6 山越え隊商に参加(笑顔添え)
フィオが私たちの所へと戻ってきたのは、イノシシの解体が終わって荷物に収めている頃であった。
追跡者に見つかるとか別の脅威に襲われるといった問題は起きなかったようで、少しの土汚れと緑の葉が付着しただけで、特に旅装に乱れはない。ただ、さっきは見なかった背嚢を背負い、鉄杖を手にしていた。
私も念のために魔力を投じて耳を澄ませたが、ヒトが生み出す異音の類は聞き取れなかった。これをもって、この新たな同行人に一応の信を置くことにする。
「お待たせー」
「問題はなかったようですね」
「うん。ちょっと探すことになったけど、特に問題なし」
「それは良かったです」
「そっちも、終わったみたいだね」
「はい。それなりに慣れてますから」
解体したイノシシから持っていくのは扱いやすい部位の肉だけで、他に関しては置いていく。
もったいないとは思うが、時間も水もなくて処理しきれない以上、付着している虫が怖いので持ち歩きたくないのだ。
さて、エリスが私の背負子に乗せるものを乗せたので、再び背負う。
私の背負子には、陶モドキ製の箱のような壺(二十センチ立方)が積み重ねられている。
これの内訳は岩塩三口、黒曜石一口、油脂一口、塩漬け肉二口、燻製肉一口、豆炭二口、ベリーと焼いて燻したイモ餅が一口ずつ。他に長さを切りそろえた木炭が十数本、塩漬けの生皮二枚(葉っぱ包装済)である。
また両側面には、予備の短い木槍が三本とシカの胃を基に作った革水筒(生活用水)が引っかかっている。そしてつい先ほど、葉っぱ包装で小分けにされた生肉が紐で連結され、計四組に分けられてぶら下がった。
「お兄さん、それ、重くない?」
「かるい。まだ、もてる、けど、ひも、あぶない。のせる、できない」
「はー、規格外だねー」
私がフィオの相手をしている間に、エリスもまた自らの背負い籠を背負った。
彼女が持つのは、予備水筒一本(飲食用)、七輪もどきと小鍋二つ、食器、薬用軟膏の小瓶十二、葉っぱで包装された、交換用の塩と肉、食材一揃い、乾燥ハーブ(食用)、物々交換で手に入れた黒パンや野菜の酢漬け、乾燥野菜、腐敗防止用の葉っぱが数十枚、天幕の布といった常用品が主だ。
なかなか重いのだが、身体を動かす日々と肉食生活が彼女を鍛えたのか、平気な顔で背負っている。
「では、行きましょうか」
「はーい、これからよろしくねー」
エリスの声を合図に、私たちは歩き出した。
少女達はとりとめもなく話を続けている。
「へー、大地母神に縁ある場所を巡礼してるんだ」
「はい。なので、集落があったら一応立ち寄って、祠があるかを確認しています」
「まー、お兄さんが一緒にいるから、大丈夫かー」
「そうですね。実際、ニヤニヤ笑って近づいてきた男の人は、ブリドを見た瞬間、顔を青くして逃げていきました」
「あはは、簡単に想像できるよ」
私は二人並んだ後ろを歩調を合わせて歩いている。当然、見えないお尻を眺めて悦に浸っている、なんてことはない。(していないとは言っていない)しっかりと周囲に警戒の目を向けている。
天高い日の下、街道に人影はなし。
辺りは見通しの良い平原。ゴブゴブのような脅威の類はなし。遠方に森も見えるが、ざわついたりもしていない。
これが続けばいいなんて思い、出発してからの行程を振り返ってみる。
仮拠点から出てひとまずはと南東に向かい、一日弱で小さな街道を発見した。
南北に走るそれを道なりに南へと進むこと半日で、最初の集落に着いた。そこでエリス謹製軟膏を代償に近隣の情報を取得。(付近一帯は王領であるとか諸々)同時に旅の理由とした、エリスの巡礼を為すべく、大地母神の祠に拝礼した。そしてまた出発。
右に左にうねる街道を二日程歩き、その間に通り抜けた村落集落は五つ。
ほとんどの集落は問題なかった。丁寧な対応と祠への拝礼をすれば、物々交換もすんなりとできていたし、それなりに話を聞くこともできた。(噂話が多かった)
ただ二つ目の村落では、入って早々にエリスが男に絡まれた。大した相手ではなかったので対処できたが、相手の一人が村長とは思わずぶってしまった為、足早にそこからは去った。追手がかかるのは嫌だなとも思ったが、幸いなことにそれらしき影はない。(これまでよりも警戒は強めている)
そして出発してから五日目となる今日、フィオと遭遇した次第だ。
「でも、ほんと、エリーはいいよねー、お兄さんがいてくれてさ」
「はい、本当に、助けられています」
「うー、いいなぁ。あたしもお兄さんがいてくれたらって……、あそこ、集落があるみたい」
「では少し立ち寄ります。ブリド、さっきのお肉ですけど、交換してもいいですよね?」
