第5話 月のフクロウ、メンバー紹介 前編
月のフクロウのメンバーは任務が終わるとそれぞれ好きなところで待機している。
今は予備部隊の月のフクロウだが、戦闘の主力部隊まで育て上げるのが観測者の役割だ。
観測者は手のひらサイズの端末を取り出すと、ディスプレイ画面で各メンバーがどの場所で待機しているのか確かめた。
ホールから一番近い場所で待機しているのは技術開発部で仕事をしているメガネっ子の朝井シャロだ。
観測者は迷わず現在の自分の居場所から近い順に月のフクロウのメンバーに会いに行った。
エレベーターを乗り継いで一番深部にある技術開発部に行くと、白衣姿のちびっ子Eカップ朝井シャロがイリス因子を組み込んだ作業ロボットを動かして新たな防具を作っているところだった。
「シャロ、今は防具造りか?」
後ろから声をかけるとシャロは振り向いて、やっと来たのね、と笑みを浮かべた。
「遅いじゃない観測者。私の結界魔法も完璧じゃないからね。発動中はすべての攻撃を反射してくれるけど、ずっとは無理。私の中のイリスエーテルの残量がゼロになって動けなくなるわ」
イリスレインたちが使うエーテル魔法のエネルギー源はイリスレインたちの体内で作られているイリスエーテルと呼ばれる力だ。
一晩寝れば回復する体力のようなものだが、体力と同じで一度の戦闘で使い切ってしまったら体が動けなくなる。
観測者は端末に情報を打ち込んでいく。
「エーテルの総量を底上げすることも課題の一つだな」
「簡単に言うけどさ、毎日エーテルが底を尽きるまで魔法をぶっ放せというつもり?」
「訓練室でぶっ放せばいいだろう。倒れれば救護班が自室まで運ぶから問題ない」
頭が痛いのかシャロは指先で額を抑えて疲労の濃い表情を浮かばせた。
「わかった。もっと効率よくエーテルの総量を底上げする訓練道具を開発するから待ってて」
「それもいいが、中和剤をもっと簡単に確実に撃ち込める方法とか、中和剤自体の進化はできないのか?」
先の戦闘でミジュが瞬殺したドラゴンも中和剤を撃ち込めていたら、月のフクロウにも勝機はあった。
ただし、問題は銃弾ではドラゴンのダイヤモンドのように硬い装甲を撃ち抜けないということだ。
中和剤の話を聞くとシャロのメガネが光った。
「もちろん、中和剤の新たな進化は必須条件よね。それならサンプルをたくさん作って実験を繰り返す必要があるわ。サンプルをたくさん作るには、原材料がたくさん必要よね?」
「わかっている。近いうちに冷凍保存で届ける」
しかし、そういう観測者の足にシャロは黒いストッキングの足を絡ませて、腕にはEカップのおっぱいを押し付ける。
桃色に上気した顔を観測者の耳元へ寄せて、艶やかな唇から甘い言葉を囁いた。
「わざわざ冷凍保存する必要ないって。私が手伝うよ。新鮮な生のミルクが一番なんだよね」
そう言いながらシャロの手は観測者の股間に伸ばされて、触られる寸前で観測者は身を翻してシャロから離れた。
「悪いが他の隊員も成長させる必要がある。シャロは研究を続けてくれ」
もう用はないとばかりにシャロに背を向けて観測者は技術開発部を出ていく。
観測者の背中にシャロの恨み言が投げかけられた。
「相変わらず、この【冷淡なドゼ】め」
聞かなかったことにして観測者は足早に次の目的地へ向かう。
端末のディスプレイを見ると深部にはあと二人いるようだ。
まずは先の戦闘で失神して救護施設に運ばれているロリっ子の国見アニマの様子を見に行くことにした。
ここの通路は医療施設などもあるので廊下もつるりとした白いタイルで清潔な印象だった。
どこからか石鹸やエタノールの匂いが漂ってくるし、雰囲気は病院の通路と変わらない。
