7 帝国行き隊商、山越え開始
さて、ようやく山越えに挑む日がやってきた。
今日までの三日間、本当に面倒が多かった。
なにしろ着いたその日に、エリスとフィオに粉をかける男が六人。
内二人は私に気付いて即撤退。判断力のある彼らには温情を与えた。一人は堂々と買春を持ちかけてきたので、近くに落ちていた石を手にして粉にして見せた。悲鳴を上げて逃げたので、見逃す。
残る三人は、グループを組んでいたこともあって気が大きくなったのだろう。深夜、集団で襲撃を仕掛けてた。おそらくは剣やナイフで脅して、強引に事に及ぼうとしたのだろうが……、こうなるだろうと予測できていたので、迎撃できた。
その時の状況を簡単に説明すると……。
寝静まった野営地。私が天幕の前で不寝番をしているにもかかわらず、男たちが抜き身を手に足を忍ばせて近づいてきた。それなりの隠形であったと思うが、興奮を隠しきれずに鼻息が荒いし、そもそも月の光で影が動くのが丸見えである。(二つも月が出ているのに、なぜ大丈夫だと思ったのか、これがわからない)
ある種の諦観を胸に、こちらから声をかけようとしたのだが、その前に得物を振り上げてきた。問答無用の様子に、手にしていた灰混じりの砂を男たちの顔めがけて振り撒いた。(人数がいるのに、なぜ散開しないのか、これもわからない)
目潰しをまともに食らって、目を押さえて悲鳴を上げていたが、振り回される凶器に注意しながら連中に近づく。そして得物を持つ腕を取り、ボキリと無力化。これを三回。ついで首元を握って持ち上げ、制裁の往復ビンタ一回。これも三回。
こうして私は、襲ってきた連中全員分の歯を砕き、利き腕を折ることになった。(まったくもって嫌な感触であった)
当然ながら騒ぎになったが、現場が私たちの天幕の傍であること、連中が抜き身を手にしていたことから、当方が襲われて撃退したと判定された。
私たちは迷惑料として、連中の武器を接収。男たちは強姦未遂の咎で隊商への参加を取り消され、夜が明ける前に逃げて行った。おかげさまで、私は早くも隊商の中で、手を出してはいけないあのひと、という扱いになってしまった。
……かなしいなぁ。
で、終わればよかったのだが……、残念なことに、今日までの間、その日その日に到着した連中が同じことを繰り返した。
叩きのめしたのは、一昨日が四人、昨日は六人だ。私は歯砕き職人にも骨折り名人にもなりたくない。(くたびれもうけばかり)私への扱いも更に格上げされ、目も向けてはいけないあのひと、である。
……おかしいなぁ。
先着している誰かに聞けば、リスクとリターンが合わないなんてことはわかるだろうに、どうしてこうもバカな輩が湧いてくるのか。どうして下半身でしか物事を考えられない連中ばかりなのか。どうして短絡的で破滅的な行動しかできないのか。
本当に、私には理解できない。
その理由の一端がわかったのは、昨夜の後始末の後のことだ。
連夜の騒ぎで寝不足なのか、隈をこしらえた隊商のまとめ役が私の元までやってきて、小さく頭を下げた時だった。
「すまねぇな、旦那には我慢させちまって」
「やくそく、まもる。でも、めんどう」
「だろうな。ただ、こちらとしては道行きで邪魔になる連中を振るい落とせて、助かったよ」
「やはり、うら、あった。ちゅうい、ない、おかしい、おもった」
「ああ。隊商の安全を考えるとな、ああいう決まり事を守れないバカは遠慮したいんだ」
「わかる。でも、こっち、めいわく」
「わかっているよ。……だから、旦那方に関して、お目こぼしする」
「……わかる、した。ながす。でも、あれら、なぜ、する?」
「旦那。人を害する。人から奪う。人から盗む。そういったことをしてきた連中は、基本的に、後先考える頭がないんだよ。一時でも良ければ、それでいい。だから我慢ができないし、目先の利益にしか目が向かない。損得の得しか見えねぇんだ」
「そん、する、かんがえ、ない?」
「ああ、自分に都合が悪いことが起きるなんてことも想像できない。連中にあるのは、自分だけは大丈夫なんて根拠のない自信と、自分の欲望を満たしたいっていう底のない飢えだけ。もうゴブリンと変わらん。そんな奴らが、人も法もない場所で、綺麗所の擦れてないお嬢さんが二人となれば、もう止まらんよ」
「うまれ、わるい? そだち、わるい? まなぶ、ない?」
「そうかもしれねぇ」
「なんとか、できない?」
「たぶん、できねぇよ。……大抵の奴は、なんとかしようなんてことも考えないで、ただ流されるままさ。いや、自分から堕ちていった方が多いと思うよ。その方が楽で愉しいからな」
そう言った男の顔は心底面白くないといった風情だった。
安きに流れるのもまたヒトなんだろう、と納得できればいいが、やはり私は容れられない。
私は、今の社会で生きるには不都合な生まれになったからこそ、本能を剥き出しにした獣としてではなく、理性を持つ人としてありたいのだ。私が私であるためにも。
だから、そういった連中とは極力関わり合いになりたくない。あまりしつこく絡むような奴がいたら、いっそのこと見せし……って、やめっ! 今日はもう、マイナスに考えるのは終了!
