第5話 後任

 アリスが我が家に住むようになって早くも一ヶ月が経とうとしていた。


 ただ、アリスとの関係もだいぶ打ち解けてきた。

 彼女は意外にも献身的で、日中は目の離せなくなったばあちゃんの世話をしてくれている。


 一応念のため、動画を参考に2つの山小屋を取り囲むように柵を設置した。


 これでばあちゃんが森に出ることは無いだろう。


 この一ヶ月で俺は悩み事が二つできた。


 一つは毎晩鳴り響いているアリスのイビキだ。

 ウシガエルのようなイビキにより今夜も俺は寝付けずにいた。


 そして、もう一つはりこりんの炎上騒動だ。

 生配信後に配信を切り忘れていてオフのりこりんが晒されたみたいだ。


 問題はその内容なのだが、

「今日もオタニートどもの相手をして疲れた〜。またパンツの色や胸のサイズなんか聞いてきて…ホントにキモい。視聴者は自我を持たないで、大人しく投げ銭だけしとけばいいよの」


「まあまあ、りこちゃん。彼らのお陰でいい生活が出来てるんだし。そのお陰で今度イタリア旅行に行けるんだからさ」


「それもそうね、カズくんの言う通り。カズくんは鴨オタ共と違って優しくてカッコ良くて、頭も良くてホントに素敵!」


 その後も彼氏らしき人物との甘いやり取りを視聴者は聞かされ、瞬く間に炎上、拡散し、活動休止まで追い込まれていた。


 俺は最近アリスがいるせいでりこりんの生配信がリアルタイムで観れていなかったため、直接は聞いていないのだが、ガチ恋勢からしたら心の傷は大きいだろう。


 俺の場合はりこりんを神として崇めていたに過ぎないから、多少のショックは受けたものの、りこりんが幸せならと思い事実を受け止める事にした。


 ただ、りこりんの配信が観れなくなったのはツライ…。


 そんな事を考えていると、気付けばいつもの面談用の女神の部屋にいざなわれていた。


 …目の前には黒のショートボブで修道服を着ている少女が座っていた。


「夢の中、お呼び立てして申し訳ございません。先代の女神が退職しまして急遽私が面談を引き継ぐ事になりました」


 …あれ?この透き通るような高い声…どっかで聞いたことがあるな。


「…どうされました?」

 新しい女神様は大きなタレ目で、固まっている俺を不思議そうに見ていた。


「すみません。どっかで声を聞いた事がありまして…」


「それは所謂いわゆるナンパって奴ですか?女神相手に大胆ですね」


「いえいえ、りこりんにナンパだなんて滅相も…」

 …あれ、俺は今、無意識の内に新しい女神様をりこりんと呼んでしまった。


「あっ、すみません。女神様…これは違うんです」

 慌てて取り取り繕おうとしたが、上手く言葉が出ずに余計にテンパってしまう。


「……ぐずっ」

 突然、女神様が泣き出してしまった。


「えっ、女神様どうされたんですか。名前を言い間違えた事はホントに申し訳ございません」

 俺は理由わけも分からぬまま、ひたすら謝った。


 しばらくするとようやく女神様は泣き止んだ。


「お見苦しいところをお見せしました。そう言えばあなたも転生者でしたね。まさか私のリスナーさんだったなんて」


 …あなたも?

 …リスナーさん?


「えっ、もしかして本当にりこりんなんですか?」

 俺は驚きのあまり、立ち上がってしまった。


 VTuberブイチューバーだから元の3Dモデルとは当然別人だが、りこりんの中の人も普通に可愛い。


「そうよ」

 りこりんは驚く俺をみて少しだけ微笑んで見せる。

 

さっきの、「あなたも転生者でしたね」という発言が引っ掛かっていた。りこりんが女神として異世界いるということは彼女も一度亡くなっている可能性が高い。


 何があったか訊きたいが、垢の他人が踏み込んでいい領域ではない。


 俺はぐっと言葉を飲み込むといつものモニタリングと同じように今月の報告を行う。


 アリスが女神を辞めて我が家に住んでることや、ばあちゃんの認知症が進行していることなどをかいつまんで報告した。


 りこりん様は思いのほか興味深そうに俺の話を聞いて下さりモニタリングは終了する。


「りこりん様、お体に気を付けてゆっくりと休まれて下さい。ではまた来月のモニタリングでお会いしましょう」


「ええ、マメオさんもお元気で!」

 りこりんは少しだけ笑顔を見せて、俺との別れ際も何やら考え込んでいるようだった。

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