第15話 情報を求めて。救出作戦 前編

今回、月のフクロウには議長から直々にイリスレインの救出作戦の遂行を命じられていた。


 本来であれば、リリンのマナに侵されたイリスレインの情報が入れば救出作戦には施設本部の主力部隊が赴く。


 しかし、前回の慈善活動で好成績を収めたことと、観測者が指導者として付き添うこと、また主力部隊の慢性的な人手不足解消のために、月のフクロウの昇級試験も兼ねて彼女たち月のフクロウのメンバーが救出作戦遂行部隊に選ばれていた。


 施設本部の諜報部隊が調べたところ、教会が海底遺跡の調査をしているという。


 遺跡の調査自体は珍しくない。古い場所にはリリンのマナも多く集まる。今回の教会の目的もマナの採取だと思われた。


 問題は遺跡調査に向かったメンバーの中にリリンのマナに侵されたイリスレインがいるとのこと。


 今回は海の中ということもあり、一般的なグールの魔法だけでは海中での行動が難しいのだろう。


 操られたイリスレインがグールの指揮権を持ち、教会の意のままにリリンのマナを回収しているとの情報だった。


 海底遺跡の上空までやって来ると、レイナが聖剣を掲げてメンバー全員に清浄な風の加護を与えた。


 続いて姫騎士サオリが祈りを捧げて風の加護の結界を張る。これで海中でも酸素の確保ができる。


 最後にガード役のシャロが結界魔法と防御魔法を張って、シャボン玉のような防御膜の中に一人ずつ入り込んだら海中へと飛び込んだ。


 全員に共通して与えられた風の加護のおかげで海中でもメンバー同士で会話も可能だ。


 海底遺跡の入り口は大昔に沈んだ海賊船が真っ二つに折れたところ。下に沈んだ方の船の中だった。


 そこから鍾乳洞に繋がっており、ようは海賊船は鍾乳洞のでっぱりにぶつかり座礁したのだろう。


 わずかに鉱石が淡く光る鍾乳洞の水浸しの岩だらけの地面を歩いていく。


 洞窟の所々では骸骨が転がっていた。アニマは見かける度にひぃと小さく声を上げた。


「なんでちびっ子まで連れてくるんだよ。こいつ役に立たねぇだろ」


 アカネは幼女相手にも思ったことを口にするタイプだ。


「アニマは戦闘中に役に立つんです!」


「……いつもサオリにおんぶされてるじゃん」


 物静かなスズメも割と発言には容赦がない。


「そ、それはちょっとアニマが臆病なだけでして!」


「恐怖心を無くすためにリリンのマナを撃ち込んでやろうか」


 メガネを光らせるシャロも研究対象を前にすると良心が吹き飛ぶようだ。


「びええええええええん! 観測者さん! みんながアニマをいじめますううう!」


 防御膜があってもアニマは観測者の胸に飛び込んでしがみついてきた。


「回復役は重要だ。己の仕事を果たせば誰も文句を言わない」


「そうですかあ? アニマは可愛いからみんなに嫉妬されていませんかあ?」


 むんずとアニマの首根っこを掴んだサオリは観測者からアニマを引きはがした。


「嫉妬なんてしていませんよ。ですが小さい体を利用して観測者さんに抱きつくのは感心しませんね」


「ほらあ! アニマに嫉妬してるんだ!」


「アニマ、少しは静かにしろ。我々は敵の根城に潜入しているのだぞ」


 こういうとき、しっかりと正論で話をまとめる聖剣士レイナは頼りになる。


 アニマも納得したようで、しばらくは黙々と海底遺跡の中を歩き続けた。


しかし、鍾乳洞の中を黙々と歩いても、先発しているはずの教会の調査隊の姿はどこにもない。


「おかしいですわね。不浄な空気を感じません。リリンのマナは取り尽くされてしまったのでしょうか」


「ちくしょお! ハズレかよ! じゃあ教会のやつらも引き上げっちまったんじゃねぇのか」


「……アカネうるさい。まだ居ないと決まったわけじゃない」


 レイナは観測者の方へ振り向いた。


「観測者、どうしますか?」

「判断はお前たちに任せる」


 今回は月のフクロウの昇級試験も兼ねているため、いつものように解説などをするわけにいかなかった。


 レイナもそれについては理解しているようで、今のは不測の事態でも観測者の指示を仰ぐべきなのか確かめたかっただけだろう。


「シャロ、鍾乳洞のマップはある?」


「持ってるよ。データは国連とも教会とも一致している。このマップの信憑性は高い」


 端末で開いたマップをレイナは確認すると、メンバーの顔を見渡した。


「ここからは大まかに三つのルートがあるみたい。でも、最終的には一番奥の洞穴にたどり着くのね。そこが行き止まりよ」


「んじゃ、三つの班に分かれるか」


「いけません。わたくしたちは班を分けられるほど個々の戦力が高くないのです」


 アカネの短絡的作戦はサオリが止めた。


「……てことは二つは当たりかもしれないけど、あえて最初に選んだルート一つに絞り込むってこと?」


 スズメの意見にシャロが賛同した。


