3 帰路と思考


 戦いはつつがなく終わった。

 つつがなくという表現があっているかはわからないが、とにかく終わった。散り散りに逃げ出していく敵を軽武装の兵隊が追っていったり、相手の指揮者が怪我を負ったらしいなんて話が聞こえてきたりしたが、終わった以上はもうどうでもいい話だ。


 私と同胞たちは督戦の輩の槍につつかれて、一所に集められた。見るに小さな手傷は追っているが、致命傷となるものはないようだ。私も頭のこぶ以外には、右腕に浅い切り傷を負ったくらいだ。その血も止まっている。

 視線を移して、督戦の連中。姿勢も悪ければ歩き方もなっていない。また装具も武器以外は貧相で、かなり使い古している。まぁ、我々の面倒を見ているのだから然程重要な地位についてはいないだろう。上から言われたことをだけをしている雑兵がいいところ……、いや、命令をこなしているだけちょっとはマシな連中かもしれない。


 そんなことを考えている間にも仕事をこなしたご褒美なのか、我ら同胞一人一人の前に拳大の干し肉がそれぞれに放られた。同胞たちが喜びの叫びをあげて拾い上げた。私も周りに合わせて拾い齧る。何の肉かはわからんが、がちがちに硬い。当然というべきか塩気もかなり濃いが、運動の後にはちょうどいいはず。生活習慣病なんてなかったのだ。


 ……。


 うーむ、人殺しが運動程度に感じてしまうのは、喜ぶべきか悲しむべきか。


 ……。


 いや、この世界で生きる以上は喜んでおこう。変に病むようなことはないんだから。割り切り大事。こんな暮らしをしている以上、私もいつまで生きられるかわからんし、うん、某漫画の某氏のように、たのしくっしげきてきにっ、生きるのだ!


 なんて決意を新たにしていると、督戦の輩がまた大声を出す。気の早いことにもうこの場から去るようだ。進めっとの声を合図に私たちは歩き出す。殺戮の跡では、ほぼ何もしていなかった連中が金目のモノを漁りながら、まだ息のある者に止めを刺すのが横目に見えた。




    ☩   ☩   ☩




 はい。

 督戦の連中に指示されるまま、えっちらおっちら歩き続けている。進んでいるのはおそらく街道。

 比較的なだらかな丘陵とかん木がちらほら見える原野、明らかに手が入っていない黒々とした森林を縫うように設けられており、時折小川を渡ったり田園や牧場に村落、それなりに大きい街を経ていたりする。


 しかしこの道がまたひどくてひどい。

 大部分が舗装されていない為、轍がひどいことひどいこと。雨水かなにかがたまって泥になってて道自体がひどくなってて、ドロドロになってるからひどいくらいに足が取られてまぁ、とにかくひどい。これで街道なんて名乗るのがおこがましいほどにひどい。しかも小石がちょっとばかり入り込んでいるから足指の間に入り込んでひどくむずかゆい。周りの草もひどい程に伸び放題もいいところで、羽虫が飛んで飛んでもうひどい。身体を休めそうな場所がないのもひどい。というか国を名乗るつもりなら定期的に整備くらいはしろやと言いたいくらいにひどい。何度もごぶごぶ言う緑色の盗賊か山賊かが出てくるのもひどい。くさいしうるさいしで連中は滅ぼすべきである。ローマを見習えローマをっていうか、道の作り方も知らんのかっていうくらいにひどい。今の身体じゃなかったら、私は十分も歩けなかっただろう程にひどい。


 これを二日である。


 どれだけひどいかをだれにでもいいからつたえたいとおもったはんせいはしていない。


 けれども、推定帰宅中の道なりでそれなりにわかったことがある。


 まずは私のこと。

 はい、やっぱりというか、字が読めぬぇ。

 ごくまれにある分かれ道に誰が造ったかわからない石碑があり、そこになにかが刻まれていた。なんというかアルファベットに似た形状。それなりの長さにいくつか同じ形が使われていることから、おそらくは表音か。それが文字の羅列であるとは認識できるが、意味を読み取れないし読み方もわからなかった。

 過去においては、それが文字であると認知できていなかったことを考えると格段の進歩だろうが……かなしいなぁ。


 なので文明人への第一歩を刻むべく、刻まれていた文字を可能な限り記憶(思い出せるとは思っていない)し、監督者達の会話に耳を傾けて、私が向かっている先、それがあばら家か家畜小屋かはわからないが、家がある地の名と字と読みを知ることにした。

 結果、その名を推定することができた。


 ドッケンヘン。


 私が住むことに、否、住んでいる辺境伯領の名であり、その領都の名である。

 督戦連中の訛りがひどくて、どっかへんって聞こえるのは愛嬌なのだろうか?


