第15話 魔

「王都がまだエルミナではなかった頃、このオルバ山の遥か上空より魔が降ってきた。魔はここいら一帯に疫病をばら撒き、土地を腐らせ、水を枯渇させ、風もいだ。そんな中一人の英雄が降臨した。英雄は瞬く間に魔を吸い込み己が体に封じ込める。魔の器となりし英雄が1000年後にその肉体が消滅すると再び魔が解き放たれた。そして英雄の力を持って再び魔を封ずる者現る。それから1000年周期で魔と共にそれを封ずる器が出現するようになる。その者を巫女と称す…じゃ」


 突如始まった昔話に誰もが固唾を飲んで聞き入っていた。


「…つまり言い伝えがホントだったら俺がその巫女って事になるんだよな?」


「まめちゃんや…巫女の使命は絶対ではない。まめちゃんが人柱ひとばしらになる必要はないのじゃ」


「でもそれだと魔とやらが解き放たれるんだろ。ばあちゃん…俺、どうすれば…」

 この先、不安を抱えたままスローライフを送り続けるなんて無理だ。心の隅でいつ解放されるかわからない魔とやらに怯え続けなければならないなんて…耐えられない。


「でもエルミナがルバーン王国の王都になってから2000年以上は経ってるからかなり古い言い伝えね。…あっ思い出した」


 アリスは両手をポンッと叩き目を見開いている。

 「そう言えば魔を封印した時の書物を王都で見かけた気がする…1000年前の話だけど」


「どうやら王都に行くのは確定みてえだな」


「王都まで片道でも1週間かかりますにゃ。その間、ばあ様のお世話はどうにゃさいますか?」


 …そうだな王都に行くにしても誰かがばあちゃんについてなきゃならない。


 頭を抱えていると、先程出ていったりこが戻ってきた。


「皆さんどうかしました?何だか深刻そうな顔をされてますが…」


「ここはりこにお願いするか」


「そうね、りこはこの前同行したから今回は私の番ね!」

 この前アリスはオルバ村でさえ行くのを嫌がったのにどういう風の吹き回しだ。


「りこ様、ありがとうございますにゃ」


「えっ…ちょっと待って下さい、なにか分かりませんけど私もマメと一緒に…」


 りこの言葉が周囲の声に呑まれていく。


「よし!なら、こうすればいい」

 突然、五郎が誰よりも大きな声を上げ場を制す。


「タルバの婆さんは俺と一緒にオルバ村に行こう。村長は婆さんの親戚だから積もる話もあるだろうさ」

 そう言って五郎は何故か、りこにウィンクする。


 すると、りこは俺の隣まで歩いてきて、ここぞとばかりに声を張る。

「五郎さんお願いします。御婆様もそれでいかがでしょうか?」


「うむ、そうじゃな久々に故郷でシャバラの酒でも飲むかのう」


「おい…ばあちゃんホントに大丈夫なのか?丸一日歩くんだぞ」


「急ぎの旅って訳でもねえんだ、ゆっくりと行けばいいさ」


「わかったよ。なら今回は全員で出発だ。明日の朝一で出立するから各自、長旅の準備を」


「はーい」

 一同は揃って返事をする。


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 夕食後、なんだか落ち着かずに展望台に出る。

 枝葉でできた柵に手を掛けながら、虫のさえずりに包まれた森を眺めていた。


 せっかく新居を構えたのにこんなに早く旅立つ事になるとはな。


 でも、言い伝えがホントならここで暮らせなくなる。2度目の人生だがここは大切な故郷だ。何が何でも守らなきゃ。


 ははは…前世では郷土愛きょうどあいなんて微塵も無かったのにな。


「なにこんなとこで、ぼーっとしてるのよ」


「なんだアリスか…」


「なんだとは何よ、マメオってば最近私に冷たいんじゃないの」


「そうか?もともとこんな感じだったと思うが」


「全然違うわよ、私が女神だった頃はもっと丁寧に話を聞いてくれたじゃない」


「ああ…あれは…」

