5 秋を終え冬を越し春が来た
時は流れる。
万象に等しく、滞ることを知らない。
唯一滞ることが許されるのは時間停止モノ……じゃない、何を考えているんだ、私は。
はい。季節が移り変わり、春です。もう半ばは過ぎてますが、春です。
今更ですが、この地には四季があることがわかりました。じゃぱんに比べれば、そこまでしっかりしたものではないが、一日の日照変化や暑さと寒さの移り変わり、確かにあった。あと場所はこの世界が球体ならば、北半球と思われる。
それでもって、私が私になったのは夏の終わりだったようで、今は秋冬と越してきたことになる。
ふぅと一息吐いて、天を仰ぐ。
今日は穏やかな晴れ。庭に降り注ぐ陽の光が私の身を暖かに包み込む。心地よい。汚れに汚れた腰巻を洗い干したついでに、全裸での日光浴である。オークといえば緑かと思っていたが、くぉーたーずは白と黄色の中間色だ。もう少し健康的な色がいいんだがなぁと、両手も広げる。焼けるといいが。んー、焼ける、ブタ鼻、焼き豚、オークはブタだった?
心地よい空気を破るように、同じ建屋からあへぇおほぉとの嬌声が聞こえ、同時に怒りのこもった野太い怒声が響いた。
……が、無視である。首を振って聞こえないふりをする。
二つの季節が過ぎる間に、私が戦場に立つことになったのは、十四回。
うち七回が国境線での小競り合いであり、次に多い五回がゴブリン集落への焼き討ち。残りはオーク集団の略奪行に対する迎撃と対山賊の掃討が一回ずつ。そして、全てに勝利した!
でもちょっと、おおいおーくない?
ふふ、今日も私の頭は動いている。(物理的に)
そんな阿呆なことはさておいて、秋と冬にあったことを少々思い起こす。
まずは秋。
なんというか、ヒトの恐ろしさというか、女の情念の怖さを知らされた。
城勤めのメイドか女官かは知らないが、ある女とその同僚の話だと聞いた。二人がどういう関係であったのかはわからないし、原因が知りたいとも思わない。誰がどう関わったかも。
ただ事実として、ある晩に、一人の女がくぉーたーずの住処、その一室に放り込まれた。その結果、見事なまでに住人が発情。立派なオスのできあがりである。悲鳴が一晩続いたかと思うと、次の日はもう見事なまでの喘ぎ声である。二晩の間、外から女の笑い声も聞こえた。
そして、三日目に事が発覚。(遅すぎるわっ!)
女を助け出そうと動いたようだが、結果は住人大暴れの大騒動。その時はドタンバタンギャーグベェといった音が聞こえてきた。それでもって督戦の連中が二人、上役の騎士も一人死んで、他に四人が重軽傷。女はなんとか救出されたようだ。
……しばらくの間、殺処分かと恐怖したものだ。
が、それからまた二日後。
別の部屋にまた女が一人放り込まれた。結果もまた先と同じだ。今度は外からの笑い声はなかった。
こうして一組の番が完成した。
いや完成じゃないが、と私としては言いたい。
これがくぉーたーずに、マズいなんてもんじゃないくらいにマズい事態を引き起こしたのだ。
持つ者と持たざる者の明確な差が、くぉーたーずの結束にヒビを入れた。
持つ者が集団からはじき出された。毎日毎晩嬌声を聞かされるのだから、わからないでもない。が、戦場ではマズイ。
孤立した持つ者は援護を受けらず、怪我は酷くなる一方。幸いというべきか、まだ最悪には至っていない。問題なのは持たざる者達だ。連中、恐ろしいまでに血の気が多くなっており、戦闘力が格段に上がっている。時々、督戦連中の制御がきかないくらいに暴れる。特に与えられて奪われた奴がすごい。移動中に女に向ける目は常に血走っているし、鼻息や涎もひどい。
私も両者の間に入ったり、なんとか落ち着かせようとしたりしているが、どうにも上手くいかない。耳に入ってくるところによると、くぉーたーずは生まれておおよそ四年程にある。単純に四歳相当と考えると、こうなるのも仕方がないのだろうか? わからない。ただ面倒で気疲れする。
だからか、最近は督戦の連中が私にやさしい。
山賊退治の時に天幕の布を持ち帰ろうとしたら許された。
これからは連中のことを監督と改めようと思う。けど監督ならもっと頑張れやごらっとも言いたい。
そんなこんなで、本当にもう、戦力運用に支障が残る、一大事件であった。
常時監督に騎士が二人程加わったし、移動中の聞き耳によると、事を起こした女の家族は罪が連座して鉱山及び娼館送り。被害者とその家族も風評がひどくて街に居られないと仕事を辞めて去っていったそうだ。
この件は不幸ばかりである。
溜息を一つ。
ぶふーと吐き出される風に、足元の草が揺れた。こんなにも晴れて暖かだというのに……あまりにも、くらい。
……。
はい、ここまで!
