2 初陣(1年ぶり2度目)


 生まれちまったかなしみに……。


 自らのこれまでとこれからに少しばかり遠い目をしながら、同胞たちの戦列に追いつく。

 ずらりと並んでいるのは、おおよそにして十数程。どいつもこいつも私と同じで大兵ばかり。過去の記憶を漁るに、私と同胞たちは、魔物であるオークとヒトのアイの子、と、ヒトとのアイの子らしい。誰かが言っていた。


 うーん、種族を超えるなんて……どんなアイなんやろうなぁ。


 なんてまちがいなくろくでもないげんじつ(アイの子が女でそれを兵隊の性処理に使った結果らしい)はさておき、同胞はスパルタンな肉体と脂肪の塊であるが、お世辞でなくても顔は良くない。自分の分は水面でしか見たことないが、我ら二重アイの子はまさしく醜男!

 今も坊主頭を揺らしながらこん棒を振り上げ、言葉にならない猛獣の如き響きを轟かせている。それらから感じ取れるのは、戦意、喜悦、興奮、獣欲。食欲がないことを安堵すべきか迷うが……、『私』としては初陣となるから流されておこう。


 こん棒で大楯を打ち、大声を上げる。

 聞くも堪えぬ濁声が、それも大音声で戦場の空に広がった。


 それで同胞が私に気付いたのだろう。隙間を開けてくれた。

 そこに入り込むと、前方は五十メートル程離れた場所に列をなす者達が見えた。パッと見で二百以上か。粗削りの木槍を持つ者達が前に二列。その後ろでは馬に乗った指揮者の下、数十人が矢を射り、布ひもを振り回して石を投げつけてくる。


 不思議と怖くない。


 盾を地面に突き立て、陰に隠れながら相手を観察する。

 まず目に入るのはたなびく旗。少し汚れている。意匠は剣と野鳥だろうか、そう凝ったものではない。ついで装備。これらは思っていたよりも不揃いだ。馬上の指揮者は金属製の全身鎧。他に指示出しをしている十数人が、鎖帷子ないし革製の鎧。他は良くて木製の前垂れ、悪ければ只の服のようだ。

 ちなみにであるが、こちら側は二百に満たない人数でかつ装備も似たり寄ったり。俺たちの後ろでわあわあ騒いでる。


 ごきりと首を巡らせ、今世でのなけなしの記憶をたどる。

 出陣前にこちら側の指揮官がうんたらかんたら言っていた所によると、確か……、隣国との国境沿いにある村の領主だったかなんかだったかな? でもって、こちら側も似たような村持ち領主が指揮をしているはず。

 そのどちらが攻め込み攻め込まれについてはひとまず置いて、どうにもこの小競り合い……ほんとに小競り合いか、これ。いや、それは置いといて、今こうして対峙しているのは、水の利権争いとか未確定国境の対立とかいったことを含めた、国境争いかなんかが理由らしい。

 そして、この係争を応援する為、この辺りを統括する辺境伯からの与力……援軍として派遣されたのが、今前線に立っている私と同胞たちであるようだ。

 ちなみにこれらの話であるが、さっきまでよくわかっていなかった。今の私だからわかる話である。


 話の意味、しいては、言葉の意味がわかった私はえらい!

 誰もほめてくれないだろうから、自分でほめておく。


 大楯を前面に出し、一歩二歩と前に進む。

 三重に板を張り合わせた身隠しに、ドントンと矢や石が打ち当たる。衝撃は思っていたほどではない。


 ただ、これらを受けるうちに、思う所がでてくるというべきか……。


 そう……、うん、そうだ。

 わたしは、おれいをしたいのだ。

 おでを、今の『私』にしてくれたおれいを!

 本当にもう、どうしてこんなになるまでほうっておいたんですか、じゃない、どうしてこんなになることしてしまったんですか、って奴だ!


 ……んん、違ったかな?


 どことなくずれた思考と身に沸き起こるなんとも言えない熱いモノに突き動かせられるまま、足元にあった掌に収まるサイズの石を拾い上げた。手が大きい故、それなりのでかさ。まだ角が取れ切っていないそれに満足し、前を見る。

 前線を担う者達が何がしかの声に合わせて鬨の声と共に拳を天に突き上げている。おうっ、おうっ、おうっ。ってな具合だ。戦場の恐怖に負けぬよう、またこちらの存在感に気合負けを防ぐ為だろう。


 この世の不条理と我が身に宿る憤りを込めて、ふんと鼻を一吹き。

 ついで私の同類を増やすべく、馬上にある指揮官を狙って……………………投げる!


