第43話 マナ

 暫くして部屋を訪ねてきたミネルヴァさんに皆の安否を確認した。


 重傷を負った隆二りゅうじとムーアはなんとか一命を取り留めたが未だ意識は戻っておらず、他の者は軽傷で済んだそうだ。

 ただ、蘇生魔法を受けたシーラさんは依然、生死の境を彷徨っている。


 霧の迷宮ダンジョンは攻略後、数日で崩壊が始まる。それに伴い迷宮ダンジョン周囲を取り巻く異常気象も直に収まるとのこと。


「皆様、弟子たちを助けていただき本当に有難う御座います。アーサー様の命まで危ぶめて、私はなんたる愚か者であろうか。此度の犠牲の責任は全て私にあります」

 ミネルヴァさんは先程から何度も謝罪とお礼の言葉を述べている。


「そんなに自分を責めないで下さい。むしろ助けに来て下さりありがとうございます」


 アリスとりこが最低限の魔法を覚えたところで、カリメル王子のアドバイスもありミネルヴァさんと共に俺たちの援護に来たのが事の経緯らしい。


「それよりなんでカリメル王子がここにいるんだ?あの時、気絶したままエルミナに連れ帰られたんじゃ…」


「マメオ殿!よくぞ訊いて下さいました。私が目覚めた時は既に城の一室にいたのですが、アリス様の残り香を頼りにここまで助太刀にきました」


「方法じゃなくて理由を尋ねたんだけど…」  


「アリス先輩がお風呂に入らないからこの変態王子と顔を合わせる羽目になったってことですよ」


「ちょっとりこ!人聞きの悪いこと言わないでよ。私は3日に1回…いや、1週間に1回は水浴びをしてるわよ」


 確かに潔癖過ぎる日本人からすれば1週間に1回の入浴は少ないが…。

 そもそもこの世界に入浴なんて文化はないからな。転生者のりこは当然として、アリスが風呂って言葉を理解してたのはアニメからの知識か?


「それよりカリメル王子は城にいなくてもいいのか?」


「ロメオ兄様いや、ロメオ王がいるので問題無いかと思われます。今頃、無事に戴冠式も終えている事かと…。もともと私はスピカ兄様により王立図書館の管理という名目で左遷されてましたから、まつりごとに携わることはほとんどないのです」

 そう話すカリメル王子の表情は何処か物悲しげだった。


「カリメル王子…理由はなんであれ助かったよ」


「マメオ殿…」


「ちょっと、マメオ!あんたを助けたのは私よ。まずは私にお礼を言うのが筋じゃない」


「そうだな、ありがとうアリス」


 俺の口から素直なお礼の言葉出たのが意外だったのか、アリスは頬を赤らめ顔を伏せる。


「アリスもりこも魔法の習得はできまんだろ?存外、時間は掛からなかったのな」

 霧の迷宮ダンジョン攻略は半日程で完了した筈。道中の敵はある程度、俺たちが倒したとはいえ、救助に来たタイミングから逆算しても1時間足らずで魔法を習得したのではなかろうか。


「私もアリス先輩も元女神だったから魔法への適正は高かったのよ」


「そうですな。りこ様は転生者と言うこともあり体外のマナへの反発が強かったですが女神の加護の残穢と言いましょうか…習得まではさほど時間はかかりませんでした」


「そういえば、今更なんですが転生者は魔法が使えないのは何故なんですか?」


 ミネルヴァさんは少し考え込むような仕草をして説明してくれた。

「この世界、蒼環の星アクアリグネの住人はマナで体組織を構成しているものの体内でマナを生み出す事はできません。そのため、契約により大気のマナを吸収して魔法を発動します。この契約とは詠唱であったり紋様であったりと様々な手段がございます。反対に陽緑の星ラクシスからの転生者は体内でマナを生み出せる代わりに、己が生み出すマナと蒼環の星あくありぐねに巡るマナとが反発して魔法の発動が困難になるのです。…ただ、りこ様のような例外もございますが」


「らくしす?ってのは地球の事ですね」


 俺の言葉にアリスが頷く。

「そうよ。本来マナってのは魂がどの世界に所属しているかで特性が決まるの。マメオや転生者の魂は基本的に陽力の星ラクシスに所属しているから蒼環の星アクアリグネのマナとは別物になるのよ」


「なんか、分かるようなわからないような。そもそも俺たちがいた地球にマナなんて無かった気が…」


「確かに地球はマナなんて無くても星を維持出来ますね。日本でいう氣がマナと同じようなものって思ってもったらマメにも分かりやすいかも」

 りこの補足で何となくだが理解した。


 ただ氣ってのもオカルト過ぎてピンとこないな。

 氣とは重心移動のことで全然オカルトではないって話も聞いたことあるが俺からすれば充分、眉唾まゆつばな話だ。


「ご主人様〜!」

 話が少し小難しくなっていたところにメルルが半泣きで部屋の扉を勢いよく開ける。


「無事で良かったにゃ〜」

 そのままの勢いで俺の胸に涙と鼻水を携え飛び込む。


「ぐぉ!…すまない。心配かけたな」

 俺は優しくメルルの頭を撫でる。


「ご主人様!レメリアも目覚めたにゃ。そっちでお昼ご飯も準備してますから食べましょうにゃ」


 そういえばそろそろ昼時か…。


 俺たちはこぢんまりとした赤レンガの家を後にした。

 どうやら他の皆は、ミネルヴァさんの自宅もとい灯台で療養してるとの事。


 この小さな港町には診療所などの療養施設は無く、ベッドに空きが無かったため俺だけ空き家で看病していたそうだ。


 海辺の灯台に向かうと、心なしか水面みなもにかかっていた霧が薄くなった気がする。


ミネルヴァさんに案内されるまま俺たちは灯台の錆び付いた鉄製の扉をくぐった。













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