麓の平原。低木がちらほらあって草むらが一面に広がる場所だ。

 初回は投石で狙ったがしめやかに爆散した為、エリスに怒られた。二回目は純粋に追いかけてみたが、小さな穴に逃げ込まれて失敗。三回目を前にして、エリスが通り道にわなを仕掛けることを提案してきたため、以後は彼女が担当することになった。

 それから毎日、朝の散歩がてらの採取行でわなの確認をすることが決まったのだが、その成果は中々のモノで三日に一匹の割合で狩ることができた。ただ、これが後に害獣を引き寄せることにもなった。


 次の十日……十一日から二十日までの間は、拠点の拡充期間だった。


 薬用軟膏の作成。

 ウサギを狩れた段階で、エリスより薬草から軟膏を作りたいとの提案があった。私は二つ返事で承諾。私は軟膏を収める小瓶の作成や素材の混ぜ混ぜを担当し、エリスが各素材の配合及び薬剤との調合を担った。エリス曰く、作ったのは小さな傷や手荒れ肌荒れによく効くモノなので、物々交換でも主力になれるとのこと。地母神の教えってすごい。そう思った。


 窯の作成。

 とても苦労した分、物凄く印象に残っている。

 土器を焼くにあたって火を扱うことになるが、やはり野焼きではいろいろと効率が悪い。これを何とかしようとして考えた結果、川近くの段差……高さ一メートル程を利用しての窯作りだった。

 土手をごりごりと幅一メートル奥行一メートル程削り取って焼き室確保。その場でどんどんと足踏みして均し、さぁ天井を作ろうとして首をひねった。土というか泥を固めるまでの間、支えるモノがなかった。

 困った時のエリス様ということで、拙い言葉と身振り手振りで説明。さすがに彼女も難しい顔をした。が、失敗しても構わないというならと、枝葉の組み合わせと太い枝とで、天井の支えになる代物を作ってくれた。私の要望した通り、かまぼこ形だ。

 ここまで来たならガンバルと気合を入れ……、近くの川傍でせっせと材料確保である。自然、風呂のことを思い出し、縦横高さを考えて掘り進めた。後は土と砂と水を混ぜて合わて泥を作り、童心に帰ってコネコネ。エリスはなぜかこれを見てニコニコ。最奥に排気穴を確保した後、端から中央に向けて少しずつ慎重に乗せては固めていく。二度ほど崩れたりしたが、その度に補強を施して……数日後に完成した。

 それからしばらくの間、乾燥させ……、ドキドキしながら支えの棒を抜いた。崩れるか崩れないかとヤキモキして、無事に残った。これまでになくほっとした。エリスがまたニッコニコな笑顔。気恥ずかしかった。その後、出入口兼燃焼部に石を積み泥を張っての完成であった。が、雨除けも必要だったと今更気づき、エリスを拝んだ。彼女は仕方ないなといった感じで笑い、トイレと同じ三角屋根状の覆いを作ってくれた。本当に、エリスさまさまである。

 以降、この窯を使って土器や陶器モドキを焼き、時に木炭や豆炭を作った。


 風呂の作成。

 先の窯作りに並行して行った。私としても、常日頃よりエリスに迷惑をかけている自覚があったので、感謝の気持ちを示したいという思いがあったのだ。故に頑張った。

 浴槽を形どった後、川の上流部で水を沸かす焼き石用の大きな石を多数確保。入水と排水が速やかに行えるように、川からの導線を設計。当然、入排水管理用の堰も万全。浴槽の底も石の類を全て取り払い、窯作りであまった土と共に盛って浴槽の嵩ましもした。液状だが石鹸の準備もできた。酢とか卵白があれば、髪の手入れもできただろうが、そこまではムリだった。

 さて、こうして設備を整えて、焼き石を棒でなんとか浴槽に放り込み、いざお風呂となった訳だが……、石鹸で身体や髪の汚れや垢を落とし、熱いくらいの湯に身を沈めて、エリスは静かに泣いていた。うんうん、よかったよかったと私は満足した。

 で、終わっていれば恰好がついたかもしれないが、世の中もとい感激少女はそれを許してくれなかった。事件(?)の発生である。


 エリスの棒いじり事件。

 はい。事件名でなんとなく想像できるだろうが、まー、なんというかアレだアレ。私もブリドにお礼をします云々からの流れで身体を洗ってもらったのだが……、私のぶらぶらを、幼子が興味を抱いた感じで、こう興味津々に、泡の手で、散々に、いじったのだ。もちろん、怒髪天の如きあり様になりました。こればかりは暴発するかと思った。

 これを為した当人は、デカさ熱さ硬さを実感し、驚きのあまり硬直。私としてもまだヤレル状況ではないとわかっていたので、川に飛び込んだ次第だ。天国と地獄はここにあった。おのれ、こんなじょうきょうでなければ、ぐぎぎ、と葉を噛みしめた。(今もである)私も男だ。早く西に行って落ち着こうと、改めて決意した。

 ちなみにであるが、翌日のエリスは私の股間に目が行って赤面するといったことを幾度かしていた。けれど、いつも通りに接するうちにそれも消えていったので、大きな問題にはならなかった。

 ただこの事件は失われていた少女の自尊心をかなり回復させたようで、しばらくご機嫌であった。


 流れゴブ団遭遇鏖殺事件。

 事件は続く。先の事件から数日後のことだ。

 ウサギ用の罠を確認しに行ったところ、ついに緑色のアンチクショウを見つけてしまった。というか、罠にかかったウサギを貪っていやがった。当然、投石による(命)ボツショットである。

