8 新しい仲間、生活の変化(肩身狭し)
はい、皇女様が自分のお家に帰ってから、今日で五日。
このところ、エリスの機嫌があまりよろしくない。
皇女様へのお土産が気に食わなかった、ということではない。
前よりも私と絡むことが少なくなっていることが原因と思われる。(フィオ調べ)
なので夕食後にでも構おうとしているのだが、今現在の我が家には他に八人の少女が寝泊まりしている為、その目を気にしてか真面目モードだ。その分、夜寝る時は幼児返りしたように私の腹の上でしがみついてくる。(かわいい)
もうしばらくしたら落ち着くだろうとは思っているが、これも彼女の孤児という生い立ちが影響でもしているのだろうか?
浅学な私にはよくわからないが、これでエリスが落ち着くというなら構わない。感触や匂いにあてられて、すぐに大きくなりたがるブツも鎮めてみせよう。(決死必死瀕死)
さて先にも出したが、旧行商隊の面々を我が家に迎え入れた。
皇女様が帰った日に、エリスとフィオに提案して承諾を得た。
身内とした以上、待遇を変えるのも当然の話。(甘ちゃんである)
真面目な話、いつまでも野外生活を続けるのは心身に悪いからね。梯子階段を作って屋根裏を開放し、そこで寝泊まりできるようにしたのだ。
ただ屋根裏を使えるようにするのは、なかなかの大仕事だった。
まずもって降り積もった埃がすごかった。全てを外に掃き出すのも一苦労。ネズミみたいな小動物やその死骸がなかったのは幸いというべきか。また屋根の一部が痛んでいたことがわかり、それの修繕をする必要が出てバタバタしてしまった。
買出し班が買い取ってきた藁がさっそく役立ったのにはもう笑うしかない。
それはそれとして、現在の我が家の状況を簡単に説明しよう。
家の要である、台所兼食堂兼居間兼作業場。
ここには新たに梯子階段が設置されて、屋根裏との行き来が可能になった。
部屋の中央にトレント材と適当に割って作った椅子と机が置かれ、出入り口近くにレンガモドキを積み重ねて作ったかまどを設えた。他にはエリスが使う機織り機が片隅に置かれているくらいか。
次に一の部屋というか、真ん中の部屋。
ここは貴重品及び保存食の置き場になっており、部屋の扉に鍵をかけている。中に納まっているのは、普段使うことのない大銀貨や拠点運営用の銀貨に大銅貨といった高額の現金貨幣、未処理の黒曜石、売っていない琥珀の山、フィオ謹製ポーション、岩塩、契約書等の書類、麦入り麻袋、塩漬け肉、酢漬け野菜、油脂等々の品々だ。
冬備えが進むと、ここに保存食が追加されていく形になるだろう。
二の部屋こと、南側の部屋。
日当たりの良いここは、エリス、フィオ、私の寝室である。
藁を手に入れたことで、布敷きの簡易ベッドが設置された。これで固い土間とおさらばとなったが、寝心地についてはお察しください。
若い男女が同じ部屋で寝起きしている形だが、残念なことに、これまで一度もやらしい雰囲気になったことはない。
これは私にその気がないのもあるが、フィオの陽気で軽快なおしゃべりのお陰でもある。もっともエリスはべったりと引っ付いてくることが多いのだが……、なんというか家族で並んで寝起きしている感覚が一番近い気がする。
これでいいのかと思わないでもないが、まあいいじゃないかと思う気持ちの方が強い。
私たちの関係も環境の変化と時間の流れで変わっていくはずなのだから、無理をする必要はないのだといった心持ちだ。
そして最後になるが、屋根裏。
ここを部屋と称していいかは迷う所ではある。しかし、空間的にはここが一番広い部屋だろう。家一つ分になるので当然といえば当然だが、隅やかまどの上、梯子近く等の使えない部分もある。それでも十分に広いが……。
ここに買い取った大量の藁を放り込んで保管室としつつ、旧行商隊の寝室兼物置き場となる。
当然ながら、彼女たちも藁ベッドだ。布を揃える必要から、これまで天幕として使っていた布の半分ほどを使うことになったが、それでも皆が納得しているようだった。
