4 平穏を象って、建築!
1 魔の領域できこる
本日は晴天なり、本日は晴天なり。(怪電波受信中)
今日も雲一つない青空。太陽輝く本日は、絶好の木こり日和である。
という訳で、私は今、大斧担いで稼ぎ場にやってきている。
稼ぎにきた場所の名は、タリカラモ領域。
大天支山脈の一部である山、タリカラモに生じた開かれた魔の領域だ。ギルドで聞いた所、領域は山麓の森を中心に広がっているらしい。
領域との境界は例の膜みたいなモノらしいが、それは日によって大きくなったり小さくなったりするとのことで、常に一定ではないそうだ。
位置はイグナチカから南東へ、普通に歩いて三時間ほど。(一般人基準)
道に関しては、前に私がトレントさんを持ち帰った時に、地面を引きずった跡がそのまま使われている。起伏が少ない場所を選んだから、中々いい道だと自負している。
それはそれとして、このタリカラモ領域。
私が発見者ということになるが、それ以前には気づいた人がいなかったのかと不思議に思った。
その点をギルドで聞いた所、開かれた魔の領域はダンジョンと同じく急にできたりするらしい。付け加えると、ダンジョンや開かれた魔の領域は、中に満ちている魔力がなくなった段階で消えてしまうとのこと。
この際、開かれた魔の領域はただ変異が収まるだけだが、ダンジョンに関しては魔力が尽きた段階で空間ごと消失するらしく、その時に中にいた人も当然……。
であるから、ダンジョンと開かれた魔の領域では、後者の方が価値が高いという話だ。
私はこれを聞いた時、ダンジョンには絶対に入らないと決めた。
何をするにしろ、やはり命あっての物種。私は真の冒険者にはなれない。(命知らずの称号は他に譲る所存)
精々が、こうやってトレントを木こりに来る程度だ。
普通の冒険者にとって、トレントを狙うのは大変だろうが、私にとっては本当に作業のようなモノ。感覚が少しマヒしている気がしないでもないが……、四方八方から狙われる戦場の乱戦と比べれば、とても気が楽という奴だ。
ということで……、ほいっと。
ガコーンとイイ音を立てて、斧の刃がトレントの胴体に食い込んだ。
ぎぎゃーと、顔のような洞から叫びか軋みかわからない音を立てているが、当然無視である。というか、既に倒れて死に体なのだから、もうそろそろ大人しく往生しなさいな。
もう一度振り上げて……、よっと。
今度はガツンと、ナニカを断った手応え。がぎゃっと短いが大きな音の後、しなしなと枝葉が枯れ始めた。残心しつつ、周囲を見渡す。背の高い針葉樹の森。敵性体の存在なし。念の為、もう一度、斧を振り下ろす。
動きなし。
……よしっ、死亡確認。
いやー、三十メートル級のトレントさんはそこそこの相手でしたねー。
ぐりぐりと肩や首を回していると、恐る恐るといった様子で、同行者たちが木陰から姿を現した。
常ならば、どちらかが一緒な二人……エリスとフィオではない。
彼女たちは、今日は家で留守番だ。エリスは秋植えの野菜……カブやダイコン(ラディッシュ)等々を植える為、畑仕事。フィオは山歩きで持ち帰った石を色々調べたり、これまた持ち帰った薬草を手に、そろそろポーション作るよっと張り切っていた。
では誰かというと……。
「お、終わっただか?」
そう聞いてきたのは、居候行商隊に属する農村出身組のまとめ役だ。
後ろには、仲間三人がこわごわとした風情で顔を覗かせている。
彼女たちは緊張した面持ちで鉈を両手で握りしめ、ゆっくりと近づいてくる。その視線はトレントの枝や根っこに向けられていた。つい先程まで、風を切って振り下ろされたり、地響きを立ててうごめいていたりしただけに、相当に怖いのだろう。
それらに当たれば、死ぬか大けが間違いなしなだけに、無理もない。
だからこそ、私は自信満々に胸を張り、斧を肩に担ぐ。
「おわる、した。もう、あんぜん。だいじょぶ。しごと、まかせ、する」
「ん、んだか。よ、よし……、みんな、出番だ。がんばべ」
トレントに向かう足取りは少し頼りないが、今日が初仕事だけに仕方がないだろう。
彼女たちが私と行動を共にしている理由だが……、行商隊のリーダーことレリアに是非とも付いていきたいと頼み込まれた為だ。
その理由を聞けば……。
「ブリドさんに付いていけば、安全だからですー。……いえ、本来は自分たちの力で行かなければならないのはわかるんですけど、やはり私どもは女ですから、どーしても非力で領域に挑むことも難しいんですー。それに、領域に入らず、近くで商いをしようと思っても、やはり非力ですから、女としての身の危険が付きまとうことになるんですー。……それでも、客寄せを担当してくれている二人には、タリカラモ領域の実際を見聞きして、イイ曲や唄を創ってもらいたいですのでー、どうか、同行をさせていただけませんか? 他の面々は、ブリドさんのお手伝いをするようにしますのでー」
……とのこと。
私としては連れて行くこと自体には特に問題はないため、了承した。
したのだが、直後に更に一言。
「あ、お手伝いだけじゃ足りないと思うので、私の身体も報酬にしますねー」
と付け加えたのだ。
これに対する答えは保留中。(エリスには何度も叩かれ、フィオにはケタケタ笑われた)
そこは断らないのかと誰ぞに言われるかもしれないが、私も男である!
