9 脱走計画立て直し
ゆうべはおたのしみでしたね。
なんてことになる空気は、どこかに遊びに行ってしまって帰ってきませんでした。
かー、ざんねんだなー。
私も童貞を卒業できるとおもったのになー。
そんなことを考えながら、寝床たる麦わらの上で、今日も今日とて野菜くずが入った麦粥を食べる。常のごとく、塩気が足りない。マズいとは言い切れないが、絶妙にウマくないこれを少しだけ咀嚼して呑み込む。文明人の名残を有するだけに、指を突っ込んで掻き込む気にはなれない。つくづく、スプーンがないのは不便である。
「むぐぐ」
私の胡坐の上では、エリスが水を染み込ませた黒パンを口に含んでいる。その身に服はない。まだ臭い服を着たくないと、本日も全裸続行だ。半日もしない内に環境に適応しすぎだと思ったが、見目醜男の確かな怪物から臭くて抱けないなんて指摘されるという、女として超屈辱的な体験が価値観を狂わせてしまったのだろう。いったい誰略。
今は目一杯に頬を膨らませており、欲張りな小動物めいた雰囲気が漂う。申告によると、囚われてからはカビ塗れのパンが主たる食事だったらしく、普通の黒パンが配されたことにひどく感動していた。
彼女のおいたわしい過去から目を逸らすべく、ぼんやりと庭を眺める。今日は曇り。暖気をもたらす陽光が足りず、少し肌寒く感じる。ちなみに、私も致し方ない理由で全裸である。
というのも、私の腰巻は戸窓からの目隠しとして、室内に吊るされているのだ。(紐がなくて往生したが、がんばった)これはエリスからの要望によるもので、曰く、私以外の男に裸を見せるのは腹立たしいのと、寝る時くらいは他人の目を気にしたくないとのこと。前者は嬉しく、後者もわかる。私としても、昼夜を問わず、抜き打ちに覗き込まれるのがいい加減鬱陶しいかったので、実行した次第である。
ううむ。
それにしても見事な裸族だ。一人でいた頃より文明生活が遠くなったような気がしないでもない。
しかし、昨日、一つしかない寝床を共にした(チクチクは嫌だと主張するエリスは私の腹の上を占拠して眠った)のだが……、うん、ヒト肌はいいぞぅ。元よりこの身体は頑丈なだけに重さは特に問題なく、ただ他人様の温もりを享受できた。ほんとこう、暖かくてスベスベしていて腹も冷えず、すばらしいカケフトォーンの代わりになった。
寝てる間、小さな膨らみが柔かったり頂上ポッチが硬かったり頬で胸や首をすりすりされたりしたけれど、状況が状況だけに許容班許容範囲。私の手が無意識の内に柔らかい所を探して、尻を撫で回していたことと、太腿に挟み擦られた結果、朝のおっきが常よりも高く天を向いたことに関しても、置かれた環境が全て悪いので無罪だと主張する。
それはともかくとして、真面目な話。
エリスも参画した脱走計画であるが、ドッケンヘン領ひいてはカンネルヘン王国からの離脱が第一の目標となった。これはいうまでもなく、エリスの身の上が理由である。(私も脱営となるから同様である)いくら生まれ育った国とはいえ、愛想が尽きた、という奴だ。先の話を聞いた以上は私としても納得せざるをえない。
では次に、どこに向かうかという話である。
エリスから聞く所によると、カンネルヘン王国はオルトレートという大きな大陸の中央地方南部に位置している。その周辺だが、東に諸々の都合より離合集散して、一つにまとまれない都市国家群、西に天支大山脈なる大陸を東西に分ける超巨大山脈があり、その向こうには広大な領土を有する帝国の辺境域。南は夏から秋にかけて嵐を生み出す南熱海(あたみにあらず)、北は私も時々対戦していたドーラント王国が存在しているとのこと。
この情報を元に二人で話しあった結果だが、まず南と北を除外した。
南については私たちが王国北部にいる以上、国内を縦断する必要があることに加え、二人して身元保証がない流人……いや、放浪者になる以上、主たる移動手段になる船に乗れる可能性も低いと判断したためである。もし仮に乗れてもロクな扱いにならないと考えられるのもある。
次に北。これは、ここ最近において、カンネルヘン王国と係争関係にある為、トラブルが起きやすいのではとの懸念があること。また、エリスを今の状況に追いやった元凶の一人がそれなりの権力を有していることから、当人が絶対に行きたくないと強く強く主張したためだ。
そして残ったのは、東と西。
どちらが良いかを選定する為、それぞれが脱走後に求めることを話し合った。