たのしくっ! しげきてきにっ!
暗示の言葉を胸中で叫び、冬のことを思い出す。
そう、冬。
寒かった。遠征が大変だったとしか言いようがない。特に雪の日。どこが川かわからないまま氷を踏み抜いて冷たい思いをしながら、ごぶごぶを追い回したのはもういい思い出だ。あの集落焼き……暖かかったなぁ。
いや、そうじゃなくて……。
遠征の合間、同道した隊商の護衛に魔法使いがいたのだ。魔法使いが。大事な以下略。だが魔法という未知の存在に、私がときめきを感じたのは仕方がない話だ。私が私でなかったとしても、きっとそうだったに違いないという確信すらある。
話を戻して、運が良かったというべきか、たまたま私が歩く傍の馬車に乗っていて、新入りに魔法の概要を説明しているところを聞くことができた。
曰く、魔法は、右胸にある魔力溜りから魔力を引き出して、術式に流し込んでコトを発動させる。
曰く、術式はいくつか形式があり、誰もが確実に操れるのは魔術文字に魔力を流し込む文字術式。
曰く、術使いが一般的に使うのが詠唱術式。他に象形術式、模倣術式、自然術式といったものがある。
曰く、一部の魔物が肌が硬く膂力に優れたり俊敏なのは、魔力が影響している。
曰く、これはヒトにも可能なことで、魔力を全身に巡らすことでできる。
曰く、魔力の循環は基本中の基本なので、絶対に怠らないように。
ありがたい講義でした。(身についたとはいっていない)
で、これを聞いた以上は試してみなければと、私もやってみたのだ。
結果。
魔力ってなんだよ。
って話である。
魔力がそもそもどんなモノなのかわからない。当然、右胸にあるって聞いた魔力溜りもわからない。触っても何かあるわけでなく、目を瞑ってみてもなにも感じない。魔力を全身に巡らそうにも、元がわからない以上はどうしようもない。
ないない尽くしの中、うむむと悩むこと、二十三日。
その日は寝床でぼんやりと庭を眺めていた。すると、たれこめた曇天から雪が降ってきた。綿毛よりは小さなそれが、ゆらゆらと落ちてきて、地面に着地。じんわりとゆっくり染みていく。その様を見て、ふと考えたのだ。
もしかすると、私の魔力は身体全体に染み渡っているのでは、と。
なら染み込んでいるモノを絞り出すにはということで、腕をこうぎゅっと握り胴に向けて撫で上げてみた。するとなにかがこう、皮膚の下でぞわっと動いた気がした。
あの初めてのときめきにはまったく似ない感覚に、悲鳴を上げなかった私を褒めてあげたい。
けれども、それでなんとなくわかった気がして、とりあえず全身を撫で回して、ぞわぞわしたモノを右胸に集めてみた。すると、先程まで感じなかった溜り場に収まっていった。と同時に、全身が少しずつ重くなって重くなって、動けなくなった。
……魔力が染み込んだ前提で動く身体って、ダメじゃん。
と思った私は、はるか遠くを眺めていたかもしれない。同時に、これが怪我の治りが早い理由であり、魔物が魔物である由縁なのだと本能的にわからされた。
しかししかし、私はその日から真の意味で、今の身体と向き合えた気がするのだ。
具体的には、身体作り的な意味で。重く思い通りに動かない身体を思い通りにするために、全身から汗水を垂らしながら動かす。魔力に頼り切っていた筋肉に、本当の存在意義を教え鍛える。筋肉きれてる。きれてる深くきれてる。万年氷河の割れ目よりきれてる。身体をいじめる鍛錬は、寒さなんて忘れるほどに熱量が出ていた。私はオークの血筋。果ては阿修羅より金剛力士か。脂肪も増やさなくては。阿でも吽でも、ばっちりと決められるように。
そんな鍛錬ついでに、魔力を全身に巡らせる。最初は巡らせ方がわからなかったから手の平で物理的に動かしてみた。それも三日ほどすれば、ゆっくりとだが流れるようになっていた。
ニンゲン、ヤレバデキル。
この言葉を実感できた日々であった。
そして、ここ最近になって成果が出た。
そう、私は、魔力なしに、そう以前とかわらない動きができるようになったのだ。当然というべきか、魔力を染み渡らせてからの動きも格段に良くなっている。おそらく今なら、三メートルくらいの高さなら余裕で飛び乗れる、はず。
えへん。
こうして私の実力が底上げされたこともあるから、そろそろ脱走計画を本格的にっと、なんだ?
……なんか、表が騒がしいっていうか、うちの戸が開いたのか?
また戦場だろうかなんて、私は首をひねりながら、室内に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます