第29話 謀略

 昨晩は隆二と話し込んでいて俄然寝不足だ。

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 りこがにやにやしながら俺と隆二を横目で見る。


「ゆうべは…おたのしみ…でした」

 レメリアは意味も判らず、りこの言葉を繰り返す。


 昨晩、離れて見張りに出ていた先遣隊の兵士たちも、状況を察したのか堪えきれず失笑する。


「なんだよ、お前ら気持ちわりいな」


 アリスとメルルは何のことかわからず、きょとんとしていたがイリーナだけはしかめっ面で俺を睨んでいた。


 俺の体がアーサーだった頃はあんなに親しげに話していたのに…。世知辛い世の中だ。


 オルバ村を出て6日目の昼前。

 王都エルミナの灰色に高くそびえ立つ城門が視界に入ってきた。


「おっ、ようやく見えてきたな」

 隆二の足取りは次第に軽やかになり、道程の疲れなど感じさせないほどだ。


 城の周囲には幅50メートルはありそうな堀にぐるりと囲まれている。


 城門へ繋がる石橋を進むと、我先にと颯爽と進む隆二が門兵に止められる。

「何者だ?」


「おいおい、第ニ王子の顔を忘れたとは言わせねえぞ」


「やはりスピカ王子の仰った通りだ」

 門兵の一人がそう言うと、腰に掛けていた小振りな角笛を吹く。


 するとものの数秒であっという間に隆二は兵士に取り囲まれた。


「馬鹿者が、先日アーサー王子の葬儀が執り行われたばかりだ。大人しくしろ!」


「はっ?よく見ろ、アーサーはここにいるだろ」


 隆二の反論も虚しく兵士たちに取り押さえられる。


「アーサー王子を離しなさい!無礼ですよ」

 すぐさま同行していたイリーナと先遣隊の兵士たちが間に入ろうとするが反逆者の仲間として取り押さえられた。


 兵士たちが応援を呼び城門には既に30程の増援が来た。


「ちょっとアンタたち自分のとこの王子も分からんないの?」


「なんだ、お前たちも仲間か?」

 アリスの発言で兵士の一人が少し離れていた俺たちに目をつける。


 俺はすぐさまアリスの腕を抑え、地面に押し倒す。

「ちょっ、マメオ…何すんのよ!」


「大人しくしろ!スピカ王子に逆らう不届き者め!」


「はぁ?あんた気でも狂ったんじゃないの?」


 りことメルルとレメリアは俺の意図を察したようで、様子を見ている。


「お前らは仲間じゃないのか?」


「こんな品性の欠片も無い娘が私達の仲間なわけないですわ」

 りこがここぞとばかりにアリスをけなす。


「そうにゃ。こんにゃ下品な乳をした女にゃんて知らないにゃ」

 メルルもそれに乗っかる。


「しらない…にゃ」

 何故かレメリアも猫語で悪ノリをする。


 お前ら頼むから、余計な事を言って状況を悪化させるなよ。


「なによ…そこまで言わなくていいじゃない…」

 とうとうアリスが泣き出してしまう。


 兵士たちは若干面倒くさそうにアリス諸共、アーサー、イリーナ、先遣隊の兵士たちを連行していった。


 アリス以外は俺の作戦を理解してくれたようですぐに大人しくしてくれた。


 演技の甲斐もあり俺、レメリア、メルル、りこだけは無事に城門をくぐることができた。

 アリス…お前の涙は無駄にはしない。


「さてと、しかし意外とやるな。あのワカメ王子。ただのボンボンサディスティックだと侮っていた」


「マメオ様、どうやって皆を助けるにゃ?」


「今、騒ぎを起こして情報収拾ができなくなるのは避けたい。とりあえず王立図書館に行ってそれからどうするかを考えるか」


「はいにゃ」


「はい…にゃ」

 猫語を気に入ったのかメルルに続いてレメリアが返事をする。


「そうですね。アリス先輩たちがどこに連れていかれたのかもわかりませんし、情報を集めましょう」

りこの提案に俺たちも賛同する。


 中生ヨーロッパのような街並みを眺めながら、町の人に聞き込みを行う。

 目的の場所はすぐに見付かり、王都エルミナの東に位置する王立図書館へと辿り着く。


 楕円形の広い室内には壁一面の本棚が天井ぎりぎりまで積まれていた。


 すげえ…フランスの国立図書館みたいだ。


「凄くきれいなところですね」

りこも感嘆の声を漏らす。


 早速さっそく、出入り口にいる受付嬢に話しかける。


「すみません。オルバ村の魔について知りたいんですけど…」

 

「オルバ村の魔…ですか。あるにはあるのですが…古書に指定されてますので王族か貴族のみが閲覧可能です」


「ちみ、私を誰だと思ってる」

 俺はできる限り貫禄と気品を出して受付嬢に詰め寄る。


「さて…存じ上げませんが」


「私はオルバ村の領主であるぞ!」


「オルバ村の領主は貴族ではありませんが?」


「えっ、そうなの…」

 早くも八方塞がりだ。


「マメオ様、浅はかにゃ」


「マメオ…隣に変なのがいる」

 呆れているメルルとは別に、レメリアが俺の隣にいる金髪でオカッパ頭の男を指差す。


 男は黒を基調とし金箔で縁取られた衣装を着ており、見るからに位の高そうな出で立ちだ。


 しかし、その行動は見た目とはかけ離れている。

 なにやら、しきりに周囲の匂いを嗅いでいるようだ。

「くんくん…このかぐわしき、柑橘系のかおりは麗しの女神アリスたんの残り香では…」


 あー、あれだ。コイツはやばい奴だ。

 言動から察するに転生者で間違いない。

 女性に“たん”を付ける言語文化は日本人特有のものだ。


 もしかして、アリスが以前、話してた王立図書館に棲む変態か?


「アリスたーん!」


図書館の魔物が俺に抱きついてきた。

咄嗟とっさに横に躱し、男は受付嬢へと突っ込んでいく。


「きゃっ!カリメル王子お戯れを」

受付嬢の断末魔の叫びが図書館内の静寂を打ち破る。


「おっと、これはすまなんだ。アリスたんの残穢につい我を失っていました」

図書館の魔物は軽く衣服を整えると俺に向き直る。


そして、眼鏡に触れるとりこ、メルル、レメリアの頭からつま先まで品評するかの如くじっくり舐め回すように見る。

「ふむ。まだまだ発展途上といったところか…」


「コイツ気持ち悪いにゃ」

メルルが自分を抱きしめるような仕草をして、身震いする。

レメリアも口には出さないが、不穏な気配を感じ取っているようで眉間にシワが寄っている。


りこはすぐさま俺の陰に隠れた。


「貴殿からアリスたんの気配を感じます。もしやアリスたんの行方を知る者ですか?」


「知っていると言えば知ってますが、あなたは?」


「これは申し遅れました。私、ルバーン王国第四王子のカリメル・バーナード・レインです」


「第四王子?」

てっきりルバーン王国にはスピカ王子とアーサー王子だけかと思ってたが、第四王子までいたとは。


「そうです第四王子です。ところでアリスたんの行方についてですが…」


そこで俺はある名案を思い付いた。


「カリメル王子。折言ってご相談がございます」


「それは、アリスたんの情報と交換ということですかな」


「話が早くて助かります。実は王立図書館の古書を閲覧したくて…」


「それならお安い御用です。本のタイトルや題材は分かりますかな?」


「オルバ山に潜む魔に関してですが」


「なるほど。しばしお待ちいただけますか」

そう言ってカリメル王子は図書館の奥へと消えていった。

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