私は意識を切り替える為、鼻息を大きく噴き出す。
エリスとフィオが振り返って、私を見た。
「ブリド?」
「お兄さん、どうかした?」
「やまごえ、はじまる。ほっと、する」
「そうですね。今夜からはゆっくり眠れるといいのですが」
「あはは、確かに酷かったよね。……けど、お兄さんがしっかり守ってくれるから、こっちは安心できたよ」
十三人分の腕を折って歯を砕いた報酬は、短剣二本に鉈一本、長剣四本とナイフが十三。それに二人分の安全と笑顔、か。
……これで良しとしておこう。
まとめ役の号令の下、隊商が山道に向かって動き出した。
☩ ☩ ☩
踏みならされた山道を進む。
道として使われるだけあって、傾斜は厳しいものではない。つづら折りに山の斜面を登っていき、徐々に標高が上がっていく。途中、道幅が狭くなったり小川を跨いだりすることがあり、荷車の類が使えない理由がわかる。
私たちがいるのは、百人以上いる隊商の後方。
長く伸びた隊列を後ろから見ながら登る。これまでの旅路で、もっともゆっくりとした進行だ。
「このペースなら、行けそうかなー」
「ですが、高い場所に行くと、体力の消耗が大きくなると、聞きます。気を付けましょう」
私も二人の言葉に首肯して、ゆったりとした呼吸と一定のリズムを意識して歩を刻み続ける。
目に映る光景は少しずつ変化していく。針葉樹が並ぶ森から、低い草木で覆われた草原へ。時に剥き出しの岩肌や窪みを走る小川に行き当たれば、切り立つ崖も増えていく。
耳に入る音も時と共に変わっていく。私たちが生み出す足音を基調に、鳥や獣の鳴き声があったり、草木を揺らす風音が走ったり、流れ落ちていく水の音で続いたりする。
牧歌的な空気や景色を堪能していると、黙々と歩くのが嫌になったのか、フィオが声を上げた。戦利品の束や結構な薪を担いでいるというのに、元気なモノだ。
「ねー、ちょっとした疑問なんだけど、この峠道ってさ、どうして砦とか関所がないの?」
エリスがうーんと唸り、自身の考えをまとめるようにゆっくり答えた。
「幾つか理由は、考えられます。一つ目は、王国と帝国が、不可侵と和親の、条約を、結んでいる、こと。これは、お互いに、攻め込まず、仲良く、しましょう、という、国と国との、約束、ですね。これが、あるから、砦に、関しては、必要性が、小さい、です」
「あ、エリー、ごめん。息継ぎで話しにくかったら、無理しなくていいから」
「まだ、大丈夫、です。二つ目は、他に、便利な、主要な街道が、海沿いの、平坦な、場所に、あること。そちらには、関所が、あって、出入りを、しっかり、確認して、通行の税や、物により、関税も取る、そう、です」
近くを歩いている年若い男たちがちらちらと二人を見る。ついで、私に視線を向けようとしてさ迷わせる。
話に混ざりたいのだろうが、私という障害を乗り越える勇気がないのだろう。
彼らを煽るなんていう気持ちなんて、さらさらないが、さらさらないがっ、私も混ざろうか。(くもりある眼)
「せきしょ、つくる、つかう、かね、いる。ここ、わり、あわない」
「ブリドが、言った、ことが、三つ目、ですね。ここを、使う、人も、使える、時も、限られて、います。関所を、維持する、費用が、効果に、あわないと、思います」
「うーん、でもさー、こういう道って、ほら、訳ありの人とか、バカなことをしでかして逃げて行った人たちみたいなのも使ったりすると思うんだけど、その辺りはどうしてるんだろ」
「かんし、する。してる、はず」
「どうやって?」
決まっている。
こういった隊商の中で、あるいは、近隣の集落に住み込んで、この峠を出入りする人や物、その流れを監視する。少なくとも、関所を維持管理するよりは安く、それなりの効果も得られるはずだ。
私はげはっと笑う。
周りの連中がびくりと肩を震わせた。
「おで、わからない。ふぃお、かんがえる、する」
「えー。お兄さん、なんか知ってそー」
フィオの不満げな声を流し、呼吸が荒くなっているエリスに気を配る。
もし今より酷くなりそうなら、荷物をこちらで分担しなければ。
やがて辺りから草が減って、山肌は石礫が転がる荒れ地に変わった。青々とした空とそこに溶けるように伸びる山容だけは変わらない。
まとめ役の話だと、山越えは少しずつ進んでは早めに休むという話だ。おそらくは身体を高地に慣らすためだろう。
明日以降に備える為、今日はエリスの体調に注意して、早めに休もうと思う。
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