6 同居(本人及び先住者未同意)


「ふふ、ふふふ。私の婚約者だけでなく他の殿方達も誑かした、下賎な売女にふさわしい場所よ。ふふ、あはは、ここに住んでいる全員がオマエの夫になるの。男に囲まれることが好きな、オマエにピッタリでしょう。喜びなさい」


 ちょいと顔を覗かせてみれば、うちの土間に女が倒れこんでいた。

 肩よりも伸びた髪はざんばらにくすみ、色もはっきりとしない。身に着けた生布のワンピースもひどく汚れていた。微かに捲れた裾より覗く足に靴はなく、汚れ傷ついた裸足が見える。後、身体も洗っていないのか、その、ひどく臭う。


 女は声もなく泣いているのか、打ちひしがれているのか、すでに動ける体力もないのか、身体を起こさない。


 それでもって、うちの出入口ではえらく無駄に豪奢というかヒラヒラした飾り付きの、赤黒いドレスをまとった女が気持ちよさそうにふんぞり返ってる。ボリュームのある髪をアップにまとめているせいか、頭が大きく見える。顔は美人と言い切れるが険がある。しかも声音が金切り声に近くのもあって、一緒にいると気疲れしそうだ。


 なぁにこれ……。


 穏やかな環境を打ち壊すように、突発的起きた出来事。

 私が唖然としていると、こちらに気が付いたのか、ドレスの女……推定貴族令嬢がまた口を開いた。


「ほら、来たわよ。あなたと一緒に暮らして、これからずっと満足させてくれる、最初のご主……じん、さまが、き、き、きたわよ」


 おうおうおう。

 こっちを見て急に青くなったり赤くなったりで言葉に詰まるのは、なんでじゃい。


 ここを選んで押し入ってきたくせに、闖入者の反応ははなはだ不本意である。

 なのでちょっとばかり威嚇してやろうと、口を大きく開け、身体の大きさをより強調するべくゆらりゆらりと揺らしながら中に入る。すると、ドレスの女の視線もまたある一点を追うようにゆらゆらと揺れた。その先は私の顔ではなく……下腹部あたり。目をガン開きにして、瞬きもしない。


 この反応、これはいったい!


 ……ムッツリスケベだよ。(誰だお前)


 勝手に行われた脳裏の寸劇。思わず、げはっと笑いが漏れた。

 が、気が抜けたのは一瞬。今のこの状況、私がなんらかの面倒に巻き込まれたことに考え至り、ふつふつと怒りが沸いてきた。秋の頃から女で苦労してきたというのに、今度は当事者になれというのか。監督の連中は何をしている。


 腹立たしさに唸り、目を細めて推定令嬢の背後を見る。

 恐怖もあらわに慌てている見知らぬ護衛。腑抜けた面だ。他にお付きのような数人の女は既に逃げ腰。だらしない。その背後には、本当に困り果てた顔をした監督達が顔を揃えていた。暗然とした顔。あれは例えるなら、部署の違う上司に無理難題を言われて仕事をしたけれど、後で直属の上司に叱られるのが確定して弱り切っている顔って奴だ。私は詳しいんだ。


 ぶふーと鼻息を一つ。


 生暖かな風を感じたからか、うずくまっていた女が顔を上げた。


「ひっ」


 学校のクラスで三番目か四番目にカワイイなんて言われてそうな、なかなか整った顔。埃と油分で汚れている。よく見れば身体つきにしろ顔つきにしろ、微妙に青くみえるから、まだ少女といった感じか。もっとも今はその視線がある一点で固定されていて、強張った口からは声も出せず、表情は恐慌と混乱、そして絶望で固まってしまっている。


 そうそう、これが年頃の娘の普通の反応って奴だろう。

 それに比べて、推定令嬢の方は瞬きもせずに魅入ってやがる。

 あー、いけませんいけません、身分ある令嬢として問題でしかないんじゃない?


 試しに、ぶーらぶら。

 うわ、目が追ってる。


 ほんとに一時も目が離れません。

 いやしいやらしい、ほんにいやらしかおんなばい。


 っと、遊んでる場合じゃなかった。

 とりあえず、闖入者を何とかする為に……、うん、いい機会だ。ここは一つ、私なりに考えた、魔力の使い方を試させてもらう。


 おおきーーーく息を吸い。

 魔力を喉に集めてー、魂消ろぉっ、竦めェぇぇっ、わざわざ私に面倒を持ってくるんじゃねぇぇぇ!