 一匹いれば最低でも十匹入ると思え、なんてことを聞いたことがあったから、これはエライことだと認定。エリスと相談して一日の予定を白紙にしての捜索撃滅を行うことにした。その詳細については伏せるが、とりあえず計二十三匹を駆除。ゴブにも近づいたらこうなるぞとわかりやすく示すため、方々の木々に吊るしておいた。

 それが終わった後は、エリスと二人疲れた心身を癒すべく風呂に入り、予定が狂ったことに腹を立ててふて寝した。ウサギ狩りはこれがあったので終了である。


 そして、安定して物資の蓄積ができるようになってから、今日に至るまでの二十日間。まだ記憶に新しいこともあるのか、すっと流れる。


 木の槍の作成。

 ゴブを確認したことで、脅威に対応する為に作成した。これは木の加工作業にも慣れたこともあって、簡単だった。あとついでに、旅で使うエリス用の杖も作った。


 岩塩の採掘。

 保存食づくりに不可欠と、容器三つほど持ち帰った。安心感が増した気がした。


 シカ及びイノシシ狩。

 罠によるウサギ狩りを終了したことに加え、塩の貯蔵ができたので食料備蓄を行うために実行した。主に私が追い回して狩った。副産物もありがたいモノだった。


 肉の塩漬けと燻製づくり。

 旅する前の一番大事な準備であったので、気合をいれて頑張った。塩漬けはそのまま肉を塩に漬け、草で包んで土器に保管。燻製は窯の排熱を利用してのモノで、こちらは風味付けができることからエリスが力を入れていた。


 革なめしと不要な生皮を取引用に塩漬け。

 なめし革は衣を充実させる為に必要だった。これはエリスの指導の下、私が主に作業した。(エリスすごい案件)生皮の塩漬けは旅の途中における物々交換用にと準備をした。


 クマによる拠点襲撃。

 昼食時、森から駆け出てきたのだが、私を見た瞬間に立ち上がって威嚇してきた。なので、手元に置いている木槍で喉奥を槍で貫いて資源化した。クマは脅威であると思っていただけに、こんなものかと石斧片手に首を捻ったが、突発の襲撃でいろいろと追い付かないエリスが、えぇと引いた顔をしていたので、(私が)普通ではないことがわかった。(だからといってどうしようもない)


 私の暴発事故。(夢のせい)

 食したクマ肉が効きすぎたのか、寝ている際にムスッコが暴発を起こした。その際になにがとはいわないが、腹の上で寝ているエリスに降りかかり、大参事になった。幸い、当人はあまり怒っていなくて後に引きずるモノがなかったのは助かったのだが……、うーん、あの時あの晩だけ、妙に気持ち良かったのがどうにも不思議だ。


 革靴と革服の作成。

 これはエリスがとても頑張った。私も針を作ったり革を裁断したりする時に協力したが、他は全てエリスの力だ。服も作れるとは、やはりすごい子である。(こんなすごい子を手放し略)


 木炭の作成と黒曜石の研磨。

 時間と物資に余裕ができ始めたので始めた。木炭は良質な燃料や水の浄化に使えるので携行用として、黒曜石の研磨は窯を見る間の手慰みであった。後、不出来な木炭と膠を利用して、豆炭も作っておいた。



 ここまで振り返り、話の一つくらいは余裕でできそうな日々だったと、しみじみ思う。

 だがしかし、ここにいるのも後二日程。西に向かう旅がまた始まろうとしている。だがそれでも、この場所への執着というか心残りというか……、いや、一時でも安らぎを与えてくれたからか、とても名残惜しい気持ちが湧いてくる。


 エリスからも少し寂しそうな声が聞こえてくる。


「ブリド、この場所から離れるの、なんだか、もったいない気がします」

「わかる。……ここ、よい、ばしょ、だった」

「そうですね。本当に、恵みに満ちた地だと思います」


 この国が、私たちにとって安心して暮らせる場所であったなら、ここで暮らしてもいいかもしれない。


 けれど、現実はそう優しくない。

 エリスは冤罪とはいえ国に罪に問われ、逃げ出した身。私も戦奴と変わらぬ兵士であり、今は脱走した身。やはり、この国にはいられないのだ。


「えりす、ここ、イタイ、わかる。でも、おで、たち、いる、ダメ」

「ブリド、わかっています。ただ……、いえ……、ごめんなさい」

「イイ」


 私はぐいと少女を引き寄せる。髪はまだごわついている。櫛を作り忘れていた。反省する。

 彼女のにおいがかおる。そこにかつての臭さはない。些か変態っぽいが、革のにおいの向こう、微かな香草のかおりが少女の甘い匂いを引き立てているように感じる。


「えりす、くさい、ない。よい、こと」

「ふふ、今ならまぐわうこと、できます?」

「できる。……けど、おで、がまん、する。……してる」

「うふふ、わたし、今、なんだかブリドに勝った気がして、すっごく嬉しいです」

「おで、まけ、みとめる。えりす、よい、におい、する」

「ふふ、なら、早くココから離れて、西に行かないと、ですね」


 先までと異なり、エリスのからかい混じりの楽し気な声音。

 私は降参する代わりに天を見上げ、鼻息を吹いた。

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