2 飛行船、到来(つぎはぎの老兵)


 恐喝してきた連中の得物を没収し、衛兵に突き出すためにも縄をうった。

 抜いた肩は慈悲で元に戻している。入れた際に泣き喚いて泡を吹いたが、稀によくあること。今は絡んでいた時のような威勢は嘘のように消えうせており、護衛組が見張る中で連行中である。


「いやー、ブリドさん、さすがですねー」

「ぶじ、よい。でも、あそこ、いく、まだ、やめる、よい」

「そーですねー。大鍋料理は完売できたので、割はいいとは思いますが、今日みたいなことがあると怖いですし、やっぱりブリドさんが行かれる時だけにしておいた方が良さそうですねー」


 そうそう。

 私の威を借りたとしても、目や手が届かないとどうしようもないからね。


「ですが、そーなるとお金を貯めるのは難しいですねー」

「かせぐ、まえ、ちから、いる」

「といいますとー?」

「たたかう、ちから、つける、する。まもる、ちから、つける、する。おまえ、たち、ちから、たりない」


 彼女たちには言うまでもない話だろうが、今の世で何かをしようものなら、まず大前提となるのが身の安全である。

 これができないことには、何をするにしても揺らいでしまう。つまりは、地盤がしっかりしないとなにも建てられないという奴だ。


「耳が痛いですねー」

「し、こわい。きずつく、こわい。でも、たたかう、する、とき、こわい、こえる、する。できない、しぬ」

「今は足りませんかー」

「たる、ない。きたえ、たる、ない」


 誰しもが武器を持っただけで戦えるわけがない。

 武器を持つことで気が大きくなることはあるだろうが、それは強さに繋がってはいないのだ。


 得物を振るうには技術もいるし、持つ時の気構えもいる。

 特に相手を傷つけるということに対して、免疫のようなモノが必要になってくる。同族殺しは本来は禁忌のはずだから、負担が大きいのだ。(倫理観が薄い者除く)


「ぶき、ふる、する。まい、にち、する、いい」

「うーん、わかりましたー。みなと話してみますー」

「そうする、いい」


 そうだな。

 この子たち次第だが、もし訓練をするとなったら、ヒト型のターゲットを作って打ち込みをやらせてみてもいいかもしれない。


 今後の予定を考えていると、遠方にイグナチカの岩塊が見えてきたが……、ん? んんん?


「おおいわ、なにか、ある?」

「えー? 私にはまだ見えませんが、なにかありましたかー?」


 ……あー、えー?


 あのラグビーボール然とした形に、付属品のような舟形……、あれはどう見ても、飛行船だわ。


「ふね、いわ、うえ、ある」

「ふね? ……船が岩の上に?」


 レリアが訳が分からないといった観で首を傾げた。

 これを見るに、飛行船はかなり珍しい代物のようだ。


 いや、それはそうだよなぁ。

 というかこっちも、どうしてあんなのがあるんですか、って気持ちになってるし……、魔法があるとはいえ、中世然とした技術レベルのモノがほとんどで、移動手段も基本は徒歩な社会なのに、いきなり飛行船って……、なんでよ?


 いや、でも……、えー?


 はっきり言って、私は混乱している。


 しかし、どうしようもなく現実は変わらない。

 事実として、飛行船はあるのだ。受け入れがたくとも、これを受け入れるしかない。


 現実と、戦わなきゃ。

 いうことで、私は正気に戻った。(目虚ろ)


「ふね、とぶ、ふね、なんで?」

「あ、あのー、ブリドさん、大丈夫ですかー?」

「だいじょぶ、だいじょぶ、ない」

「うわー、こういう時は、やっぱりエリスさんかフィオさんじゃないと、ダメですかねー」


 いや、その二人でもどうにもならないよ、こればかりは。


 まぁ、これ以上アレコレ考えるのは、イグナチカに戻ってからにしよう。




    ☩   ☩   ☩




 はい、戻ってきましたイグナチカ。

 私が見ていたモノは幻覚ではなかったようで、やはり飛行船が岩塊の上に着陸していた。あの城館からの吊り橋はこの時の為だったのだろうか?