 ビュンと飛ぶ石。

 ボンと弾ける頭。

 バタと倒れる躯。

 シンと鎮まる場。


 私の投げた石は見当はずれの方向に飛び、槍を構えていて鬨の声を上げていた一人に当たっただけだった。どうやら私の試みは失敗したようだった。


 むぅぅぅ、残念じゃぁ。


 知らず唸っていると、損害を被った相手方が動揺し始めた。

 すぐ傍らで同僚が死んだ槍兵達は腰を抜かし、血飛沫その他諸々を浴びた者達も悲鳴を上げて穂先を乱す。後ろで指示出しが怒鳴り、指揮者もまた私を指さして命を下している。射手達がその射線を私に向け始め、これはまずいと大楯に身を隠す。


 これまでとは比べ物にならない衝撃が大楯を襲う。結果、一部の矢は三枚板を突破して、裏面に顔を覗かせた。


 だが、一時とはいえ私に攻撃が集中したのが功を奏したのか、あるいは間抜けが作った好機ととらえたのかはわからないが、同胞たちが唐突に大喊声をあげて突撃し始めた。

 複数の大兵がこん棒を振り上げて、蛮声を上げて迫っていくのだ。相手からすれば堪ったものではないだろう。五秒も経たぬ内に彼我が接触し、原始的な得物が振るわれた。


 悲鳴。

 打擲。

 撃砕。

 破局。


 猛烈な圧に耐えきれなかったのだろう。十も数えぬ内に相手が崩れた。連なる悲鳴。恐怖の叫び。槍の穂先が天を向き、馬の嘶きが響く。

 私も遅ればせながら前線に飛び込む。場は生死と破壊と悲嘆で混沌としていた。血煙舞う視界にへっぴり腰の壮年が槍を向けてくるのを認め、こん棒を振るう。撃ち払った木槍は相手の手を離れて飛ぶ。踏み込み、こん棒を返し振る。


 恐怖の張り付いた顔が、頭が、砕けもげた。


 硬いモノを割り、中身も砕いたような感触に、眉根が寄った。


 だが、それだけだ。

 そして今更、血生臭い空気に違和も覚えずにいたことに気付いた。


 後はもう簡単である。

 同胞たちとある程度の距離を取りながら、こん棒を振る振る振る。一人二人と手にかけていると、二人一組で掛かってくる。ならばと、連携を崩すべく盾を構えて突進して一人を弾き飛ばす。先程ついた飾りがイイ感じで働き、各所を穿った。ついで突き出された槍を払い、残りを蹴倒す。そのまま前へ。全体重でもって腹を踏みしめ抜く。苦悶に満ちた悲鳴が低く高くあがるが、すぐに消えた。血生臭さと汚臭が鼻に満ちる。

 さらに前へ。気を張る為に声を上げるが、意外にも興奮はない。また一人二人と殺す。視界全てで状況を把握しながら、耳で危険を拾い、ただ自らに危険そうな相手を排除していく。耳目から伝わってくるのは、同胞たちも相応に暴れているということ。自然、相手も逃げ腰になっていく。


 それが決定的になったのは、指示出しが後ろに下がり始めてから。見れば、馬上の指揮者が少数の取り巻きに連れられて逃げようとしている。


 それを指し示し、声を上げて笑ってやる。


 ……出た声が、げはげはげはげはっ、ってどうなのよ。


 だが、周囲の敵からの圧力は弱まった(一部薄いモノ達除く)。

 さてどうするかと考えて……、足元にあった槍が目に入った。

 どうせならばとこん棒を置き、それを手に持つ。確か旋回だったか回転だったかがかかっていると真っすぐに飛ぶのだったか、等と真偽不確かな情報を思い出しながら、肩の上で構え、気合に叫び、投げた。


 狙い過たず……なんて言えればよかったが、残念なことに槍は真っすぐに飛ぶことはなく、想像以上に斜め上へ。場違いなほどに青い空へ向かって飛んでいく。

 まぁ素人がするならこんなもんだろと、無手になったと見て躍りかかってきたハゲ男に張り手を食らわせた。

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