本質はどうしても、スケベだ!
幾つになっても、好色なのだ!
それを断るなんて、とんでもない!(はくしん)
ただ先約のエリスをまだ抱けていない為、先送りにしただけである。
はやく風呂を作らなければ。(使命感)
拳に力を入れていると、トレントの方で作業が始まった。
少女四人は適度に散らばって、それぞれが鉈を振るっている。根っこや枝を落とすのだ。琥珀があると思しきコブに関しては、後のお楽しみである。
同行してきた行商隊だが、こうして私の手伝いをする組と領域の近くで昼食の販売をする組とに分かれている。
些か販売組の守りに不安があるが、こればかりはもうどうしようもない。なにかあれば、私の名を出していいとは言っておいたが、今回は初回ということもあるから、早めに合流した方が良さそうだ。
私も彼女達では歯が立たないだろう太いモノを切り落とすべく、作業に向かうことにした。
二十分ほどで作業は終了。
当初こそ動きがぎこちなかった四人組であるが、慣れかはたまた過去の経験か、少しずつ効率が良くなって、綺麗な巨大丸太の出来上がりである。今は手早い動きで枝を束ねては縛り、自らの背負子に積み込んでいる。
「うごき、イイ」
「こういうのは、慣れてるだよ」
「んだー、よく共有地の林に、柴刈りに行ってただ」
「取り合いだったから、あんれは大変だったよね~」
「少ないと怒られたし、いやだったなぁ」
この子たちも色々とあったのだろう。
なんてしみじみしていると、まとめ役が全員の作業終わりを確認して、私に告げた。
「旦那さん、終わっただ」
「わかる、した。もどる、する。おで、これ、ひく。あたる、ない、きを、つける」
「んだ。皆も注意するだよ」
残り三人からの返事を受けて、私はトレントに何重にも引っ掛けたロープの束を手にした。
☩ ☩ ☩
ずりずりとトレントを引きずって森を抜け、領域から出てみると、販売組が陣取った辺りで人だかりができていた。
ここはタリカラモ領域に挑む者達が野宿する為に集まった場所だ。
水場(湧き水)が近く、周辺も均されて開けている。今も思い思いの場所に天幕が張られていた。
この場所なら利益が見込めますーとは、レリアの言であったが、繁盛しているようでなにより。などと思ったら、不穏な言い争いが聞こえてきた。
耳を澄ませば……、いいからさっさと場所代を払えってんだ、誰が決めたんですかー、俺達だ、ギルドや政庁に話を通しているならともかくー、うるせぇなんなら身体で払うかっ、私たちー、ブリドさんにお世話になってるんですけどー、誰だそいつぁ、知らねぇなぁ云々云々。
おーまっぽーまっぽー。
まだまだ暴力が輝く時代なんだ、ということなんだろうか。
……嫌になるね。
販売組の四人は五人の男たちに絡まれていた。
その中で先頭に立ち、堂々と論陣を張るのはレリア。その背後で短剣の柄に手をやっているのが、スラム出身の護衛。売り子役の二人は後ろで、大鍋を守っているようだ。
「か、絡まれてるだ」
聞こえた呟きに頷く。
実の所、このタリカラモ領域に来るのは、一昨日の予定だった。
ところがだ、イグナチカから出ようと東門に着いた所でちょっと騒ぎというか、ならず者達の蜂起に行き当たってしまったのだ。結果、衛兵隊のお手伝い(監視役)をすることになり、今日に延期したという経緯があるのだが……、まだ、いたか。
しかし、朝来た時はいなかったのに、ほんと、いったいどこから沸いたんだろう?
