第35話 伏木ヒサメから見た二人 過去編
国連の保護地域の街で暮らしていたあちきたち姉妹は、世界一の科学者が国連で技術を開発しているという噂をよく耳にしていたっす。
あちきたちイリスレインは始まりの地という同じ故郷を持っているっすが、生まれた後にどこで暮らすのかは個人の自由なんすよ。
あちきはたまたまシンシアというイリスレインのすぐ近くでポンと生まれたっす。
「まぁ! とっても可愛い妹が生まれたわ!」
「なんと! あちきには姉妹がいたっすね!」
伏木姉妹爆誕の瞬間っす。
シンシアというイリスレインは若草色のさらっさらなロングヘアーが綺麗なお姉さんタイプで二十代前半の女性に見えたっす。
あちきはどう見ても十六歳かそこらの年齢だったので、その日からシンシアの妹として姉妹で生きることになったっすよ。
姉さんと二人でどの街に住もうかと話しているとき、たまたま地上に広いテニスコートを見つけたっす。
あちきがやってみたいといったら姉さんは街の人に話してくれて、試しに遊ばせてもらえることになったっすが、あちきの才能が爆発しまして、続けた方がいいとコーチにガン推しされたっすね。
「君はテニス界のスターになれる☆!!」
「ガチっすか☆!!」
「やったわ! ヒサメはスター☆ お姉ちゃん、めいっぱい応援するからね!!」
でもテニススクールの代金って高いんすよ。姉さんはあちきがテニスの練習をしている間に街で防衛団に入り、実入りの良いバイトをしていたっすが、大半がテニス代に消えてしまう、悲しい懐事情だったっす。
あちきとしても姉さんにばかり苦労をかけたくないっすから、練習終わりにさくっと大金が稼げる大口のバイトを探していたっす。
そんなとき、耳にしたのが治験のバイトだったっす。姉さんは危ないからやめなさいと言ったっすけど、新薬の開発に携わったのはあの世界一の科学者だというじゃないっすか。
危険なんかあるわけないと説得して、結局姉さんと二人で国連の研究施設を訪れたのが、世界一の科学者、朝井シャロとの出逢いだったっす。
「ええ! すごぉい! グールを最初に開発したのはシャロ、貴女だったのね!」
姉さんはキラキラした表情でシャロの話に聞き入っていたっす。
「いや、確かに国連が立ち上げたイリスレイン研究開発部の立ち上げメンバーではあるし、今となっちゃ当たり前の兵器となったグールも私たちが作り出したものではあるけどね」
治験のバイトはあっさりと終了していたっす。なにせカプセル状の薬を呑み込むだけ。
あとは経過観察。毎日、一時間程度、血液検査やら脳波の測定やら検査を受けるだけで、痛みも苦しみもない、検査中もバイト代が発生する美味しい仕事に間違いなかったっす。
一つだけ誤算があったとすれば、検査を担当するシャロと姉さんは馬が合うっていうんすかねぇ、検査で顔を合わせる度に仲良くなっていき、姉さんはシャロの研究自体にも興味を示したっす。
というか、世界にまだグールがいない時期の開発立ち上げメンバーって、シャロさん何十年生きているんすかね。
「シャロはグールの開発には満足していないのね」
「そうね。確かに兵器としては一定の成果を上げているし、まだまだ改良の余地もあるし、それこそイリスレインの力を遥かに超えるグールが生まれてもおかしくない」
研究施設にあちきたちを招いたシャロはデスクの上に乗るコーヒーカップを手に取ると、あちきたちにも遠慮せず飲み食いするようにクッキーの乗った小皿を差し出してきたっす。
あちきは遠慮せずにぐるぐるとチョコとミルクが渦巻いたクッキーを口に運び、ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーを堪能したっす。
でもシャロの隣に座る姉さんはシャロが口に運んでコーヒーのしずくで濡れた唇まで熱心に見つめて完全に熱を上げていたっすよ。
「グールなんて能力値だけを進化させた失敗作だよ。私はそんなものより命を作りたいんだ」
「命? 本物の……?」
「そうだよ、私たちみたいな本物の命だ」
あちきには夢物語に聞こえたっす。イリスレインは始まりの地で生まれてくる。
どうやって生まれるのかなんて五十年経った今でも解明されてはいない。
それはイリスという女神の意思であり、つまり神の領域というのがあちきたちイリスレインの常識だったっす。
「すごいわシャロ! 貴女の才能は世界に新たな命を生み出す……!」
姉さんはシャロの才能を疑いはしなかったっす。そしてシャロも自分の才能を一途に愛していた。
「まあね、私の才能の素晴らしいところは人には見えないものが視えるところよ。私の目にはイリスレインの新たな未来が視えている」
あちきもシャロの言葉を疑っていないっす。
「私が作り出すわ。もうリリンのマナに怯えずに自由に生きていける新しいイリスレインの命を」
