第22話 迷宮の入口

 アリスたちは牛男ミノタウロスに退路を断たれ状況は芳しくない。ただ、幸いにも今のところ、ばあちゃんが気を失っている以外、皆に大きな怪我はないようだ。


 しかし、安堵したのも束の間。アリスたちの背後の闇が蠢く。


「まずい!後ろ」


 俺が叫ぶよりも速くレメリアが飛び出し牛男ミノタウロスの又の間を潜り抜け、アリスたちの背後をカバーする。


 レメリアは迫りくる鉄蜘蛛サリヴァンの凶刃を既のところでかわす。

 そのまま鉄蜘蛛サリヴァンの背後に回り込み首の関節に短剣の刃を滑り込ませ掻っ切る。


 一瞬にして鉄蜘蛛サリヴァンは壊れた玩具のように動かなくなる。


「誰かは知らんが、助かった…」

 最後尾にいた五郎は安堵のため息をつく。


 俺は牛男ミノタウロスのヘイトを集めるべく、背中を深紅ルージュで突き刺す。


 ただ、ヘイトを集めたはいいもよの、先ほどと同様に刃は通らず俺は防戦一方となる。

 牛男ミノタウロスの攻撃の挙動は大振りで鈍間のろまなため、目さえ逸らさなければ躱すのは容易だ。


 ただ…倒す手立てがない。


「月夜に閃く一筋の光、我が敵を討ち滅ぼし、我が世界を守護せよ!」

月女神の弓アルテミス・アロー


 眩い閃光が閃きミノタウロスの頭部を捉える。


「ぐおぉぉぉぉ!」

 牛男ミノタウロスが膝をつく。


「まったく、勝手に突っ走って!アーサー、大丈夫?」

 

「イリーナ、助かった」

 さすがかゆいところに手が届く侍女だ。


 イリーナの魔法により周囲が照らされる。

 ふと、洞窟内の脇に明らかに人工物である通路が顔を覗かせていた。


 壁一面に奇怪な文様が刻まれた黄土色のレンガが積み重なっており、五郎が造った洞窟がたまたまその通路に繋がったのだろう。


「五郎!この穴を塞げ!」  

 五郎は瞬時に俺の意図を理解し、ヘパ ーイトスの金槌を打ち付け人工物の通路を防ぐ。


 直後、牛男ミノタウロス鉄蜘蛛サリヴァンが苦しみ始める。


 その隙にレメリアは鉄蜘蛛サリヴァンの群れを手早く仕留める。


 俺はハンドサインで兵士たちにアリスたちの避難を命じる。


「イリーナ!」


「任せて!月の剣よまゆに沿い弧を描き、天に沿い地を照らす」

三日月クレセントムーン


 イリーナの魔法で眩い三日月が地を走る。

 三日月の軌跡が膝をつく牛男ミノタウロスを両断する。


“剣技・大剣衝マグナカルタ

 さらにイリーナの魔法に合わせて無数の刺突をミノタウロスに放つ。


 刹那の沈黙。直後、幾重にも重なる衝撃波が爆ぜ牛男ミノタウロスが粉々になる。


「ふぅ~、なんとか片付いた」


「ねえ!マメを助けてよ!」

 一息つく間もなく、りこが俺に駆け寄り涙を流しながら懇願する。


 そうか、そう言えばここで俺は死んだったな。

 アリスとメルルもこちらに駆け寄って頭を下げる。


「わかったから、お前らはここで待ってろ。レメリアと兵士たちは先にこいつらを避難させてくれ」


「マメオ…」

 アリスは何故か俺に向かってその名を呟く。


「…?なに言ってんだよ、俺の名はアーサーだ」


「ご、ごめんなさい。なんか雰囲気がマメオっぽかったからつい…私ってばどうかしてるわね。てか、そんな事より急いで助けて」


 相変わらず自分勝手なアリスを見て少し頬が緩む。


 ただ、俺が転生してる以上マメオは死んでいる。

 結末を知りながらも自分の死体を確認しにいくというのは余り気持ちの良いもんじゃないな。


「イリーナ、俺に付いてこい!」


「私も行くにゃ!」

 比較的元気そうなメルルが無理矢理ついてくる。


「大丈夫か、メルル?」

 敵の気配は無いから大丈夫だろう。


「にゃ?私…あんたに名乗ったかにゃ?」


「あっ、いや…さっきそう呼ばれるのが聞こえたから」

 何とも歯切れの悪い返答をしてしまう。


 メルルは懐疑的な目でこちらを見ている。


 俺は気付かなかった事にして、ひたすら五郎が作った洞窟を進んだ。

 徐々に血腥ちなまぐさい、鉄の匂いが鼻を突く。


 そろそろか。


 目的の俺の肉体はおびただしい血を流しながら横たわっていた。


 右腕は本来あるはずの場所にはなく洞窟脇に転がり、鉄蜘蛛サリヴァンによって食い荒らされたのかもはや誰か判別できないほどだった。


「マメオ様…」

 それでもあの肉塊が俺だと確信しているメルルが震えた声でよろよろと俺だったモノにすがり付く。


「まだ間に合うかも…」

 誰もが諦めるであろうこの状況で、イリーナがとんでもない事を口にする。


「イリーナ…間に合うって」

 イリーナは俺を無視して手を組み詠唱を始める。


「真なる神。祖たる海。根源たる摂理。反撥、拒絶、棄却、堕天の紋章、乖離する自我、ここに魂と肉体を呼び戻せ!」

月冥回帰ムーンデスアニバーサリー


 元俺の死体に、青紫の光の粒子が泡のように纏わりつく。


 すると先ほどまで判別できなかった死体が俺と分かる状況まで肉体を取り戻した。


「よし!アーサーもこれで蘇ったから、たぶん大丈夫」


 それはあり得ないだろう。

 いくら回復魔法に疎い俺でも一度死んだ人間を蘇生するなんざ無茶だって事ぐらいわかっている。

 ましてや俺は既に転生しているんだぞ。


「ホントにゃ!心臓が動いてるにゃ…でも意識は戻らないみたい…」

 メルルはその場で両手を上げ飛び跳ねる。


 えっ…えっーーー!

 俺は理解が追いつかないでいる。


 転生したのに元の俺は生きている?

 どういう事だ…。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る