7 さらば、皇女様
居候組を正式に仲間に迎え入れ、私たちの拠点もより賑やかになった。
付き合いに遠慮がなくなったといえばいいだろうか。これまではそれぞれでしていた食事の準備を一括でするようになったし、手が空いている者は建設工事の手伝いをしてくれるようにもなった。
「こうして手隙に手伝っておけば、私たちが困った時にブリドさんが助けてくれるでしょうからねー」
とは、リーダー格である行商人の談。
そうそう、同じ拠点で暮らす仲間になったのだから困った時に助け合う、それ位の気持ちでいればいいのだ。
それと、先の会合で最後に出てきたグループ名の話である。
あの後も言い出しっぺの旅芸人カリナを中心に、やれこうだいやちがうこれと中々に盛り上がった。それを見ている皇女様(+護衛組)がうずうずとしたように身体を揺すっていたのには少し笑ってしまった。
みな、りっぱにちゅうにしていたよ。
あの不二の病は世界の垣根を越えてしまうんだ、仕方ないね。
ちなみに、私は活舌が悪いから参加はムリでした。(ほんとほんと)
物凄く微笑ましい気持ちになって、ただただ見守っているだけで十分だった。
でもって、日が傾くまで続いた話し合いの結果であるが、私たちのグループ名は『黄金楽土』になった。
イグナチカ周辺の麦作地帯とうちの拠点がそうあって欲しいという意味でかけ合わせた。発案者は……誰だったかな?
あとついでに、各固定パーティの名前までも決まった。
私とエリス、フィオの三人で、『大斧と二輪草』。
行商人レリアと護衛シビルの二人組が、『玉虫の荷車』。
旅芸人アンナとカリナの二人組が、『風月歌』。
農村組ローザ、ノルマ、クレオ、エルダの四人組が、『鎌と鉈』。
実際に使うことがあるかはわからないが、こういう風に色々と決めるのも若いうちの特権である。
さりげに私が一番若いという現実があるが、前世の分も含めれば立派な中年くらいにはなっているはずなので除外する。(実際はわからん)
私は彼らのすることを生暖かく見守るくらいがちょうどいい。けっして後で身悶えするほどに恥ずかしいと思ったようなことを言ったから取り繕っているのではないと言い添えておく。
さておいて、私たちは冬に備えて動き出した。
私はフィオと共に水車作りを続けながら炭焼きだ。トレントの枝がちょうどいい大きさである為、それを小さな窯で焼いている。もっとも運び入れて火をつけた後は基本的に封して放置である為、気楽なモノだ。
という訳で、大窯前の日除け下で水車のパーツを作成中。
……あ、炭焼きで思い出した。
炭を作る時に確か木酢液ができたっけ?
使ってるのか、フィオに聞いてみよう。
「ふぃお」
「んー、なにー、お兄さん」
フィオが顔を上げてこちらを見る。
木の板に溝を入れてる所、申し訳ない。
「すみ、やく、けむり、ひえる、みず、なる。みず、つかう、する?」
「んー? ……あ、あれかな? あれはそのまま流したままかな。それ、なにかあるの?」
「それ、うすめ、まく。むし、よけ、におい、けす、なる」
「もー、お兄さん、どこからそういうの仕入れてくるのな?」
わかりませーんといった感じで、こっちも困った顔で答える。
私のごまかしもすっかり堂が入ったモノだ。(相手のお情けは見ない)
「おで、どこか、きく? みる、した? おぼえ、ない」
「あたしは一度、お兄さんの頭の中を覗いてみたいよ」
「ふぃお、おで、あたま、わる。しそう、こわい」
「またそうやってごまかすんだからー。……でもわかった。調べてみるね」
さーせん、お願いしやっす。
フィオは呆れた顔であった。
だが、既に好奇心が湧き出しているのか目が輝きだしている。
ノミを動かす手も前よりも少し早い。ケガはしないように注意してほしい所だ。
私もまた線入れされたトレント材に向かい、鉈の刃を食い込ませ軽く振った。
こんこんと二度三度叩けば、パカリと真っすぐに割れてくれる。この割れ方を見ていると、便利な建築石材ことスレートが頭に浮かぶ。あれも見つけることができれば、便利なんだけどな。名前はうろ覚えだが……、確か泥板岩か粘板岩だったか?
ゲロと共にほとんど流れ出てしまった前世の記憶を発掘していると、今度はフィオがはたと何かを思い出したように顔を上げた。
「ごめん、お兄さんに伝えるの忘れてた」
「なに?」
「うん。皇女様ね、明日帰るって」
明日帰る?
あー、なるほど。
昨日、帰り際になんか寂しそうにしてたのって、それが原因か。
「ひめ、かえる、する?」
「うん、昨日、皇女様が帰る時に聞いてたんだけど、ちょっと別のことに気を取られちゃったから、伝えるのすっかり忘れちゃってた」
ごめんねーとばつの悪そうな顔。
人間、誰だってそういう時はあるさ。
「いい、だいじょぶ。ひめ、かえる、まち、ひと、どう?」
「今日の買出しに行った時には噂になってたよ。でも大きな変わりはないかな。すごく偉い人が帰るからほっとしてるのと、綺麗なお姫様を見れて満足が半々くらい?」
雲上人のことなんて、庶民からすれば、そんなものよね。
「あす、いつ、かえる?」
「朝の七つ鐘だったかな、それくらいには出発するって」
そうですか。
うーむ、私とはあまり話す機会はなかったけど、なんやかんやエリスとは仲良くやってたみたいだし、なにかお土産でも持たそうかね?
