第30話 所以

 カリメル王子はものの数分で分厚く年季の入った本を手に戻ってきた。


「これでよろしいですかな?」


 本の背表紙には“ユーイの備忘録”と書かれている。


「なんですか?その本は」


「これはですね。冒険家ユーイによる自叙伝のようなものです。これに確かオルバ村の伝承について書かれてあったかと…」


 カリメル王子は本をパラパラとめくり目的のページを探し当て、手渡してきた。


 俺とメルルは本の内容をざっと読む。


 彷国歴ほうこくれき1608年、ガミラ平原に星降りぬ。

 彷国の命を受け、神の子イシュバーンと共に星の在処ありかを探す。

 青く茂っていたガミラ平原の草木は見る影もなく朽ち果てている。

 荒れ地の真ん中に黒き人影が見ゆ。体には数多の紫蛇しだを従えており、禍々しい氣を放っていた。名を魔と称す。


 イシュバーンは大剣ルルニカを振り下ろし禍々しい魔を断ち切るが、魔が死ぬことはなく、再生しイシュバーンに襲いかかる。 

 イシュバーンと私は魔と三日三晩の死闘を繰り広げる。

 魔を倒せないと踏んだイシュバーンはその身に魔を喰らいこれを封ず。

 私は封魔の迷宮でイシュバーンごと魔を囚え、そのまま山で覆った。山の名をオルバとし、傍に村を建設し管理を命ず。


 1000年後、オルバから魔が解き放たれる。

 次代の巫女が器となりて再び魔を封ず。


 後に1000年周期でこれを繰り返す。


 私は素養のある者を異界から呼び寄せ、器たる者を探す。呼び寄せた転生者には2つの役割がある。

 1つは魔の器になる事。

 もう一つは■■■■■■■■■。


 ここれ以降は文字がかすれて読めない。


「これでこの世界に転生者が召喚される理由の1つは分かったんだが…肝心の魔を封印する方法がわからんな」


「もう1つの理由は神と女神のみぞ知る…です。残念ながら私の口からお伝えする事は禁じられてます」

りこが申し訳なさそうに話す。


「りこ…無理に話さなくても大丈夫だよ。今は魔の対処が先決だから」


「彷国歴は旧暦ですな。今は聖王歴せいおうれき1256年ですから今から約3000年前の物語ですな。この話がまことであればあと2年後に、丁度1000年の周期を迎えますの。


「2年か…想定してたよりも余裕あるな」


「マメオ…ファイト!」


「レメリア何言ってる。お前も一緒に頑張るんだぞ。なんせお前は俺のモノだからな」


「あー、レメリアだけずるいにゃ」


「カリメル王子、他には魔に関する文献は残されていませんてましたか?」


「なにせとても古いお話ですから、私はこの図書館にある文献は全て把握しておりますが、存じ上げませんな」 


「全部って全部ですにゃ?」


「はい!」

 カリメル王子はメルルの問いかけに嬉々として返事をする。


 この図書館の本は何冊あるかもわからんのにスゴイな。


「それではマメオ殿。今度は私の要望を聞いていただきたいのですが…」

 カリメル王子は待ち切れないといった様子で身悶えている。


「わかってるよ。実はかくかくしかじかで…」

 俺は便利な言葉でカリメル王子にアリスに関するこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。


「なんと、アリス様が捕らえられているとは。それにアーサー兄様も生きておられたおは、これはなんとしてもお助けせねば!」


 そういえばカリメル王子は隆二の弟にあたるのか。


 カリメル王子は老け顔のせいでアーサーより10歳は上に見える。


「俺たちもちょうど困ってまして…よろしければ力を貸してくれませんか」


「お任せ下さい。アリス様のためでしたら粉骨砕身、この身果てるまで尽くしましょうぞ」


 こいつ、既に兄の事は頭にないな。


「レメリア…おなかすいた」


「そういえばもう夕方か…」


「私も少し準備致しますので、また20時にここで落ち合いましょう」


 カリメル王子とは一度別れ、俺たちは酒場で食事を摂ることにした。


 ちょうど飯時ということもあり、酒場は多くの客で賑わっていた。


「皆さんご無事でしょうかにゃ」


「すぐに処刑されるって訳でも無いだろうから、そう心配する事は無いさ」


「マメオ…さっきも思ったけど…どうして…そんなに落ち着いてる?」


 確かにレメリアの言う通り、何度か死んでるせいで危機感が麻痺してるのはあるかもな。


「でも、レメリアも落ち着いてないか」


「だって…いざとなったら…全員殺せば…いいから」


「いやいや、それはさすがに駄目だ」


 これはゲームじゃない。現実だ。いくら異世界とはいえ無闇に人を殺すなんて選択は取れない。


「おっ!ご飯がきたみたいにゃ」


 俺達の目の前に、注文したグピカのチーズ焼きが並べられた。

 餅みたいに柔かい芋にチーズを乗せてオーブンで焼き、ハーブの一種であるサリバを添えたものである。


「では、いただきます!」

「いただきます」

俺とりこのみ食前の挨拶をする。


「それ…なに?」

 そうか、いただきますってのは日本特有の文化だ。


「この世界では食事の前の祈りはないのか?」


「そんなの聞いたことないにゃ」


「それって…どういう意味があるの」


「食材という命をいただくって事への感謝と調理してくれた人に感謝を示す祈りなんだよ。ほら、お前たちも一緒に」


「では、改めていただきます」

「いただきますにゃ」

「いただけます」


 レメリアだけ若干ニュアンスが異なるが御馳走を前に我慢することができず皆、がっついて食べ始めた。

「うまい!」

 味付けは塩でシンプルなものだが、もちもちした芋にチーズの組み合わせは絶品だ。


「牢屋にいる皆には申し訳ないにゃ」


「なら…メルルのぶんは…私がもらう」

 そう言って既に完食していたレメリアはメルルの分も食べ初めた。


「にゃ!こらっ」


 賑やかに騒ぐ俺達の隣のテーブルで、男たちの何やら不穏な会話が聞こえてくる。

「おい、聞いたか?アーサー王子の偽物が捕まったって。なんでも魔法で姿を変えてたらしいぞ」


「そう言えば、明日の朝に公開処刑されるんだっけか」


「葬儀の後にアーサー王子の名を語るとはバカな奴もいたもんだ」


「ガハハハ、ちげえねえ」



「完全にさっきの発言がフラグになってたな。これは急ぎで助ける必要がある。ともかくカリメル王子と合流してから対応を詰めよう」


りこは俺の言葉に頷く。


「はいにゃ」

「はい」

 メルルとレメリアは仲の良い姉妹のように揃って返事をする。


















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