「きょう、たべる、のこす。ほか、いい」
慌てず急がず、不審に思われないよう、巡礼の態で動いているが、うん、こうして物々交換の機会が増えるから、正解だったかな。さすがに貴重な鉄製の道具は得られないが、それなりに必要なモノを得られるのはありがたい。
旅の言い訳を巡礼にすると決めた時は、エリスに対する追手に見つかるかも、と心配した。エリスがエリーと偽名というか愛称というか、そちらを名乗っているのもその対策だ。
けれど今はもう、追手はないんじゃないかなぁ、なんて思ったりもする。
というのも、ある噂を聞いたからだ。
王都で地母神の神殿が潰れて神官もたくさん死んだ。これが立ち寄った場所全てで流れている。思うに、これはおそらく本当のこと。
私はダ・ディーマと名乗った存在が、確かに在ることを、知ることができた。そして、エリスを愛し子と呼んだことも。
これを基にすれば、王都での怪事は、ダ・ディーマがエリスを売った連中に罰を下した結果であるとわかってしまう。王国側にまでそれが及んでいないのは、超常たる存在が力を振るうのに、なんらかの枷があるからだろう。
だが神の怒りがこの世に現れた以上、王国がエリスに対して及び腰になってもおかしくない。もちろん逆に、神の怒りを解くために大至急探し出せ、なんて線も考えられるが、そういった話は聞こえてこない。だから、おそらく大丈夫だろう。
しかし、大丈夫だと思っても、やはり不安は簡単にはぬぐえない。
本当に、このまま今の調子で、何事もなく、目的地にたどり着ければいいが……。
☩ ☩ ☩
不安は不安のまま終わり、何事もなく到着!
うーん、杞憂杞憂。しかし、あの不安感はいったいなんだったのか。
私なりに考えたが、やはり臆病というか慎重すぎるのかもしれない。でもやっぱり、あーかもしれなこーかもしれないって想定しておいた方が、いざという時のストレスがマシになるだろうから、治らないと思う。
私個人のことはさておいて、フィオが参加してより三日。
大天支山脈は隊商が越える峠の麓。幾度も使われる内に自然と整備されたという野営地に辿り着いた。ここに至るまで、丘越え沼避け川越え森抜けと、グネグネと街道を歩いてきたが、王国は広かったんだと思わされた。文明の利器が恋しい。
さて、こうして峠の膝元までやってきて、これから挑む山脈を近くで改めて見ると、やはりデカさ高さがよくわかる。
これは推定でしかないが、おそらくは通るであろう峠で三千メートル超ほど、山峰は最低でも四千メートルは優に超えている。しかもそれは、北に向かうほど高く、しかも周りに山を伴っていく。
私たちが仮拠点を置いた山は、まさに本命の山を守る前座だったのだと思い知らされる。
「ほぁー、近づけば近づくほど、でっかいのがわかるねぇ」
「本当に高いですね。……ああ、あそこが登り道でしょうか」
少女達は登る山を見ながら、口々に感想を述べあっている。
二人は三日間でかなり打ち解けたようで、野外調理に関してや下心満載の男への対応など、色々なことを話しては意見を交換していた。
またフィオの私への態度だが、これも気安くなった。だが、さすがにスキンシップはない。まだまだ警戒心が勝っているのだろう。もっとも夜眠る時、エリスが私の懐というか又坐に入り込んで休む姿を見て、驚きと呆れと興味、その他諸々を含んだ目を向けていた。あれは、野獣の懐に飛び込むのは女としてどうなのよ、という懸念あたりかもしれない。
まぁ、フィオとは山越えをした段で別れることになるだろう。
あまり深入りするのも考えモノなので、これくらいで丁度いいのかもしれない。
私は二人から視線を外し、野営地へと目を向ける。私たちは運が良かったようで、出発に間に合ったようだ。
山の谷間より生まれた扇状地と思しき地形。下草も生えていない砂地の広場。大中小様々な形の天幕が二十数個、思い思いの場所に設けられている。辺りには林。馬車や荷車の類はないが、駄獣と思われるロバないしラバが少数。人の数は見えるだけで、五十程。天幕の中にいることも効力すれば、百弱程度かと思われる。
屯する者達の姿格好は大抵がマント姿であるが、着の身着のままめいた者もちらほら。冒険者か護衛かはわからないが、目立って武装しているのは四割ほど。ただ装備の品質は良いようには見えない。性別はやはり男が多めであるが、女も少なからずいる。少し安心するが、早くも幾人かの男がこちらを伺っているのがわかる。あれは若い女を獲物としてみる目だ。
ああいうのを見ると、ここがまさに法の目が届きにくい無法に近い場所だとわかる。
とはいえ、本当に好き勝手にさせるほど、国は甘くないだろう。国境でもあるし。
