2章

第8話 教会のたくらみ

 たっぷりと質のいい睡眠をとった観測者は自室でしか脱がないコートとマスクを外して朝の支度をしていた。


 熱いシャワーを浴びてさっぱりとする。鏡に映るのは藍色の髪とまだ若い青年の顔だ。


 支度を終えるといつものように肌の露出も少なく体も顔もほとんどを服とマスクで覆っていく。前髪を長く伸ばしているのもわざとだ。観測者は普段、人に姿を見られることを嫌う。


 目深にかぶったコートのフードと黒と灰色のマスクを装着して観測者の顔は見えなくなった。


 直通のエレベーターで食堂に行くと、軽い朝食を済ませた。


 その後、ホールに足を運び、イノリへ昨日の報告を済ませる。


 イノリは朝食もホールの円卓で取っていたようだ。コーヒーを口に運び、合間にトーストをかじりながら観測者をホールに招き入れた。


「やぁ、おはよう。よく眠れたかな観測者」


「通常通りだ。教会の動きに関して有力な情報を手に入れた」


 眉をぴくりと動かしたイノリはコーヒーのカップを置いてハンカチで口許を拭った。


「聞こうか」


「教会は第四世代を生み出そうとしている。詳しい情報は教会の深部に探りを入れないことにはわからないな。だが、最近確認されている教会の不穏な動きとは第四世代を生み出す秘術に繋がる行動だろう」


 報告を聞き終えたイノリは眉根を寄せて考え始めた。


 やがてスクリーンに映し出される画像を何枚かピックアップして手元の青いファイルと情報のすり合わせを終えると、観測者に向き直った。


「今のところ有力な教会お抱えのイリスレインの情報は入っていないわ。だけど、情報収集を急がせる。観測者は月のフクロウをそれまでに主力部隊まで底上げしてちょうだい」


「了解した」


 報告を済ませると観測者はホールから出ていった。


 午前の時間は各チームがそれぞれの部隊室でブリーフィングを行うことになっている。


 観測者も廊下を進むとエレベーターに乗り込み、月のフクロウの部隊室へ向かった。


 エレベーターが到着する。学校の廊下のような場所に出る。同じような部室が等間隔で並んでおり、渡り廊下を進み、少し部屋の広さもグレードも落とされた部室が並ぶ場所へ出る。


 廊下を進んで三番目の部室の前で足を止めた。アニマが好きなうさぎの描かれたプレートには月のフクロウとチーム名が書かれていた。


 扉を開けると、教室と同じように前列と後列に分かれた長机のそれぞれの席に着席した月のフクロウのメンバーが待ち構えていた。


 教壇に立つ観測者を見るとそれぞれが「おはよう」「おはようございます」と観測者に挨拶する。


 観測者は挨拶を返すことなく今後の活動について述べた。


「教会で新たな動きがみられた。どうやら連中は第四世代を生み出そうとしているらしい」


 ざわざわと部隊室が騒がしくなる。


「アニマたちは何世代?」


「おめぇそんなことも知らねぇのかよ。あたいたちは全員、第二世代だ」


 アカネの言い方は幼女のアニマに対して厳しすぎるように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。


 なぜならイリスレインはどんな姿をしていてもみんな同じ年の大人だからだ(重要)


 なのでアカネたちが見た目十七歳に見えようが、イノリが二十代前半に見えようが、アニマが十歳程度に見えようが、全員総括して成人した妖精である(最重要)


 そもそも妖精には年齢という概念がない。成長しないし、寿命もない。赤ん坊の時代すらない。赤子がいたらそいつは赤子タイプのイリスレインだ。会話も可能だろう。


 精神年齢というふわふわしたもんで倫理の壁が立てられてたまるかと観測者は思う。


 大体、べろちゅーは普通に要求してくるアニマが普通の十歳児程度の精神なわけがない。


「この世でわたくしたちの上を行く第三世代は狂咲ミジュさんだけだとお聞きしますわ」


 そう、すべての問題はミジュと愛し合えれば何も問題ですらないと観測者は思う。



「わたしたちは全員イリスの遺伝子から生まれた。内包するのはイリスの因子のみ。だが、狂咲ミジュだけは最初からリリンの因子を内包している。


 故にイリスエーテルの総量に加えてリリンのマナの総量も桁違い。我々がガソリン一つで戦っているとするなら、狂咲ミジュはガソリンも電力もターボエンジンも搭載して戦っているようなものだな」