 話を戻して、私はドッケンヘンに住み……いや、今まで待遇を考えれば飼われている戦闘員か戦奴である文盲のクォーターオークであり、今は寄り子である何某男爵の増援を終えて帰宅中ということがわかったのだ。


 あ、後、地味な話だが右腕の切り傷が半日もしない内に完治してた。自己治癒の能力があるかもしれない。


 次に見聞した周囲・社会こと。


 一つ目、道がひどい。

 轍が刻まれるほどに使われていたが、あの泥濘を考えると物流はあまりよくない(水運がある所は除く)と思われる。


 二つ目、人の往来も少ない、

 かもしれない。二日の内、行き違う人は極端に少なかった。ちょっと隣村まで等という地域間の交流は少ないと思われるが、辺境の意味を考えると地域・国全体にはまだ当てはめられないだろう。


 三つ目、魔物が存在する。

 本当に今更だが、存在する。私が証拠です。ついでにいうと、街道で緑色のごぶごぶ言ってたのが、前世でも知られた緑の小鬼ゴブリンだった。うっとうしいから皆で叩き潰したが、まぁ、ヒトや家財に害をなすことから害獣と同じらしい。


 四つ目、前世と同じ家畜類や作物が存在している。

 似たような進化をしたのか、なにがしかの関わり合いでもあるのかはわからないが、とにかく見知った動物、犬猫馬牛羊鶏といった家畜が存在していた。後、田園に種類はわからないが麦が実ってたし、青リンゴみたいなのも屋台で見た。これも今の所である、近似があると思われる。

 魔物と家畜の違いについては、今後も調べる予定。


 五つ目、化石燃料は使用されていない。

 村落での農作業の様子を見る限り、石油石炭を使用した動力機械は見受けられなかった。が、小さな風車が見られたことから、今後ともそうだとは限らないだろう。木炭の使用については不明。


 六つ目、冒険者という日雇い労働者がいる。

 農作業に来ていた。農家の娘さん(恰幅は良かった)が農作業をしていた人たちに向かって、冒険者さんたちー、お昼ですだよー、と叫んでいた。仕事を選ばない何でも屋みたいなものと思われる。


 七つ目、魔法がある、らしい。

 街道の途中、道沿いの木とその周辺が焼け焦げていた。督戦の一人曰く、あの焼け方は火の投射魔術か、山火事になったらどうするんだ、報告しなくては、と怒った風に呟いていた。

 ロマンがあると思いたいが、戦場ではその力を向けられそうなので今から憂鬱だ。


 八つ目、何個か月がある。

 近かったり遠かったりだが、青と赤、黄色の三色を夜に見ることができた。それぞれの移動速度の違いもあってか、月明かりの色見が微妙に変化していくのはなかなか美しいものだった。もっともゴブリンが何度も湧いて出て、あまり寝れなかった結果なので、ともかく連中は滅ぼすべきである。


 九つ目、アイの子への偏見の目がある。

 大きな街に入ると住人からの奇異と嫌悪の目が痛かった。我々の顔にはオークの名残があってわかってしまうようだ。おそらくだが、ヒトにしてはひどいブタ鼻と口からはみ出る犬歯が原因だろう。

 まったく種族を超えたアイの子だと言うのに、嘆かわしいことだ(くぉーたーじょーく)。


 最後に、大きい顔をする銭ゲバ教会がある。

 先の大きい街を通り過ぎる時、装飾品で着飾る脂ぎったはっげ中年がこれまた着飾った取り巻きを連れてやってきて、この者達は存在すること自体が間違っている、この世に許される存在ではない、などと説教を垂れてきた。

 衆人環視の中、督戦の連中といくらかのやり取りをしたかと思うと、この者達の存在を光の大神は決して許しはせぬ、かならずや戦野で屍を晒すだろうと宣っていた。周囲の観衆は沸いていた。

 しかし私は見た。取り巻き達で囲って視線を遮ると、差し出された重そうな小袋を受け取っているのを。今の生で初めてみた宗教家は、ただの銭ゲバだった。……神の沙汰も金次第か、それとも光の神様だけあって光物が好きなのか。どちらにしても生臭い話だ。


 おおよそにしてこれくらいだろうか。

 なんというか、ファンタジーのようなそうでないような、複雑な感覚だ。


 それはそれとして、遠くに城壁というか防御塔らしき影が見えた。船が通れそうな川も。督戦の連中が露骨にほっとした。どうやら、はじめての帰り道も終わりということなのだろう。

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