 浮揚ガスを収める上部構造体には、帝国の国旗がでかでかと描かれている。これだけで飛行船は帝国の所有物であることがわかった。後、船首側には8の字が見えることから、素直に考えると八番船である可能性が高い。


 しかし、まだ城壁ができていない場所から垣間見えた街中は、少し混乱しているようだった。広場には人が大勢集まって、飛行船を指さしては騒いでいたし、騒ぎを収めようとしている衛兵も心なしか浮足立っているようにも見える。

 ちなみにであるが、同行中の少女たちもアレなんだべと驚き戸惑っている。旅芸人出身の二人だけは、もっと近くで見なくちゃと興味津々なのはさすがというべきだろう。(連行中の賊は無反応)


「お、おー、なるほどー、あれが、飛ぶ、ふね、ですかー。頑張って見れば、下の部分が舟に見えなくもないですねー。あっ、風車みたいなのがついてますー」

「あれ、まわす。くうき、きる。まえ、うしろ、ちから、さ、でる。ふね、まえ、すすむ」

「んー、わかりません」


 だよねー。

 しかしプロペラはあっても、見た感じ、内燃機関らしきモノを備えている様子はなし。魔法的ななにかで動力を得ているのだろうということにしておこう。詳しいことはフィオに聞けばええやろ。(投げ槍丸投げ)


「私はどちらかといいますと、ブリドさんが、そういったことを知っている方が不思議ですねー」

「げはっ、おで、しる、ふり、とくい。てきとう、いう、した」

「ほんとーですかー?」

「うそ、ほんと、うそ、ほんと」


 レリアのヤル気ない追及をゆるりとかわしつつ、東門に到着。

 ここの衛兵たちはしっかりと持ち場を守っていた。レリアに頼み、賊引き渡し対応を任せた。

 お任せをーと軽い調子で言っていたが、護衛を使って男たちを衛兵の前に引き出し、はきはきした声で色々と話をしている。彼女のことだ。それとなく何が起きているかも聞いてくるだろう。


 お、衛兵側にすぐ応援が来て、男たちを引き取っていったわ。


 状況を見守っていると、旅芸人の二人が私の近くに来て、ちらちらとこちらを伺う様子。

 この二人は以前に賊から酷い目にあわされたことがあって、男嫌いと聞いている。なので、こちらからは極力関わらないようにしているのだが……、初手はやっぱり問いかけかな。


「おまえ、たち、よう、ある、する?」


 こちらから声をかけてくるとは想定していなかったのか、二人して驚きの顔でびくっと身体を跳ねさせた。

 しかし、芸を使った宣伝以外にも接客を担当しているだけあってか、即座に表情を取り繕って答えてきた。


「えっと、うん、……じゃない、はい」

「さっき、お礼を言えていなかったから」

「いい。おで、やくめ、する、した、だけ」

「それでも、感謝するわ。……ありがと」

「けっこう怖かったので、旦那さんが来てくれて、助かりました」


 二人して神妙な顔で頭を下げてくる。


 気にしなさんなと軽く言いたいが、そんな風に言える口や喉ではないからできない。

 なので、私は首を振って自身の考えを告げる。


「おで、よそ、とんだ、ごみ、ひろう、すてる、した、だけ。れい、いる、ない」

「ぶっくふっ。ご、ごみ、ね。確かに、うん、ごみを捨てたって感じだわ」

「ふふ、旦那さんからすれば、そういった感覚なんですね」

「ひと、めいわく、する、もの。よの、ごみ。ないない、する、とうぜん」


 これは、ぐっどこみゅにけーしょん、かな?