「お兄さん、どうかした?」
「みやげ、わたす。する、しない、かんがえる」
「みやげって……、どこでそんな言葉を知ったのかな」
「みやげ、ことば、へん?」
「いや、あってるけど。うーん、お兄さんは別にいいんじゃないかな。ほら、琥珀あげたじゃん」
ああ、そういえばそうか。
なら特に気を使う必要もないか。
……。
いやでも、ここに何度も遊びに来てるし、あの子に悪印象はないし、こっちに配慮してか嫌がることもしなかったしなぁ。
「えりす、どう、する?」
「エリーは麦の焼き菓子を渡すって。話聞いてからなにか渡すかどうかを考えてたみたいだけど、帰り際に侍女さんに相談したら、殿下は立場上なかなか帝都から離れることができず、そういったモノを受け取られた経験がないので、できるならお願いできませんかって言われたみたいで、今がんばってるよ」
はえー、皇女様ってのもたいへんだねぇ。
「ふぃお、どう、する?」
「うーん、悩んだんだけどさー、やっぱり帝国から下手にちょっかいかけられたくないし……、外傷用のポーションと、ほら、会議した夜に、みんなにも飲んでもらった内服用のポーション」
内服用ポーション。
聞けば、内臓疾患や感染症に寄生虫と魔法の如く色々とよく効くらしい。それが入った小瓶を渡されて、念のために飲んどいてと言われて飲んだが……、フィオ謹製ということを考慮すべきだった。
飲んだ後、時間差こそあったが、私とフィオを除く全員がトイレに走るはめになったのだ。
悲鳴と苦痛の呻きが上がる中、臨時のトイレを複数開設したのは苦い記憶。
その後は程度の差はあるが発熱してしまったので、我が家に放り込んだ。
野戦病院さながらの部屋で、看病介護に大忙し。
特に酷かったのは、旅芸人の二人。
あれって、昔、賊に襲われた時に性病を移されてたんじゃないかな。
でも一晩寝たら、あら不思議。
皆が言うに、これまでになく身体が軽くて絶好調になったらしい。
「すごい、たいへん、した。すごく、よく、きく、した、あれ?」
「そうそう。それぞれ小瓶で三本ずつ渡すつもりー」
「つかう、まえ、しかた、かくご、おしえ、する、いい」
「そだねー」
うーむ。
二人が渡すのに、私が渡さないのはなんだかなって気分だ。
腕を組みうぐぐぐぐと考える。
フィオはこちらを面白そうに見るだけで、助け舟は出してくれないようだ。
私がすることに、面白いことなんてないんだけどなぁ。
困った困ったと首を右に左に返す返すしていると、家を建てる前に木の組み方を勉強する為に作っていた、組木が目に入った。
……よし、これを応用して、組木の細工でも作ってみるか。
箱型に組んで、中に琥珀……はもう渡したし、磨いた黒曜石でも放り込めばいいや。
「ふたり、わたす、する。なら、おで、わたす、する」
「うんうん、お兄さんはなにを渡すの?」
「かんたん、くみき、はこ、つくる。なか、みがく、した、いし、いれる、する」
「ほうほう。宝石入りの手作り小箱かぁ。……エリーが拗ねるかもだから、お兄さん、配慮してあげてね」
「あい」
私もエリスとフィオの為に、櫛の一つも作って贈ろうと思ってる。
ロハーマグラ爺さんに頼んで螺鈿に使えそうな貝殻こそ確保できたのだが、漆がなかなかに見つからないのだ。もうここはないと割り切って、似たものでニスがあったはずだし、一度フィオにあるか聞いてみよう。
「おで、いま、から、つくる、する」
「んふふ、あたしのじゃないのは残念だけど、どんなのができるかちょっと楽しみー」
にこにこと笑うフィオに、こっちも口端を持ち上げて笑みを作って返す。
さて、皇女様へのお土産については、できなかったら仕方ないで終わらせばいい話だ。
あと一日もないし、がんばるとするか。
……。(素材揃え、パーツ作成中)
……。(夕方、フィオが来て光源を置いていく)
……。(半透明な黒曜石を魔力込みの掌と砂で研磨中)
……。(磨き上げたオブシディアンの虹色に魅入る)
……。(万華鏡を思い出して、一部パーツを改変)
……。(パーツ組立て・宝石収納)
……。(空が白んで時間切れ)
気が付いたら、あっ、という間に日が射してた。
これで試合終了だ
途中で改変を入れたから時間的にギリギリになったけど、なんとか完成である。
……。
けどまぁうん、なんか妙な味がでたな。
おっと、朝からご機嫌な顔のフィオがやってきたぞ。
「おっはよっー! お兄さん、できたかなー?」
「できる、した。すこし、かえる、した。これ、わたす、する」
「ほうほうほう」
フィオに小箱を手渡す。
「おおお、色の違う木がイイ感じに交わってるし、いい感じじゃん。でも、穴がいくつかある?」
「そう、おおきい、あな、のぞく、する」
「どれどれー。おー、光が内側で……きれい」
どしたの、フィオさんや。
穴を覗き込んだまま動かないけど。
「……うん、これ、いいなぁ。お兄さんらしくて」
やることに穴があるということですねわかります。
あ……、あかん。
慣れない仕事をしたせいか、ほっとしたら、急に、眠く、なってきた。
「ふぃお、それ、ひめ、とどけ、たのむ、する」
「……え、お兄さん、行かないの?」
「おて、ぬむぃ。ねぇ、しゅ」
からだが、かたむいて、地めんにだいぶ。
「ちょ、お兄さん!」
「ひー、よろ、つたぇ、たのぉ、す」
もう、だめ……ぽ…………。
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