第39話 ブルームーン

 飛び込んだ先は、洞窟とは思えない程のだだっ広い空間が拡がっていた。


 …あれ、洞窟内なのに明るい。


 辺りを見渡すと、床一面、空色に発光する液体がくるぶし辺りまで満たされていた。


「すごい…綺麗。この光る液体のお陰で、光源が無くても充分明るいですね」


 イリーナの言う通り青白い発光が洞窟内の壁面に反射して、なんとも形容できない幻想的な空間となっていた。


 そんな光景とは別に、洞窟の隅の岩肌に白く輝く五芒星の紋様が浮かび上がっている事に気付く。

 なんだあれ、次のエリアの入口か?


真芽夫まめお、イリーナ。構えろ!」


 幻想的な光景に心を奪われている俺たちとは違って、先に降りていた隆二の声色から逼迫ひっぱくした雰囲気が伝わってくる。


 突如、大地が揺れ動き、足元の液体に波紋が起こる。


「なっ、なんだ!」

 突然、足元の液体が俺の下半身に巻き付いてきた。次第にそれは形を成し、巨大な烏賊いかの足のような物体となる。


 隆二は直ぐ様、足元に深紅ルージュを突き立て、周囲の液体を衝撃波で吹き飛ばす。


「隆二、助かった!」

 お陰で巨大な烏賊いかの足からは解放された。


「まさか、こんなに早くボスとまみえるとは」


「ボス?もうボス部屋なのか?」


「皆さん、早くこちらへ集まって下さい!」 

 考える間もなくイリーナの掛け声に導かれ、俺たちはイリーナの元へ駆け寄る。


「天頂の三日月よ。月下の使徒たる我らを三戎〈さんかい〉の盾を以て守護せよ」


三廻月楯トライ・アイギス


 イリーナの魔法で、俺の周囲を巡回する3枚の光の盾が形成される。

 周囲を見渡すと他の皆も同様に光の盾の加護を受けている。


「皆さん、3回までならこの盾が攻撃を防いでくれます。くれぐれも無理をなさらぬよう」


 臨戦態勢を取る俺たちを前に、辺り一帯の光る液体が洞窟内の中心部に収束していく。


 液体は噴水の如く立ち昇り、巨大な何かへ変貌していく。

 十本の巨大な足。水泡が浮かぶ三角頭。

 10メートルはあろうかという全長。

 形が定まると巨大な青白い烏賊いかへと変態していた。


「こいつは水月烏賊ブルームーンだ!」


「ぶるーむーん?」


「大昔に月を呑み込んだと言われるお伽噺とぎばなしの怪物だ。まさか実在してたとは…」


「月を…スゴイ」  


 感動しているレメリアには悪いが、なんとも嘘くさい話だ。このサイズで月を呑み込めるとは到底思えない。


「マメオ…後ろ!」


 レメリアの声に反応して背後を振り向くと、壁や地面から大量の浮烏賊ヤルモルが飛び出してきた。


「皆、落ち着け!レメリアは浮烏賊ヤルモルの対処を。イリーナは魔法で全体の補助、真芽夫まめおはイリーナを守護しろ。このデカブツは俺が殺る」


 そう言って隆二りゅうじ水月烏賊ブルームーンに向き直る。


 レメリアは隆二りゅうじからの指示を受けるやいなや、浮烏賊ヤルモルの群れに突っ込んでいった。


浮烏賊ヤルモルの足の1本に、毒針が仕込まれているから気を付けろ!刺されたら神経毒に侵され生きたまま食われるぞ」


 隆二の警告で浮烏賊ヤルモルの足に目を向けると、その内の1本だけ長く鋭い針のような物を有している足が見える。


 レメリアは素早い短剣捌きで、浮烏賊ヤルモルの足を全て切り落とし、頭部を斬りつけとどめを刺す。確実かつ迅速に一体一体丁寧に仕留めている。


「さすがの体捌きだな」


 …とレメリアに見惚れている場合じゃない。

 俺も右手にタブレットを召喚して、紐で右手に巻きつける。

 イリーナの詠唱を邪魔されないように護らないと。


「月夜に閃く一筋の光、我が敵を討ち滅ぼし、我が世界を守護せよ!」

月女神の弓アルテミス・アロー


 一筋の光が閃く。


 イリーナの放った光矢は水月烏賊ブルームーンの頭部を貫いた。


大剣衝マグナ・カルタ

 無数の突きが水月烏賊ブルームーンに浴びせられる。


 直後、幾重もの衝撃波と共に、水月烏賊ブルームーンは霧散した。


 さすが剣聖、以前俺が放った大剣衝の倍の手数はある。


「ふぅ〜。余裕だったな」


「隆二…それ完全にフラグだぞ」


 ものの数秒でフラグ回収を終え、霧散した筈の水月烏賊ブルームーンが再び液体となり、体を成した。


 水月烏賊ブルームーンは自分のターンだと言わんばかりに、十本の足を槍の如く隆二に向け、勢いよく伸ばしてきた。


 蒼白い足は形状を変え、足の周囲に複数の鉤爪が生えており、隆二はすんでのところで伸びてきた足を躱す。


 しかし、攻撃はまだ続いており、躱した筈の足が形状を変え、鋭い棘が隆二の背後を捉える。


「甘え」

 隆二はそう言って身を屈める。


「マメオさん、人の心配はいいから、周りの浮烏賊ヤルモルに集中してください。アーサー様の剣聖たる所以は全てを見切る“観測者の目”にあります。あなた程度の人が心配するなんておこがましいですよ」


 イリーナにキツめの叱責を受け、慌てて周囲を見るとレメリアの攻撃を掻い潜り数匹の浮烏賊ヤルモルがこちらへ迫っていた。


「すまん」

 イリーナに謝りつつ、浮烏賊ヤルモルの足をタブレットでいなす。


 隙を突き、タブレットで浮烏賊ヤルモルの一匹を両断する。


「マメオさん、よくそんなもので浮烏賊ヤルモルを斬れますね…」


 イリーナは半ば呆れたような口調で呟く。


「まあ、俺程の腕前があれば訳ないさ。てか、イリーナはそもそもタブレットをよく知らないんじゃ?」


「知りませんけど、何かを斬れるような代物でないことぐらい分かりますよ」


 この程度の数なら問題ないな。

 俺は会話を続けながらも、数匹の浮烏賊ヤルモルを全て斬り伏せる。


「アーサー様!」

 残りの浮烏賊ヤルモルを対処しているレメリアに視線を向けると、突如イリーナの叫び声が洞窟内にこだまする。









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