第8話 狩る者

 狩猪ボアハントの赤い双眼がこちらを見据える。少し離れたところにりこりんが倒れている。


 幸いにもヘイトは俺に向いているようだ。


 1ヶ月、真面目にこつこつと合気道と剣道に打ち込んできた。動画の内容を反芻はんすうしながら、足元に落ちていた小枝を手に取る。


 コイツの単調な突進を躱すなんざわけないが、かわし続けても埒があかない。


 狩猪ボアハントが再びこちらへ突進してきた。


 俺は小枝を構え狩猪ボアハントの牙に沿うように小枝を合わせる。

 そのまま狩猪ボアハントの牙を小枝で打ち上げると、狩猪ボアハントの身体が立ち上がるように浮く。


「ここだ!」

 俺はガラ空きの腹部に小枝で抜き胴を見舞う。


「グオオォォォォ」

 狩猪ボアハントは悲痛な叫びを上げそのまま動かなくなった。


「ふぅ、初めての実践だったが思いの外上手くいった。りこさん!大丈夫ですか」

 狩猪ボアハントの絶命を確認してから急いで、りこりんの元に駆け寄る。


 りこりんに特に怪我はないようだが、目を丸く見開いて俺を見ている。


「りこさん、どうしました?」


「マメオさん、あなたのチートアイテムってタブレットでしたよね。さっきの動きはいったい…」


「さっきのはBOOTUBEブーチューブを観ながら1ヶ月間、剣道と合気道の勉強会をしてました。あんまり意識してなかったですけど、合気道のお陰で相手の動きが読めるようになったのと、剣道のお陰で小枝で岩ぐらいなら両断出来るようになりました」


「いやいやいや、何言ってんのよ!1ヶ月動画を観たからって無理でしょ」

 りこりんは驚きのあまり敬語を使うのも忘れている。


「でも異世界ならこれぐらい普通なのかと…」


「…異世界でもさすがにそれはチートよ。少なくとも私が女神をしている間にそんな事例は見たことも聞いたことも無かったわ」


「そうなんですか?もしや俺には武の才が…」


「童貞の癖に調子に乗っててうざいけど、それを否定出来ないのも事実なのよね」

 あれ…今、天使のりこりんの口から暴言が吐かれた気がしたが、無い気のせいだろう。


「なんにせよ、これで先に進めますね」


 俺の言葉など耳に入っておらず、りこりんは何やら考え込んでいる。


 しばらく山道を下るが一向に村に着かない。日頃、ここまでの長距離を歩いていなかったから、足が思うように動かなくなってきた。


 ふと、後ろを見ると、りこりんも息が上がっていて表情も険しい。


「りこさんまだ日は高いですが、今日はここら辺で野宿にしませんか?」


「そうですね。でも魔物もいるし危なくないですか」


「…そうですね。とりあえずヤバリの木がありますので即席で枝を組んでツリーハウスを造ります」


 ヤバリの木は弓を作る際に枝が使用される事が多く、柔軟性と耐久性に優れている。


 さっき拾った枝を振り、大量のヤバリの枝を切り落とす。


 建築系の動画を参考にヤバリ木の幹に沿って、切り落としたヤバリの枝で梯子はしごを組む。


 梯子はしごを登り、ヤバリの木の上の枝を曲げつつ、切り落とした枝を間に噛ませ網目状に組みあげる。


 少しして木の上に4じょう程のスペースができた。


「りこさん、ここまで昇って来れそうですか?」


 木の下で見ていたりこりんを呼ぶと、恐る恐る梯子はしごに足を掛け、なんとか上まで登り切る。


「マメオさん。前々から思ってましたけど、器用ですね」


「日頃から動画を観ながらいろいろ作ってきましたから。なんせ異世界では一から自分で作らないと何もないので…」

 俺は苦笑しつつ答える。


「りこさんはとりあえず休んでで下さい。少し食べ物を探してきます」


 小一時間ほど適当に食材を集め、ヤバリのツリーハウスに戻ると、りこりんが横になって寝ていた。


 りこりんも久々の遠出で疲れたんだろう。

VTuberとしてのりこりんと、中身のりこさんは声が一緒なだけで正直別人のようだ。


 自分でも何を言ってるか分からないが俺が崇拝していたのはりこりんであって、りこさんではない。


 ともすればいつまでもりこりんの幻想を追い続けるのも如何いかがなものかと思う。更に念ながらりこりんの配信は金輪際こんりんざい観ることができない。


 あの炎上騒動でりこりんは2つの意味で死んだのだ。


 俺は思慮にけりながらも晩飯を作る。

 本日のディナーはグピカ(炭水化物でもっちりとした芋のような野菜)を切り、葉物の山菜と混ぜて、岩塩と酸味の強いコスアの果汁を絞り即席のドレッシングを掛ける。


 簡単な料理しか出来なかったが何も食べないよりはいい。


「りこさん。ご飯ができましたよ」

 俺はりこさんの体をすって起こす。


「うーん」

 りこさんは背伸びをしながら眠気眼ねむけまなこで起き上がる。


 枝を切り落とし、長さと幅を整えて作った即席の箸をりこさんに手渡す。


「やっぱり、マメオさんは器用ですね。羨ましい」


「いえいえ、こんなの大した事ないですよ」

 確かに前世の俺も手先は器用だった。むしろ、取り柄がそれぐらいしかなかった。


 少し自虐的になりがらも、2人で談笑しながらグピカと葉物のサラダを堪能した。


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