8 山中の女子会(夢はない)
山越え初日の野営地に着いた。
私の感覚で標高は千五百といった辺り。無理な進行はせず、早めの設営だ。日は西に傾いているが、まだ高い。
疲労が心配であったエリスも少し休めば、特に問題はないようだ。今は七輪に火を起こし、近くの小川から汲み上げた水を熱している。
「やっぱり便利だねー、これ」
「熱が逃げにくいから、火の通りも早いですよ」
私はというと、二人の近くでゴロリと横になり、うつらうつらしている。
出発前は昼間に眠っていたのだが、今日は移動があったのであまり身体を休めていないのだ。
人と一緒に動くことで楽になるはずだったのに、逆に疲れることが増えたなんて、どう考えてもおかしい。これもすべて、阿呆をしでかす連中が悪い。ともかくしでカス連中もゴブゴブと一緒で滅ぼすべきである。今度、変なのが来たら山の上から地面へとダイブさせてやろうか。
あー、それにしても、転がると身体が楽なんじゃぁあ。
「おー、休んでるところ悪いが、ちょっといいかい?」
聞いたことがある女の声。
たしか、まとめ役との窓口になったデボラ、だったか。それの声だ。
私は片目を開け、エリスを見る。
彼女は大丈夫だと言わんばかりに微笑み、頷いて見せた。ならば、それを信じてこのままでいる。
「ブリドは疲れてますので、このままで良いのなら」
「構わないよ。事情は分かってるし、うん、三夜連続の荒事だしねぇ。さすがにそちらの旦那も疲れたか」
「本人はまだ大丈夫だとは言っていますけど、休める時は休んだ方がいいですから」
「違いないね。……それで、ああ、ちょっとだけ座らせてもらうよ」
「あ、すいません。どうぞ」
七輪の傍、微かな振動。
逞しい見目であったが、動きは軽快なようだ。
「で、用件なんだけど、旦那の力っていうか、威を少しばかり分けてやってほしい」
「なんとなくお願いの内容が分かった気がしますが……、具体的には?」
「ああ、この隊商にも、それなりに女が参加しているのはもうわかってると思う」
「ええ、私も女ですから、同性の姿があると心強く思います」
「そうだね。でも、誰もがあんたらみたいに、安全を確保できているわけじゃない」
「そうですね。……ですが、あれだけ放逐したのに、まだ、いますか?」
んだんだ。
土から湧いてくる訳でもあるまいに。(沸かないとは略)
「逆さ。姑息な連中が夜這いの機会を狙ってるよ。まったく、春売りで満足できねぇのかねぇ」
「……わたしたちにも、来そうですか?」
「あはは、そこは安心していいよ。旦那が火の番をしてれば、まず大丈夫さ。ただ、他の女はそうじゃない」
「だから、威を……」
「そう。あんたらと一緒に、なんて贅沢なことはいわない。ただ近くで休むことを許してやってほしい」
おぅ、やはりこの世の中は、暴力が全てを解決に導くのか……。
おーりんりおーりんり、教育や宗教は仕事をしてますか?
「それで、防げますか?」
「完全に、なんてことはないだろうさ。でもね、旦那の力は皆が見ている。かなりの抑止になるよ」
「抑止は必ずしも通じることはありません。守れる保証なんて、どこにもありませんよ?」
「わかってるさ。保証まで求めるのは、それこそ対価が必要さ。でも、叫び声の一つでも上げれば、話は別だろ?」
「……確かに」
そら確認にいくよ、常識的に考えて。
後、無理矢理は嫌いだから、嫌がってるのがわかったら蹴り飛ばすと思う。
「お話はわかりました。もしも事が起きたり被害が出たりしても、ブリドに責を求めないのであれば、こちらは構いません」
「ありがとよ。条件はこちらで呑ませる。……と言っても、それでもいいって縋りつくだろうさ。なにしろ頼み込んできたのは経験の浅い連中……初めて山越えをする駆け出しの冒険者や行商人だ。まだ若いから、あんたらとも話は合うと思うよ」
「そうだといいのですが。……あ、当然、仲介はしてもらえますよね?」
「うん、そこもあたしの仕事になるね。了解だよ。……今すぐにでもいいかい?」
「そう、ですね。ブリドは寝てますから、彼の紹介だけは後で……、食事時でも構いませんね?」
「そっちの都合を優先すればいい。あんたらはお願いされてる立場なんだからね」
いやはや、オークの血を引くような男に頼るなんて……、いったい、世の中はどうなっているんだろうなぁ。
ほんともう、為政者に反省を促すダンスが必要では?
