第36話 ミジュと初めての喧嘩
施設の中の児童公園でアリカを連れたシャロが遊んでいる。
そんな情報をどこからか仕入れたミジュは観測者に児童公園に行きたいとねだった。
見た目でいえばミジュも八歳程度。公園で遊んでいてもおかしくない。
ただしミジュの精神は成熟しているため、公園に連れてきたところでカフェで買ったカプチーノを飲みながらベンチに座り、アリカがブランコで楽しそうに遊ぶ姿を涙を浮かべながら眺めているだけった。
「ミジュ、どうしたんだ?」
「ぐす、なんでも、ひっぐ、ないわよぉ、びええええん」
最近のミジュはひどく落ち込んでいる。こうして可愛らしい生き物の姿を見ては泣いている姿を月のフクロウのメンバーにも目撃されていた。
観測者はあらゆるイリスレインの動きを観測してはいるが、察しの良い男ではない。
恋人が幼児を見て泣く姿を見ても、関連した情報など持ち合わせていなかった。
「子供が欲しいのか? 焦らなくても俺もいずれそのつもりで」
「脳内ピンクのサイコパスは黙ってなさいよぉ、うえええ、しょんな、しょんな、かじょくがほちいなんて、うわあああああああん! ハナあああああああ!」
ようやく知っている単語が出てきたので観測者も事情を呑み込めた。
「白い子猫のハナだったな。ミジュの家族の」
涙と鼻水をぐしゅぐしゅに垂らしたミジュは観測手のハンカチで顔を拭いてもらいながらぐずぐずと返事をした。
「うっく、そうよぉ、あたしハナに会いたい……! もう一度、ハナに会いたいのぉ……!」
幸せな家族の姿やハナに似ている小動物などを見ると、自分がハナと遊んで幸せだったころを思い出してしまうのだろう。
「ハナとは俺も始まりの地で一度会って姿を見たな。だが、あれはミジュにくっついていたハナの魂だったと思う。肉体も伴って会う方法となると、俺もすぐには思いつかないが」
「びええええええええん!! ハナあああああああああ!! 会いたいよおおおおおお!! うえええええええん!! ハナあああああああああああ!! ハナああああああああ!!」
泣き声のボリュームが上がり、公園で遊んでいる幼児も何事かとミジュの方を見ていた。
「泣くなミジュ、俺が必ずもう一度会える方法を考えるから」
だから泣かないでほしい、そういうとミジュは真っ赤になった目で観測者を見て頷く。
「ひっく、ごめんね、ドゼも、ぐす、お母さんに会いたいよねぇ」
マスクの中でくすりと笑みをこぼす観測者は優しくミジュの頭を撫でた。
「母さんは天国で本物の家族と会えて幸せに過ごしているよ。俺は母さんが幸せならそれ以上はなにも望まない。本当だよ」
ミジュは牙の覗く口を大きく開けて反論した。
「そんなことないもん! ドゼのお母さんはドゼを忘れたまま幸せになんかならないのよぉ!」
観測者は困ったように頭をかく。恋人が優しくて嬉しいけれど、母さんには自分のことなど忘れて幸せでいてほしい。二つの感情で悩んでいると幼い声が割り込んできた。
「お姉ちゃん、痛いの?」
ミジュの手を掴んだのはアリカだった。
「なによぉ、怪我なんてするわけないでしょう。あたしは最強よぉ」
最強と言われてなにを想像したのかアリカは目を輝かした。
「ムイちゃんより強い? お砂場でたたかう?」
「あらぁ、あたしに宣戦布告なんてあんたなかなかやるじゃない。潰してあげるわぁ」
意外にもミジュは子供と遊んでやるつもりらしい。アリカの手に引かれるままに砂場へと飛んで行った。
「ちょっと観測者、あんたの恋人はアリカに怪我させないでしょうね?」
睨む目つきでやって来たのはシャロだった。
「魔力を感知したら止めるよ」
それならいいけど、とシャロが嘆息しているとアリカからシャロも呼ばれる。
「マーマー! ママもきてー!」
「はぁい、今行くから」
シャロも砂場に向かっていく。三人で砂場で遊んでいる様子を観測者はしばらく眺めていた。
アリカはミジュとムイちゃんを戦わせると言っていたが、ムイちゃんとはなんなのか。
どう見ても砂場に座り込んだミジュとアリカは砂を集めて山を作っている。
戦いとは棒倒しだったのか。しかし、山を作るだけではないようだ。
「ママー、じょうろー」
「はいはい」
シャロは水道の方へ歩いていく。
「なによぉ、じょうろ? あんたさては武器を使うつもりねぇ」
「お水だよ。お砂びじょびじょになる」
それを聞いたミジュは楽しそうだと思ったのか、あ、と気付いたときにはミジュの魔力が上空に形作り、過剰な水鉄砲が砂場に放たれていた。
「あはははは! 本当だわぁ、砂がびじょびじょ! ねぇ見てドゼ! 跳ねてるぅ!」
「うーむ」
観測者は頭を抱えてしまう。
「ぎゃああああああああああん!!!」
びじょびじょの砂というか泥が跳ね上がり、頭から泥まみれになったアリカはギャン泣きしていた。
しかし、ミジュはどう見ても遊んでいるようで水鉄砲を連射しながら、せっかく作った山を標的にしたり、穴を開けたり、水たまりにダイブしたり、とにかく楽しそうだった。