面白かったのは、屋根裏が寝室になるけどいいかなと聞いた時の反応だ。
嬉しそうな顔をしたのは、旅芸人の二人。
彼女たちは物心ついた時から旅暮らしをしていたそうなので、家で暮らすことに憧れがあったそうだ。
興味深いといった風情は、行商人。
彼女は元々ちゃんとした商家の出であるから、屋根裏を自室にするのは初めてのこと。どんな感じなんでしょうねーと口元を緩ませていた。
懐かしくも少し苦い面持ちは、護衛担当の五人だ。
農村組は元々が遅い生まれであり、自分の部屋なんてものはないのが普通。他の兄弟姉妹と一緒に屋根裏に放り込まれていたそうだ。
また貧民街出の子も屋根裏暮らしをしていたが、母親を看取ったことに加えて、家主がガメツイ婆で家賃払いに苦労していたとかで良い印象が少ないとのこと。
なら、ここで良い思い出を作って、心に残る苦みを中和してくださいな、といった気持ちである。
こんな具合に我が家は少しばかり内装がマシになり、新たな仲間を迎えることになった。
そして当たり前の話、生活環境も変化する。
全員が一つ屋根の下に収まったことで、とりあえず物理的にも精神的にも、私の肩身が狭い。
特に朝夕の食事時。
身体が大きいから場所を取ってしまうし、女ばかりの集団に男一人というのは思った以上に気疲れしてくる。以前は自分を鼓舞するためにも、楽しくっ刺激的にっ、なんて思って心を奮わせていたけど、少なくとも現状ではむりどす。
服越しに大きな胸が揺れたり無防備で胸の谷間がちらと見えたりすれば、無言で目を閉ざし、女の甘い匂いで一杯になる食事後はひたすらに、鎮まりたまへ鎮まりたまへ、と心の中で呟き続けることが多々ある。
今の我が家は男の自制心を試す。(せいよくをもてあます)
まさにじごくだ。
人に言えば現実を見せるなと怒られそうだが、気楽にやれるのは創作の中だけだよ、うん。
前世世界には大奥や後宮なんてモノがあったが、こうやって女だらけの密室環境を経験してみると、いやはや、規模が規模だったから、主となった男も大変だったろうなと思わざるを得ない。あと、おんなどうしもどろどろしてたんやろうなぁ。(こなみ)
もし今の私が羨ましいなら、変わってやろうじゃないか。(あおり)
本能の赴くまま、勝手気ままにご乱行に及べば……、命はないからな。(はくしん)
翌日には路地裏で冷たくなっているか、山に埋められるか川に沈められるかの保証付きダゾ。(とおいめ)
まぁ、三割冗談は置いて、この集団の中においては、私は置物に徹している。
にこにことはならないが、ワイワイと楽しくやるお年頃の少女たちから心理的に距離を置いて眺めている形だ。
でも一番心平和になるのが仕事時って……、家庭に身の置き場のないお父さんみたいな気分になる。
子どももいないのに、子どもを作るための経験もないのに……、かなしいなぁ。
☩ ☩ ☩
夕食後。
今日もまた、私は一人で大窯前の作業場でこりこりと櫛を削りだしている。
なにぶん大きな手であるから、こういった細々とした作業はあまり向いていない。とはいえ時間をかければ、なんとか克服できる程度だ。
地面にしっかりと座り込み、櫛の歯を同じ長さ太さになるよう、一つ一つ丁寧に作っていく。これまでに失敗したのは数知れず。私の手先鍛錬の犠牲になったモノ達は皆、炎の中に消えていった。(証拠隠滅)
このエリスとフィオに渡す予定の櫛だが、素材は既に揃う目処が立っている。
螺鈿となる貝殻は丁寧に砕いて保管しているし、ニスに関してもフィオが作れるとのことだったので、原料となる琥珀を渡してお願いしておいた。
後は肝心の櫛だ。
これがもっと上手く作れればいいんだけどなぁ。
いや実の所、完成品もあるにはある。
五本程、これならいいだろうというモノはある。あるのだが、塗装や螺鈿細工が上手くいく保証もないので、今はひたすら量産を続けるしかない。
あと、やすりはどうしようかなぁ。
黒曜石は私の掌に細かい砂を乗せて、ひたすらに擦ったけど……、うーむ、今回もそれでいくしかないかなぁ。
……む、足音か?
