第19話 飴と鞭

 王都エルミナからオルバ村までは約1週間掛かる。俺たちは野営をしつつ歩を進め、現在サルラの町で宿泊していた。


「久々のベッドだ!」

 俺は客室のベッドにダイブする。


「今更なんですけど、その娘を同じ部屋にして大丈夫なんですか?またアーサー王子の生命を狙ったら…」


「それなら大丈夫だろ。な?」

 俺はレメリアを見やる。

 レメリアは申し訳なさそうに顔を伏せる。


「あのワカメ王子の命令だったんだ。コイツは悪くねえ。あそこまで調教されてりゃ逆らえんだろう。逆に今もアイツの命令で俺に付いてるんだからある意味安心だろう」


 スピカ王子が裏で俺の暗殺を指示している可能性はゼロでは無いが、そのような素振りは見せていない。


 正直、前前世と前世の二度の死を経験して俺は死ぬ事に関して恐怖心が麻痺してきている。


 それと俺がレメリアを信用している理由がもう一つある。


 このアーサー王子とやらの体になって数日、彼の“目”が少々特殊である事に気付いた。


 この“目”は常人以上に視覚情報を拾う。

 お陰で状況把握をしやすいし、他者の心理状態も見抜ける。アーサーの生まれ持った才能なのか、魔法やチートのたぐいなのかはわからないが。


 この目がレメリアが裏切らないと証明してくれている。


「それにしてもアーサー王子は別人のようになられましたね」

 別人で間違いないが、それを説明したところで信じてはくれないだろう。


「イリーナ、その王子ってのは止めてくれ。変装してる意味が無くなるだろ」


「確かにそうですね気をつけます。アーサー」


「どうして…オルバ村を目指してるんですか?」

 レメリアも当初と比べるとだいぶ話してくれるようになった。


「先日、連絡の取れなくなったオルバ村に先遣隊が向かいましたが、その先遣隊も戻らなかったそうです。その件と何か関係が?」


 オルバ村お連絡が取れない。

 俺は最悪の想像をした。


 …もしかして魔が復活した?


「いや、その話しは初めて聞いた。オルバ村はいつ頃から連絡が取れない?」


「そこまではわかりません。もともとルシアン王国の西端の地ですから情報もあまり入ってきませんので…」


 そう言えばオルバ山の更に西側は海だったな。

 そこまでは行ったこと無かったが。


「分かったありがとう。とりあえず明日も早い。今日は休もう」


「結局、目的を話してくれないんですね」


「とりあえずはオルバ村の状況を把握してから話す」

 俺が2度目の転生を迎えて数日。みんなの無事を祈るばかりだ。元のアーサーには申し訳ないが、それに比べたら王位のごたごたなんざどうでもいい。

 

 客室には2つベッドしか無かった。

 イリーナと俺がそれぞれベッドを使い。

 レメリアは入口の扉付近でしゃがみ込むように眠りについた。

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 どれぐらいの時間が経っただろうか、激しい雨風が窓を叩く音で目が覚める。


 気が付くとレメリアが布を巻いただけの下着姿で俺の枕元に立っていた。

「うおっ!びっくりした。レメリアどうしたんだ?」


「アーサー…あなたはどうして生きていたの?あの時脈は完全に止まっていたはず…それにどうして私を傍に置くの?」


「どうしたんだ突然。質問ばかりだな。そうだな…なら俺はアーサーじゃないって言ったら信じるか?」


「アーサーじゃないんですか?」

 レメリアは純粋なのか俺の言葉を受け首を傾げる。


「質問に答えるとしたら、アーサーは確かに死んだ。俺は2代目アーサーってとこだ」


「それは…どういう意味ですか?」

 レメリアは震えながら自分を抱き締めるような仕草をしてみせた。その体には痛々しい鞭のあとが残っている。


「後は自分で考えるんだな。そんでもう一つの質問の返答だが…役に立ちそうだからということと、憐れみも少し入ってるかな」


「…あわれみ?」


「そうだな。君には失礼な話かもしれないけど」


「アーサーは私に折檻せっかんはしないの?」


 やっぱりか…レメリアはスピカ王子によって支配されている。恐怖と痛みによって。

 そして、レメリアもいつの間にか洗脳されスピカ王子に依存してしまっている。


 話かもしれないが痛みが無いと彼女は不安になるのだろう。  


 あの時の僅かなやり取りで、その事が透けて見えたから、俺はレメリアを憐れみ心を解放してやろうと思った。彼女にとって大きな御世話かもしれないが…。


「レメリアこっちにおいで」


 レメリアは俺に言われるがまま布団に入ってきた。

 痩せ細った体から熱が伝わってくる。

 俺はレメリアの頭を撫でながら優しく抱き締めた。


「レメリア、俺は別の方法でキミの信頼を得れるよう努力するよ」


「痛くしないの…?」


「愛情をキミに伝えていくよ」


 ゆっくりと頭を撫で続けていると、レメリアは最初は震えていたが、徐々に落ち着き寝息が聴こえてきた。

 まだ年端もいかない少女をここまで追い込むとは。スピカ王子はとんだゲス野郎だ。


 ただ…調教の才能に関して言えば光るものがあるかもしれないな。


 そんな事を考えながら、気付けば俺も眠りについていた。






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