幕間 辺境ちまた話


 辺境。

 境の辺りとの意味合い通り、ある勢力ないし生存圏の周縁部のことである。時に勢力と勢力との境目にも該当する為、かならずしも発展していない訳ではないのだが、やはり大抵は辺鄙な場所である。

 とはいえ、辺鄙な場所であったとしても、隔絶した環境で自給自足しているような所を除けば、周辺社会や中央との繋がりはある。例えば、中央に縁ある領主や代官、徴税を担う役人、物を運び売り買いする商人、多様な理由で動く冒険者、信仰で巡る巡礼者、布教を担う宣教者、食い扶ちを求める吟遊や旅芸人、といった具合に、様々な形でヒトが出入りしているのだ。


 そして、それは様々な情報を辺境域にもたらす。

 遠国近国中央近隣近郊と、その地ではないどこかから、流れる人々を介し、道々に分かれ、口々を渡り、確かなモノとして、真偽わからぬモノとして、与太めいたモノとして、色々な話が入ってくる。


 そう、カンネルヘン王国西部の辺境域においても、それは例外ではない。

 各地の村落や集落で、様々な話が伝わり広がっていく。



「昨日、ご領主様が話しているのを聞いたんだが……、一月ほど前に、王都で地母神様の神殿が破壊されたらしい」

「は? ……はーーーっ! うっそだろおめぇ! なして地母神様の神殿が壊されるんだ!」

「んだんだ! 光神の方の間違いでねぇのか?」

「いや、それがな、それだけでなくてよ、神殿の神官様もほとんど死んじまったって話だ」

「な、なんでだっ、地母神様はオラ達の畑を守ってくださる、とてもありがてぇお方だ。そんなお方の神殿が、しかも神官様まで、なしてだっ!」

「お、おい、怒るなって。俺だってちょっと聞いただけで詳しくはわからねぇんだからよ。ただ、なにやら王都に降りかかった災難を払おうとしたって話らしい」

「おいーおいおいおい、穏やかでねぇなぁ。それ、大丈夫なんか?」

「わからねぇよ。……ただご領主様が、災いを払いきれたかわからん以上、念のために不作に備えた方が良いかもしれん、って仰ってたぞ」

「おぉ、おぉぉ、なんてこったぁ。えらいこったぁ。地母神様ぁ、お守りくだせぇ」



「さっき行商人のおっちゃんから、おもしろい話聞いた」

「へぇ」

「東の方で、新しいダンジョンができたらしい」

「へぇ」

「ダンジョンの近くの街は、ヒトがいっぱい集まって、すっごく賑やかに盛り上がってるって」

「へぇ」

「うらやましい。ここもそうなったらいいのに」

「へぇ」

「あと、おっちゃんについてきてた女の人、東から来たって言ってたけど、このまま山を越えるんだって」

「へぇ」

「……私も、ここから出たいなぁ。どっか別の街に行ってみたいなぁ」

「へぇ」

「でも、父様も母様も兄様も、みんな、ダメだっていうし、ダメ、なんだろうなぁ」

「へぇ。……ばさま、朝飯はまだかの?」

「爺様。朝飯は食べたし、婆様は半年前に死んだよ」

「へぇ」



「おい、まーた光神の連中が回ってくるかもしれんぞ」

「隣村の奴が来てたけど、それか?」

「いや、用件は別だったらしい。けど、この前来たからってことで一応だってよ」

「けっ、恵まれぬ者の為に寄付をってか。……回ってくる連中の肥えた腹を見れば、どこに消えてるかすぐにわかるってのに、よくやるわ」

「ほんとだよな。どうせなら地母神様の方に定期的に来てもらいたいもんだ」

「そら言えてる。……んで、村長はどうするって?」

「いつも通り、ここは光神の神像もない土地だからってことで、追い払うってよ」

「わかった。そん時が来たらいつも通り、武装して行くわ。でも、もうそろそろ、連中、潰した方がいいんじゃないか?」

「気持ちはわかるが、ほれ、なんだかんだいっても影響があるから、な」

「はぁ、ブタの餌にしねぇだけ、ありがたいと思いやがれって話だよなぁ」



