4 騒ぎの後始末(当人蚊帳の外)


 先の騒ぎから一夜明けた。

 昨日は昼からふて寝して、頭の整理がついた。

 色々と自己分析もして、心を落ち着かせることもできたので、しっかりと復活である。


 エリスとフィオは騒ぎがどう収まったかを確認する為、ギルドに出向いてくれている。

 私が行かなかったのは、二人から今日は落ち着いて過ごせとの沙汰が下りた結果だ。


 こんな具合に、二人にはかなり心配をさせてしまったが、もう大丈夫だ。

 あの騒ぎで私の中に刻まれたのは、精々が帝国の騎士は信用に値しないという基本認識と、帝国という国を少し嫌いになったといった程度だ。


 いやー、それにしても、私もあそこまで怒ることができたとは、自分でも意外としか言いようがない。


 おそらくだが、この身体になったことへの鬱憤や生まれに対するコンプレックスが内々に溜まっていたのだろう。

 そこに、人であることへのこだわりというか、人でなくなることへの恐れというか、そういったことをバカどもに刺激されてしまった上に、理不尽な状況や無分別な差別への反発がない交ぜになった結果が、あのかつてない程の怒りになったのかもしれない。


 こうして自覚した以上、今度はしっかりと抑えなければ……。


 しかし今振り返ると、頭に血が上りすぎたせいか、途中から思考がおかしくなっていたな。なんだろうな、ほんと、国を滅ぼすって……、うーん、中二厨二。


 でも実際、あの時にフィオの呼びかけがなかったら、手を出していた可能性が高いんだよなぁ。


 ……まぁ、終わったことだ。

 あまり深く考えず、短絡的解決に行かなくてよかったと思っておこう。


 ヨシっと頷いて、身体を動かすべく、家の外へ出る。

 一晩寝たら魔力の通りが前よりもいい。不思議なモノだ。


 うん、本日も晴れ。

 気持ちいいくらいの青空だが、これでも夏より涼しくなっている。いい季節だ。

 そろそろ麦の刈り入れをするそうだし、本格的な生活環境の改善のためにも、麦わらを大量に仕入れなければ。


 あ、これもせっかくの機会だし、買い付けはレリアに任せてもいいかもしれない。

 彼女にとっても経験になるだろうし、幾らかの収入になるはずだ。


 ぼうと考え事をしながら日光浴をしていると、鍛錬の音が聞こえてきた。

 居候組が発する気合の声と人型ターゲットを打ち付ける音だ。日々の鍛錬で、少しずつだが確実に声にこもる力が増してきている。

 今度、実戦を経験する為に、ゴブゴブを狩りに行くのもいいかもしれない。あれは命のやり取りを経験するのに丁度いい相手だ。彼女達にも胆力が鍛えられるだろう。


 ……。


 水路も完成間近。

 水が使える様になったら、本格的に拠点の改装を始める予定だ。

 居候の彼女達にも、これからどうするかを聞かないといけない。彼女たちの選択次第で、今のような天幕ではなく、しっかりとした家屋を建てる必要も出てくるし……。


 私としては、せっかくできた縁でもあるし、居着いてもらっても構わないと思っている。

 けれども、こういったことは相手の意見が一番大事だ。来る者拒まず去る者追わず、の精神で……、いや、待てよ。こういった姿勢だと寄生するような輩が出てくるか?

 うーん、それなら去る者追わずはそのままにして、来る者はエリスとフィオの審査を受けて、許可が出たら受け入れる、ということにしておこうか。


 うんうんと一人頷き、まずは今晩にでもエリスとフィオ、それとレリアにも話して、彼女たちに聞いてみようかと考えていると、街の広場からこちらに向かって来る人影を発見。


 人影は四つ。

 エリスとフィオ。それにギルド職員のデニスとイグナチカ政庁のマキラのようだ。


 そういえば、うち、まだ来客対応できるような椅子とか机とか、ないんだよなぁ。


 とりあえず、間に合わせに作るか。


 えーと、家の中から鉄斧と鉈を取ってきて……、まだまだ大きい古株のトレントの身体を……、あ、こっちは大丈夫だから、君らは鍛錬してって、ムリか。ま、いいや、危ないから離れてるように、では、コンコンコーンと適当に(力任せに)割って……、パンパンパーンと二つと四つに(力任せに)切り分けてっと、最後に出来が良くなくて弾いた素焼きプレートを二枚乗せてっと。


 ヨシッ!