☩ ☩ ☩
食後の一時、私は今幸せである。
本日の夕食は、塩漬け肉と乾燥野菜のスープ(ハーブ調味)、黒パン、燻製肉(シカ)、以上。
いやー、まいほーむ時代からは考えられない贅沢な食事である。塩気はあるし風味もある。噛む感触も楽しいしジワリとくる旨味も嬉しい。そしてなによりも、暖かい。
フィオも食事が暖かいのってやっぱりいいよねぇと、よく表情を綻ばしている。聞けば、宿以外で旅の間に食べたのは、木の実や麦粉を固めて焼いた携行食ばかりだったらしい。一人旅はやはり大変だ。
それはさておいて、私と近くで休む面々との顔合わせは、特に問題なく終了した。
計八人。この山越えの旅では、一つのグループとして行動しているとか。私の強面を前におっかなびっくりな様子であったが、少しだけ話を聞けた。出自は大別して四つ。王都商家の出、田舎農家の出、王都貧民街の出、旅芸人一座の出である。
王都商家の出が一人。行商人で、一行の取りまとめ役だ
小さな商家で生まれたが、母親が流行り病で死んだ後、父親が酒に溺れて死んでしまった。幸い店舗兼住宅は残ったが、居住税や市民税を払えるだけの蓄えはなく、もういっそのことと家財を処分して行商を始めたそうだ。今回は見聞と経験を積むため、帝国に木炭や砂糖、香辛料を売りに行くとのこと。
田舎農家の出は四人。
あまり裕福ではない農家の下の子として生まれたが、先行きに不安や危機感を覚えて、同じ境遇の者と共に逃げ出した。以降は王都で冒険者をして、なんとか食い繋いできたそうだ。今は行商人の護衛兼荷物持ちらしい。
王都貧民街の出は一人。
貧民街で娼婦をしていた母親が性病で死んだのを見て、自身の先を悟ってしまい、それでもなんとか這い上がろうと飛び出したとのこと。今は冒険者として、顔見知りであった行商人の護衛をしているとか。
旅芸人一座の出は二人。
旅する一座で生まれ、幼い頃から芸を仕込まれてきたが、一座が野盗の襲撃略奪を受けて崩壊。話さなかったが、当人たちも酷い目にあったようだ。(私を見る目が誰よりも怯え揺れていた)以降、二人で旅の芸で糊口をしのいでいる。今は行商人に雇われて、芸を使った宣伝や客寄せ、接客をしているらしい。
いやはや、皆、色々とあるのだなぁと思いつつ、彼女たちが寝る時間まで、再び横になる。
私たちの天幕の近くは、計三つの天幕。中型が一つ、小型が二つだ。自分たちでも番を立てるつもりなのだろう。焚火が準備されていた。
そして、エリスとフィオだが、年齢の近い女子達と話をする気になったようだ。今は女子十人でうちの焚火を囲みながらハーブティを飲んでいる。
眠りかけの意識に、聞こえてくるのは、とりとめもなく続く会話。
年若い少女たちの、ささやかな夢や生活についてまわる愚痴、これまでの生活や今のこと。
「あたいは、いつか所帯を持ちたいなぁ」
「んだなぁ。イイ旦那を捕まえて、子どもをこさえたい」
「でも、男なんて、大抵がクズじゃない」
「そうそう、身体だけが目当てで、碌でもないのばっか。自分たちが気持ちよければそれでいいのよ」
「そういうの心地よく転がして、お金を払ってもらうのがあなたたちのお仕事ですよー」
「はいはい。わかってますよーだ」
「やりたくないけど、食べる為だし、仕方ないのはわかってるけどね」
「オラから見れば、金をもらえる芸ができるだけ、すごいんだけどなぁ」
「そだよ。あたしらなんて、基本ドブさらいか水の運搬、農場で収穫作業だよ。これじゃ、家にいた頃と変わんないよ」
「でもさー、稼げば自分のお金になるんだし、ちょっとは違うんじゃない?」
「そりゃそうなんだけどさ、ほら、王都って色々と高いし」
「貧民街はそうでもなかったよ? ……まぁ、品質はお察しだけど」
「うーん、部屋を探した時に貧民街も見たけど、やっぱり家賃が安くても治安がね」
「んだ。部屋を見せてもらった時、周辺にいた男の顔、怖かっただ」
「その部屋にしなくて正解だね。間違いなく押し込みしてきたと思うよ」
「やっぱり。……案内した人、お勧めしませんって言ってたしね」
「良い人に当たったのですね」
「この子たちが選んだ仲介屋さん、裏もないマトモな所でしたから、あなたたちも運が良かったですねー」
「こわいこわい」
「あたいたち、もしかして、危なかった?」
「そうですよー。田舎から来たばかりの女の子たちなんて、普通、ゴブリンの前の焼肉ですよー。私が声をかけた時も、あれ、危ない依頼だったんですよ?」
「え、そうだったの?」
「確か、娼館の館内案内だったっけ? まかない付きで日給がすっごく良かった奴」
「そだった」
「あそこの娼館はひも付き。裏に貧民街を差配する連中がいる」
「ほらやっぱり。男なんて碌でもねーわ」
「はぁ、唄では評判だけど、白馬の王子様なんて、ほんと幻想ね」
「それは間違いなくっ、幻想ですねっ!」
「お、おう、そうか」
「んだども、男が全員ダメって訳ではねぇべ?」
「そうそう。今なんてもう、かなりマシだと思う。バカな連中、大半が放り出されたし」
「そこは、お兄さんにはちゃんと感謝してよ? 今日もこれから一晩中、番をしてくれるんだからさ」
「それはそうなんだけど、ちょっと……」
「う、うん。ちょっと、顔が……」
「身体も大きくてさ」
「腕とか足の筋肉凄いし」
「声も怖ぇだ」
「ちょっとあなたたち、失礼ですからー」
「それは事実ですから仕方ありません。ですが少なくとも、わたしが知る限り、もっともまともな男性だと思いますよ?」
エリス、擁護……あり……がとね……。
さ、て……、起こして……くれる…………まで、本……格…………的……に………………寝…………。
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