キュッキュと軍用ブーツの底を鳴らしながら通路を進むと救護施設の透明な防弾ガラスの扉が見えてくる。
扉の横の指紋認証で扉を開けると奥のカーテンで仕切られたベッドへ近付く。
ピンクのカーテンを開けるとアニマが上体を起こしてピンクのぶかぶかローブを着こんでいるところだった。
「あ、観測者のお兄ちゃん! アニマに会いに来てくれたの?」
「具合いはどうだ?」
「えへへー、もう大丈夫だよ。観測者さんアニマを心配してくれたんだね。嬉しい!」
満面の笑みを見せるアニマを見て身体状況に異常無しと端末に打ち込んでいく。
「これならお勉強も今から出来るな」
アニマは途端に泣きそうなショックを受けた表情に変わった。
「うえええそんなああああ!」
「回復役には知力が必要だ。まずは基本的な社会情勢の勉強から始めよう」
つまらなそうにシーツをくしゃくしゃに揉み込むアニマは、やがて思いついたように観測者の顔を見上げた。
「観測者のお兄ちゃん! アニマを抱っこして! ほらよくあるでしょ、お母さんが絵本を読んでくれるときはお膝の上にアニマを抱っこして頭をなでなでしながら読んでくれるんだよ」
端末を見つめてアニマの成績を確認する観測者は素っ気なく言い放つ。
「俺が聞かせるだけだ。教材はない。まずは国連と教会の成り立ちから復習するぞ。覚えている範囲で俺に説明してみろ」
「抱っこ。遊んで。頭撫でて」
ロリっ子というか紛れもない幼女の大人の話は聞かないスタイル。それに対して観測者は相手を睡眠学習でも覚えられる脳みそスポンジだと思うことにした。
「イリスレインが突如世界に降り注いだのは今から五十年も前になる。それまで戦争では戦車や戦闘機のミサイル、歩兵部隊のライフルや地雷などが主な武器として使われ、戦いを繰り広げてきたわけだが、イリスレインと呼ばれる少女たちが現れてから状況は一変した」
アニマはベッドの上に立ち上がり、観測者に抱きつこうと浮力を使ってふわふわと体を浮かばせながら近寄って来る。
「イリスエーテルを使用したエーテル魔法は一撃で大隊の戦車部隊すら吹っ飛ばす威力を持つ。世界中が思い知ったのさ。始まりの地と呼ばれる孤島からイリスの遺伝子を持って生み出され世界に降り注ぐ何万人というイリスレインに現代の戦闘力で敵うわけないと」
ついに観測者の体に抱きついたアニマはにこにことした笑顔で観測者の体を上り始めた。
「イリスの遺伝子を持つイリスレインは女性のみ生まれる。そしてイリスレインと同時に世界中で発見されることになったのがリリンのマナと呼ばれるエネルギーを内包した紫色の球体だ。木に成っていたり、道端に転がっていたり、海に浮かんでいたり、どこでも見かけるな。既にリリンのマナを食った魔獣を倒すことでもリリンのマナは手に入る」
観測者のフードを脱がそうとするアニマの両手を抑えた観測者は説明を続けた。
「リリンのマナはイリスの因子に支配力という影響を及ぼすことがわかっている。リリンのマナを注入されたイリスレインは正常な思考力を奪われ操り人形になるんだ。それに目を付けたのが国連と教会だった」
「因子ってなに?」
「遺伝子と言い換えてもいい」
「観測者さん、お顔見せて」
「国連と教会の成り立ちを説明できるか?」
両手を抑えられているアニマはつるペタの胸を観測者の額に押し付けるように体を折り曲げると、にぱっと笑った。
「ええっと、国連は旧世代の人類が主な構成メンバーなんだ。リリンのマナを使ってイリスレインを戦争の道具に使おうとして大昔にバンバンとイリスレインを捕えてはリリンのマナで洗脳していったよ」
「その通りだな」
「ちゅーしよ。観測者さん、舌を絡めて唾液が伸びるくらい口の中でれろれろちゅーしようよ」
「続きは?」