不思議に思いながら、ずりずりと音を立てながら近づいていくと……、私に気が付いた者が二人、早くも逃げ出した。が、更に外を取り巻いていた者達に行く手を遮られて、元の場所に押し戻されていく。
私は感謝の意を伝えるべく、軽く頭を下げる。
イイってことよといった風情で、見知った顔が笑みを見せた。建設現場を卒業し、斧を手にこちらで頑張っている面々だった。機会があれば、エールの一つは奢ってやりたいなと思いつつ、現着。
レリアはニコニコと笑みを見せ、他の三人は安堵した様子。
逃げ出そうとした男二人は顔真っ青。何も知らないのは、レリアに向かい合っている三人だけだ。
「てめぇ、なにがおかしいってんだ」
「おで、つれ、よう、ある?」
「あん? てめぇか! てめぇの連れがっ、払うも……、ん」
やくざ者かロクデナシかならず者かはわからないが、とにかく男たちのリーダーと思しき体格の良い男が振り向き、私を仰いで……言葉を失った。
「はらう。なに、はらう?」
「ば……、しょば、しょ、ばしょ」
「ここ、だれ、もの、ない。ぎるど、いう」
担いでいた斧を地面に落とす。
静まった場に、ドシンと響く。
「おまえ、もんく、いう、けんり、ある? ある、なら、いう」
沈黙は否とする。
「おまえ、けんり、ない。でも、もんく、いう。それ、めいわく」
「あ、あ、そ、その……」
「おまえ、おで、つれ、めいわく、する、した」
私は取り巻く者達を見回して、質問する。
「これら、ひと、めいわく、する、した?」
「迷惑したよ、旦那。こいつら、領域の中でよ、俺達に絡んで金をゆすり取ろうとしやがった」
「ああ、ここでも言いがかりつけてきて、食い物寄こせってきやがったな」
「こいつらがいるせいで、領域に入りづらいんだよ。盗み働きそうでよ」
「俺、見たことあるよ。こいつら、東岸にいた連中だ」
「こいつらのせいで、俺達がどれだけ迷惑を被ったか」
おー、出るわ出るわ。
私という威があるから、言い出しやすいってことかな。
しかし、この様子だと、みんな我慢してたんだろうなー。
でも、頑張って稼ぎに来たのに、しょうもないことでケガをしたくない気持ちもわかるわ。
「これら、えいへい、わたす、する?」
「ああ、そうしてくれたら助かる」
「正直、街に戻る時間が惜しいんだよ」
「そうそう、俺達は旦那みたいにはできねぇからよ。トレント倒すのは時間がかかるんだ」
っと、一人、ナイフを抜くか。
「ぎゃぁああぁあぁあっ」
なので肩を撫でましょう。
正確には肩から腕にかけてだけど……、ま、いいや。
肩を抜いた男がナイフを落として蹲った。
「おまえ、たち、ぶき、もつ、した。おで、てき、なる、した」
「ま、まままままってくれっ! お、おれはそんなこと、するきはっ!」
はーい、順に撫でてあげますからねー。
ほいほいほいとリーダー格以外の肩を抜いてっと。
野太い悲鳴が多重音声で流れる中、ニコリとリーダー格に笑いかける。
相手はただひっひっひっと引きつったような顔で細く早く息を吸うだけだ。
「かた、ぬく。みぎ、ひだり、どち、する?」
「知らなかったんだ。お……、おじひ、を」
「じひ、ない。みぎ、ひだり、どち、も、する」
「まっ」
待たない。
汚い悲鳴がまた一つ増えた。
青空に似合わない叫びが連鎖して、嫌になる。
平穏はまだまだ遠い、ということだろうか。
早く落ち着きたいと思い、叫び声で現実に戻されて、溜息をついた。
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