「あああ! アリカ!! どうしたの!?」
「まんまぁあああ!! おねえちゃんがこわすううう!! びえええええん!!」
観測者は急いで保護施設に走り、二人を拭くためにバスタオルを借りに行った。
駆け戻るとシャロとミジュが言い合っている。
「加減を考えなさいよ!」
「あたしのじょうろは高性能なのよぉ、劣化種に文句を言われても困るわぁ」
ばさりと頭からバスタオルをかぶせるとミジュもアリカも大人しくなった。
「ほら、拭くから。ああもう、顔まで泥だらけじゃないか」
「んふう、ドゼもっと優しくぅ」
気持ちよさそうにミジュはふにゃふにゃの顔で観測者に身を委ねていた。
「ママぁ、ムイちゃん汚れてない?」
「ムイちゃんは大丈夫よ。それよりアリカ、これは一回水で流した方が良さそうね」
観測者はバスタオルでごしごしとミジュの体を綺麗に拭いていた。
だが、ミジュの目は観測者ではなく、シャロとアリカの様子をじっと眺めていた。
「きゃははははは♪ ママつめたあい♪」
「じょうろのシャワーよ。ほうら、アリカもレベルアップしていくわ」
「きゃああん♪ あはははは♪ ママ大好きぃ!」
「ママもアリカが大好きよ」
それはなんでもない親子のじゃれ合いだっただろう。シャロはじょうろから流れる水をシャワーに見立ててアリカの泥を落としていく。
アリカはイリスレインのレベルアップに見立ててきらきらの水色のシャワーを浴びていた。
「……やめてよ」
俯いたミジュの顔は暗い。小さなミジュの手は拳を握っている。
「ミジュ……?」
観測者は様子のおかしいミジュの顔をよく見ようとした。
しかし、一瞬でドンッと突き飛ばされてしまい、その瞬間、暴風が吹き荒れた。
「やめてよ!!! ドゼの前で家族の愛なんか見せないで!!!」
「きゃああああ!!」
「ママああああ!!」
シャロは咄嗟にアリカを抱きしめて暴風に吹っ飛ばされた。
「ぐうっ!」
「ママ!? ママ!」
シャロは背中から滑り台の梯子の部分に強く打ちつけられた。
「ミジュ! やめろ!」
「嫌よ! ドゼが怒らないならあたしが怒るわぁ! ドゼの大切な心を傷付けた罰だもの!」
ミジュは追撃を放とうと片手をかざすが、観測者がミジュの因子を操りそれを止めた。
「どうしてよドゼ、あたしよりこいつらの方が大事だと言いたいの?」
「違うよミジュ、俺はちっとも怒っていないんだ。だからミジュが怒る必要もない」
本当だと告げた。それでもミジュは観測者の隠れた瞳を見透かして笑う。
「可哀そうなドゼ、生き返ることも望めず、死んでも忘れられることしか望めない。暖かで光に満ちていた日々を思い出す度に記憶を消していくことでしか慰められないのねぇ」
「……っ」
観測者は言い返せず、ただ言葉を呑み込んだ。
「忘れる必要なんてないわぁ、ドゼに思い出させる家族の愛なんかあたしが全部ぶっ壊してあげるアハハハハハハ!」
「ふざけるな!! アリカとシャロの愛は俺を傷つけるものじゃない!! 俺はそんなこと望んでいないだろ!!」
初めてミジュに対して観測者は声を荒らげていた。
それは観測者が初めてミジュに浴びせた怒声だった。
ミジュは明らかに傷付いた表情で顔をしかめた。
「ドゼ……っ」
その瞬間、けたたましいサイレンの音が響く。
『緊急警報! アルファ地区方面より白竜がこちらへ向かってきています! 民間人はシェルターへ急いでください! 出撃できる部隊は直ちに防衛ラインへ集合してください!』
施設内に響く警報音を聞きながらミジュと観測者は見つめ合っていた。
「……白竜? まさか……!」
「ママ! うごいちゃ痛いのよ!」
観測者はミジュに話したいことが山ほどあったが、背後でシャロが動く気配を感じると、仕方なくシャロの方へ振り向いた。
「シャロ、ダメだ。月のフクロウの戦力では白竜に太刀打ちできない。アリカを連れて避難しろ」
「嫌よ。シンシアが来ているのかもしれない。行かせてください!」
「馬鹿を言うな! シンシアが来ているはずがない! シャロも目を覚ませ!」
「あぁら、自分の弱さに目をつぶっているのはドゼの方でしょう。面白そうじゃない、その白いミミズはあたしがぐっちゃぐちゃにしてあげるわよキャハハハハハ!!」
観測者の拘束が解けた隙を狙ってミジュは空間を飛んだ。
そして、シャロも駆け出す。
「観測者! アリカをお願い!」
「お、おい!!」
取り残された観測者の足元にアリカがぽてぽてと歩いて突撃してくる。
「おにいしゃん、ムイちゃんと遊ぶ?」
アリカを置き去りにするわけにもいかず、途方に暮れた観測者の口からは思わず本音がこぼれた。
「……俺の話を聞け……」
☆☆☆
今作は長編ファンタジーコンテスト参加作品です。
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