第44話 水滸

 灯台内部の円形状の部屋に、乾燥させたネザンで作られた簡素なベッドが敷き詰められていた。


 室内は薬草の香りと重苦しい空気が漂っている。


「師匠…皆様、この度は助けていただきありがとうございました」

 こちらに気付いたステラさんが細い声でお礼を述べる。彼女の目は充血しており、憔悴しきっていた。


 傍らのベッドにはシーラさんとムーアが横たわっている。


「ステラさん…少し休まれた方がいいですよ」

 ステラさんはこくりと頷くとその場に座り込んだ。


「マメオさんは親友が死にかけたっていうのに、えらく落ち着いてるんですね」

 イリーナはベッドで眠る隆二りゅうじの手を握りながらこちらを睨んでいる。


 …俺は返す言葉が出てこなかった。

 隆二りゅうじはこの僅かな期間で何度も死にかけているし…実際死んでいる。


 俺のせいと言われれば確かにそうなのだろう。


 俺は逃げるように灯台の2階に上がる。

 そこには美味しそうにシチューを頬張るレメリアがいた。

「マメオ……はが…」

 レメリアは口に含んだ物を撒き散らしながら何か言おうとしている。


「おい、後で訊いてやるから、食べてから話しな。行儀が悪いぞ」

 レメリアは軽く頷くとひたすらパンとシチューにがっついていた。


「マメオ、お腹空いたでしょ。一緒に食べましょ」

 アリスは珍しく俺の分のシチューを器によそい差し出してきた。


「ああ…ありがとう」

 俺はシチューとパンを受け取るとレメリアの横で食事を済ませた。


 皆で昼食を食べ終えるとアリス、りこ、メルル、レメリア、カリメル王子を集め俺はこれからの事を切り出す。


「みんな、一旦、オルバ山に帰ろうかと思う」


隆二りゅうじさんとイリーナさんは置いていくんですね」

 りこが何かを察したように確認を取る。


「あぁ…オルバ山の事は俺の問題でもある。これ以上部外者を巻き込めない」


「魔が復活したらこの世界がヤバいんでしょ!なら全員当事者じゃない」


「おぉ、さすがアリス様。その広い御心で我らをお導き下さい」

 アリス教の第一信者であるカリメル王子が仰々しくアリスを仰ぐ。


「それでも、すぐに死ぬリスクを皆が負う必要はない。皆はここに残ってくれ」


「まったく…そんな言い方をされて見捨てる奴がどこにいるんだよ」

 隆二がよろよろと階段を上りながら話に入ってきた。その後ろにはイリーナがいる。


「アーサー様、お言葉ですがここから一緒に他国に逃げましょう。このままでは貴方様の命がいくつあっても足りません」


「それならイリーナ、お前が俺を救ってくれ。これまで同様に」


「それは…当然なのですが、これ以上アーサー様が危険に合うのを見てられません」


「それならもしもの時は、俺と一緒に死んでくれ。何のしがらみや使命も無くなったらあの世で2人でゆっくりしよう」


「なっ…」

 イリーナは遠回しなプロポーズのような言葉を受け顔を真っ赤にさせる。


「私も…行く!」

 よくわからない空気をぶち壊すかの如く、レメリアが参加表明を示す。


「そうにゃ、メルルもレメリアもご主人様の物。最後までお供するにゃ」


 アリスとりこも当然といったように頷く。


 話がまとまったところでミネルヴァさんに挨拶をする。


「おやおや、もう立たれるのですか。アリス様とイリーナ様の修行はここまでで大丈夫なのですか?」


「もともと救出までの約束でしたから。魔との決戦までにまた修行をお願いします」


「わかりました。その時は私も微力ながら加勢致します」


「生ける伝説のミネルヴァの婆さんがいるなら心強いな」


「いやいや、私は既に隠居した身。現宮廷魔導士のヨイヤミには遠く及びませんよ」


「ヨイヤミの奴は普段あんまり城にいねえからなあ。宮廷魔道士が聞いて呆れるぜ」


「おっと…話に夢中で忘れるところでした。アーサー様、これをどうぞ」

 ミネルヴァさんが薄水色の柄のような物を隆二に手渡した。柄の先には刃のような者はついておらず、何となくだが某SF映画のライトセーバーが連想される。


「これはマジックアイテムか?」


「はい。ダンジョン攻略時の報酬でございます。皆様は瀕死でしたので私がお預かりしておりました」


「ほほう、これは珍しい。伝承によると水滸すいこと呼ばれるものですな。なんでも百以上もの武器に変化するとかなんとか…」


「へぇー、面白そうだな。でも俺は深紅ルージュがあるし、紅の剣聖って二つ名のイメージが合わないしなあ」


「その呼び名、結構気に入ってるんだな」

 隆二らしいと苦笑いしていると、隆二が水滸すいこをレメリアに向かって放り投げた。


「レメリア、お前、スピカに貰った短剣が無くなったんだろ?代わりにやるよ」

 隆二がそういうとレメリアは目を丸く見開いた。


「どうして…」


「俺の目をなめるなよ」

 隆二はニヒルな笑みを浮かべレメリアにウィンクする。


 確かにレメリアが太腿に携えていた短剣が見当たらない。水月烏賊ブルームーンとの戦闘で落としたのか?

…もしかしてレメリアが昼食の時に俺に言おうとしたことって…短剣のことか?


「レメリアは目を輝かせて水滸すいこを見つめる」


 おいおい、スピカの形見はいいのかよ。

 そう口から出そうになったが、レメリアの事を考えるとなんとなくはばかられる。


 お互い多少のわだかまりがあるだろうが、今はこれでいい。先ずは魔をどうにかしないと。

 これからの未来も無いに等しい。


 俺は決意を胸に皆と共にサルーバの町を後にした。

 結局、俺たちがいる間にシーラさんが目覚める事はなかった。







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チートなんていりません。真面目にこつこつ生きることが大事です。 那須儒一 @jyunasu

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