 焼き窯前の日除け下に、野趣あふれる応接セットが完成っと。


 ふうと汗も出ていない額を腕で拭っていると、レリアが口元を引きつらせて話しかけてきた。


「ぶ、ブリドさん、仕事、はやすぎませんかー?」

「ちから、まかせ、ほめる、でき、ない」


 私には丁寧さがない。

 やはり職人の仕事には負ける。


「そういうことではないんですがー。……あ、お客さんが来られたのですかー」

「そう。ようい、ない。つくる、した」

「私としては、そこで作るになるのが不思議なんですけどもー」

「ない、より、まし」

「それはそうですが、あ、うるさくするとマズいでしょうし、私たち、天幕に入ってますねー」

「おわる、した、いう」

「お願いしますー」


 と、レリアが居候組に鍛錬の一旦休止と指示し始めた。


 私はこちらに向かってくる相手に、手を挙げて振って見せる。


「ただいまー」

「戻りました」


 と帰宅の挨拶をしたエリスとフィオだが、次の瞬間には呆れた顔で続けた。


「お兄さん、見えてたから。ほんとにもー、相変わらず、やることめちゃくちゃだねー」

「ブリドですから仕方ないと思っておきます。それで、デニスさんとマキラさんが、ブリドに昨日の件について話をしたいということで、来ていただきました」


 私はエリスの話に頷いて、揃って目を丸くしている二人に話しかけた。


「でにす、まきら、とおい、ここ、よく、きた。ありがと。よう、きく、する。すわる、ところ、つくる、した。すわる、する」

「……あ、はい、お邪魔します」

「急に来て申し訳ありません、ブリドさん」


 デニスは驚きが勝っているようで、反応が鈍い。

 一方のマキラは年の功か、穏やかな顔で応じた。


「わたしはお茶を淹れてきますので、ブリド、フィオ、お二人からの話を聞いておいてください」


 いやいや、そういう訳にはいかない。

 我が家の交渉担当はエリスなのだ。なので、フィオに目を向ける。


 彼女は心得たと言わんばかりに頷いた。


「エリーこそお兄さんと一緒に話を聞いとかないと。お茶はあたしが淹れてくるよー」

「……う、うーん、なら、お願いします」

「エリー、今の間はなにかなー?」

「少し不安が」

「失敬な。これでも師匠の所でお茶を淹れていたんだから余裕だよ」

「台所、あまり荒らさないでくださいね?」

「うへ、けっこうエリーも言うようになったねー」


 そんなに家事ができないように見えるのかなーとぼやきつつ、フィオが家に向かっていった。


 そういうやり取りはお客さんがいない所でやってほしかったが……、もう遅いか。


「えりす、ふたり、そこ、すわる、する」

「では」

「失礼して」


 デニスとマキラが並んで座り、対面にエリスが座した。

 私は巨体故、椅子は使わずに地面にそのまま座る。残り一席はフィオの分だ。


「えりす、はなし、きく、した?」

「重要な所を軽くだけですが……、ブリドに関してですが、冒険者ギルド、イグナチカ政庁共に、お咎めはなしということが確定しました。今、わたしが聞いているのはこれだけです」

「ありがと、あんしん、する」


 それがわかっているだけで、気が楽というモノ。

 目を転じて来訪者二人を見る。両者ともに腰が据わって落ち着いたようだ。


 事が事だけに、前置きはなしでいこう。


「ふたり、はなし、きく、いい?」


 男二人、あらかじめ決めていたのか、まずはデニスが口を開いた。


「では私から。冒険者ギルドイグナチカ支部は今回の騒ぎを受けて、事態を調査しました。これの結果ですが、ブリドさんに非はなく、警邏騎士による一方的な言いがかりであったと確認し、正式に認定しました。ブリドさんの冒険者資格はそのまま有効。警邏騎士団には、ギルド本部を通して、正式に抗議を行う予定です。……ただ、騎士団から正式な謝罪が来ることはないとだけ、ご承知ください」