 動画を参考に当たり障りなく対応してたなんていえない。


 そう言えば、アリスが来てから動画を観なくなったな。せっかくのチートアイテムも宝の持ち腐れだ。


「ほら、またそうやって自分の世界に浸ってる」


「そうかもな。ごめんごめん」


「マメオは釣り上げた魚に餌はやらないタイプね」


「なんだそりゃ?」


「意中の女性を彼女にした途端、気にかけなくなるって言ってんの」


「まてまて、その流れだとアリスが俺の意中の女性みたいじゃないか」


「えっ…違うの?」

 アリスは気付けば隣に立ち突然俺の顔を覗き込む。アリスの蒼い瞳に吸い込まれそうになる。

何故か前世で見たリカちゃん人形を思い出した。


「ちょっ…近いって」


「なによ…そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」


「嫌がってはないけど…」

いつもと違うアリスの反応にどう接していいか分からずにいた。


「私ねハーフエルフなの。マメオはよくわかんないかもしれないけど、この世界では半端者は差別の対象になるのよ」


…いや前世の世界でもそうだ。中途半端な俺は誰にも愛されなかった。

違うな自分から愛を拒絶したのかもな。


「それで女神になったのか?」


「そうね…でも結局、女神も孤独なのよね。毎日たくさんの転生者と話してるけど、誰も私の内面に目を向けて気遣ってくれる人なんていなかったわ。マメオを除いてね」


「そうだったのか。でもやっぱりアリスはスゴイと思う。俺だったら女神の仕事を1000年続けるなんて無理だろうな。りこだって1ヶ月で辞めてるし」


「やめて!」


突然アリスが叫び声をあげる。彼女を見ると全身が震えていて今にも泣き出しそうだ。


「ちょっ、どうしたんだよアリス。何か気に障る事を言ったなら謝るよ」


「…さないで」

消え入りそうな声でアリスは何かを訴えている。


「他の女の名前を出さないでよ」


「…え?」

俺は予想だにしていなかった内容で、それ以上はどう反応していいか分からなかった。


「初めはマメオと暮らせるだけでスゴく安心出来て充実している毎日だったの。でも、この前、マメオがオルバ村に行った時に…なんだかもうここに帰って来ないような気がして…寂しかった。帰ってきたら新しい女を引き連れてるし、りことの距離も近くなってるし…」

アリスはそこまで言うと体が上下に軽く震えていて、声を押し殺して泣いていた。


彼女が今回の旅に積極的に参加したがってたのは、俺と離れたくなかったからなのか…、そう思うと何だかアリスの事が急に愛おしくなってきた。


「確かに俺もうるさいのいないと何だかんだで寂しかったからな」

アリスの頭を優しく撫でて慰める。

彼女はそれ以上は何も言わず、ただただ泣いている。


「転生してから18年間アリスとばあちゃんだけが俺の成長を見守り会話を重ねてくれた。俺にとってアリスは家族みたいなものなんだ…」


そこまで言うとアリスが突然抱きついてきた。 


「おっと!」

俺はそのまま支えきれず、背後にあったベンチに座り込む。


「相変わらずへなちょこね。前世では太ってたんでしょ?」

アリスは鼻を啜りながら皮肉を言う。


「確かにニートになってから体重は100Kgオーバーだったな。それと比べると今は華奢なくらいだ」


アリスはそのまま俺の膝枕に頭を預け横になる。


「それでも童貞臭がするのは変わらないけど」


「お前なあ、デレたと思ったら急にツンになるのな」


「えへへ…」

アリスはそれだけ言うといつの間にか寝ていた。


「俺もお前には救われたんだぜ」

彼女には伝わらない言葉だが、これだけは言っておきたかった。


アリスの寝息と虫の声だけが鳴り響いていた。









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