第16話 出立

 昨晩は爆睡するアリスを抱え、彼女を部屋のベッドに寝かせた後、俺も自室のベッドで眠りについた。


 アリスの本音を聞けて嬉しかった反面、俺自身どうしたいのか分からずにいる。

 なんせ女性に好意を寄せられるなんざ、前世から換算しても56年無かったからな。


 翌朝、俺たちは日の出と共に出立した。

 ばあちゃんもいるため、ある程度移動距離を決めて昼過ぎには早めの拠点設営に取り掛かる。



「よっし、それじゃあここいらで拠点を造るか」

 五郎はチートアイテムのヘーパイストスの金槌を使い、ヤバリの木でドーム状の拠点を造る。

 更に周囲に高さ数メートル程の土壁も張った。


「やっぱり五郎のチートアイテムは便利だな。質量保存の法則なんかも丸々無視してるし」


「素となる素材さえあれば俺のマナが尽きるまで増やせるぜ」


「例えば鉱石とか武器とかも量産でき るのか?」


「いやそれは無理だ。俺が建築物として認識しているものしか造れねえ」


「だったら、例えば鉄で建築物を造って、それを溶かして加工するとかなら量産できるか?」


「なるほど、マメ坊はなかなかずる賢いな。確かにそれなら無限に資源や素材を量産できると思うぜ」


「なんか一攫千金の匂いがしますね」

 りこも興味津々で話しに食い付いてきた。


「みにゃさん、お話中に申し訳ないですがご飯ができたにゃ」


 メルルが来てからは彼女が食事担当をこなしてくれる。目の前にはパンと近いカルグの果実で大鼠バラットの肉を煮込んだ赤みを帯びたスープが出てきた。


 カルグの果実は味的にはハーブの香りがする甘めのトマトのような果物で大鼠バラットの肉は臭みも癖も無く脂身の少ないササミに近い肉質だ。


「おっ、ねこむすめにしちゃ、うまそうな料理じゃねえか」

 五郎はよだれを垂らしながら舌舐めずりをしている。


「誰がねこ娘にゃ。わたしにはメルルカ・メアリー・メリーゴーランドって名前があるにゃ」


「メルルって由緒正しい家柄なんですね。…名前で思ったんだけど、マメも前世から名前を引き継いだのよね?」


「まてまて、それは転生時に名前も変えれるってことだよな」

 俺はすり足で退散しようとするアリスを睨みつける。


「ギクッ。だってそんなこと訊かれなかったから」


「お前なあ、いくら忙しかったからって転生時の最初の案内はけっこう重要だぞ。今更、責めても仕方ないけど」


「名前なんて好きに呼べばいいじゃない」


「アリス先輩は昔っから適当でしたから」


「みんなしてなによ!」


「でもよ、幼児から転生した時ってどうやって名前って引き継ぐんだ?」


 そこで当時を知るばあちゃんが俺の転生時のことを話し始めた。正直どこまで当てにしていいかわからんが。


「まめちゃんの時は揺り籠に包まれて、空から舞い降りてきたからのう。その中にいた赤子を抱きかかえると首にマメオと書かれた小さな白い板がくくり付けられていたんじゃ」


「なんかペットみたいな扱いだな。ばあちゃんって意外と昔の事は鮮明に覚えているよな」

 一時期、認知症について動画を見漁ってたときに短期記憶、すなわち最近の記憶の方が定着しづらいって情報もあったな。


「皆さん、雑談はここら辺にしてそろそろ夕食を食べませんか。冷めてしまいますよ」


「そうだな」

 りこの促しで俺らは夕食を平らげた。


 ✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦


 