「ぼうけん、しゃ、した、みられ、する?」

「はい、その通りです。彼ら騎士から見れば、冒険者は社会の底辺でくすぶる犯罪者予備軍です。治安維持を担う立場上、冒険者に頭を下げることはないでしょう」

「イイ。わかる、した。……きし、もう、きたい、しない。ぎるど、えいへい、たよる」


 マキラの眉間に小さな皺ができた。

 彼からすれば、悩ましい答えだったのだろう。


「ギルドからは以上となります。ブリドさんが侮辱に耐えられたお陰で、事がまとまるのが早く済みました。……ですが、今後もこういったことは起きうると考えられます。十分にお気を付けください」

「わかる、する。きを、つける、する」

「はい、お願いします」


 デニスの話は終了。

 ということで、マキラに目を向ける。


「では私からは、今回の騒ぎについて、イグナチカ政庁の対応についてお話しします。まず最初に、我々政庁がブリドさんに罪を問うことはありません。むしろ状況を知るに、非はこちらにあると認識してます。ただ我々と先の騎士たちは所属が異なりまして、私どもから直接的な謝罪ができない状況です」


 そう告げたマキラの顔は苦渋に満ちていた。

 別組織だから、その辺り勝手ができないのは仕方ないね。


「わかる、した。せいちよう、おで、てき、ちがう、わかる、した」

「ありがとうございます。……少しほっとしました」

「いい。おで、ここ、すき。べつ、とち、いく、いや」


 ようやく地固めが終わって、生活を快適にしようとしているに、出て行きたくはない。


 とここで、エリスが口を挟んだ。


「ブリドに絡んできた人たちは、どういう素性なのですか?」

「デニスさんも言っておりましたが、彼らは帝国政府直属になる警邏騎士団の団員です。この騎士団は主に辺境域での治安維持に従事していまして、我々も頼りにする所でした」


 前も言っていた、応援のアテ所だな。


「そして、彼らがイグナチカに来ていた事情ですが、この地に分屯するためです」


 え、あれらがここに駐屯するの?


 ……いやだなぁ。


「イグナチカでは、先だってブリドさんが平らげた賊により守りに不安が生じていた為、警邏騎士団に分屯を求めることが決まっていました。ただ騎士団も戦力の抽出が中々できなかったようで、今になってようやく整った次第です。そして、彼らはそれの先遣隊ということで、到着したばかりでした」

「なるほど、それでブリドを知らなかったと」

「そうなります。……ですが、今回の騒ぎについては、さすがに擁護のしようもありません。正直に申しまして、私も騎士があのような振る舞いをしたことに、がっかりしています」


 マキラはふぅと重い溜息を吐いた。


「ただ今回の騒ぎを受け、タリカラモ領域の視察に来られていた皇女殿下より物言いが入りまして……、この分屯の話がなくなりそうな状況です」

「皇女殿下?」

「あ、そういえば、お伝えしていませんでしたね。今、帝都よりイルマ第六皇女殿下が皇帝陛下の名代として、イグナチカとタリカラモ領域の視察に来られているのです」

「それ、あの、とき、ひと?」

「はい、そうです」


 そうか。

 しかし、皇女様が、あの対応をしたか。


 ……。


「あの、それは、ブリドとの一件が原因ですか?」

「はい。皇女殿下が仰る所では、先の一件での対応を見るに、この地を守るには警邏騎士の質に問題があると」


 ほうほう。


「おで、おこる、ない。そこ、くわしく、たのむ」

「は、はは、そうですか。……では、殿下がまず挙げられたのは、騎士の不見識。帝国は公において、亜人……人族外の民及びその混血者への差別を法で禁止しております。これは初代帝の婚姻により、森人や山人、海人の血が帝室に入っているからです。これを法と秩序を守る者が守らず、自らの立場を嵩に居丈高に無法を為したのはどういうことかと。また、特に辺境においては、亜人と接する機会が多いというのに先の態度はどうなのだと」