どちらにしろ困ったものだと思っていると、大きな天幕から男女一組が姿を現し、こちらに近づいてきた。
二人とも武装している。男は……鉈か? 女は短剣だ。
「えり、ふぃお、だれか、くる」
「あ、はい」
「んー、隊商のまとめ役かな」
「まとめ、だれ、きめる?」
「その場その場で適当だけど、普通は行商とかの経験が豊富なまともな人。隊商を組むのは生死に関わる場所を行くからだし、こちらの不利益にならないことなら従った方が安全かなー」
注意を促すと、フィオから有益な情報が出た。
なるほどと頷き、推移を見守っていると、日焼けしたひげ面の男が前に出て話しかけてきた。髭に反比例したのか、髪は少し薄い。
「あんたらも、イグナチカ行の山越えに参加するか?」
こちらを代表して答えるのはエリスだ。
私はその後ろで、じっと相手の動きを見据えながら、溢れんばかりの愛嬌を……ニコニコと笑顔を振りまいて、空気を和らげるマスコット的な存在に徹しよう。なにしろわたしのえみはひゃくにんりきっ。
「はい。ここにいる三人で、参加をしたいです」
「わかった。俺は今回の山越え隊商を取りまとめることになったユーグだ。山を越す理由に関しては関与しない。だが山越えに際して、同道する一つの隊商として動くために、あんたらにもなにがしかで協力を求めたいが、受け入れられるか?」
「協力することを、具体的に説明してください」
「うん、慎重で結構。こちらとしては、夜の見張り、道が崩れたり塞がれたりしていた時の復旧ないし迂回路を探す人手、山賊が襲ってきた時の対応、足りない物資の融通、といった辺りだ」
「足りない物の融通というのは、無償でしょうか?」
「まさか、なんらかの対価を分担して用意する。折り合いがつかない時は、まぁ、不都合がそのままになるだけだ」
「食事の準備といったものは?」
「それぞれが自分たちでする。無論、見知った連中は共同でするだろうが……、新顔のお前さん達が、他の連中をそこまで信用できんだろ」
「そうですね。無理だと思います。ですが、隊商への協力については大丈夫です。協力させていただきます」
「うん、お連れの旦那は見るからに強そうだし、力もありそうだ。もしもの時は、よろしくお願いする。なにか困り事……というのは変な話だな、まぁ、もしなにか相談したいことでもあれば、こいつに話を持ってきてくれ。こちらも相談したい時は、基本こいつを通す」
男は連れ立ってきた女を示す。
まとめ役同様に日焼けしており、身体つきもなかなか逞しい。その女が手を挙げた。
「おう、あたしはデボラだ。あたしがあんたらの窓口になる。なにかあれば、あたしに言いな。こっちもなにかあれば言うからよ。もっとも、問題が解決するかまでは保証しないがね」
「よろしくお願いします。できるだけ、頼らずに済むようにします」
「たはは、ま、できれば死人を出す前に話しとくれよ。じゃないと、隊商の空気が死んじまうからな」
女はあっけらかんと言って笑う。とりまとめの男もまた苦笑いをして言った。
「デボラの言う通りに頼む。それと念のために聞くが、麻薬や魔物の卵といったご禁制の品を持っていないな?」
「はい」
「よし、信じるぞ。もし仮に、誰かがそういった品を持っていたとしても、それは個人の仕業であって、隊商とはまったく無関係だとするので、そのつもりでいてくれ。あと隊商内で禁止するのは常識的なことだ。襲うな、殺すな、奪うな、盗むな、犯すな。この五点を守ってくれ。物々交換や個々での融通は好きにしてくれて構わん。ああ、そうそう、夜には春を売る女も出るだろうが、大目に見てやってくれ。それが彼女らの生きる手段だからな」
「わかりました。こちらに影響が及ばない限り、なにもしません」
「うん、結構だ。出発は三日後。行程は五日。二日登り、一日で峠越え、二日下りだ。親切心で言うが、山の上に薪はない。今の内に確保しておく方がいいだろう。……あと、後ろの旦那、こちらとしては友好的にやりたいし、安全に山を越したいと思ってる。だから、今にも人を殺しそうな顔はやめてほしい。もし、お嬢さんたちに手を出そうとするバカ者……、そうだな、一晩買うなんてほざく奴が出たとしても、くれぐれも手加減を……最低限、山を歩けるくらいで収めてくれ。ただ、襲いかかってきた場合は別だ。手加減はいらない、と言いたいが……、そうするとマズイって俺の直感が言っている。殺しは避けて半殺しに抑えてほしい。頼む」
…………ちゃんと笑顔だったのに、げせぬ。
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