私の望みとしては、今のような準魔物としてではなく、ヒトとして生活できる環境が欲しい。夜、不安なく熟睡できる場所が欲しい。その為ならば、多少の荒事は容認できる。これを欲深いと感じるかどうかは、それこそ立場の違いだ。
他方、エリスであるが、まずもって罪人扱いされずにヒトらしく生きられる場所に行きたい。ただ、ヒトの嫌なところばかりを見たので、できればヒトが少ない方がいい。後叶うなら、自分のことを知る人が少ない場所、というモノであった。
一致点は、ヒトらしく生きられる場所。乖離するところは特にない。
ならば、後は男の甲斐性として、エリスの望みを優先しよう。という訳で、カンネルヘン王国とも繋がりがあり、人がそれなり多く、頻繁に離合集散するだけに内実がドロドロとしていそうな、東の都市国家群を除外。
こうして、西の天支大山脈を、そこを越えての帝国入りを目指すことにしたのだ。
帝国の情報が少なくて些かの不安もあるが、ここよりもマシだと信じていくしかない。その前に山越えってできるのかって話であるが、できるできないじゃなくって、やるのだ。聞けば、山脈でも低めの場所……峠は相応にある。備えることができれば、なんとかなる。じゃない、する。
実の所、帝国にいくしっかりとした道はあるにはる。山脈の南端、海沿いに大きな街道だ。だが、国境に関所がある。私たちの立場では平穏に抜けられるとは思えない。ここを選んでの強行突破は、本当に追い詰められてからの話だ。
後は所持品というか、食料とか旅する道具とかの必需品。
ここを脱出する際に持っていこうかと考えているのは、服以外は食器と庭の天幕くらいだ。
他は全て現地での調達。私が個人的に期待しているのは、盗賊というか山賊だ。エリスに確認したが、山脈にはそこそこ根城にしている輩がいると聞いた。そこらに落ちてるイイ感じの棒を使ってしばくか殲滅かして、ブツを頂くのが早いだろう。
これには罪悪感もない。かの地の族は麓の村落や峠越えをしようとする隊商を襲うのだ。ならば、こちらが襲ってもよかろう、という話である。
継続的な金稼ぎの手段はまだ未定。
食うだけなら狩猟や採取で行けそうだが、街から街へ、といった段階では必要だろう。帝国に例の冒険者制度があれば利用しようと考えている。それがムリなら傭兵か。
ぶふーと鼻息を吐く。
エリスは口内の黒パンを食べ終えたのか、ごくんと喉を鳴らした。
「どうかしました?」
「ニゲル、カンガエタ。えりす、チカラ、モドス、ガンバル」
「う……、あの、いきなり足を引っ張ってしまって、ごめんなさい」
「キノウ、アウ、ハジメテ。ムリ、ない。えりす、クル。ニゲル、ススメ、した。タスケル、する、した」
「それは、はい、そう言ってもらえると」
私はうんうんと頷いてから、少女のお腹を摘まもうとする。しかし、それは叶わない。
「ひゃっ」
「えりす、ニク、ない。えりす、カルイ。おで、えりす、に、タベル、する。ソト、デル、クマ、カル。すぐ、ニク、タベル」
「え、えーと、熊を狩るのは信じられるんですけど、その、さすがに狩ってすぐの肉はダメというか、生肉はって、なんでそんなに驚いた顔するんですかっ!」
あ、熊食うにも皮剥ぐとか肉切るための道具を確保しないとダメだった。
いや、山賊から貰えばいいか、最悪は黒曜石めいたモノがあればなんとかなるし。
「すぐ、ニク、タベル、ない? ほんと? まえ、タベル、ない?」
「食べないですっ! 生肉なんてお腹壊すから、食べた時もありません!」
「なら、どう、する?」
「熱を通すんです! 火で焼くんです!」
「えりす、すごい」
「……実は、バカにしてません?」
私は目をそらす。
なかなかの勢いで肘鉄が飛んできて、腹に刺さる。普通の人ならともかく、残念、私ではダメージにならない。この程度、子どものじゃれつきみたいなもの。目を怒らせて、ぐしぐしと繰り返し攻撃する様子は、なんとなく父親に抗議する娘(幼女限定)感がある。
しかし、私は思うのだ。こうやってからかって遊べるのは平和な証拠ではないかと。
うんうんと自分の中でいい話な風にまとめようとしていたら、外で馬の嘶きが聞こえた。昨日から長屋が静かなだけによく聞こえた。それだけではなく、ヒトが集まることで生まれる、ざわついた音も届いた。
エリスが肘鉄をやめ、不安を隠さずに言った。
「あの、なんでしょう。なにかあったのでしょうか?」
「わかる、ない」
だが、この空気……、戦場に向かう前の、浮ついた感じに似ている。
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