第3話 神は死んだ

 「来ちゃったって…どうしたんですか?それにその格好は…」

 アリス様はいつもの修道女のような服装ではなく、ウェーブ掛かった金髪にひらひらした青色のゴスロリ衣装を着ていた。


「ああ、いつもの服は部屋着なのよ、んでこの服はお出掛け用」


 どこの世界に修道服を部屋着にして、ゴスロリ衣装を外出用の服にする女神がいるのだろうか…。


 呆気に取られている俺の事などお構い無しにアリス様は説明を続ける。


「女神、辞めてきたの。先月もサビ残が120時間を越えてて超絶ブラックだったから、労基ろうきに駆け込んだの」


「この世界って労基なんてあるんですか?」


「何言ってんの、当たり前じゃない。女神って言ったって数ある職業の内の一つに過ぎないわ」


 …今まで知らなかったが、どうやら女神は職業らしい。


「それでどうなったんですか?」


「なんだかんだあって、雇用主の神から今までの残業代と慰謝料がっぽりいただいたわ」


「なるほど…ここに来るまでの経緯はわかったんですけど、理由がわからないです」


「だって辞めたはいいけど、どこに行けばいいか分からないし、1000年ぐらい女神をしてたから知り合いなんて転生者ぐらいしかいなかったから…」

 アリス様は頬を赤らめながら答える。


「でも、他にも転生者はたくさんいるのにどうして俺のところへ?」


「クズニート共の中であんたが一番マシだったからよ」

  ニートの中でマシと言われても素直に喜べないが。


「でもここに来ても俺とばあちゃんは貧しいからそれぞれの山小屋も6畳程度しか居住スペースがないですよ」


「別にいいわよ転生者を案内する部屋だって暗闇にパソコンがあるだけだったから」


「でも…」

 そこまで言ったところでアリス様が突然激怒する。


「なによあんた!さっきから“でも”ばっかり言って、そんなにあたしが一緒に住むのが嫌なの?」

 アリス様の顔を見ると少し涙目になっていた。


「いや、俺としては嬉しいんですけど…」

 こんな美少女が一緒に住むのは正直嬉しいが、一つ困る事がある。


 …それは推し活に支障が出ることだ。

 まず、俺は推しの生配信の30分前から精神統一を図る。

 そして、配信中は“りこりん”の一挙手一投足を見逃さないように、まばたきすら許されない。

 配信を全て見届けると本日の所感を紙に書き留めた後に“りこりん”への愛を歌にする。


 …果たしてニート嫌いなアリス様の前でそのような暴挙が許されるか。


「アリス様、もしよろしければ祖母の家で住み…」


「イヤよ」

 俺が言い切る前に彼女は即答する。


「ふぅ、わかりました。そこまで言うならいいですよ」


「やったー!」

 アリス様は本当に嬉しそうに両手を上げて飛び上がっていた。


「とりあえず疲れたでしょう。少しやつれてますよ。俺は少し狩りに出ますのでアリス様は家で休んでて下さい」


「ありがとう。マメオはやっぱり優しいわね」

 アリス様は満面の笑みでお礼を言い、俺の家へと入っていった。


「ぎゃああああ」

 我が城山小屋に入った直後、アリス様の絶叫が響き渡る。


「しまった!」

 俺は慌てて踵を返し自宅の扉を開ける。


 そこには我が崇拝する等身大りこりん像を見てドン引きしているアリス様がいた。


 次の瞬間アリス様の拳がりこりん像へと炸裂する。


「ぎゃあああああ、アリス様、なんて事を!」

 今度は俺の叫び声が山中に響き渡る。


「あんたなによこれキモいのよ!」


「いえいえ、これは我らりこりん教団の崇拝する神のりこりん様になります」


「なによりこりん教団って!ただのVTuberブイチューバーでしょ。せめて、私の像とかにしなさいよ…いやそれはそれでキモいか」

 アリス様はそういいつつ何やら詠唱を始める。


「善となる光神リジェロよ。聖なる導きを以て彼の者の原罪をあがなえ」


滅殺刑エグゼキューション


 一瞬、眩い光が視界いっぱいに広がる。

 …次の瞬間、りこりん像があった箇所には何も残されていなかった。


「…そんな動画を参考に技術を磨き、こつこつと10年かけて作り上げたりこりん像が…」


 俺はその現実に耐えきれなくなり、目の前が真っ暗になった。この時、我が神は死んだのだ。









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