 夜が深まる頃、何かが擦れる音で俺の意識は夢から引き戻された。


 簡易の拠点内ではランタンの灯りが弱々しく明滅しており、相変わらずのアリスのイビキが鳴り響いていたた。


 音の正体は拠点内ではないようで、雑魚寝をしている皆は未だ夢の中にいる。


 俺はヤバリの木の拠点から出る360度を高い土壁が囲っていた。


 しかし、外に出た途端、木々がざわめくような音の主張が激しくなる。


 魔物か…。

 いやでもこの気配は尋常じゃないぞ。


 ちなみに、最近は暇な時間に長編シリーズ物のゲーム況動画を観ている。

 そのシリーズの1つに刀を扱う主人公が気配を読むシーンがあり、それに憧れて真似をしていたら何となく出来るようになっていた。


 かなりの数に囲まれているな。

 土壁は鼠返しがあるから簡単には登ってこれないだろうが…。


 既にフラグとなりつつ思考に陥っていると、土壁の上から幾つもの顔が覗き込んでいた。


 闇夜に光る無数の琥珀色の目。

 次の瞬間、その目が一斉に飛びかかってきた。


「魔物だ!」

 俺はありったけの声を張りその場から後ろに飛び退く。

 俺のいた位置に無数の鎌のようなモノが突きたれたれる。


 全身が黒い漆塗りのように鈍色にびいろに光っていて、両手は鎌のような形状、体は硬そうな甲殻に覆われている魔物が複数蠢いていた。


 体格は細く小さい。たぶん俺の半分もないだろう。ただ、あの鎌を食らったらひとたまりもなさそうだ。


 徐々に闇夜に目が慣れてきて、かにのような厳つい顔が見えてきた。こんな魔物見たことない。


 俺は前回の反省を活かし、今回はオルバ村で買った短剣を腰に差してした。


 短剣を抜き臨戦体制を取ると同時に蟹の魔物が飛びかかってきた。


 迫りくる無数の凶刃に短剣を沿わせて攻撃を受け流す。


 1体の魔物の隙をつき、ガラ空きになった懐にカウンターの容量で斬撃をぶち込む。


 …しかし、鈍い金属音と共に俺の刃は弾かれた。


 この前の狩猪ボアハントよりも硬い。

 …くそっこれ以上手立てがない。


 合気道と剣道をかじったぐらいじゃこの程度が限界か…もっと修練を積んでいれば。


 自責の念に駆られていると突然、上着の襟首を何者かに掴まれ物凄い勢いで引っ張られた。


 俺はそのままの勢いで拠点内に転がり込む。

「五郎ありがとう!」


 五郎は拠点の扉を慌てて閉めた。

 直後、扉から無数の鎌が突き出る。


 既に天井やら、壁から無数の鎌が飛び出している。

 ここも時間の問題だ。


「礼はいいからその剣をよこせ!」


「えっ?」

 五郎に言われるがまま短剣を投げた。


 五郎はそのまま短剣を地面に突き立て、ヘーパイストスの金槌かなづちを打ち込む。

 直後、俺たちの周囲を鉄で出てきた半球のドームが囲う。


「ふぅー助かりましたね」

 みんな無事のようで、りことばあちゃんの肩を抱き合い座り込んでいた。


「あの魔物は鉄蜘蛛サリヴァンね。こんなとこで出るなんて…普段はダンジョンに生息する生き物よ、短剣は鋼よね?たぶんそのうちここも突破されるわ」

 アリスが珍しく役立つ情報を提供してくれる。


「仕方ねえ俺のマナの限り地下道を繋ぐ。確認だがアリス婆とりこのお嬢は魔法は使えないんだよな?」


 2人は同時に頷く。


 五郎は確認だけすると、ヘーパイストスの金槌を地面に打ち込みに細く長い地下道を創造する。


「よしっさっさといくぞ!」


 五郎に促されるまま俺たちは心許こころもとない地下道を歩き続ける。


 ガシャン…。背後から何かが崩れ落ちる音がした。

「地下道の入口は塞いどいたがすぐにバレるだろう」


「五郎の建造は攻撃手段には使えないのか?」


「無理だな。本来、家は人々に安心と安全をもたらすためのものだ。それ以外の用途で使用すれば上手く形成出来なくなる。それにマナも残り少ない、後は出口に繋ぐ用に取ってある」


 …正直、絶対絶命だ。背後から無数の気配が迫ってるのが分かる。


「五郎みんなを頼む」


「駄目です!」

「ダメよ!」

「ダメですにゃ!」

 りことアリス、メルルが俺を引き止める。


「3人共、ばあちゃんを頼む」


「なら私も残るわ、不老不死だから大丈夫よ」


「不老不死って不死身って訳じゃないんだろ?」

 食い下がるアリスを止めるために、りこに確認する。


「りこは涙を流しながら頷く」


「もう、充分だ。お前らに会えた…それだけで前世の不幸を帳消しにできたさ」


「私の使命はマメオ様のお世話をすること。最後は私も一緒にゃ」

メルルの体は震えている。


「メルルもありがとう」

俺はメルルの頭を優しく撫でる。


 魔物の気配が近い。

 洞窟中を不快な擦れる音が支配する。


「行け!」

 俺の言葉で五郎がアリスを無理矢理引っ張り、りこはおばあちゃんの手を引いて先に進む。


メルルは最後まで俺を見ていたが、俺の気持ちを汲んでくれたのか、そのまま皆の後を追う。


「…………」

 ばあちゃんが最後に何か言ってた気がしたが、俺には届かなかった。


 俺もまったく無策って訳じゃない、タブレットを召喚して盾代わりに構える。


 チートアイテムは壊れない。

 まさかただの無用の長物になりつつタブレットがここで役に立つとは。


 俺は漆黒から現れる無数の凶刃をタブレットで防ぐ…。


 あれからどれぐらいの時間が経っただろうか、

 既に俺の右腕は切り落とされてもう感覚すらない。


 体力の限界だ。とりあえずあいつらが逃げる時間さえ稼げれば…。


 この世にチートなんて無いのかもしれない。あるのは無慈悲な現実と不平等な世界が続くだけだ。だからこそ、真面目に今を生きなければいけない。それは前世だって変わらなかっただろ。


 転生したから頑張るんじゃない!

 今を頑張るんだ!


 精一杯、鎌を受け流してきたが、遂に体に幾本もの鎌が突き立てられる。


 不思議と痛みは無かった。


 ありがとう…。それは誰に対しての感謝の言葉だったのか、今となってはもうわからない。


 ここで俺の2度目の人生は終わりを迎えた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る