 私を相手に笑えるなら上等のやりとりだろう。っと、レリアが戻ってきたな。


「引き渡し、終わりましたー」

「かね、おまえ、たち、わける、する」

「……よろしいのでー?」

「おで、かせぐ、できる。おまえ、たち、めいわく、した。うけとる、する」


 私の懐には余裕があるから、この程度はね。


「なら、ありがたくー。それで話を変えますが、あの岩の上の船ですけど、帝都から来たそうですー」

「てい、と」

「はい。帝国の都ですねー。そこから飛んできたと言っていましたが、ここに来たのは今回が初めてだそうでー、皆、かなり驚いたみたいですよー」


 ほー。


「まだまだ詳しい話はわかりませんので、アンナとカリナは街で話を聞いてきてくださいー。シビルは二人について、護衛をお願いしますねー」

「わかった。今からでも?」

「はい、よろしくー」

「でも、荷物はどうすれば?」

「き、のせる、する。まわり、おちる、する、ない、みる、する」

「とブリドさんが言ってくださってるので、乗せて行ってくださいー。残りの皆さんは荷物に注意してくださいねー」


 各々から返事を受け、レリアは一つ手を叩いて締めくりの言葉を口にした。


「では、動きましょー」



 広場に集まった人だかりの中を通してもらい、なんとかギルド前に到着だ。

 やはりトレントの持ち帰りは注目される。すいませんね、また轍を作っちゃって。


 ギルドへの帰還報告はまたレリアに任せ、私は広場や城館、飛行船へと目をやる。


 広場には街の住民が集まり、あれはなんだと口々に話し合っている。(一部の目はこちらを向いている)

 衛兵に詰め寄っている者が一部いるものの、基本浮ついているだけで特に問題はなさそうだ。


 城館に関しては……、んー?

 上層階というか、屋上に複数人いるな。しかも、なにやらこっちを指さしている者がいるようにも見えなくもない。


 目に魔力を回して見てみるかと思った所で、ギルドの隣、ロハーマグラ商会から老店主が顔を覗かせた。


「おぅ、デカい旦那、今回も中々な奴を持って帰ってきたな」

「まえ、より、ちい、さい」

「へへっ、デカい旦那からすれば、そうなるか。……今から家に帰るのかい?」

「そう。いま、ほうこく、する、してる」

「そうかい。なら、帰り道、俺も一緒していいかね?」

「いい。……よう、ある?」


 爺さんがわざわざ出向いてくるとは、珍しい。

 彼と会うのは、私たちが街中に来たついでというのが多いのだ。


「なに、そいつの中に詰まってる琥珀の買い付けさ」

「わかる、する。いえ、もどる、した、あと、なか、みる、する」

「おう。俺も立ち会わせてくれ。……ちっとデカい旦那の家に行ってくる。後は任せるぞ」


 爺さんは店中に声をかけると、ひょこひょこと私の所へやってくる。


「ところで、アイツを見たかい?」

「おおいわ、うえ、ある、やつ?」

「ああ」

「みる、した。おで、あれ、みる、はじめて」


 この世に生まれてからは、と枕に付くが。


「そうかい。俺もそれなりに生きたが、実物を見たのは初めてだ」

「あれ、しる、する?」

「ああ、知識だけはあった。初代皇帝が造ったと言われている、空飛ぶ船だ」


 初代が造ったって……。


「ていこく、つづく、なん、ねん?」

「三百年程だな」

「もの、もち、いい」


 私の感想に、ロハーマグラ爺さんはくはっと笑い頷いた。


「確かに、三百年物と考えると、物持ちが良すぎるな」

「あれ、たくさん、ある?」

「ないぞ。元は十隻あったと聞くが、前に聞いた時は……二隻か三隻だったかな」


 製造技術が失われたか、今の技術ではおいそれと造れない、といったところか。

 消えて行った船も共食い整備に回されたのかもしれないな。


「おで、あれ、きく、ない」

「昔は詩人に唄われていたが、この辺りだと……、三十年は聞いとらんな」

「しじん、しる、ない?」

「それもあるだろうが、唄が稼げんようになったんだろうさ」


 稼げないを知る者がいないと考えると、あれが動くのはかなり珍しいのだろうか。


「あれ、うごく、めず、らし?」

「そうだな。数があった昔はともかく、今のあいつは帝室の動く秘宝って奴だろう」

「ひ、ほう、だいじ」

「ああ、使えば壊れる。つまりはそういうことさ」


 でも使わなくても、経年劣化で壊れる時は壊れる。

 形あるものはいつかなくなるのは、どこの世界でも変わらないってことか。


「行商の嬢ちゃんが出てきたな」

「ひま、とき、きたえ、たのむ、する」

「へっ、行商を真剣にやってりゃ、勝手に伸びらぁな」


 そういうモノなのかと、先人の言に頷いておいた。

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