第7話 月のフクロウ、メンバー紹介 後編

 ミジュとたっぷりと遊んだ後は自室で本体を起こしてまた仕事に向かった。


 エレベーターを乗り継いでやって来たのはチェスのコマの塔を模したような造りの図書館棟だ。


 柱に施された銀細工と壁一面のステンドグラスが荘厳な雰囲気を醸し出している。


 窓辺で重たそうな魔導書を読み込んでいたサオリは足音に気付くと顔を上げた。


「観測者さん、お疲れ様です」


「ああ、知力の向上か。姫騎士には礼節や作法の知識、気品といった要素も必要だから、自習としては合格だ」


「ありがとうございます」


 礼儀正しいサオリには基礎能力が十分に備わっている。


 足りないのは応用力。現場でパニックに陥ったり、判断力を低下させたり、メンタルの弱さが問題だった。


「サオリは好きな男がいるのか?」

「えええええええ!?」


 早速動揺している。だが、こういうものは冷静になれと言っても冷静になれるものではない。 あらゆる状況に慣れておくしかないのだ。


「処女か? 経験済みか?」

「ななななななんでですすか!!?」


「いや、好きそうな顔をしているなと思って」


 りんご飴よりも真っ赤に染まる顔を見ているとサオリのメンタルはもうダメかもしれないと思えてきた。


「そそ、そういう観測者さんは、そ、その、童貞なんじゃないですか!」


 ふうむ、まだまだ鍛えられそうだと観測者は判断した。


「いや、俺は毎晩女を抱いているよ」

「えええええええええ!? ダダダダ誰ですか!?」


「その日による。サオリはセックスを楽しむ相手はいないのか?」


 きゅううう、とねずみが鳴くような声がサオリから聞こえた。


 そして、バンッと机が叩かれる。魔導書がはじけ飛ぶ。静謐だった図書館棟に戦慄が走る。


「いますよ! ええもう今日の分は確保しましたから!!」


「そうか。試しにどんな声で善がるのか、ここで角オナニーでも見せてくれないか」


 涙目のサオリは頬をリスのように膨らませると、椅子を引いて観測者の胸ぐらをつかみに来た。


「……今晩の相手はまだ決まってませんよね?」


「どうしたサオリ。地獄から響く亡者の声でもそこまで低くないぞ」


「……どうなんですか!?」


 藍色のサオリの瞳に赤い殺意の光が差し込んでいた。


「今月はもう予約でいっぱいだ」


 ふらあっと、スローモーションでサオリは後ろに倒れた。地面に激突する前に観測者が腰を抱いたので大事には至らなかったが、涙を流して失神している。


 観測者は長机にサオリを寝かせると端末で救護班を呼んだ。


「サオリの育成には時間がかかりそうだな」


 そう呟きを残して観測者はエレベーターへと向かっていった。


 地上に近い場所にいるのは二人だ。まずはうさぎの飼育小屋にいるCカップの高砂スズメに会いに行った。


 エレベーターを降りるとそこはもう外と変わらない景色が広がっている。


 青い空にオレンジの太陽。風の吹き抜ける青々とした草原には六棟の飼育小屋が建っていた。

 ここには子供たちが触れ合って遊ぶ小動物が集められている。うさぎやリス、ハムスターなどだ。


 うさぎの飼育小屋で人参スティックをうさぎに食べさせているスズメの後ろに立ち、観測者はしばらく観察しようと思ってた。


「気配が消せていないよ観測者」


「常に周囲を警戒しておくのは自習として最適だな」


 高砂スズメも基礎能力は十分に備わっており、足りないのは技術よりもエーテルの総量だった。


「エーテル総量の底上げはシャロが開発しているんだったな。ならばもう用はない」


 さっさと帰ろうとしたらコートの裾を掴まれた。


「いやいや! あたしとも少しは喋ろうよ!」

「なにを?」


 話題も興味もないことを暗にひけらかす観測者だったが、スズメもめげない。


「た、例えばその、えーっと、うちらってほら元々レジスタンスの集まりじゃん」


「そうだな。国連のやり方にも、当然だが教会のやり方にも納得できない比較的普通な連中が各国で立ち上げたレジスタンスを組織として一つにまとめたもの。通称、施設と呼ばれている」