「聞いたか、冒険者の話」

「ああ、今朝来た奴だろ。仕事だったから詳しく聞いてない。ただ、春の中から終わりに北の方で戦があったとは聞いた」

「そうそう、ドッケンヘン辺境伯様んところだ」

「ドッケンヘンってのはたしか、えーっと、北の、そう、北のエライお貴族様、だったよな?」

「おぅ、覚えてんじゃねぇか。北の重鎮で、北隣のドーラント王国に睨み効かせてんだよ」

「へぇ。それで、結果は?」

「へへ、驚きの話、ドッケンヘンの街どころか、城まで攻めこまれたってよ」

「は? ……城って、おまえ、お貴族様の住処だよな?」

「ああ、そこの門を破られて、火もかけられたらしい。お嬢様も運悪くケガしたなんて話もある」

「おま、ちょ、負け戦じゃねぇかっ! どーすんだっ!」

「まぁまぁ落ち着けって、ドッケンヘンは大変だったらしいが、いくらドーラントでもここまで攻めてこられねぇから、安心しろって」

「あ、ああ、それで、どういうことだ?」

「おうよ。不意打ちは食らったモノの、辺境伯様は直ぐに態勢を立て直したらしくてな、軍勢をまとめて城内の敵を討ち果たした後は街に入り込んだ敵を追い出して、散々に追い払ったらしい」

「そ……、そうか」

「しかもそこに王軍が増援に駆けつけてな、辺境伯様と共に攻めてきた連中をドーラントまで追撃して、根拠地の街を燃いたらしいぞ」

「おおぉおぉおっ、そうかそうか! ふぅ、ビビらせんなよ」

「へへ、さっきのおめぇ、イイ顔してたぜ」



「坊、遠い国でな、勇者が魔王と戦っとるらしいぞ」

「じいちゃん、ゆうしゃってなに?」

「おめぇの死んだ父ちゃんみたいに、つよい相手に、勇気を持って立ち向かうもんだ」

「へぇぇ、とおちゃん、ゆうしゃだったんだ。……なら、まおうは?」

「んん、あーー、詩うたいから聞いたが、あれだ、魔物の長だ」

「まものっ! あの、みどりいろみたいな?」

「そう。ゴブリンのエライ奴みたいな奴だ」

「はぇえぇ。そうなんだー」

「坊、おめぇも父ちゃんみたいに、強い男になれよ」

「うん、わかったー」



「なぁ、おまえは聞いたか?」

「なにを?」

「この辺りで、地母神の信徒が巡礼してるらしい」

「へぇ。巡礼……、神官様じゃなくてか?」

「ああ、神官様じゃない。女の信徒だ。それもなかなか別嬪だそうだ」

「えぇ、女? ……まさか、一人でか?」

「まさかまさか。ちゃんと護衛に大男が一人ついてるってよ」

「はは、そりゃそうだようなぁ。いくらなんでも、一人はなぁ」

「そらそうよ。どこにでも碌でもない連中なんているもんだし、自衛くらいはするさ。……で話を戻してだな、その女が住んでたのがうちよりも田舎な場所だったらしくてな、集落の取り決めっつーか、因習だか伝統だかはわからんが、山の向こう側にある神殿まで巡礼することになってここまで来たらしい」

「ほぇー、それはご苦労なこったなぁ。んで、それがどしたよ?」

「まぁマテ、面白いのはこれからさ。三つ隣の村に、ほれ、乱暴者がいただろ」

「ああ、隣村の女を襲って手籠めにした、碌でもねぇ奴だ。村長の息子だったから、なし崩しで終わったんだろ?」

「そうそいつ。たしか、モブかホブか……いやロブだったかな。そいつがその巡礼の女に目を付けたんだよ」

「けっ、あんな野郎のブツ、とっとと切っちまえばいいのによ」

「くく、似たようなことになったから安心しろ。……昨日のことなんだけどよ、野郎な、取り巻き連中を連れていって、女に手を出そうとしたんだよ。んで次の瞬間、護衛に捻りあげられてな、頬を一発バツリと張られたらしい。もうそれだけで顔がめちゃくちゃに腫れあがって酷いあり様。取り巻き連中の前でコケにされたって、怒り狂ったロブがナイフを抜いたら、今度はナイフを持った手首を握り潰されて利き手が不具になっちまった」