「教会はイリスレインたちだけの社会を作ろうとした。旧世代とも仲良く暮らしたいアニマたちみたいなイリスレインは言うこと聞かない悪い子だっていって、やっぱりリリンのマナで洗脳したよ。旧世代の社会を取り戻したい国連と新世代の社会を作りたい教会は互いに作り出したグールと、グールの指揮権を持つ洗脳されたイリスレインを武器に使って戦争を繰り広げています」
観測者はアニマの答えに満足してアニマの体をベッドの上へ降ろした。
「補足だ。グールとは人工的にイリスの遺伝子を注入して旧世代をイリスレインに変えようとした人体実験で生まれた失敗作のことだ。彼らには最早自由意志がなく、元に戻してやることも不可能。見つけたらせめて苦しまずに葬ってやることしかできない」
「イリスの遺伝子はどこで手に入るの?」
「始まりの地だ。あそこにはイリスの遺伝子となるマナもエーテルも大量に充満している。ただし、高濃度エーテルに人体が耐えられないから今のところ無人探索機がマナやエーテルを搾取するためにしか訪れることはできない」
知識を与えたからか、アニマの身にまとうエーテル量が目に見えて増加した。
具体的に言うと金色の光がシャワーのようにアニマに降り注ぎ、回復力が上がったことがわかった。
「今日の勉強はここまでだ。よく寝てよく食べよく遊べ」
「ええー、観測者さん、アニマと遊ぼうよ」
「次の予定が入っている。じゃあな」
既に観測者の足は救護施設の出口へと向かっていた。
背後ではアニマがベッドの上で転がりながら恨み言を叫ぶ。
「つまんなーい! この【冷淡なドゼ】お兄ちゃんのバカヤロー!」
何も聞かなかったことにして救護施設を出ていった。
次の目的地は深部の鍛錬室で特訓中のBカップ、赤浄アカネだ。
鍛錬室へ向かう廊下は竹を敷き詰めた和の雰囲気の強い通路となっている。
本来は裸足でないと歩いてはいけないのだろう。
しかし、観測者は構わず軍用ブーツをかつかつ鳴らして訓練室へと向かう。
瓦屋根の道場と書かれた訓練室に入った。
畳を敷き詰めた訓練室の中では白い道着に着替えた赤浄アカネが空手の型を繰り返し練習していた。
観測者はしばらくアカネの様子を眺めていた。
やがて汗を飛ばして稽古に励んでいたアカネは息を深く吐き出すと動きを止めた。
用意していたタオルで汗を拭うと観測者の方へ振り返り、爽やかな笑みを見せる。
「よう、【冷淡なドゼ】遅かったじゃねぇか」
「……最初からそう呼ぶなら俺にも言いたいことがある。余計な評価と俺の名前を一緒に呼ぶな。名前で呼ばれるのは好きじゃないと言っているだろ」
くっくっく、と声を押し殺して笑うアカネは観測者の肩に腕を回す。
「お前はどうしてそんなにつれねぇんだ。あたいたちとチームを組んでもう三年になるだろ。なのに飲み会には来ねぇし、休みの日もどっかいなくなるし、少しはあたいたちと仲良くしたらどうなんだ」
「俺は月のフクロウの指導者だ。必要以上の接触に興味はない。アカネたちが順調に成長すればそれで満足だ」
しかし、アカネはそれで満足しなかったらしい。突如、観測者のみぞおちに拳を打ち込んできた。
「……くっ」
「お! 相変わらず反応良いな! 今のは入ったと思ったんだけどな」
観測者は腹部に力を込めたので、痛みはだいぶ軽減できたが、普通の人間なら吹っ飛んでいただろう。
気を取り直したように観測者はアカネの腕を掴み説明を始めた。
「エーテルの使い方が悪い。拳で打ち込むときは体全体を覆っているエーテル魔力を拳の一点に集中させるんだ。チームにはガードも回復役もいる。仲間を信じてアカネは最大の一撃を拳に乗せろ」
ほお、と感心したような吐息を漏らすアカネはその場で攻撃の形をとる。