手を止めて、広げていたモノをさささと敷布に巻いて隠す。
「おー、お兄さん、今日も頑張ってるねー」
フィオだった。
「ふぃお、どうか、する?」
「うん、前に頼まれてたニスだけど、明日には完成しそうだから教えに来たんだ」
「ありがと」
「うんうん。ただ使ってるモノに毒性があるから、においを吸い過ぎたり液を飲んだり、後は素手で触っても駄目だからね」
「わかる、した」
あー、刷毛なんてなかったな。
漆を塗るみたいに、木べらで代用するしかないか。
「それと燃えやすいから、火気は厳禁です」
「はい」
「だから、使う時はここみたいな屋外でした方がいいかな」
「うん」
「小瓶に入れて渡すけど、揮発しやすいから使わない時は蓋をしっかりとしてね」
「わかる、した」
おや、フィオの様子が……、なんというか彼女にしては珍しい、ジトっとした目でこっちを見る。
「お兄さん、揮発ってわかるんだ」
え、液体が常温で気体になることでしょ、じゃない。
え、そんなこと分かってないに決まってるじゃないですかって顔をして。
「おゆ、ゆげ、おなじ。ちがう?」
「んー、なーんかあやしいけど、ま、お兄さんの秘密ということで見逃してあげましょー」
あざーす。
って、おいおいフィオさんや、なんだい急に身体を近づけてきて。
「その代わり、あたしもエリーみたいにべたべたすることを要求します!」
えー。
「あ、なにその顔ー。あたしじゃ不満なのかなー?」
「ふぃお、でかい。おで、おっき、なる。それ、とても、とても、こまる、する」
「うふ、うふふふふー」
いやいやいや、なにそのにやけ顔は。
女の子がしていい顔じゃないですよ、フィオさんや。
「いやー、なんていうかさー、こう小さく萎んでた自尊心がさ、ぐぐぐって大きくなったよ」
「でも、ふぃお、おで、べた、する、ダメ」
「んっんー、でも断る! そーいっ!」
な、なにするだーって、なんだ背中合わせか。
ほっとしたような残念なような、なんとも相反する気持ちでいると、背中越しに声が聞こえてくる。
「あはは、ほら、前の話し合いで夜伽の話が出た時に、あたしも手を挙げてたのに軽く流されちゃったから、不安になっちゃってねー」
「ふぃお、むり、する、ない」
「あーもー、失礼だなー。あたしはムリしてるとかそういうんじゃないからね。お兄さんって頼りがいがあるし、魅力を感じてるのは、ほんとなんだから」
……。
「たぶん、お兄さんは生まれとか特徴的な顔とかで引け目を感じてるのかもしれない。でもね、あたしは知ってるんだよ。世の中にはね、どれだけ顔が良くっても、ケモノのようなのがいること。……そんなのと比べるまでもなく、あたしはお兄さんの方がいいし、一緒に生きていきたい」
背中から温もりが離れ、柔らかく暖かな感触と共に、耳に吐息がかかった。
「これまでもなんども言ってるかもしれないけどさ、あたしはお兄さんが好きだよ。これは本当の気持ち。最初と一番はエリーに譲るけど、他には譲らないからね」
「ふぃお」
「ふふ、あたしが好きになった男の人はね、誰よりも人間としての誇りを持った人なんだよ。強大な力を持っても理不尽を為さず、どれだけ大きな怒りを抱いても、全てを理性でねじ伏せて肚の奥底に沈めてしまえるの」
私は……、そこまでできた存在ではない。
「どれだけいわれのない中傷を受けても、その人にとって最悪な侮辱を受けても、本来なら正当な怒りを振るっても構わないのに、それでも人の世で生きるために、あたしたちと生きるために、人の倫を外れなかった。本当の意味で、強い人なんだ」
あの時、この背中の温もりがなければ、今頃は……。
「でもまー、どーせ、お兄さんのことだから、あの時のことをものすごーく自省しているだろうね」
……図星。
「だから、あたしが言ってあげる。……あなたは、なにも悪くない」
……。
「怒りで我を忘れそうになるなんて、誰にだって起きることだよ。普通の人が人を傷つけたり殺したりするのってさ、大抵が怒りを抑えきれなかったからなんだから。それでもあそこで耐えきったんだから、お兄さんはもっと自分を誇ってください」
……。
「いじょー。なんか変な方向に話がいっちゃったけどさ、あたしはお兄さんが大好きってことだよ」
「あり、がと」
ああ、本当に、私にはもったいないと感じてしまうほどに、イイ女だと思う。
だから、むくむくと湧き起こってくる独占欲に、ほんの少しだけ負けることにする。
「ふぃお」
「んー」
「おで、も、ふぃお、すき」
「んふっ! ありがとっ!」
さて色々と話をして、今の私はヤル気がむくむくと湧いてきているんだが、この状況だと仕事はムリだな。
……うーん、ならもうしばらくはこのままでいるか。
結局、エリスが迎えに来るまでそのままだった。
というか、エリスが状況を認めるや、うんと頷いて私の懐に潜り込んでご満悦だったので、夜半までこのままだった。
まあなんだ、たまにはこういうのも許されてもイイよねって奴だ。
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