「へへ、いい気味じゃねぇか。天罰天罰」

「これに慌てた取り巻き共が引き離そうとしたら、今度は泣き喚くロブをこうぐるんぐるんと振り回してな、全員まとめて吹っ飛ばした」

「うぉ、つえぇぇな、その護衛」

「んで慌てて出張ってきた村長に、息子共に足りなかった躾だってんで、村人の前で、大の男の尻を丸出しにしてバチンバチンっってな具合で、座れない程に真っ赤に膨れ上がったって話だ」

「うへぇ、そこまでやるか。……村の顔役相手に、怖いもんなしかよ」

「話だと護衛は流れ者らしい。しかもそこらの連中が束になっても敵わないくらいだから、怖くなかったんだろうさ」

「はー、うちの村も気を付けねぇとなぁ」

「だな」

「でも大丈夫かねぇ、その女と護衛」

「村長たちを放り出したらとっとと立ち去ったってよ。西に行くって話だから、大丈夫だろ。実際、代官様も特に動いてないって話だ」

「それ、話を聞いて、ビビっただけじゃね?」

「はは、それもあるかもな」



「あんた、また塩が高くなってるわ」

「どうしようもねぇだろう。このところ、ゴブリンが街道に多いって話だ」

「でもねぇ」

「実際、嘘はついてねぇさ。冒険者もいつもより二人多かった」

「うーん、わかってるんだけどさぁ」

「俺たちの代わりに、ここまで持ってきてくれている、その手間賃が高くなったと思え。……それよりもおまえ、聞いたか?」

「なによ」

「ほれ、前に一人の女を巡って騒ぎを起こしたって王子様方の話だよ」

「ああ、ああ、あったわねぇ。あれ、ほんとどんな女だったのかしらねぇ」

「やっぱイイ女だったんじゃねぇか? 例の王子様方も二人とも病気で休養中らしい」

「あらあらまあまあ、もしかして、恋煩いかしらねぇ」

「へへ、どうだろうなぁ」

「あ、そういえば、山を越す人たち、そろそろ集まってきてるって話、聞いたわよ」

「おぉ、そうか。ならまた食い物でも売りに行ってみるか?」

「そうねぇ、うーん、塩が高いから、あまり保存食はねぇ」

「わかった。今回は見送るか」



「代官様が捕まったって知ってるか?」

「おいおい情報が遅いぜ。んなこと、もう知ってるよ」

「えっ?」

「集めた税の一部をちょろまかしたってことで、公金の横領だとよ」

「なんだよ、知ってたのか」

「ああ、昨日酒場で唄ってた吟遊詩人だろ。ちょっと一杯おごったら、ほろほろって感じでよ」

「そっか」

「それに関連してだけどよ、半年前にふらっと数人の旅芸人が来たろ」

「ああ、あったあった。ジャグリングが上手かったの覚えてる」

「おう。……ここだけの話、もしかすると、そいつら、巡察士様の手の者、かもしれんぞ」

「え? ……え?」

「なーんてな、へへ、どうよ! 俺のよもや話、びっくりしただろ」

「お、おう、びっくりしたってか、おもわず、ありそうって思っちまったよ」

「へへ、俺の作話もなかなかってこったな」

「ああ、ほんとだよ。つか、おまえ、旅芸人が来ても純粋に楽しめなくなるだろうが、どうしてくれるんだよっ!」

「わりぃわりぃ」



 世に吹く風のように、声は話を乗せ流れて消えていく。

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