11 建て築くは甲斐性


 日々は淀みなく流れ行く。

 秋も終わりが近づき、朝晩の冷え込みを強くなってきた。


 我らが拠点での初めての新築……、あれ、最初は水車小屋か?

 でも、あれは建物というよりは動力施設であってって、でも新築にはなるか。


 では改めて、居住関係の施設としては最初となる新トイレ棟が完成した。

 トイレ棟は三角屋根の下、素焼きプレートを敷いて作られた廊下と四個の個室トイレが連なる形だ。内訳は東から順に、私用が一つに通常が三つだ。


 仕様は当然ながら水洗。

 各個室は板敷で、独自開発の洋式便器が鎮座する。また奥には便器とつながる水槽があって、からくりの紐を引くと水槽の栓が外れ、便器内へと水が流れる。それと同時に便器底も開いて直下の下水路にブツが落ちるようになっている。流したブツは流れに乗って拠点外れの沈殿池に送られる形だ。


 これに使う水は水車の堰から引いた木製の樋で補給する。

 用水の樋を作るというか中空に長い用水路を引くというか、これを作る時に、穏やかに水が流れるように角度をつけるのには中々に苦労した。支柱の高さ調整に失敗して、何度水が溢れたことか。ちょっとミスしただけで水が滴ること滴ること。(イイ男とは言っていない)

 正直、今回作った樋は作りが脆弱すぎるので、一連の建築作業が一段落したら壁を兼ねたモノに変更したい所だ。


 用を足した後の拭き取りは藁紙の試作品を使用する。

 これがなくなったらこの辺りで使われている大振りの葉っぱに切り替える予定。農村組から聞いた、木べらでゴシゴシするよりマシだと思う。

 ちなみにであるが、このトイレで使っている用水は風呂や畑の水やりにも使用することを予定している。


 トイレにまつわるあれこれを考えていれば、じゃばばと水が流れ落ちる音。

 エリスが水洗を作動させたようで、少しばかりおっかなびっくりとした観で一言。


「流れ、ましたね」


 設計責任者たるフィオは動作確認を終えて、満足したように頷いた。


「よしよし、これで全部の水洗がちゃんと機能したし、ここもイイ感じに衛生的になるね」

「ふぃお、さすが」

「ふふーん」


 大きな胸をさらに大きく張るフィオに対して、さすふぃおでかふぃおと内々で賛辞を送っていると、トイレの使い方を教えられた旧居候組はなんというか、日々の生活様式が一つ大きく変わったことに、困惑というか感動というか、とにかく驚いている。


「なんだか、すごいのー」

「だ、旦那さん、これ、ほんとに、おら達が使っていいだか?」

「んだー、あたしら、ほんと使っていいんか?」

「実家じゃ考えられないだよ」


 純粋に驚きと戸惑いを見せる農村組に頷いて答える。


「いい、つかう、する」

「旦那さん、どこでこのようなモノを知ったんですか?」


 旅芸人の大きい方……アンナの問いにとぼけた顔で応じる。


「しる、ない。これ、いい、おもう、した、だけ」

「それにしては洗練されている気が……」

「つくり、ふぃお、まかせ、する、した。つくり、いい、とうぜん」

「いやいや、これ、お兄さんの考えもあるからね」


 だが、私ではこうも上手く作れなかっただろう。

 それを形にしたのはフィオである。さすふぃおと讃えるほかない。


 私たちがやりとりする横で、旅芸人の小さい方……カリナが行商人に対して質問をしていた。


「ねね、レリア、王都でこういうのって、あった?」

「いやいや、王都ではこんなのありませんでしたよー。王城はわかりませんけどねー」


 明確に否定するレリア。

 それに同意するように、スラム出のシビルがこくこくと頷いている。


「うーん、こうも早く良い暮らしをさせてもらえそうなんて……、私も見る目があったということですかねー」


 レリアの意味深な流し目。

 エリスのジトッとした視線もあったので、気が付かないふりをして流した。




    ☩   ☩   ☩




 はい。

 お披露目も終わり、各自が実際に使ってみておおーと感動していたのはもう数時間前のこと。各々が仕事に向かったのに合わせて、私も新たな現場へと赴いた。


 次の目標は居住棟。

 既存の家屋とは出入り口の線を挟んだ向かい側に建てる予定だ。

 しばらくは基礎工事として、長くて幅のある素焼きレンガモドキを積むことになる。


 が、その前の練習がてらに、私たちの部屋の板間化を実施する。

 具体的には束石代わりのレンガモドキを複数設置。私が寝起きする場所だけに、対重量目的で多めに置く。

 床を支える短い柱(束柱)を並べて、縦横に桁(大引き、根太)を組む。その上に板材を張るというか、釘がそんなにないので、要所以外は側面に掘った溝に合わせてはめ込んでいくのだが……、ああ、床板を一枚貼るごとに文明化されていく気がするんじゃー。

 気分が高揚して、思わず笑みも浮かぶ。(傍目はこわいかもしれん)

 かたりかたりと板をハメ合わせていき、ついにドア近く以外の全てを張り終わった。


 土間よ、さらば。

 私はこれから文明化された部屋に住むぞ。

 靴を脱ぐ生活を世間に広めなきゃ。(使命感)


