第37話 ネブラ洞窟

 1時間後、各自ダンジョン攻略の準備を整え、

 俺たちは灯台横の砂浜に集まった。


「それにしてもなんにも見えないな」

 ミネルヴァの話ではこの海の向こうにダンジョンが出現したらしい。夜と濃霧という組み合わせもあり真っ暗だ。


「町の周囲は結界を張り巡らせております。少し道を開きますのでしばしお待ちを。星々のしるべよ深淵たる海を照らし道を開け」

海割ロードオブモーセ


 ミネルヴァの詠唱により海面が揺れ動き、海が真っ二つに割れる。


「それでは、アーサー様。不出来な弟子たちをよろしくお願いします」


「ああ、ミネルヴァも、アリスとりこの事を頼んだぞ」


「承知しております」


 隆二に倣って俺も皆へ別れの言葉を告げる。

「メルル、アリスとりこをよろしく頼む」


「わかったにゃ」


「むしろ逆でしょ」


「はいはい、アリス先輩。メルルさんを煽らないで下さい」

 ダンジョンがどんなところかも分からないというのに、みんな普段通りだ。


「レメリア、無理しにゃいでね」


「…うん」


 それぞれが思い思いの言葉を交わし、

 俺、レメリア、隆二、イリーナは砂浜から剥き出しなった海底に向かい歩みを進める。


 左右は海の壁に挟まれており、正直いつ雪崩れてくるかと気が気で無い。

 海底の道はかなり暗いため、腰にぶら下げたランランの灯りを灯す。

 

隆二りゅうじ、ダンジョン攻略は初めてか?」


「いや、これで2回目だ。実を言うとこの“深紅ルージュ”はダンジョンの攻略報酬で手に入れたマジックアイテムなんだ」


 そう言って隆二は刀身が紅く輝く細剣レイピア深紅ルージュを腰差しから抜いてみせた。


「へぇー、ダンジョンってやっぱりゲームみたいに報酬があるのか?」


「ゲーム?よくわかりませんが、最奥にボスが待ち構えていてそいつを倒せばS〜Dランクのマジックアイテムがどれか手に入ります」


「マジックアイテムもランク付けされてるんだな。転生者が持つチートアイテムやチート能力はどういう扱いなんだ?」


「そうだな。俺の“目”や真芽夫まめおのタブレットなんかのチートアイテムは規格外だからランク付けはされてない。それでも格付けとしてはマジックアイテムよりも上だ」


「ちなみにその細剣レイピアのランクは?」


「こいつはBランクだ。剣先が物体に衝突した際に衝撃波が生じる。能力自体はありきたりだが、威力は剣速に応じて上がるから俺にはピッタリの代物だな」


「確かにアーサーの体だった時はイリーナから説明を受けて何となく使ってるだけだったな」


「あの時は記憶を無くしただけだと思っていたから、アーサー様の十八番である大剣衝マグナカルタを教えたというのに、アーサー様の剣技には遠く及びませんでした」


 イリーナはだいぶまともに話してくれるようにはなったが、まだ言葉の端々に棘を感じる。


「さすがに剣聖である俺と比べると見劣りするさ。そういえば、剣速で言えばレメリアの腕前だって大したものじゃないか?暗殺されたときは一瞬だったからな」

 隆二は自分が殺されたというのに、笑いながら話す。


「確かになまくら短剣ダガーを使用してる割に凄まじい威力だった。俺のタブレットもチートアイテムだったから壊れなかっただけで、普通の盾で受け止めてたらどうなってたか…」

 あの時はホントに紙一重だった。


「これ…スピカ王子が…初めて私に…くれた物だから…」

 レメリアは消え入るような声で、手にしていた短剣ダガーとへと目線を落とす。

 …気まずい沈黙が流れる。


 レメリアとスピカ王子の痛みを伴う主従関係で、表面上は歪なものだった。

 だが、以前から感じていたようにレメリアにとっては大切な主だったのかもしれない。


 隆二からみたスピカ王子もまた異なる認識だっただろう。今際の際に見せた彼の王になるという想い。

 悪王になる未来しか想像できなかったが、彼なりの信念があったのは間違い無いだろう。


 人とは複雑な生き物だ。ある一面だけで判断することなんて到底できない。多面的な生き物だ。


 それが分かってたからこそ、隆二もあの場でスピカ王子に最後の機会を与えたのだろう。

 …それでも彼は王になれないならと、殺される方を選んだ訳だが。


 俺には何か貫き通せる信念などあるのだろうか。

 スローライフを夢見てここまで来たが、既に現状は大きくかけ離れている。


 そうこう考えている内に目の前に傾斜を登り始めた。


「ミネルヴァの話ではここを上がりきるとダンジョンの入口があるらしい」


 海の壁に霧の天井。

 昼間で、こんな状況でなければ幻想的な光景なのだろうが今はそれどころではない。


 地上に出ると、濃霧の中に薄っすらと洞窟らしき入口が見える。ポッカリと空いた大きな口からは磯の香りが漂ってくる。


「いよいよだな」

 ここまで魔物に特に襲われる事も無かった。

 それ故に嵐の前の静けさを感じる。


 俺たちは気を引き締めてダンジョンの中へと足を踏み入れた。

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