第37話 ヒサメの狙い

 アリカを抱きかかえた観測者は施設の中をひた走る。


「びゅーん♪ おにいちゃん、はやーい♪」


 幼女は楽しそうであった。エレベーターの中で観測者は荒い息を吐き出していた。


 やがてたどり着いたのは議会室。指紋認証ロックを叩き割る勢いでドアを開ける。


「議長! 悪いがアリカを預かってくれ!」

「やはりシャロは行ってしまったか」


 イノリは事情をよくわかっているというように頷き、アリカを観測者から受け取った。


「じゃあ、俺は急ぐから」


「待ってください! わたしたちもシャロの援護に向かう!」


 後ろを振り返ればレイナを筆頭にサオリ、アカネ、スズメ、アニマまで議会室に集まっていた。


「月のフクロウは待機だ。白竜に勝てる戦力はない」


 事実のみ告げてレイナを押しのけようとしたが、レイナの拳が観測者の胸にあてられる。


「白竜を倒そうと思っているわけではない」

「わたくしたちはシャロさんの安全を確保する救出隊です」

「回復ならアニマが得意だよ」

「戦力にならないっつってもよ、あたいたちの熱い心は十分脅威だろ」

「……隙をついて盗むのは得意。やらせて」


 頭を振って、冷静な部分では危険が増すだけだと理解していた。


「急ぐぞ」

「「「はい!!」」」


 熱い心というものに感化されたのだろうか。気付けば口から言葉が飛び出して、イノリにくすりと笑われた。


「奥の緊急用エレベーターを使うといい。今のところ狂咲ミジュが奮闘しているので、地上に出てもすぐに攻撃されることはないだろう」


 ミジュのことを思うと胸が苦しくなる。伝えたい気持ちとまだ抑えようと思う気持ちがぶつかり合って上手く心のバランスを取れないでいた。


「了解した」


 全員で議会室の奥のエレベーターへ乗り込んだ。


 観測者の心はミジュに会うのが怖いような、怯えた気持ちを抱えて揺れていた。

 それでも早く安全な場所へ連れ戻したかった。


 鉄製の柵がギシギシと音を立てて何枚も扉が開かれると施設の外へ到着した。


「最強のグールぅ? てんで生ぬるいわぁ、これじゃひき肉になるまで時間もかからないみたぁいキャハハハハハ!」


「グオオオオオオ……!」


 上空を見ると戦車すら一口で呑み込みそうな巨大な白竜と、ランジェリー一枚をまとった幼女が魔法をぶつけ合って死闘を繰り広げていた。


「余裕ぶってもらっちゃ困るっすよ! あちきは世界ランク一位のテニスプレイヤーっす!」


 白銀に光る鱗が揺れる白竜の背中に乗っかる伏木ヒサメは腰を落としてラケットを構える。


 ヒサメの手のひらの上には魔弾が浮かび上がっていた。


 しかし、観測者の目は濃い紫色と黒煙が渦巻く魔弾の様子のおかしさに眉をひそめた。


 それは、火、風、水、土、雷といった五大属性のどれも孕んではいないのに、禍々しい魔力はリリンのマナに匹敵するほどの支配力と魔力障壁を打ち破る破壊力を内包しているように見える。


「シャロが居たぞ!」


「いけませんレイナさん! シャロさんのいる位置まで飛び込めば白竜とミジュさんの射程圏内に入ります!」


 レイナとサオリの会話が耳に入り、ようやく地上の方へ目を向けると、シャロは砂煙が上がる中、白竜の顔の下で必死に叫んでいた。


 ──シンシア……!