 渾身の、怒りマシマシの咆哮。

 ビリビリと一面に轟く大音声。

 うるさい建屋から声が消えた。

 パラパラと砂が壁から落ちる。


 足元の少女は白目を剥いて倒れ伏し、推定令嬢は腰を抜かして失神し、しめやかに地面を濡らした。護衛は腰砕けで剣を抜こうにも抜けず、お付き達は這いつくばって逃げまどい、監督連中は顔を引きつらせながらこちらに向かってくる。


 私はまた大きく鼻息を噴き出してから、推定令嬢を軽く蹴りのけて、扉を閉ざした。




    ☩   ☩   ☩




 はい。

 勢いでやっちまいました。反省している。気絶した少女の近く、座り込んだ私は腕を組んで項垂れた。女連れ込んじゃったよ。やべぇよやべぇよどうするどうする。今からでもなかったことにできませんか。……外の騒ぎ的にも、できないっすよねぇ。閂もはめられたし。


 はぁと溜息。

 まったくなんだこれはどういうことなんだ。女をここに放り込むなんて、絶対にロクでもないことになるなんてわかっているだろうに。私の所で良かったと問われれば、良かったとも面倒ごとは勘弁だとも答えるが、いや、監督たちにとってみれば、私は比較的温厚だから、部隊運用を考えると一番マシな策になるのか? なんか推定令嬢が全員に巡らせるなんてこと言ってたし、私が出来レース的にあえて誰にも譲らんって感じでほどほどに抵抗をみせれば、移し替えもできなくなって定期的にくぉーたーずから女を取り上げるなんて危険なこともしないで済む。


 けどでもほんと、どうするかなぁ。


 気絶している少女を見る。

 最初に私の所を選ばれたのは、本当に運が良かったといえる。他の所なら、今頃は問答無用にぶひぃひぎぃになっていたのは間違いないのだから。

 それにしても、かわいそうに……。白目を剥いて恐怖で顔を引きつらせるなんて、百年の恋が醒めそうな程にブサイクな面に晒してしまって。まったく誰がこんなことをしたのか。……私、ですねぇ。


 はぁとまた溜息。

 どうにかするにしても、まずは少女を起こすことからか。

 そんな訳で、ちょんちょんと頬をつつく。あ、瞼が閉じた。うめき声。もう一回ちょんちょん。お、引きつり顔が眉間にしわを寄せる観に。ついで悪夢にうなされているようにううんと唸り。そろそろかと思いながら、さらにちょんちょん。


「あ……、わ、わたし………………ひっ」


 お、声音はそんなに高くないんだ。


 なんて思っていると、目を覚ました少女がこっちを見て硬直。

 まぁ、私もオークの血を引く者だけに怖い顔してるからなぁ。鬼瓦とまではいかないが醜男なのは間違いなし。


 ならばせめて、愛嬌を見せるっ!

 刮目せよっ、渾身のスマイルっ!


「ひ、ひぃっ! わっ、わたしっ、おいしくないですっ!」


 おおっと。

 ミス、相手に意図が伝わっていない。

 生まれ変わってからもう一度試しましょう、今度は上手くいくといいですね、ってところかな?


 はぁと三度目の溜息。

 途端、プンと鼻に届く臭気。山野に潜む野生動物の臭いと同じか、いや下水の臭いも混じってるから下手するとそれよりも酷い。お年頃の娘がさせていい臭いではない。私はこう見えてもきれい好きなのだ。こんな臭い女を近くに置いておきたくない。


 ……。


 なんかもう、いちいちやり取りするのが面倒になってきた。


 という訳で、少女の胴体に手を伸ばす。


「ひ、え、いや、は、はなしてください。ひっ、ひぃぃぃ、ながい、ぶらぶらがぁっ! ひ、ひ、い、いやぁぁ!」


 お年頃の娘がうるさいのは普通普通。ひょいと脇に抱え上げて庭へ。ううむ、軽い。あと、やっぱり臭い。なんか目にも沁みる。目と日と雨を防ぐ天幕(山賊からの戦利品)の下。壺便所近くの洗い場に降ろす。


 はーい、まずは服を脱ぎましょうねー。両手を上げて―。


「ひ、い、いや、ふ、ふくをまくらないでっ! あぁっ、い、いやぁぁーーーーー!」


 ちょっと、痩せすぎじゃない?

 手足の線が細すぎて不安になる。後、あばら骨見えてるんだけど。食べてる? いや、今はそんなことよりも下着を……、胸を隠そうとする両手を取り上げて胸を隠す布をひょいと外して、下穿きもちょちょいと脱がしましょう。


「あ、あ、あ、いやぁ、やめてぇ、ひっく、たすけてぇ、だれかぁ」


 ううむ。

 なにがとは言いませんが、少し小さめですけど、形はいいですねぇ。下は、うん、おさないです?


「どうしてぇ、わたし、なにもっ、なにもしてない、のに、ぐすっ、どうして、わたし、じぼさま、なんで」


 なんでって、臭いからだよ。

 私は自分の大きな鼻を摘まんで見せる。


 瞬間、この世の終わりと言わんばかりに怯えて涙していた少女の顔が、一気に無になった。

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