 サオリとレイナは真剣な表情でミジュの圧倒的な戦力について話し合っていた。


「アニマに説明してやると、旧世代っていうのは魔法の使えない一般人のことだ」


 メガネをくいっと押し上げるシャロはEカップの胸を逸らして得意げに説明を始めた。


「その旧世代をどうにか私らみたいな第二世代に出来ないかっつーんで国連も教会も人体実験や動物実験を繰り返した。結果として生み出されたのが屍人─グールだ。

 だが、やつらグールにリリンのマナを注入すると私らと同じく魔法も使えて命令に忠実な戦力にはなった」


 不満な様子で眉根を寄せるスズメが口を開く。


「グールに変えられたら人もどうぶつも元には戻らない。国連も教会も命を弄ぶ最低な奴らだよ!」


 スズメの言い分は尤もだ。観測者はようやく意見を述べた。


「シャロ、午後には冷凍保存された原料を届ける。今の中和剤より効果を上げられれば、将来的に救えるグールも出てくるかもしれない」


「了解した。中和剤の効果を上げることは最優先で取り組む。でも、ホントは生のミルクの方が鮮度が高くていいのよねぇ」


「ちょ、ちょっとシャロさん! 生絞りでしたらわたくしでもお手伝いできますから!」


 サオリは昨日の教育が脳みそに残っているのだろうか。


「アニマもお兄ちゃんのミルクをごっくんしたいなぁ♡」

「あたいは中にぶち込まれてぇ!」

「……みんな下品。ミルクはお皿に入れてぺろぺろ舐めるのよ」

「わ、わたしはその、おっぱいに熱いのかけられたいです……♡」


 幻聴ということにした観測者は今後の予定表を読み上げた。


「シャロは技術開発に専念。余った時間でガードの強化訓練だ。サオリはアニマと組んで不測の事態に対応できる適応力と判断力を身につけろ。休憩時間にはアニマに勉強を教えてやるように。レイナはスズメと組んで回避の特訓を継続。スズメは持久力を底上げさせろ。アカネは武術と魔法の訓練を継続。本日のメニューは以上だ。解散」


 それだけ言い残して部隊室から出ようとすると、また素早く懐に入り込んだスズメに捕まる。


 足を止めると左にサオリ、右にレイナがしがみつく。背中にはアニマが飛びつき、頭からアカネに抱えられた。


「まぁそう急ぐなよ観測者。あたいたちともっと遊んでくれてもいいだろ」


「そうですよぅ、今月の予定が埋まっているのでしたら、わたくしは来月の予定を埋めさせてください」


「なんの予定? アニマと添い寝する予定?  アニマは今日も明日もずっと観測者さんと一緒に寝るのー!」


「……あたしは別に用とかないけどさ。あんたも疲れていると思うから、たまにはマッサージくらいしてあげようかなって」


「私は足こきで生絞りを体験させてくれたら研究意欲が大幅に上がるんだよ」


「わたしは昨日と同じです。観測者さん、なんでもいいんです。わたしはあなたのことが知りたい。好きな食べ物でも、好きな色でも、好きなタイプとか」


 ため息をついた観測者はイリスレインたちのイリス因子を操り、その場でゆっくりと床に倒した。


「うおお!?」

「はれれー?」

「か、体の力が!?」

「倒れる!?」

「な、なんで!?」

「異常事態……?」


 身軽になった体の埃を振り払った観測者は何も告げずに部隊室から出ていった。


 扉の向こうでは月のフクロウのメンバーが不思議がっていたが、構わずエレベーターまで歩みを進めた。


 指紋認証とコードを入力する。自室まで直通で運行するエレベーターの中で観測者は一刻も早くミジュに会いたいと願っていた。


 自室にたどり着くと白くて四角いだけの無機質な冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。


 首筋に垂れるほど勢いよくごくごくと喉を鳴らしてミネラルウォーターを飲み干すと、空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れる。


 一人きりの部屋でベッドに倒れ込んだ。そしてそのまま目を閉じる。愛おしい天使に出逢うために。



☆☆☆

主人公はわりとチートです笑

明日も2話更新予定!

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