 いや、真面目な話、地面よりも一段高くなったから、呼吸器への負担がかなり軽減されるはずだ。

 冬は冷え込みもあるから特に危ない。この世界でかぜというか気管支炎なんてなったら、エライことだからな。


 板の間をひとしきり眺めて満足した後、フィオに頼んで作ってもらったワックスを塗り広げる。

 うん、良い伸び具合だ。品質がいいからか、板が綺麗にテカっていいねぇ。なお素材の値段については考えないモノとする。

 言い訳をさせてもらうと、トレントの買い付けも金がかかるし、最近は伐採に切り替えた為、琥珀がかさばっているのだ。これは季節に一度しか売れないから、有効利用しただけで、仕方のない話である。


 しかし、この光沢の美しさ。

 王様気分に浸れる出来だね。


 後ついでにベッドも作る。

 これは部屋の真ん中に、私が左右に転がれるほどの大きいのを一つだ。

 当初は三つ作ろうとしていたのだが、計画を知った同室の女性陣から大きいの一つでいいとの訴えがあった結果である。今と変わらないと言えば変わらないが、彼女たちはナニを思ってこんな作りにするんですかねぇ。(すっとぼけ)


 うへへと少しだらしない顔をしたような気がしないでもないが、とんとんとベッドの型枠を作り上げた。

 ここに一旦回収しておいた三人分の麦わらを投入。しっかりと敷き詰めていき、綺麗に均す。最後は大きな布を……布を敷い……、大きさが足りない。


 いや当然か。

 かなり大きいベッドだし、一人分の布では足りる訳がない。


 とりあえずは布三枚を敷いた後、部屋から顔だけ出して、夕食を準備しているであろうエリスを呼ぶことにする。


「えりす、いる?」

「はーい。……ブリド、どうかしましたか?」

「ねどこ、しく、ぬの、たりる、ない」

「あ、あー、ベッドが大きくなるなら、そうなりますよね。失念してました」


 エリスのうっかりしていたといわんばかりに、ばつの悪そうな顔はとても珍しい。

 フィオのは結構な回数を見てるのだが、いや、これ以上はやめておこう。あの子はどこからともなく現れるからな。


「どう、する?」

「そうですね。……今あるのを縫い合わせましょうか」

「おで、むり。えりす、たのむ、する」

「はい、それは任せてください。でも今日はもう時間もありませんから、明日ですね」


 と言った後、エリスは私の身体越しに我らが寝室を覗き込んだ。

 わぁと感嘆の声が聞こえた。


 自然、気が良くなり、私は身体をよけてより見やすいようにする。

 エリスは私の隣に立って、一新された部屋を隅々まで見ているようだ。


 そして、何度も頷いてから言った。


「見違えました。本当に、綺麗にできましたね」

「がんばる、した」

「ええ。ブリド、よく頑張りました」


 エリスは微笑んで、私の頭を……はムリなので、労わるように私の手を握ってさすってくれた。

 彼女の手は、日々の家事で少し荒れてしまっているが、それでも柔らかく淑やかな手だった。(気分が、高揚する)


 ならばこそ、私もエリスの手を労わるように、両の手で包んで撫でる。


「えりす。て、まもる、くすり、こんど、ふぃお、たのむ、する」

「ふふ、水仕事をしていると、これくらいは普通です。神殿で暮らしている時はもっと酷かったんですから」

「でも……」

「大丈夫です。そもそも井戸からの汲み上げはポンプが付いたおかげで楽になりましたし、重い水運びもブリドがやってくれてますから。それに、今は皆も手伝ってくれていますから、平気です」


 ぬ、ぬぅ。

 こちらも色々と返したい所だが、即座に言葉にできない。


 本当に、舌が回らぬこの口が恨めしい。


 私が悶々としていると、エリスは瞳を閉ざして私の手を自らの頬に持っていき続けた。


「わたしは、全てを奪われて絶望していた時に、どん底から救ってくれた、この大きくて力強い手が好きです。ただ、あなたのこの手は普通の人よりも長くて強いから、届く所が多くて色々と拾い上げてしまう所が、少しだけ、恨めしいですが、わたしもこの手に救われたから……、うぅん、この気持ち、ちょっと言葉にしきれません」


 エリスはふっと息を吐いて、自らを納得させようとするように頷いた。


「こういうことは難しく考えてはダメですね」

「むず、かし?」

「ええ、だから簡単に考えます。わたしは、この手が好きで、その持ち主である、あなたが好きだということです」


 ……。


「ブリド」

「なに?」


 こちらを見上げた少女。

 再び開かれた目は、少しばかり妖しい輝きを帯びて蠱惑的だった。


「わたし、お風呂ができる日を、とても楽しみに待ってますから、だから、色々と頑張ってくださいね」

「あい」


 エリスの色々と含みある挑発的な物言いに、私は頷くしかない。

 たったこれだけのやり取りだと言うのに、なんというか既に力関係が決まってしまったような、そんな気がしないでもないが、うん、頑張ろう。

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