 確かに、筋が通っている。

 しかし、帝国の初代帝は好色さんねぇ。


「次に、無様な醜態。騎士は帝国の法と秩序を守る者……つまりはその名と威光を背負う存在です。当然ながら、帝国による統治や治安にも関わることから、絶対に頼れる存在である必要があります。であるのに、自らが嫌疑を投げかけた相手を前に、ただ圧倒されて、剣も抜けぬままに腰を抜かしてしまう。これが、本当に騎士のあるべき姿なのかと、民衆は騎士の背後に帝国を見ているというのに、これで良いのかと、疑義を呈されました」


 その通りだ。


「最後に、力量と覚悟。騎士は帝国の武を象徴する存在です。その存在が、相対する相手の力量も見抜けず、彼我の戦力差を把握できないのは、力量に問題があるのではないかと苦言されました。実際の腰抜け具合を見るに、本当に敵対する相手ならば即座に屠られて、この街が地獄絵図に変わっていた可能性もあったとも」


 確かに可能性は、あったな。


「そして、時に勝てぬ相手に挑むことも必要になるだろうが、その時に必要になる絶対の覚悟が、自分が死んでも相手を殺す覚悟が、帝国の名に懸けて相手を必ず殺す覚悟が、本当にあったのか疑問に思わざるを得ないと」


 ……。


「以上の点を列挙された後、殿下は皇帝陛下より全権限を預かった証……宝剣を示されて、警邏騎士団の見解と釈明を求めるべく、団長を召喚されている所です」


 それ、大事になってるなってない?

 密やかに背中で冷や汗を流していると、エリスがそっと手を挙げて聞いた。


「あの……、ところで、ブリドに絡んだ方々は、今?」

「衛兵部地下の牢屋です。今後、厳しい沙汰が下りるのは間違いないでしょう」


 それは残当でもなく当然。


 あ、フィオがお茶を持ってきた。

 いったん休憩しよう。



 お茶(ハーブティ)で一服。

 言うだけあって、フィオが淹れたお茶はおいしかった。(こなみかんの貧乏舌)


 そんなフィオが席に着いた際に、私を見て一言。


「お兄さん、昨日の件」


 あ、それそれ。


「おで、まきら、はなし、ある」

「なんでしょうか」

「すいろ、できる、する。あと、すこし、ほる、して、みず、ながす、だけ」


 ぶふっと、マキラが吹いた。

 幸いというよりも、マキラは咄嗟に首を捻ったことで、誰にも唾が降りかかることはなかった。


 なかなかやりよるわ、こいつ。


「げほっ、も、もう完成するのですか?」

「がんばる、した。きのう、それ、はなし、いく、ところ、あれら、あう、した」

「そ、そうでしたか。……では、開通を記念する式典を開くのもいいかもしれませんね」


 私は賛意を示すべく首を縦に振る。

 だが、その直後に首を横に振った。


「それ、えらい、ひと、だいかん、まで」

「それは……」

「この、まち、すむ、ひと、だけ、いわう、する、したい」


 この街はともかく、帝国には少し隔意がある。

 昨日の今日なのだ、今回はご遠慮願いたい。


 マキラはかなり悩まし気な顔をして、私を見る。


「昨日の件が、影響していますか?」

「すこし、ある。……おで、ひと、いや、ある、する」

「それは、そうですね。……わかりました。式典への出席は代官様までで止めましょう」

「たのむ、する」


 ここまで黙っていたデニスがおもむろに口を開いた。


「ブリドさん。あなたは他人との歩み寄りが、できますか?」

「おで、しる、ない、あいて、できる、ない、おもう。でも、しる、あいて、できる、おもう。あいて、その、つもり、なら」

「そうですか。その言葉を聞けて、安心しました」


 やり手のギルド職員は男臭い笑みを浮かべて続けた。


「では水路の開通式典について、ギルドも少し噛ませていただきましょうか。娯楽の少ない街にとっての慶事ですから、賑やかにやる方がいいでしょう」

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