「現状それしかないだろう。当りかハズレか、確認のしようもないが選べるのは一つだけだ」


「それじゃあアニマが選んであげるね! んーと、……真ん中!」


 しかし、冷静なレイナがサオリに頼んだ。


「私の幸運を上げてくれ。風の良く吹き抜ける道へ進もう」


「妥当ですわね。それで行きましょう」


「うええええええ! アニマの活躍は!」


「ねぇよ。黙ってろ役立たず」


「……アカネもうるさいから」


「全員私の実験材料になって物言わぬ最高の戦士にしてやろうか!」


「びええええええええ! 怖いいいい!」


 サオリは両手を組み祈りを捧げる。レイナの体に聖銀のシャワーが降り注ぎ、レイナの幸運が上がった。


 その状態でレイナは聖剣を地面に突き刺し風の加護を得る。


「清浄なる大地の息吹よ。我らに道を示せ」


 新緑の芽吹きを感じさせるような青々とした風が通路に流れ込んでいった。


「うむ、最も勢いよく通り抜けたのは左だ」


「では左の道へ進みましょう」


 行くべき道を見い出したメンバーの後ろを一定の速度で観測者はついていった。


 いつもいつも正論っぽいことを言い放ち、正しいと思われる道へメンバーを導くレイナだが、観測者から見ればぽんこつだった。


 今回の目的はリリンのマナに侵されたイリスレインの救出と保護だ。


 ならば行くべき道は最も不浄であり、敵と遭遇する確率の高いゴミ溜めだろう。


 なぜ幸運まで上げて清浄な風で先回りまでして敵と最も遭遇しない道を選ぶのか。


 本来ならそのことに知力の高い姫騎士のサオリが気付くべきなのだが、一見仲間のために良さそうな見栄えのいい意見を聞くと思考力が停止する。やはり臨機応変に対応する応用力がサオリには足りない。


 とはいえアカネの短絡的思考は問題外。アカネに指揮権は渡せない。


 スズメの機動力と観察眼がもっと育てば今回の作戦では指揮を取れただろう。


 常に一歩引いた位置でメンバーの意見を聞いているシャロは今のところ悪くない。


 冷静な判断を下せるまともな奴が一人は必要だ。シャロは補佐官に向いている。


 アニマは臆病さえ直せば戦力として言うこと無しだと観測者は判断していた。


 そして、敵と一体とも遭遇しないハズレの道をひたすら進んだ。


 マップで見れば三分の一まで到達したところでアニマが根を上げた。


「疲れたよおおお!」


「そうですわね。ここら辺で一度休憩を取りましょう」


 サオリが水筒の冷たい水をアニマに差し出す。アニマは笑顔で受け取ってごくごくと飲んでいた。


「ではわたしが簡単なキャンプ飯でも作ろう」

「おいおい、呑気に調理していて大丈夫か?」

「敵が来たら鍋をぶつければいいではないか」

「シャロはたまに大胆なこと言うよね。まぁあたしもそれに賛成。お腹空いた」


 それぞれ休憩を取るというので、観測者も壁に背中を預けて瞳を閉じた。


 もちろん、ミジュに会いに行くために。早速意識を向こう側へ、そう思っていたらスズメから声をかけられる。


「ねぇ観測者。今日は試験も兼ねているんでしょ。いつもみたいなお勉強はしないの?」


「必要な知識は与えている」


 不愛想な観測者の態度に歩き疲れている月のフクロウのメンバーはいつもよりご立腹だった。


「観測者さんはアニマたちに冷たいですよおおお!!」


「そうですわ! そんなんだから【冷淡なドゼ】なのですわよ!」


 アカネは実力行使に出ようというのか、にじり寄って来ると、胸を押し付け、生足を絡めてきた。


「つまんねぇお勉強でもよぉ、おめぇが教えてくれるならちゃんと聞くからよぉ」


「ふふ、私は体を使って実戦で教えてもらいたいがな」


 いつの間にか隣にはメガネを外して上目遣いで見つめるシャロがいた。


「わたしも聞きたいものだな。わたしたちの生みの親であるイリスとはなにか? そしてリリンとはなんなのか。どうしてわたしたちは同時にこの世界へ生まれ落ちたのだろう」


 観測者はアカネとシャロの伸ばされた手を振り払うと、素っ気なく言い放つ。


「知らなくても生きていける。必要だと思うのなら己で見つけ出せ」


 仮眠を取ると言い残して、観測者は今度こそ瞳を閉じた。


 意識が飛び立つ前に月のフクロウのメンバーたちの声が聞こえていた。


「ミステリアスで素敵ですわあああ♡」

「ますます惚れるぜ」

「きゃああ♡ 命令されると下腹部がうずいちゃう♡」

「レイナお姉ちゃん、一番興奮してるね」

「ふふ、この隙に生絞りは出来ないだろうか」

「無駄だよ。観測者は睡眠中、自動防御システムで相手を弾くから怪我をするだけ」

「経験済みなんだなスズメ」

「名誉の負傷よ」


 似たもの同士ばかりが集まる月のフクロウメンバーだった。



☆☆☆

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