第38話 第一階層

 ダンジョン内に足を踏み入れると、靴の裏にヌルヌルとした感触が伝わってくる。


 気を抜くと足を取られそうだ。


 ランタンで洞窟内を照らすと足元には海藻や魚の死骸が散乱していた。


 磯の香りと腐敗臭が混ざって酷い臭いだ。


「うっぷ…」

 イリーナは吐き気を堪えているようで口元を手で覆う。


「イリーナだらしないぞ。こんなの真芽夫まめおの足の臭いに比べたら屁でもねえ」


「すみません…アーサー様」


「今は隆二りゅうじの冗談に付き合ってられるほど余裕はねえんだよ。レメリアは平気か?」


 これほどの悪臭にも関わらず、レメリアは何のことか分からないといった様子できょとんとしている。


「そういえば、今更なんだが、真芽夫はなんでいつも丸腰なんだ。武術の心得はあるんだろ?」


「以前、短剣を使った事があるけど、死んだ時にオルバ山の洞窟内に放置したままだったな」


 確かに言われてみれば俺には武器を持つという発想が欠如している。日本人なら当然なのかもしれないがここは危険の多い異世界だ。所持しているに越したことはないだろう。


「…前…なにかいる…」

 そう言ってレメリアは短剣を腰から抜き臨戦態勢を取る。


 くっ、悪臭と隆二との会話に気を取られていた。そこら中から生き物の気配を感じる。


 次の瞬間、正面の壁や地面を突き破り大量の浮烏賊ヤルモルが飛び出してきた。


 なんて数だ…。

 俺とレメリアが後退りする中、隆二が堂々たる歩みで前に出る。


「2人とも安心してください。私たちにはくれないの剣聖がついてます」


 イリーナの言葉に隆二が剣を抜く、それと同時に一斉に浮烏賊ヤルモルが飛び掛かってきた。


「おい、真芽夫。お前がアーサーだった時には使えなかった剣技を魅せてやる」


 隆二は腰から細剣レイピア深紅ルージュを構え、鋭い突きを放つ。


制空衝ケイルム・カルタ


 一瞬の静寂が場を支配する。次の瞬間、深紅ルージュきっさきから衝撃波が走る。


 視界が遮られる程の風圧が爆発音と共に駆け巡り、たまらず右手で両目を塞ぐ。



 うっ、恐る恐るまぶたを開くと。あれだけ大量にいた浮烏賊ヤルモルが跡形もなく消し飛んでいた。


「いったい、なにをしたんだ…」

 態勢を整えている俺を横目に隆二は自慢げな顔をしている。


「この深紅ルージュきっさきが物体に触れると衝撃波を放つってのは知ってるよな?さっきの技は空気を物体として捉え衝撃波を伝播させていく技だ」


「レメリア…お前、よくこんな化け物から1キル取れたな」


「…むん」

 レメリアも何故か誇らしげに腕組みをして踏ん反り返っている。


「ほらほら、皆さん。遊んでないで早く行きますよ」


 そうだった。まだダンジョンも触りの方だろう。

 とにかくミネルヴァさんの弟子たちを早く見付けないと。


 しばらくは何事も無く薄暗いダンジョンを進んで行く。


「隆二、ダンジョンの構造ってどれも同じなのか?」


「そうだな、ダンジョンにもよりけりだが、基本的には上下階層で分かれているモノが大多数を占めている。中には平面に広がっているモノや転移魔法陣でフロアが分かれてるモノも存在する…と本で読んだ事があるが」


「一説によるとダンジョンは転生者の成れの果ての姿らしいですよ」

 イリーナがさらっと恐ろしいことを言う。


「成れの果て?死後ってことか?」


「そこまでは知りません。私も人伝ひとづてに聞いただけなので。アリスさんや、りこさんの方が詳しいかと思います」


「そうか。それなら、2人よりオルバ村にいる元神様に訊いたほうが確実だろうな」


 そういえば、オルバ村に残してきたばあちゃんは無事に目を覚ましただろうか。

 オルバ村を出てから既に何日も経過している。残してきた皆が心配だ。


 あれこれ考えていると洞窟の果てに8畳ほどの小部屋に辿り着いた。


 の中央にはマンホール程の穴が空いており。蓋をするように空色に発光する透明でゼリー状の膜が張られていた。


「ここで行き止まりだな。察するにコイツが次の階層の入口で間違い無いようだな」

 隆二はそう言うと早速、細剣レイピアきっさきで膜をつついて破る。


 膜からはゼリー状のドロドロとした液体が溢れ出してきた。


「うっ…ここを通るんですか…」

 イリーナは顔をしかめ後退りする。


「ヌメヌメ…楽しそう…」

 レメリアはそう言うと嬉々として破れた膜の中に飛び込んでいった。


 隆二も躊躇う事もなく後に続く。


「イリーナさん。お先にどうぞ、レディーファーストです」


「それ、どういう意味ですか?」


「俺のいた世界にあった、女性を先行させるという文化ですよ」


「なんですかそれ。ようは女性を盾に使って進むって事ですよね。ろくでもない文化ね」


 確かに言葉の起源はそんな意味合いだった気がするが、現代では真逆の意味で使われている。


「ほらほら、早くしないと大好きなアーサー様に置いて行かれますよ」


「くっ…」

 イリーナは苦虫を噛み潰したような表情を見せ、渋々といった様子でヌメヌメした入口に飛び込んだ。


ふう…。俺も覚悟を決めないとな。

イリーナの後を追って俺もダイブした。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 00:00 予定は変更される可能性があります

チートなんていりません。世の中真面目にこつこつ生きることが大事です。 那須儒一 @jyunasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画