そして虚空に目掛けて拳を打ち込んだ。
ドンッ! という重低音が響き渡る。空気という風の壁をぶち破り、衝撃波が道場全体を揺らした。
「やるじゃん観測者! あたい強くなったよ!」
アカネの体の上にも金色のシャワーが降り注ぐ。武力が上がったのだろう。
「まだ接近戦のレベルが上がっただけだ。アカネには広範囲の炎魔法がある」
だが、アカネはエーテル魔法については乗り気ではないらしく赤髪のふわふわ頭をかいた。
「エーテルか。いまいち感覚が掴めねぇんだよな。そもそもさ、エーテルってイリスの遺伝子なのか?」
「イリスの因子。イリスの遺伝子がもたらすエネルギー源だ」
ふぅん、と鼻を鳴らすアカネはそれでもよくわからないらしい。
「あたいはさ、自分が何者なのかよくわかってねぇんだよな。イリスの遺伝子を持って始まりの地で生まれたっていわれるけど、最初の記憶は街の上空を飛んでいるところだった。街はキラキラ輝いて見えたな。あたいには最初からこの世界の基本的な情報をすべてインプットされていたみたいで、世界のことは知っていたから、これからここでどうやって遊ぼうって、考えてたのはそれだけなんだよ」
観測者は頷いた。
「大体のイリスレインが同じ境遇だ。生まれた瞬間のことは知らない。イリスがなんなのかもわかってはいない。ただ世界と、力の使い方を知っているだけだ」
だが、それで十分だろう、と観測者は呟く。
「母親の腹から生まれようが、自分はどうして生まれたのかと悩む者もいる。俺からすれば不要な悩みだ。そこに思考を費やすより、より多くの命を救い、救えるだけの力を身につけた方が自身も他者も幸せになれるだろう」
ぴゅーと口笛を吹くアカネはかっこいいね、と言いながら観測者の腕に絡みつく。
「あたいはさ、あんたみたいにシンプルな考えのやつ好きだよ。難しいことは抜きにしてさ、とにかくバーンと敵をやっつけてサクッと困っている奴を助ける。その方があたいらしい」
「そうだな。では魔法の向上を図るとしよう」
だが、端末をいじる観測者はライオンに頭から食いつかれたかのように、アカネに頭から抱きつかれた。
「いいや! そんなことよりこの熱い気持ちが今収まらねぇ! 観測者! あたいはこれと決めた男には尽くすタイプだぜ! 畳みで悪いがここでいいだろ! あんたの熱い奴を奥までしっかりと打ち込んでくれよ!」
愛を感じたいんだ、と獣のように要求するアカネの体を引きはがし、観測者は首のコリをほぐすために手で首筋を揉みながら頭をゆるく回した。
「その熱い気持ちを一気に火炎魔法として放出してみればいい。俺の指導は以上だ」
さっさとアカネに背を向けて観測者は出口に向かって歩き出す。
背後ではアカネの悔しさが赤い光と叫びによって具現化されていた。
「ちくしょおおおおおおお! またお預けかよおおおお!」
ドゴオンッ! 道場の天井から木の端がパラパラと落ちてくる。
何重にも結界魔法と防御魔法が張られた道場を一部壊すほどの威力を叩きだした。
アカネが金色のシャワーを浴びているのを見届けながら、観測者はエレベーターへと向かう。
次に近いのは中央ルームの図書館棟にいるHカップの九重サオリだ。
そろそろ刺激され続ける性欲を解放したい。
頭の中では花に囲まれて眠る凶悪で残忍な殺戮の天使の寝顔がキラキラと輝いていた。
やはり我慢は良くないな。観測者は予定を変更してエレベーターに乗り込むと自室へと移動した。
仮眠を取るだけだ。スチールのベッドに背中を預けると目を閉じる。
愛おしい笑み、錆び付いた戦場に高笑いを響かせた天使に会いに行くために。
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