リリンのマナの支配力は誰もが怯える脅威。世界で最強と呼ばれるイリスレインですら、リリンのマナに侵されれば自我を失い旧世代の傀儡になり果てる。
いつの間にかあちきの目も輝きだした。シャロならきっとあちきたちの未来を変えてくれると信じて。
「すごいよシンシア! あんたには才能があるって私は見抜いていたよ」
「うふふ、そんなに褒められると照れるわぁ」
姉さんはシャロに誘われて研究の手伝いをするようになっていた。
要領がいいというか、学習に意欲的で呑み込みも早く、なによりもシャロの才能に惚れこんでいる姉さんは、わずか半年で遺伝子学の研究発表の場で自身が開発したプログラムを堂々と発表。新たな実験プログラムに予算を付けてもらい成果を出すまでになっていた。
「シンシアがいれば私の研究は百年は縮むね。一世紀超えた研究だよ。新たな命はもうすぐそこまで来ている」
わくわくと両手の拳を握るシャロの子供みたいな瞳の輝きに姉さんは瞬きも忘れて魅入られる。
「ねぇ、シャロ。その命は……」
「ん?」
ハッと姉さんは瞬きを繰り返した。振り向いたシャロの真正面からの瞳は眩しすぎたというように、頭を振る。
「ううん、なんでもないのよ」
春の太陽みたいに姉さんは笑みを浮かべた。
「……匂う。濃厚なラブの匂いがぷんぷんするっす」
「ヒサメ、入るなら入りなさいよ。良い話もあるのよ」
入りづらい空気を醸し出す研究室にあちきはおそるおそる入ったっす。
「今度、シンシアを正式に私の部下として研究員に採用することが決まったの」
姉さんの肩を掴んでシャロは嬉しそうに話した。
「ええ!? それ本当!?」
「姉さんが正式に後輩になるってことっすか。ではシャロは先輩っすね。よろしくっすシャロ先輩!」
「なんで私がヒサメの先輩なのよ」
「姉の先輩は妹の先輩っすよ」
よくわからんと呟くシャロ先輩はほっておいて、あちきは姉さんの手を握ったっす。
「姉さん、おめでとうございますっす!」
「ありがとうヒサメ。あ、でも、正式な研究員になったら帰りが遅くなっちゃうかも」
「心配無用っす。姉さんがバリバリ働いてくれたおかげであちきはオープンテニスで上位に入賞したっすよ。これからはスポンサーもついて練習量もバリバリ増量っす」
お互いに家に帰る時間が少なくなるなら、気兼ねなく仕事にも練習にも集中できる。
何よりも家族が幸せそうにしているのだ。あちきにとっても、姉さんにとっても、お互いの時間を大切にすることが一番の応援だったっすよ。
そして、かけがえのない時間が愛を育むことになる。
二人きりで密の濃い時間を過ごした姉さんとシャロ先輩は当たり前のように恋仲になった。
シャロ先輩は自分の才能を一途に愛していたけれど、その才能を自身より深く愛する姉さんのこともシャロ先輩は心から愛していたっすね。
「ねぇシャロ、二人の新しい命を作りましょうね」
「もちろんだよ。私とシンシアの愛の結晶を生み出して見せる」
目指した命の形が少しだけ愛の色に染められたことも当然なんだろう。
そして、姉さんはどこからかその子を拾ってきた。
「見てシャロ、ヒサメ。この子はアリカ。生まれたばかりの本物の命よ」
産着に包まれた女の赤ん坊。国連はしょっちゅう戦争孤児を引き連れてきていたし、アリカもそのうちの一人なんだということは、あちきにもシャロ先輩にもわかっていた。
「アリカってシンシアが名前を付けたの?」
「そうよ、わたしたちの愛の在り処、新しい命の在り処、わたしたちの答えの在り処よ」
シャロ先輩はメガネを光らせて、小さなアリカの手をつまんだ。
「いいねぇ、まるで宝の地図だ。私には視えるよ。成功の未来がね」
姉さんは嬉しそうに笑っていた。生まれたばかりのアリカを抱えてそっと囁く。
「きっとずっと幸せよ。もう悲しみなんかないわ」
きゃっきゃと笑うアリカも幸せそうで、あちきもこんな幸せがずっと続くように願った。
シャロ先輩の目には成功の道が視えている。それは決して間違いじゃない。
世界一の科学者、朝井シャロ。彼女が国連で最後に開発した命は間違いなく最高傑作だった。
だから先輩、戻りましょうよ、あの頃に。
先輩の才能は本物っす。姉さんの愛は今でも先輩の才能を愛しているとあちきにはわかっているっす。
誰も何も間違っていなかったって、あちきが今度こそ証明してみせるっすよ。
☆☆☆
今回はヒサメの過去編でした。
ちなみにイリスレインの名前は生まれたときから記憶に刻まれている場合がほとんどです!
伏木シンシアの目の前で生まれたヒサメは最初から伏木ヒサメという名前を持っていたので彼女たちが姉妹なのは間違いないでしょう!
次回も楽しみにしてくれる方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです!
執筆頑張ります!
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