 シャロはかつての恋人の名前を呼んでいるようだった。


 しかし、やはりおかしい。観測者は自分の恋人の性格をよくわかっている。戦闘中に周りに気を配るような狂咲ミジュではない。


 だとしたら、レーザーガンとドラゴンブレスが飛び交う戦場でシャロが無事でいるのは、白竜の方がシャロを守っているからだろう。


 そこまで考えて観測者はミジュの元へ駆けていった。


「ミジュ戻れ! そいつの狙いはシャロじゃない! お前だよ!」


 白竜に闇魔法をぶつけながら振り返るミジュはあからさまにふくれっ面をしていた。


「ふん! 嘘つきのドゼのいうことなんか聞かない!!」


 観測者も興味ある人の言葉には敏感にカチンと反応する。


「俺のどこが嘘つきなんだよ! ミジュこっちに戻れ!」


 しかしミジュは牙を見せて目を吊り上げた。


「嘘つきじゃない! 寂しいのに平気なふりしてる! 嘘じゃないならお母さんに会いたいってもう一度思い出を話してみなさいよぉ!」


「心配して言ってるのにこのバカ! 今そんな話をしてる場合じゃないだろ!!」


「誤魔化してるだけじゃない! あたしに嘘つく男なんか信じない!!」


「……っ!」


 その通りだったので言葉に詰まる。自分は誤魔化している。だけど、ミジュを心配する気持ちも本物だった。


「邪魔だからどけって言ってるんだよ!!」


 口から飛び出たのはそんな言葉一つ。焦りが冷静な思考を狂わせた。


 自分であれば白竜の行動を無効化できる。ミジュとはあとで話し合いをすればいい。そう思ってつい、声を荒らげてミジュを否定する言葉を口に出していた。


「あ、……」


 気付いたときにはもう遅い。ミジュは大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、涙があふれて流れ出すころには悲しみの色に瞳は暗く沈んでいた。


「ドゼ、なんか……きらい、きらいきらいきらい……! うああああああああああああああん!!」

「今っす!!」


 ミジュが体を丸めて自分の殻に閉じこもるように泣き出した瞬間、魔弾は放たれた。


 さすがに観測者でも放たれた後の魔法を操ることは出来ない。


「きゃあああああああああ…………」

「ミジュ!!!?」


 魔弾がミジュの小さな背中に当たった。その瞬間、ミジュの体を包み込むように黒煙が纏う。


「やったっす! これで狂咲ミジュはあちきの操り人形っすよ!」


 ヒサメの言葉通りミジュの目には光がない。両手足をだらりと投げ出したミジュは意思を無くしたようにただ空中に浮かんでいる。


 観測手は片手を前に掲げる。しかし、ミジュの因子を捉えることは出来ない。


「馬鹿な! リリンのマナでもミジュは操れないはず!」


 ヒサメは両手を掲げて高らかに声を上げた。


「あちきは天才科学者っすよ! 不可能を可能にするっす! さぁシャロ先輩! 白竜と狂咲ミジュのダブルパンチでこの施設ごと灰にされたくなかったらあちきと一緒に来るっす!」


 今となってはミジュを取り戻す方法を見つけ出せるのはシャロの頭脳に頼るしかない。


 観測者も月のフクロウのメンバーもシャロのところに駆け寄った。


「シャロ! 頼む! ミジュを元に戻すにはシャロの力が必要だ!」


 泣きはらしたような赤い目でシャロは観測者の肩を掴む。


「私も嘘つきだよ。人って何度も間違えるから、バカでどうしようもなくて、そんな人が愛おしい」


「シャロ……?」


「あの頃に、シンシアのいたころに一番戻りたかったのは私なんだ」


 シャロは観測者の肩から手を離すとゆっくりとヒサメの元へ歩き出す。


「……アリカをお願い」


「シャロ待て!! わたしたちはお前を失うわけにはいかない!」

「レイナ! 観測者!」


 上空からヒサメの魔弾が襲い掛かって来ていた。


 スズメがレイナを庇い、観測者はアカネに抱えられて直撃を免れた。


「ああ! シャロさーん!!」

「アニマさんいけません! 今は危険です!」


 シャロはヒサメの乗る白竜に乗せられて、ヒサメの操り人形となったミジュも白竜の後ろを守るように飛び去った。


「こうなったら国連に乗り込んでやろうぜ!」

「……ラスボスって配置変わってもラスボスとして立ちはだかるよね」

「白竜さんも前座とは思えませんよおお!!」

「四天王、白竜、黄龍、青龍、黒龍、腹心テニスプレイヤーヒサメ! とかいう布陣だったらどうしましょう」

「……テニスする前に詰んでるよ」


 このとき、観測者の頭の中は真っ白だった。


 なぜ、ミジュに対してあんなことを言ってしまったのか。


 ミジュを泣かせたのは間違いなくミジュの信頼を裏切った自分のせいだ。


 撃たれてしまったのも、連れて行かれたのも、自分のせい。


 シャロの言う通りだった。

 嘘つきなのは自分だった。




☆☆☆

え、ミジュいないとエロがないじゃん!?

と、エロを期待してしまった方はうっかりついでに♡や☆で応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)


次回から三章です。続きも楽しんでいただけると嬉しいです(*´ω`*)


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