 なぜ施設なのかといえば、ここのような施設が世界各地に点在しており、一般人を保護しているからだ。


「あたしは裏社会の出身だからさ、元々盗賊として暮らしてたんだよね」


「知っている。旧世代と揉めたんだろ。でも、虐殺も拒絶して教会から逃げてきた」


 なぜ今さらスズメの生い立ちを話さなければならないのかと思っていたら、スズメは立ち上がるとショートパンツに付いた土を払った。


 そして素早い動きで観測者の懐に飛び込むと、マスクの上にキスをする。


「ん!?」


「えへへ、いつかちゃんとお礼を言おうと思ってたんだ。結局あたしは教会に捕まってリリンのマナを植え付けられた。でも観測者の体液で作った中和剤でこうして自由な意志を取り戻せたんだ。おかげでうさぎたちとも遊べるようになったよ」


 簡単に外せないマスクを着用していて良かったと思う。


「もう用はないな。俺には次の仕事がある」


 身を翻して草原に足を踏み出すと、後ろから不満そうな声が聞こえた。


「ちょっとは照れるとかしなよ、【冷淡なドゼ】……」


 耳が悪くなったと思って出口に向かった。


 カーペットが敷き詰められた足元の柔らかい廊下を進んでいく。


 突き当りに開けた場所があり、そこは十八歳までの子供たちを養育する養護施設だった。


「みんな、おもちゃは使ったら片付けるんだぞ」

「はーい! レイナおねえちゃん!」


 Fカップの鈴城レイナは甲冑の上からエプロンを付けて養護施設の手伝いをしていた。


「聖剣を扱う者には正義の心が必要だ。子供たちと心を通わせる日常は自習として間違っていない」


「観測者、来ていたのか。オレンジジュースでも飲んでいくか?」


 必要ないと告げて端末を操作した。聖剣士というものは剣技などよりも正義の心が強いほど戦力が上がる。つまり、戦場で最も力を発揮しやすい月のフクロウの主戦力だった。


「レイナが気を付けることはリリンのマナだな。聖剣士は最もリリンのマナに侵されやすい。暗黒剣士となれば今の中和剤では元の状態に戻せないだろう。回避の能力を底上げするしかない」


「回避だな!」


 さっさっと子供たちの手を避けるレイナはいつの間にか鬼だらけの鬼ごっこを子供たちと繰り広げていた。


 きゃあきゃあと遊びまわる子供たちとレイナの動きを観察しながら、観測者はいい訓練になると判断する。


「新しい中和剤の開発もシャロが行っていたな。ならば俺の仕事は終わりだ」


 ようやく自室に戻れると出口に向かったら子供たちに捕まっていたレイナに袖を掴まれた。


「待ってくれ、観測者、いえ、ドゼさん。聞きたいことがあります」


「俺のことは名前で呼ぶな。なんだ?」


 真剣な眼差しのレイナの瞳には揺るぎない正義が宿っていた。


「あなたは何者なんですか?」

「…………」


「わたしは仲間のことを信じている。もちろん、わたしたちの指導者であるあなたのことも信じたい。だけど、あなたはそうやって顔を隠し、名前で呼ばれるのも嫌がる。あなたのことを何一つ明かそうとしない! どうしてあなたの体液を取り込むとリリンのマナが消滅するのかもわたしたちには明かされていないのだ!」



 誰にも話したことがないというわけでもない。施設の上層部、Gカップの議長などは観測者の正体を知っている。


「これからも明かすつもりはない。俺の存在がレイナの正義を揺るがすというのなら、指導者を変えるように議長に伝えておく」


 観測者は何も語らずレイナの手を振り払うと出口へ向かった。


「待ってください! 指導者を変えたいとかそんなんじゃない! ただわたしはあなたのことが知りたいだけなんだ!」


 空耳だと思ってさっさと来た道を戻っていった。


 エレベーターに乗り込むとディスプレイに指紋認証とコードを打ち込む。


 エレベーターは直通で観測者を自室へと運んだ。


 コンクリートが打ちっぱなしの壁。灰色の二人掛けソファー。裸電球が天井からぶら下がり、スチールのベッドには薄いシーツとくたびれた灰色の毛布が置かれているだけだった。


 生活感というものを感じさせない観測者の部屋だが、彼にとってはここが一番落ち着く場所だ。


 観測者はベッドに横になると目を閉じる。今度は愛らしいミジュの姿を夢の中でも見られるように祈りながら、観測者は眠りについた。



☆☆☆

一章終了です。

ほとんどメンバー紹介とミジュのお仕置きタイムで尺を使いましたが、次回からストーリーも動き出しますので最後までお楽しみいただけると嬉しいです。


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